センター・インダストリーズについて

センター・インダストリーズについて

―リハビリテーションにおける人間工学―

野田武男

 1972年8月、オーストラリアのシドニーで開催された第12回世界リハビリテーション会議に参加し、数度にわたってスパスティック・センター、センター・インダストリーズを訪ねることができた。

 これは、その際、熱心に指導してくれた同センター総支配人ヒューム氏および同副支配人イスラエル氏の話と、同会議において発表された資料をもとにしてまとめたものである。

 オーストラリアのシドニーにあるセンター・インダストリーズ(Center Industries)は、重度脳性マヒ者の職業的リハビリテーションに、従来の観念ではとうてい信じがたいほどの成果をあげているところとして、世界の多くの関心を集めている。

 このセンターは、ニュー・サウス・ウェールズ脳性マヒセンター(Spastic Centre of New South Wales)が1961年に開設し、企業形態で運営している通信用諸機器の組立加工をする工場部門である。

 1961年の創業当時は、脳性マヒ者32名を含む総勢112名の従業員で、年間の生産売上高は45万ドル(約1億6,200万円)であったが、現在では、脳性マヒ者194名、その他の障害者50名、健常者550名、合計794名の従業員を擁する規模で、1971年度の生産売上高は年間401万ドル(14億4,360万円)に達している。つまり、操業開始当時の障害者1名に対して健常者が2.5名の割合の従業員構成から、1971年においては、この割合を1対2.2名に引き上げており、年率2%程度ずつ脳性マヒ者の割合を増やしつつ、反面、企業努力によって生産性を高めてゆき、10年間に890%の生産売上高増を達成しているのである。また、この10年間に従業員数を約7倍に伸ばしており、この雇用の拡大は作業の熟練度を高めることを困難にしがちであるが、そのなかで、個人当たりの生産性を平均127%にまで引き上げているのである。まさに驚異の実績をここに見ることができる。

発想の転換と基本理念

 このセンター・インダストリーズで働いている身体障害者は、重度の痙直性マヒ者が中心で、一般企業や公的リハビリテーション施設からも受け入れを拒まれた人たちばかりであって、障害の程度は相当重度、重症である。

 194名の脳性マヒ者のうち56%にのぼる108名は食事と排便に介助者を必要としており、そのうちの75%にあたる80名は強度の言語障害を伴って意思表現、伝達が困難である。

 このことによっても、このセンターで働いている身体障害者の障害の程度がおおむねわかるのである。

 では、どうしてこのような重度脳性マヒ者が保護的授産施設と異なる、きびしい企業的環境下の工場でりっぱに生産の一翼をにない、そして品質、価格、納期などに、全く自由競争下の商業生産ベースのもとで採算を維持する一員となり得ているかを考えなくてはならない。

 そこには脳性マヒ者のリハビリテーションにおける発想の転換と拡大を見ることができるのである。

 従来、リハビリテーションとは、その大半を医学的に解決すべき問題であると思いこまれ、技術関係者の分野は、せいぜい、義肢装具類の製作か機能を補助するための補助用具に、巧緻な工夫を施す程度のことに限られていたが、このセンターでは、治療上の目途がついた脳性マヒ者のリハビリテーションについては、医療上のサービスは必要なものと考えながらも、むしろそのほとんどが正常な生産能力の取得という目標にしぼられることがたいせつだと考えている。

 そしてこの人たちが、作業をする人となるための潜在能力を開発育成するのには、その作業に練達し、その作業を職務として実社会で活躍している専門技術者があたるのが最良であると考えられている。このような発想から、工場内の生産性を増進させるための技術者であり、かつ実践の部門に所属する生産指導技師(Production Engineer)や工法指導技師(Method Engineer)、作業分析者(Work Study Analyst)、動作計時研究員(Motion and Time Studyman)などが、その豊かな経験と技能、知識をもとに、ひとりひとりの脳性マヒ者について動作分析や作業分析を行ない、英知を集めているのである。そして、障害の軽重にかかわらず、訓練の初日から生産チームの構成員となれるように目標を設定し、それは単に作業への訓練指導にとどまらず、通勤の手段から用便や食事に至るまで広範に取り組まれてゆくのである。

 その結果、健常者と交じってセンターのマイクロバスで通勤し、タイムレコーダを押し、活発に生産にいそしむ職場の一員として、明らかに工程の一つを分担する自覚と喜びを生むように育成するのである。給料日には、健常者と並んで列を作って給料を受け取り、一日の困難な仕事を終えて帰宅すると、家族にきょう一日の興味ある話をする―このような人間らしく生活する喜びが、意気込みや動機づけになってこそ、今後何年も何十年間も続けなければならない長い努力への原動力が生まれてくるのだという高い理念に基づいている。

 そしてなお、重度脳性マヒ者の職業的リハビリテーションにおける進歩は、評価や分析や訓練、指導がいかに効率的に進められるかにかかっており、障害の軽重はむしろ問題ではない。もし進歩を認めることができなかったとしたら、責められるべきは脳性マヒ者本人ではなく指導者側にある。決して退所させることによって解決を図るようなことはしない―と。そこにセンター・インダストリーズの最高の存在理由があるのだと、指導者たちは信じている。

リハビリテーションのための人間工学

 センター・インダストリーズは、他の企業との自由競争のもとで利潤をあげている普通の工場企業部門である。その中に約4分の1にあたる重度脳性マヒ者が働き、品質、価格、納期などの面で全く劣ることのない、むしろ、業務提携をしているアメリカのゼネラル・エレクトリック社と同じ検査基準で作業が進められ、同社が指定する高い水準の製品を生産しているのである。

 センター・インダストリーズは、このような高い水準の実績のもとで重度脳性マヒ者の効果的な雇用を実行し、持てる能力を発揮させているのであるが、その成功には、痙直性マヒ者をはじめ、あらゆる脳性マヒ者が作業に従事するための、根気のよい人間工学的な評価と、動作分析と作業分析に基づいた「手作業的な設備から最新技術の機械装備の導入と巧みな工夫」に見られる幅の広い配慮が払われていることに注目しなければならない。 

 それは、さまざまの困難な障害を有する重度脳性マヒ者から、その人の持っているすばらしい資質と潜在能力を見つけ出し、これを評価し、その能力に最もふさわしい仕事や機械操作ができるように導くことであるが、決して並みたいていのことではない。

 しかしこのセンター・インダストリーズにおいては、まさにその困難を克服して実行しているのである。

 前述のとおり、これらの評価や分析、訓練にあたるのは、最も練達している現場指導者である―生産指導技師、工法指導技師、作業分析者、動作計時研究員が中心になるのであるが、これに心理判定員が加わってチームが構成され取り組んでいる。

 彼らは、重度脳性マヒ者に仕事を与え、生産作業に従事する上には、手の動作、筋肉の運動、関節の屈伸が重要なきめ手になるとの判断から、身体的動作の詳細な観察から着手し、まず動作分析によって特性の把握をしている。

 これらの場合、単一動作、連続動作、反復動作、加速動作などの動作の形態の変化による分析はもちろんのこと、動作対象物の重量や姿勢との関係、加えて照明や騒音、臭気などの環境刺激との関係なども、とらえるのである。

 また、このような脳性マヒ者個々人の動作分析を進める一方、障害のない健常な熟練者を選び、作業内容を分解しておのおのの動作を精細に観察し、個々の作業についての動作分析も行なってきている。そして、これらの健常者に作業の手順を変更させたときの変化や姿勢との関係などもとらえているのである。

 以上のように、いずれも人間工学的な突っ込んだ観察と研究を土台にしているのであるが、ここに分析把握された脳性マヒ者の心理的・身体的動作能力と、分析された個々の作業をいかに適合させるかが問題になる。センター・インダストリーズにおいては、これらの人間工学的データによって、いかにして作業を人間に適応させるかを、より科学的に遂行するために心理テストと作業標本法を併用している。この心理テストは因子分析(Factar Analysis)と相関分析(Correlation Analysis)によるもので、その仕事に必要な適性資質の発見のためである。

 しかし、このように多面多角的な観察や分析が積み重ねられてはいるものの、観察は一連の動作を行なう能力を示すにとどまり、心理テストの判定は職務への適性資質を示すのにとどまるものであって、作業の効率を判断することはできないのである。

 そこで、作業効率を判断し職務能率を評価するには、作業予定標準時間(Predetermined Time Standard)との関係を明確にしなければならないと考えている。このセンターでは、作業効率の判断にモダプツ法(MODAPTS)と呼ばれる方法を採用し、立体的に合理的な評価を行なっているのである。

MODAPTS法による職務評価

 障害の程度の軽重にかかわらず、彼らがきびしい企業環境下の商業生産ベースのもとで、採算を維持する一員となりうるには、作業動作をするときの正確な能率評価をする必要があることは言うまでもない。すなわち、機械工学的に分類される各種の作業動作に対して、継続的に行ないうる能力とその能率を判定しなければならないのである。そして、その上に立って、生産指導技師たちの手によって最良の能率をあげ得られるように工夫され、しくまれてゆくのが順序となる。

 センター・インダストリーズでは、この問題を解くために障害者の作業的動作のさまざまな状態をビデオフィルムに収録し、その動作状態を作業予定標準時間と比較するモダプツ法(MODAPTS)によって評価している。

 彼らは多角的な動作分析と心理テストによって一応の適性職務が見つけられ、その上で職務能力をモダプツ法によって時間的能率を測定し効率を確かめられて、最も有効な職務につくよう指導されている。

 MODAPTS法は、今や世界的に認められているすぐれた職務分析のための能率評価法である。

 そもそも作業能率測定法の研究の歴史は古く、ビクトリア時代にストップ・ウォッチが世に出てからは急速の進歩を遂げている。

 そしてその後、機械工学の発達から作業動作を460種に分類し、その動作別に標準時間を設けたM.T.M法(時間測定法)が1948年に生まれている。MODAPTS法は、その後の新しい機械工学、人間工学の進歩にそって基本作業動作を21種に減らして分類し、これに標準時間を設けたM.T.M法の最新改良版でオーストラリア予定標準時間研究協会(Australian Association for Predetermined Time Standard and Research)が開発した評価方法であり、MODAPTSとは、MODular Arranged Predetermined Time Standardの略で、職務作業動作能力をMOD時間値(末記説明)で評価表示する方法である。

 そして、センター・インダストリーズにおいては、いち早くこのMODAPTS法を導入し、独自の研究と開発を進め、工業用の潜在作業能力評価法としての障害者用テスト・バッテリーとして確立している。

 そこには、重度脳性マヒ者用のテスト、評価法にふさわしい多くの工夫が織りこまれており、ここで開発されたMODAPTS法によるテスト装置は、置く動作(Put)、動かす動作(Move)、持つ動作(Get)の三つの動作機能によって検査するしくみになっている。そして電気的、機械的にこれらの動作機能を増幅して表示し、動作運動の方向特性と、動作運動の大きさをとらえ、障害者の動作評価に必要なデータを時間値と同時に知ることができるのである。

 また一枚の記録表示紙(Summary Sheet)に、障害者の身体的能力のプロフィールが時間で表示され、簡単でかつ明確につかむことができるようになっている点が実にすばらしい。

 このようにして得た結果をもとに、セラピストの協力を得て最も適した仕事を見つけ、人間的動機づけと自信を与えることによって、本人にとって最大の能率で仕事をする条件を作り出しているのである。そこには、脳性マヒ者自身が思いもよらなかった自分の能力を発見し、限界と考えていた線を越える仕事についていることが多いと言われている。

 それは、MODAPTS法の基本的な考えの中に、人間の能率は動作の速度だけで評価されるものではなく、その人の動作能力や特性に最もふさわしい作業手順や方法を見つけ出すことにあるのだと言われており、そのような考えが生きているのであろう。

たくましい成果

 センター・インダストリーズの従業員の総数は794名で、そのうち重度脳性マヒ者は194名、24%である。そして1971年度の総生産売上高401万ドルのうち、脳性マヒ者の手によって稼働生産したものが74万ドルで全売上高の18%を占めている。

 つまり、健常者の稼働生産と脳性マヒ者の稼働生産量を比較しても、その生産性において、わずか12%しか差異がないことを示している。

 これは、健常者の88%にあたる能率をあげていることである。

 私が現地で自分の目で見た重度重症の脳性マヒ者の成績とは信じがたいほどの驚異の数字と言わざるを得ないし、4分の1にあたる脳性マヒ者を雇用する企業経営の成績としては、あきらかに卓越したものである。

 しかし、このすぐれた経営成果にもまして注目すべきは、ここで働いている重度脳性マヒ者の人間的成長の成果であろう。

 彼らのこんにちまでの人生を通じて、この職場で生産の一翼をになうことによって社会に寄与する道を得ていることは、きわめて大きな意義を持つものである。また、現に彼らは健常者と同じ基準で給与を受け取っており、一定水準以上の給与を受けると、その額に応じて年金支給額が減額されるが、彼らは減額を受けることこそが自立なのだと自覚している。

 「私は給料も多くもらうので、国から支給される身体障害者年金を30%減らしてもらっている…」と誇らしげに語っていたのが印象的である。

 まさに人間的な面における成果を象徴するものと言えるであろう。

 そして、センター・インダストリーズは、近代人間工学の科学性と障害者問題の人間性をうまく調和させたもので、職業的リハビリテーションにおけるこんにちの教範であると言いたい。

<注>MOD時間値とは、指一本を動かす必要時間は平均7分の1秒で、この動作時間を基本単位としてモデュールとしており、7分の1秒を1単位とした時間値のことである。

日本チャリティプレート協会常務理事


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1972年10月(第8号)30頁~34頁

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