特集/第7回 アジア・太平洋地域リハビリテーション会議 教育的リハビリテーション

特集/第7回 アジア・太平洋地域リハビリテーション会議

教育的リハビリテーション

三沢義一*

はじめに

 今回の会議では、特殊教育関係の発表は、予想より少なく、またその関係の参加者もあまり多くはなかったようである。したがって、この会議の中からだけでは、アジア・太平洋地域、中でもアジア地域の特殊教育の全貌を審かにすることが至難である。また、いわゆる先進国同士の質の高い教育論議を期待するような場でもないことは想像に難くない。

 歴史の永い盲、ろう教育は、大体各国ともある程度は発展してきたが、肢体不自由、精神薄弱関係などでは、比較的最近になって手がつけられた国が多く、しかも全土のうちのごく限られた地域に、それらの学校・施設が散発的に見られるに過ぎない。したがって、わが国のような徹底した教育制度の下に、不就学ゼロを目指している国とはかなり趣きが異なる。特殊教育の水準を、相互に比較することも実際には困難である。そのため、会議での発表も、将来への理念レベルのものか、さもなければ、特殊教育にかかわるトピック的なものが中心にならざるを得ない。これらの点を念頭に置いて、次に発表内容、その他を要約して紹介することにしよう。

1.障害幼児の特殊教育

 ユニセフに籍を置き、クアラルンプール出身のRalph Diaz氏は、障害幼児の特殊教育の普及を特にアジア地域に関して強く訴えた。東南アジアでは、貧困人口が多いが、その中には、特に障害幼児の対策の遅れが目立ち、野放し状態になっているケースが多数存在している。また親の認識や自覚も極めて不十分で、この問題についてだけでも今後の対策に急を要するとした。子どもの教育は、早期からの社会化(socialization)が不可欠で、役割行動を身につけさせ自立への足がかりとして、運動、認知、情緒などの諸側面の発達を支援する体制づくりが早急に確立されなくてはならないと主張した。経費、人材などの面でも問題は深刻であるが、あらゆる方法を模索し、この分野での前進を図るべきことを力説した点も併せて、彼の発表はかなりの感動を呼んだと思われる。

 障害児のケアーにあたっては、親の役割が極めて重大であることを力説したマレーシア首相夫人Datin Seri Dr. Siti Hasmah氏の全体会での講演も注目されたが、分科会における“就学前幼児の特殊教育に関する決議”でも、親の役割と参加が強く打ち出されている。まず家庭からという認識は、発展途上国においては一層重要な意味をもつものと思われる。

2.障害児の理解啓発

 一般社会を対象にした理解啓発のための示唆は全体会の講演でも随所に見られたが、特殊教育の分科会では、特に“メディア(媒体)と障害者”というテーマで、香港のBarbara Kolucki氏が、これに関する国連セミナー(1982.6. ウィーン)での発表の延長として、マス・メディアの使い方や、効果的な手段について意見を陳述した。「障害者とのコミュニケーションの改善」についての国連セミナーの勧告に関するパンフレットが配られ、参加者の注意を喚起した。メディアの育て方やメディアの産出にも、細かな留意が必要で、それらを適正にすることにより、障害をもつ人々への理解の促進が図られなくてはならないとした。このような指摘はたしかに意味深いもので、新聞、テレビ、ラジオはもちろん、その他のメディアにおいても、ありきたりのPRではなく、もう一度その内容を見直す必要はあろう。

3.統合教育の推進

 統合教育や、地域に根ざす教育は、特殊教育の現代的な思潮であるが、アメリカ、ニューヨーク市教育委員会のMarilyn Goldberg氏(筑波大学外国人研修員として来日中)は、“アメリカにおける特殊教育の最近の動向”と題して、特に質的統合(quality integration)を強く訴えた。精神薄弱とか肢体不自由という伝統的なカテゴリーに基づくラベルを除いて、教育は、その子どもの心身の発達状況と教育的ニードに応じて統合(一般児との)が果たされるべきであるとした。そのためには子どもの実態の把握を綿密に行い、ニードを明らかにして、きめ細かい対応を図るべきだとしている。アメリカで発展しつつある個別教育計画(Individualized Education Programme, I.E.P)の内容も紹介され、子ども、親、教育関係者の三者関係の確立の下に、教育計画が検討され、実践に移される。発展途上国には、まだ手の届かないところの多い発表であるが、わが国の特殊教育の方向づけには、示唆されるところが大きい。統合教育を進めるにあたって、教育行政・制度とのかね合いをどうするか、わが国で問題になる大きな壁の一つである。さらに通常の学級の在り方にも、多くの問題が提起される。今後検討すべき課題が多いことを改めて痛感する。

4.中等教育および高等教育の振興

 障害児に対する中等教育および高等教育は、個々の子どもの進路との関係で、より一層切実な問題となる。マレーシアのマラヤ大学教育学部の助教授であるChua Tee Tee氏は、自国の実情について紹介し、盲児の大学卒業者も数十名出ていることを述べた。特殊教育教員の研修・養成も1年コースで、1960年代以降行われている。しかし、今なお専門的知識を身につけた教員の不足は深刻である。発展途上国においては、中等教育も高等教育も、これからの重要な振興課題であるので、そのための条件整備の必要性を強く指摘した。わが国でも、最近、障害者の高等教育はかなり上向きになってきたとはいえ、まだ理想にはほど遠い。この意味では発展途上国との共通性があろう。

5.特殊教育政策の決定

 特殊教育の振興には、国や地方だけでなく、民間の支えが不可欠である。特に発展途上国では、民間の力が優位になっているところが多い。シンガポール、マレーシアなどいずれもそうである。したがって、政策決定には、民間の力を大いに反映させる必要があろう。韓国の李華好大学のJoonmahn Song氏は、特殊教育政策の立案に対して民間の力の活用の過程を論じた。まず政策的な立場からのニードを審かにし、限られた社会的資源の中で、どのような政策決定を行うかについての原則論を述べた。

 以上、教育関係の主要なトピックについて紹介を試みた。

 RIの特殊教育の委員会では、1982年のポートモレスビーの会議に続いて、今後の活動方針などについて話し合いが持たれた。しかしメンバーは今までの流れを知らない者が多く、また活動を積極的に推進するための予算も全くないなどの事情から、単なる顔合わせ程度の色合いの濃いものであった。実質的な成果を期待するには、まだ相当の時間がかかりそうである。

 施設見学では、クアラルンプール市内の盲人トレーニングセンター(主として職業訓練)、ろう者の職業訓練センター(YMCA)、精神簿弱養護学校の3か所を見学したが、前二者にあっては、それぞれ特色を出した職業訓練が行われていた。精神簿弱養護学校は、一部の児童が登校していたのみであるが、知能遅滞の程度は、軽度もしくは中度の軽い方という印象を受けた。

 終りにあたり、今回の会議に尽力されたマレーシアの関係者に深く感謝の意を表する次第である。

*筑波大学教授


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1983年7月(第43号)16頁~17頁

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