教育 学習遅進児に対する算数指導の試み

教育

学習遅進児に対する算数指導の試み

Mathematics and Slow Learners

本稿は、軽度教育遅滞児(Educational Subnormal children〔M〕)のための、テープによる初歩的な算数概念を指導する方法を記したものである。

Renee Berrill*

山下皓三**

 「学習遅進児の反応は、教師が意味ある、しかも現実水準にたった理解力を求める場を設定し、学習環境もその意味と関係が容易に判然となるように構造化され、そこへ子どもが積極的、感動的に参加している場合には、教育学者がかれらに与えた呼称は、かれらの反応と多分矛盾することになるであろう。」これはAlec Williams が著書Basic Subjects for the Slow Learners(1970)で記したものである。本稿で記すテープレコーダーによる実験も、上記の観点にたつもので、以下の3原則に基づいている。

・ 学習遅進児のプログラムは高度に個別化学され、読み能力の低さを考慮したものであること。

・子どもたちが学習し得るに十分な注意集中ができるよう励まされること。

・ 指導方法においては飽きさせないように、しかもくり返しの学習ができるよう配慮すること。

四つの目標

 本実験の目標は、以下の4点である。

 (1)「数」や「形」の理解を助けるうえで、異なるアプローチにより効果を上げることが可能であるかをみること。

 (2)成功を得させることで、子どもに自信をよりつけること。

 (3)算数を楽しんでするよう助力すること。

 (4)「数」や「形」の基本的概念を学ばせること。

 これらの目標を達成するため、本プログラムの初期の段階では以下の諸点の向上を意図した。すなわち、(a)1~9の数をあるまとまりとして認知すること、(b)数の保存、(c)具体物を利用しての数の構成、(d)数そのものを書くこと、(e)円、正方形、三角形といった単純な幾何図形を含む見慣れた物の大きさや形の認知と、それらの物を大きさの順に正しく並べること、である。

 さて本稿には、これらの概念を指導するよう意図したプログラムの一部分を、その内容やアプローチを紹介するためかなり詳細に記したが、このテープによる指導は、普通学校や特殊学校における学習遅進児に対しても有効なものとなろう。

手続きと教材

 ここでの手続きとは、子どもが無関係な騒音を排除し、注意の集中をはかるためイヤホーンを装着し、テープに録音された教示に従うことである。このテープは活動を刺激し、即時的な強化を与えるところから、子どもが積極的になり、進歩していると感ずることで動機づけが保持される。しかも質問と言葉で反応するよう励まされるところから、子どもとテープによる声との間にある関係が確立されるのである。

 ところで子どもの使用する教材は、六つに仕切られた箱と、彩色図形の描かれた1枚のカード、鉛筆およびノート、それに数学習に使用するじゅず玉、積木、模造貨幣、貝がら等の入る箱である。これら教材の選択基準は、Tansly,Guliford (1960)の考えと一致するもので、かれらは教育遅滞児に言及して、「〔数〕レディネスプログラムに単純な教材を使用することで、数概念の発達に必須な思考型を助長させるよう操作することが可能である」と述べている。

 なおテープには、子どもにテープレコーダーとイヤホーンの使用に習熟させることを意図した導入部分があるが、これは以下のテープで使用される一連の言語印象を提示する意味も含まれており、この後に5区分のテープが続くように構成されている。

テープの内容

 各区分のパートAは、数概念と類似した形を、順序に従って並べることを指導するよう意図しており、テープで子どもに物を各組に分類し、仕切り箱に入れるよう求める。教示は以下の抜粋に示すように、ゆっくりと明確に与える(抜粋では子どもの回答する部分を省略してある)。

「―さあ、あなたはここにある全部の物について考えなければいけません。先生が言ったら、それを指さして下さい。貝がらは?、積木は?、おかねは?、玉は?、色のついた板(形板)は?、では、積木がいくつあるか数えて下さい。1、2、3、4、5。そうですね。5あります―」

「さあ、仕切り箱から玉を取り出し、いくつあるか数えてごらんなさい―5ありますね。こんどは玉をはじきながら1列に並べて下さい。これをしている間は、テープのスイッチを切って下さい。」「できましたか。よろしい。」「では、並べる前と同じ数だけあるか数えて下さい。」

「こんどは仕切り箱から色つきの板を取って下さい。これらはみんな、さんかくですね。いくつあるか数えて下さい。5ありますね。」

「いちばん小さいさんかくは何色ですか。そう、赤色ですね。では、いちばん大きいさんかくはどれですか。そうです、青色のがいちばん大きいさんかくですね。緑色のさんかくは青いのより小さいですか。」

 テープのパートBは、あるまとまった数を指導するためのものである(加法のみを扱う)。以下は6の数を扱ったテープの抜粋である。

「赤色のものはいくつありますか。そう、6ありますね。赤いボタンが2(二つ)、赤いましかくが2、赤い玉が1、赤色の鉛筆が1です。ですからボタン2とましかく2、じゅず玉1、鉛筆1を合わせると6になりますね。よくできました。」

 パートCも、あるまとまった数(ただし減法)を指導するためのものである。このパートで、子どもは再度分類の課題を与えられるが、本稿には4の数を扱ったテープの抜粋を記してある。

「ここには動物がみんなでどれだけいますか。そう、4いますね―ひつじが3、牛が1です。それではひつじをテーブルから仕切り箱へ入れて下さい。テーブルの上には動物がいくつ残っていますか。その通り、牛が1しか残っていませんね。」

 ところで、著者は本課程に対する子どもの要求と、学習した概念の理解度をみるためにPiagetの一連の研究法に従った前および後テストを作成したが、このテストは可能なかぎり個別に実施され、記録は子どもの進歩の状況に応じて記入されるようになっている。

 本テープは、当初の実験に選定した特殊学校3校において使用された。A校の実験は、子どもたちがテープレコーダーや教材の使用にあたっていかに反応するかを知るためのもので、8~10歳の教育遅滞児12人が選ばれた。本校における算数の指導は相当現代的なもので、いくつかの教材も使用されていたが、そこでは程度差による連続した関係をみることは困難であった:例えば子どもによっては、基本的なまとまりといった考え方について引き続き3年間も指導されていたが、それにもかかわらず子どもたちは、基本的な数の原則を理解することができないでいた。

 子どもたちはテープ学習をするため教室のテーブルについたが、当初イヤホーンを装着しないと騒音や動きに明らかに転導され、注意を集中することが不可能であった。しかしイヤホーンをつけることによりその変化は顕著にみられ、教室での他のことを忘れ、テープの教示に完全に注意を集中することができた。従ってこのシステムでは、イヤホーンの使用が非常に重要な要因であることが明らかである。

 子どもたちには飽きがみられず、決められた時間(1セクション10~15分)注意の集中が可能であった。ところである蒙古症の少年は、注意の集中ができず課題の遂行が困難であったが、玩具として遊ぶことができるならば決められた時間でも熱中することのできる子どもであった。事実すべての子どもが、この実験を楽しく遊べるゲームとして受けとっていたのである。レコーダーや教材を使用する珍しさを別にして、子どもたちは算数に顕著な進歩を示したし、かれらはすべて、テープ学習を終了した時点でのテストに合格した。ただここでの問題は保持についてである。確かに1週間程の保持は明らかにみられるが、もし実施されるならば本児たちの11~12歳でのテスト結果は興味をいだかせるものとなろう。

年長児におけるテープの使用

 学校Bは11~16歳の教育遅滞男子を対象としている。生徒は脳損傷、貧しい家庭環境、不適応、非行といった多くの教育的諸問題を有しているのみならず、弱視、難聴、夜尿といった付加的問題をも有しているケースがあった。この学校での算数指導法は伝統的なもので、成績のよい生徒は、教室の外で農業、伐採、園芸等の作業を通して課題に取り組むようになっている。確かにこれらの活動を通してある算数的問題は生起するのであるが、教師の感想では、基礎的概念の理解、特に数の操作に関する理解が不足がちである、とのことである。

 テープ学習には、10までの数についての分類、マッチング、計算、合成等の経験を必要とする23名の生徒が選ばれたが、かれらの暦年齢(CA)は12~15歳の範囲にあり、IQ80以下、読み能力は5~8歳児相当であった。

 1度に4人の生徒がテープ学習を受け、A学校におけると同様に外部騒音を遮断するためイヤホーンが使用された。

 教師による報告では、23名の生徒は例外なくテープ学習に喜んで参加し、一人として課題が幼稚すぎるとは考えなかった、ということである。しかも課題の反復に飽きを示さず―事実これを楽しんでいると思える生徒もおり、慣れるに従ってしばしばテープの声をだし抜くこともあったほどである。さらに制限時間内、かれらはよく課題に集中し、テープ学習が終了すると多くの落胆の表情を示した。なお非常に特別のケースである2名を除いて、他の生徒はテストを通過し、数の学習や形の再認に進歩がみられた。

女児の進歩

 学校Cは女学校で、9~13歳の7名の女児が前もって個別の前テストを受け、テープ学習に参加した。レコーダーおよびテープ、教材は教室にセットされ、かれらが学習しようと思えば、いつでもレコーダーの使用が許可された。教師はテープの課程を進めるよう励まし、児童は皆喜んでレコーダーを使用した。この学校でもかれらは明らかに時間内の活動に熱中し、課程が終了すると失望した様子をみせたのである。女児ひとりひとりの進歩の記録は教師がとり、休暇後に後テストが実施された。2名の女児が卒業したが、他の5名の得点は前テストに比し著しい進歩を示していた。例えばある女児の前テスト得点は47/100 であるのに比し、後テスト得点が65/100 、また他児の得点は、45/100 と69/100 であった。

 さて本実験の精神は、Slow Learners in School (1964)の一文、「知的に劣っている子どもにとって思考を喚起せず、洞察を発達させない学習といったものはあまり価値のないもので、かれらの必要とするものは、機械的に学習するのではなく、知的に学習することである。」に要約することができる。

実験の成功

 本実験に参加した子どもは、これまでに皆算数の学習と理解に失敗しており、ある者(特に年長児)にとってあまりにむずかしく、飽きてしまうところから算数を拒否するほどであった。しかしテープ学習の結果、すべての子どもが数や形についての初歩的な事象を学習し、かれらの算数理解も著しく改善されたのである。例えば正方形がいかなるものであるかを知っている男児は、長方形を提示され、「この名前は知りません。でもましかくではありません。」と答えたし、他の男児は6よりも10の方が大きい、とその理由を言いながら、3枚の2ペニー貨よりも、1枚の10ペニー貨を選んだのである。この例を初めとして他の多くの例から、かれらが単に機械的でなく、知的に学習し始めていることを知ることができるとともに、既述の精神を支えるものであることも知り得るのである。

 さらに広範な年齢差や能力差にもかかわらず、全ての子どもはテープによる方法と一連の教材を使っての学習を受容し、教師が子どもの個別学習により、手一杯となっている校務時間を侵害されなかったことを歓迎したのである。

 さてAlec Williams (1970)は、学習遅進児について非常に重要なことを主張している。すなわち「学習遅進児の直面している基本的問題は、学び方を学習することである。」と。

 多分本方法は、ある程度学び方を学習する助けとなるはずで、これが動機づけとなり、子どもは情緒的にも、実際的にも学習過程に熱中するようになるであろう。

今後の研究の必要性

 本実験については、今後の研究が必要であり、テープも、順位や分数といった概念を含む数の課題へと発展させなければならないであろう。このテープ指導は、普通学校における学習遅進児にも有効に適応できるもので、学習カードを使用している能力差のあるグループでは、教示をテープに録音し、カードを読む際同時にテープを聞かせるといった方法をとったところ、算数の向上はみられなかったが、読みの技術には改善がみられた。また治療教育を意図したクラスでは、テープと変化に富だ教材により、必要に応じての助力を子どもに与えることも可能であった。

 ただこのテープ学習は、個別に学習するだけの部屋があり、器具がそろっていさえすれば、1度に何人かの子どもが学習できるわけであるが、1日に1セクションのテープ(10分~15分)しか学習させてはならない。

 ところで優秀な教師が十分におり、子どもに1日30分、個別に算数指導が可能であるならばテープによる指導の必要性もないであろう。しかしこの理想が実現するまではこの種の方法が助けとなるであろう。

 この限られた実験で、ある励みとなる結果を得ることはできたが、既述したごとき保持の延長、テープ学習に最適な生徒の範囲、テープと付属する装置のデザイン、および教師の経験についてのモニター等、今後の研究にまたなければならない問題の存在することもまた事実である。

(Special Education,June 1975 から)

参考文献 略

*Newcastle大学教育学部で教育学を担当。
**東京教育大学附属桐が丘養護学校教諭。


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1976年7月(第22号)9頁~12頁

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