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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2018年3月号

ほんの森

バザーリア講演録
自由こそ治療だ!

フランコ・バザーリア 著
大熊一夫、大内紀彦、鈴木鉄忠、梶原徹 訳

評者 石川信義

岩波書店
〒101-8002
千代田区一ツ橋2-5-5
定価(本体2,900円+税)
TEL 03-5210-4000
http://www.iwanami.co.jp/

あるイタリア人の言葉が忘れられない。

彼は14歳の時に精神病院へ入れられた。騒いだと言っては殴られ、叫んだと言っては拘束着を着せられて何日も床に転がされた。20数年という長い歳月を経て、漸(ようや)く彼は病院を出ることができた。イタリアに「精神病院を廃止する法律」の「180号法」が出来たからである。彼は、いま、地域保健センターの支援を受けて農作業に従事し、同じ病の女性と結婚して幸せな生活を送る。

その彼が涙を流しながら私にこう言った。

「俺たちがこうなれたのはバザーリアのお蔭だ。バザーリアは俺たちの神様さ!」

バザーリアが居なかったら、彼は生ける屍として死ぬまで精神病院に入れられていただろう。彼だけではない。イタリア全土の精神病院に収容されていた12万人の精神病者のすべてが、バザーリアによって、人間らしい当たり前の生活に戻ることができたのである。

「フランコ・バザーリア」

象牙の塔を出て精神病院へ足を踏み入れた時、彼は精神病者の置かれた状況のあまりの悲惨さに強い衝撃を受け、「ここで共犯者となるか?改革者となるか?」を考える。

改革者の道を選んだ彼は、「精神病院は病者を社会の邪魔者として管理する収容所に過ぎない」と断じ、あらん限りの手立てを尽くして精神病院を廃絶させる道を突き進む。

実践の場では、入院者を次々と地域へ戻らせ、彼らを地域で支える仕組みを構築し、一方、政治の場では、革新派と手を結んで精神病院の廃絶を謳(うた)う180号法を成立させた。

残念なことに、1980年、彼は56歳の若さで病を得てこの世を去った。

本書は、死の前年、彼が2度ブラジルへ渡り、十数回行なった講演のまとめである。

この本の中の彼を見るがいい。心病む人たちへの彼の熱い思いが読む者にジンジンと伝わってきて心が震える。読者は、日本の精神医療を顧みて、その駄目さ加減に頬打たれる思いがするだろう。そして、私たちは何を為(な)すべきか、何ができるかを改めて考えさせられる。“生きることの意味”すらもである。

この本には、偉大なる改革者、不世出の実践者、稀代の思想家であるバザーリアのすべてが詰まっている。この本は、医療関係者、精神病当事者、その家族は無論のこと、その他のあらゆる分野の人に読んでもらいたい。終わりに、この本の価値を見出した4人の訳者に心からの敬意を表する。

(いしかわのぶよし 三枚橋病院創設者・元院長)