五味重春*
オーストラリア、シドニーにおける第12回世界リハビリテーション会議にさきがけて、リハビリテーション医学国際セミナーが開催され、これに出席する機会を得たので、紙数の許すかぎりその内容を紹介する。
会期は8月20日から8月24日までの5日間で、国際障害者リハビリテーション協会医学委員会の協力を得、オーストラリア障害者リハビリテーション協議会の医学保健委員会によって主催された。
主題はリハビリテーション医学の進展、すなわち教育養成、研究、サービスに関してとなっている。世界リハビリテーション会議と関連して開催されるのは初めての試みである。
地域社会の保健、とくに心身障害者の取り扱いにおけるリハビリテーション医学の重要性を協調することを努力目標としている。
医学ならびに関連保健分野での指導者層に、リハビリテーション医学の基本的な4部門、すなわち、専門教育、研究、サービスの組織化、サービスの実施という面の原則、方針、実施などを考える機会を与えるねらいである。
セミナーは一般公開演説と限定会員の討議グループからなり、討議グループは四つの分科会で、それぞれ五つの議題をもち、特定の演者の口演ののち自由討論が行なわれた。
討議グループの司会者は、連絡調整者の協力を得て、口演後の討議を進め、翌朝の一般会議の冒頭に、前日討議の要約を協力者に発表させるというあざやかな進行であった。
著者はあらかじめ現在のPT、OTの養成教育に従事している関係上、専門職教育養成というグループに登録して終始その分科会に出席した。
8月20日(日)
会員の参加登録がTravelodge Hotelで午後2時から行なわれ、参加者名簿をみると地元オーストラリアから約100名、海外から69名となっている。その海外参加者うち18名は医師以外の専門家などで、日本人は坂田政泰氏と小生の2人のみであった。
午後4時から非公式の参加者歓迎宴があり、東南アジアの参加者がわれわれをとりまいてきた。
8月21日(月)
シドニー郊外のニュー・サウス・ウェルス大学の記念講堂で開会式が行なわれた。形のごとく厚生省の歓迎の辞、国際リハビリテーション医学委員会委員長Dr.Harlem(ノルウェー)の冒頭演説―「リハビリテーションの理解」があり、Sir Tunbridge(英国)の「今日のリハビリテーション医学」と題する演説で、開会式の幕がひらかれた。
次は大学構内の円形講堂に移って、Dr.Fang(香港)の司会で、次の3題の一般演説が行なわれた。
1)「リハビリテーション医学における研究の可能性」演者Dr.Basmajian(米国)
演者は、①現行治療方法の効果に関する研究、②身体障害者に対する生体工学についての研究、③神経系障害者に対する新しい薬物療法に関する研究、④神経筋系機能についての研究、などについて焦点をあてた。とくに①については、リハビリテーション部での治療手技が、科学的妥当性をもっているか否か疑わしいと問題を提起している。一例をあげれば、脳性マヒから脳卒中に及ぶ神経疾患の治療法において、効果に関して不確定であり、科学的根拠についても論争があるとの点である。彼はリハビリテーション医学の研究に対する重要性と可能性を提示し、もし新しい努力が払われなければ、多くの障害者が束縛された生活に甘んじなければならないと述べた。
2)第2演者Dr.Sax(オーストラリア)は、「リハビリテーションの地域保健計画」について述べた。すなわち保健計画は原則論によりとりきめられ、その原則には明確な目的、概略的な提案、計画遂行に責任ある人の計画参加、状況変化に対応する弾力性、効果の評価などを含むものとする。第一歩はニードの調査にあり、計画者はそのニードを社会資源に割り当てるよう試みる。これは大部分、専門家の意見にもとづき主観的判断によるが、方法にはかなりの制約がある。
以下リハビリテーションの目的、とくにリハビリテーション医学のねらいは、障害者の心身の能力を開発にありとしている。医療関係者の教育、地域社会の啓蒙、地域的医療機関の配置などにつき広範にわたって意見を述べた。
3)「患者とそのニード」演者Dr.Curry(カナダ)
リハビリテーションは、一方的に患者に奉仕するのではなく、患者が自ら立ち直ろうとするのを援助するものである。例外はあるにせよ、このことは患者をも含めてリハビリテーション関係者が銘記すべきである。
第一の患者のニードとして、リハビリテーションの成否は患者自身にあり、他人が介助してくれるが自らの努力ですべきだということを自覚させることである。もし患者が協力しないなら、それは動機づけが乏しいとレッテルをはられる。
治療手段では、一定の目標を設定し、リハビリテーション・チームのみならず患者自身にもこれを知らせ、了解を得、かつ受け入れられるものでなければならない。
第二は患者とリハビリテーション・チームの人間関係である。医療優先は避けることが望ましい。それは他の領域の貢献をおさえ、あるいは患者に対する彼らの責任遂行を妨げることになる。医療グループと他の職種とが、決定権や優位性でつり合いのとれていることが必要である。
第三には患者とチームメンバーに対して主任医が必要である。患者は種々の情報がはいると混乱し、チームは一定の方針をもつために、また相談指導をする面からも欠くことができない。
第四は患者に適切な情報を与え、相手の言い分を聞いてやることである。
最後にリハビリテーションは患者を人間としてりっぱに回復させることであり、その中心は人材にあり、リハビリテーションを成功させるのは職員である。
なおさらに、リハビリテーションの体系として、一般病院のリハビリテーション部、リハビリテーション・センター、職業訓練所に及ぶ組織についてもふれた。
以上3題の演説の後に、大学職員食堂で香港のDr.Fang(司会者)とテーブルを囲んで、ランチをともにした。第1演題のなかの現行治療法の再検討という内容以外は、大きな感銘がなかった。
8月21日午後は、分科会に分かれて専門職教育養成という部門に出席した。参加者はおよそ30名くらいで、司会はProf.R.L.Huckstep(オーストラリア)である。
初めに「リハビリテーション領域における医師の教育」という題で東独のProf.K.Renkerが演説をした。その内容のあらましは次のごとくである。
最初に東独におけるリハビリテーションの概念を述べ、すべての臨床面で、リハビリテーションを医師の活動の本質とみなすとしている。東独における基本概念は、医師の基礎教育と卒業後教育で三つの方法を区分している。すなわち、①医学教育の間の訓練、②専門医の資格取得の訓練、③リハビリテーション領域に働く人々の補習教育訓練である。
医学教育期間中に学生は、各科の総合関連科目の講義の中でリハビリテーションの問題点に習熟する。その目的は若い医師にリハビリテーション領域の基礎知識を与えることである。最初にリハビリテーションの理念の進展が示され、リハビリテーションの基礎が教えられる。これに関連してリハビリテーションの概念と国際的な考えについて討議する。他面、社会組織の中のリハビリテーションの位置づけについての講義がある。
さらに経済的問題もまた論議される。東独領士におけるリハビリテーションの組織形態について重点的に述べる。しかし内容は公衆衛生における形態のみならず、職業的リハビリテーションの基本問題にもふれる。小児期のリハビリテーションの問題も講義され、重点は身体的疾患と身体障害におかれる。また医学的リハビリテーションの問題もとりあげられ、一般的にリハビリテーションと複雑なリハビリテーションについて力説される。
専門医になるすべての5年間専門課程では、リハビリテーション教育の基準がある。内科、外科、整形外科、労働衛生などの課程では、専門領域におけるリハビリテーションの理論と実際に通暁しなければならない。
リハビリテーションの実践家は種々の問題に逢着することがあり、これが解決には特別の知識を必要とする。この知識を与えるために、東独リハビリテーション協会と職業保健中央研究所の共催で、特別のコースが開かれる。このコースは基礎と四つの専門に分かれ、そこで理論と実際面の広範な知識が与えられる。
教育と卒後研修は、医師とリハビリテーション専門家教育のリハビリテーション思想を喚起させるのに役だっている。
約20分にわたるDr.Renkerの演説につづいて、参加者は自分の国の医師教育の現状を紹介した。日本の医学教育におけるリハビリテーション教育の体系が未確立な状態で、卒後教育もリハビリテーションについてはないに等しい現態勢を述べたときには、いささか恥ずかしい思いがした。
医師たるものは疾病を治療するのみならず、病人を人間として扱う以上、リハビリテーション・サービスを知らなければならない。その医師の教育にリハビリテーション医学から社会医学、職業的リハビリテーションに及ぶ教育体系の確率こそ焦眉の急である。日本はリハビリテーションの後進国でよいだろうか。人間と生命を尊重する国になるために、国民はその方途を考えなければなるまい。
8月22日(水) 専門職教育養成分科会
「保健関係職員の養成」Dr.L.T.Wedlick
オーストラリア、ビクトリア州、エドワース病院のリハビリテーション医学、医務部長である演者は、次の要旨を述べた。
リハビリテーション医学の高度な進歩にともない、PT、OT、STなどのパラメディカルの職種は、その知識、治療技術において高度のものが要求されている。したがってその教育も以前より高次レベルが必要となってきている。また一面チームワークの面からリハビリテーション・チームの他の職種と協調して働くことが重要である。ビクトリヤ州では、高いレベルでしかも総合的なパラメディカルの教育の必要性を痛感し、チームアプローチを推進するため、PT、OT、STの総合教育機関をつくった。メルボルン市の中央にあって、大学、教育病院と近接している。建築に200万ドルを費し、5階建の建物でLincoln Houseとして知られ、1967年に開校した。
学生総数は300名で、PT180、OT80、ST40名である。各階の面積は13,000平方フィートで、各部門は分科しているが、共通部門と管理は中央化されている。これは運営上、経済的にも有利である。3学科の学生はときにはいっしょになり、互いに他の学生が何を学んでいるかを知り、ひいては将来のチームワークに役だつ。
現在は3年の資格課程であるが、来年は4年制の学士課程に転換され、STはすでにその途上にあり、PTは転換が始まり、OTは近いうちに改編されることになっている。4年制改編の理由は教育内容が多くなったことと、将来の教育研究に連けいするためである。
パラメディカル・スタッフは、リハビリテーション領域により重要な役割が要求され、それにこたえるより高い教育が必要となる。またリハビリテーションはますます多岐にわたって複雑となるので、チームアプローチで推進されるべきであると信じてやまない、と結んでいる。
引き続いて活発な討論があり、義肢装具士の教育は合併したらどうか、リハビリテーション看護婦の教育はどのようにするか、4年制の学士課程と3年制資格コースと共存すべきかなどについて意見交換をした。パラメディカルの教育は国の経済力、文化的レベル、人材の量と質によって考慮すべきであるとの意見があった。台湾、インド、フィリピンなどで4年制学士コースを採用している現在、日本はどうあるべきか熟慮しなければなるまい。
以下引き続き専門職教育養成に関して、PT、OT、M.S.W.の立場からの演説があり、討議が行なわれたが、割愛せざるを得ない。
さらに「リハビリテーション医学の将来に対する指針」を討議し、最終日には9題の学術発表演説が行なわれるという多彩なセミナーであった。
*東京都立府中リハビリテーション学院長
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1972年10月(第8号)6頁~9頁