最重度精神薄弱者の運動技能発達

最重度精神薄弱者の運動技能発達

Moter Skill Development in the Profoundly Retarded

David Auxter

中井 滋

 最重度精神薄弱者は、しばしば運動技能に重度障害があり、それらの多くの者は移動能力が劣っている。基本的な移動の機能が遂行できないと、多くの場合、上下肢の関節に関係している筋肉の拘縮をもたらすことになる。いくつかのケースにおいては、活動の不足に基づく拘縮が、さらに運動機能に損傷を与え、そして結局は制限されたステレオタイプのパターン活動を導いてしまうことになる。これらの重度な損傷の結果、最重度精神薄弱者はADLでの自立ができなくなり、さらに様ざまな運動機能の遂行ができないことが、ある一定の地理的環境を制限し、身辺処理のために他人の世話になり、個人の社会的発達を極めて制限してしまうことになるのである。

 この論文のねらいは、移動不可能な状態にある最重度精神薄弱者の運動機能を、より向上させるための手続きを述べることにある。

研究計画

 最重度精神薄弱者の運動機能を発達させるためのプログラムを考える中で、特定の指導方針を設定した。また最重度精神薄弱者の運動行動と標準運動発達表を比較することによって、プログラムの出発点を設けた。

 運動発達の研究を通して、最重度精神薄弱者の移動発達を促進させるためのプログラムに適切と思われる、主な四つの事柄がわかった。移動発達のための必要条件は次のようなことである。つまり(1)どんな関節でもあらゆる方向に、でたらめ運動ができうること、(2)重力に抵抗し、また部分的にはコントロールが可能であるような抗重力筋群の確立、(3)質的運動の意識性の発達、(4)目的的で分化した運動のための関節機能の統合と協応。

被験者

 この研究における被験者は12歳~30歳の最重度精神薄弱者12名であり、彼らの精神年齢は6か月~18か月であった。すべての被験者は最小限度の運動が未発達のために、移動不能であったり、ある特定な運動のための統合機能も現していなかった。また排便と食事はどちらも自立していなかった。運動機能の程度は、訓練のために1対1で職員がつかなければならないほどであった。そのプログラムの実施にあたっては、そのための活動と手続きがあらかじめ指導された、州立ポークスクール(Polk School)の体育の教師によって行われ、その活動は被験者の発達段階に応じて、個別に決められた内容が実施された。

関節可動域の拡大

 前述した移動のための必要条件の目的を達成させるために、特別なプログラムが考えられた。プログラムの第一段階は、関節の筋群を損傷しないで伸張させるために、十分緊張させながら、漸進的伸張によって、拘縮している関節の可動域を拡大させるように計画された。プログラムのこの部分はでたらめ探索運動、抗重力のコントロール、そして質的運動のコントロールの発達に、直接あるいは間接的に関係していたので、プログラムのほかのすべての段階の運動にとっても、必要条件であるように思われる。プログラム開始に先だって、現在の関節可動域を評価し、それをもとにその後の測定によって、正確な改善がなされたかどうかを決めることができるようにした。

 最初の評価の結果、被験者の機能の程度には相違があることがわかった。それゆえ特別な被験者の、ある特定な発達段階からプログラムを実施し、ひき続き個々のペースに応じた運動をさせることが必要であった。被験者のほとんどが、下腿三頭筋が固いために、足首が底屈しているという共通した問題を持っていた。このことは直立姿勢の保持にとって、不安定な基底面を表すことになる。そこでこれらの拘縮を軽減するために、アキレス腱伸張テクニックを使用した。また膝腱と股関節屈筋群にも拘縮がみられたので、伸張テクニックにより、これらの関節可動域を拡大する必要があった。以上の部位の関節可動域の拡大は、重心と基底面の関係をコントロールする能力をより向上させるので、重力に対する抵抗の保持と直立姿勢の能力をより向上させることに役立つ。

伸筋力の発達

 プログラムの第二段階は、直立移動に直接関係する抗重力筋群を増強させるように計画された。その筋群というのは足首の底屈筋群、膝関節と股関節の伸筋群、そして体幹(腹部)の屈筋群であった。これらの筋群の発達のための連続的なストラテジーは二つであった。最初に頭部から臀部への連続的発達の考え方が、精神薄弱者をプログラムの出発点に位置づけるために利用された。この考えは(1)頭をコントロールする能力、(2)座位でのまっすぐな姿勢を保持して体幹をコントロールする能力、そして(3)最終的には直立姿勢で重力に打ち勝つために、股関節、膝関節、足首の伸筋群をコントロールする能力の獲得へと連続的順序で行うことを強調するものであった。活動の順序にはかなりの重点を置くものであった。座席から下肢への体重移動で身体の受容をさせ、改善した例がいくつかある。それは以下のような方法でなされた。

 つまりいすの座席が足の方へ傾けられたのである。すると体重移動は座席から足底、足首、膝、そして股関節の伸筋群へと漸進的に行われる。下肢の伸筋群によって体重を受容させるもう一つの方法は、被験者を支えて立たせて、定期的に体重を落とさせるのである。転倒の恐怖が、日常活動において習慣的になっていた足首、膝関節、そして股関節の伸筋群の筋収縮をいつも促進していた。伸筋発達のためのさらに進んだ援助は、支持のための援助として歩行車と平行棒を使用することであった。ただし、歩行車と平行棒によって与える支持量は、しだいに減少しなければならない。

固有感覚刺激

 プログラムの第三段階は、多くの固有感覚刺激が被験者の身体運動を可能にするような、重要な運動を与えることであった。これは姿勢を変える点で全身の動きに関係している、粗大運動活動を準備することによって目的を果たした。これらの運動は前庭器官と運動感覚器官のどちらにも関係したものであった。

 プログラムのこの部分での基本的な備品はフォームラバーのマット(6×8フィート)と傾斜板であった。これらの備品はどちらも被験者に連続して身体を変化させることを可能にした。その連続は介助者によってなされる援助をなくしたり、身体運動を助ける重力を減少させるものであった。引き続いて被験者がより活発に動かざるをえないように、傾斜板の角度を下げた。今度は操作者は、マットのある場所から別の場所へ被験者を動かす重力を感じさせるためにマットの角度を上げた。被験者は様ざまなスピードで横から横、前から後、後から前というような方向に動かされた。その中心的な目的は、粗大運動の活動パターンの中で、前庭器官と運動感覚器官の異なった刺激に対する姿勢変化のあらゆる経験をさせることであった。

関節の統合機能の発達

 プログラムの第四段階は、最終的には合目的な運動技能の発達に通じるような運動機能を統合させようとすることであった。身体のあらゆる関節運動を統合するためにスクーターボードを使用した。そのスクーターボードは姿勢の多様性を身につけさせることができ(Auxter, 1969)、そしてこれらの様ざまな姿勢から、たくさんの運動が作り出される。上肢の統合機能に関して、被験者の発達段階の最初の評価とプログラムの進行のために、体の中心部から末端部までへの連続的発達を指導指針として利用した。この連続は肩と肘と手首での統合された力というよりも、むしろ肩の力を使用してスクーターを推し進めるという活動で述べられる。

 プログラムのこの特定の部分を連続して行って、被験者がスクーターの操作でより多くの運動をするようになった一例があった。より高次の運動発達は、スクーターの最善の推進のために効果的に協応した肘、肩、手首の関節の力の統合を必要とした。これらの活動は、あらゆるレベルの最重度精神薄弱者を包含するので、適用することができる。被験者の多くが、補助なしではスクーターのバランスを保持できないというように、体幹に力と運動機能の欠陥がみられた。したがってプログラムの最初の段階では、教師の他動的な援助が必要であった。

行動主義の適用

 被験者全員の動機づけのレベルは、極めて低かった。そのために、くり返された、そして改善された遂行を引き出そうとして、主な動機づけとしてキャンディを用いた。また社会的承認も何人かの被験者にとっては有効な強化であることがわかった。

 ほとんどのケースにおいて、被験者から新しい反応を引き出すことは困難であった。それゆえに多くの場合、反応を引き出すために嫌悪刺激を必要とした。その例としては、プログラムの下肢の伸筋群に体重移動をする部分で示されている。つまり体重を受容することに失敗すれば、転倒という結果を導くであろう。反応を最も大きく引き出すものは、被験者が安全の保持のために反応しなければならなかった重力にあったようである。

プログラムの評価

 プログラムの結果は以下のようなことを示している。つまり、最重度精神薄弱者に関して、特定の目標に向かって作業するよう方向づけする職員は、この障害者たちの運動機能を改善することができる。というのは、すべてのケースにおいて、プログラムのある段階で進歩がみられたからである。さらにまた運動機能を習得するにつれて、被験者がより積極的に随意運動を高めようとする意志が強まることが観察された。

Educating Severely and Profoundly Retarded, 1976から)

参考文献 略

筑波大学大学院生


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1978年7月(第28号)10頁~12頁

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