特集/第7回 アジア・太平洋地域リハビリテーション会議 デュシャンヌ型筋ジストロフィー症に対する重力牽引の経験

特集/第7回 アジア・太平洋地域リハビリテーション会議

デュシャンヌ型筋ジストロフィー症に対する重力牽引の経験

畑野栄治*
安達長夫*
和田正士**
亀尾等**
升田慶三**
三好和雄**
泉恭博***

 デュシャンヌ型進行性筋ジストロフィー症(以下DMDと略す)患児の約80%は呼吸機能の低下のために死亡するといわれている。この呼吸機能は呼吸筋の筋力低下だけでなく、側弯による胸郭変形のためにおこる肺活量の減少にも大きな影響を受ける。私達の調査では入院患者の95%に側弯があり、特にその程度は歩行不能になって車イス生活を強制され始めると急速に増悪することがわかった。脊椎装具や脊椎固定術などの手段を講じて側弯の進展を防止しようとする試みが諸家によりなされているが、進行性であるというDMD本来の病気の性質上、いずれも決め手にかける。Tabjanは特発性側弯症の患児に対する脊椎固定術の術前に患児を上下さかさまにつり下げる重力牽引を行い、その結果手術成績の向上と共に呼吸機能の改善が得られたと報告している。私達は一昨年より、この重力牽引がDMD患児の側弯および呼吸機能に及ぼす影響を調査している。文献を渉猟した限りにおいては、重力牽引をDMD患児に試みた報告は見当たらないので症例数が少なくかつ調査期間も短かいが途中経過を以下に述べる。

方法

 国立原病院に入院中の9歳のDMD患児を重力牽引を行う対象として選んだ。彼等の機能の障害度は厚生省筋ジストロフィー症協同研究班制定のステージ5に属する(表1)。

表1 デュシャニヌ型筋ジストロフィー症の障害段階
(厚生省筋ジストロフィー症協同研究班制定)
 厚生省筋萎縮症対策研究会による障害段階分類

段階 1 歩行可能 介助なく階段昇降可能(手すりも用いない)
段階 2 階段昇降に介助(手すり、手による膝おさえなど)を必要とする
段階 3 階段昇降不能 平地歩行可能 通常の高さのイスからの立上がり可能
段階 4 歩行可能 イスからの立上がり不能
段階 5 歩行不能 四つばい可能
段階 6 四つばい不能だが、それ以外のはい方(いざり方)可能
段階 7 はうことはできないが、自力で坐位保持可能
段階 8 ベッドに寝たままで体動不能 全介助

 私達が独自に作製した傾斜台の上に患児を仰臥位に寝かせ、骨盤ベルトを足部ストラップで固定した後、徐々に傾斜を強くしできるだけ垂直位にする。1日に10分、1週間に5日の頻度で1年1か月間、重力牽引を行った。牽引を行っている間は必ず上腕で血圧を測定しかつ患児の訴えにも細心の注意を払った。牽引中にできるだけ頻回の深呼吸を行うように指導したが、1回の牽引時間あたり患児が実際に何回の深呼吸を実施したかについては明らかでない。全脊柱のレントゲン検査は6か月毎に坐位時と傾斜台上で垂直位にした姿勢で行った。肺活量は4か月毎に測定し、Stewartの計算式から算出された標準肺活量から、それぞれの患児の%肺活量を求めた(図1 略)。

結果

 当初5人の患児について重力牽引を開始したが症例J.T.および症例S.N.はそれぞれ牽引開始後1か月、1.5か月目に嘔吐および垂直位の姿勢に我慢できないということで脱落した。

Ⅰ)側弯の線過

 症例K.S.の側弯は重力牽引開始時坐位でCobb角7度であったが、牽引を行った13か月後にはCobb角10度になった。しかし垂直位に牽引した状態で脊椎のX線撮影を行った写真ではCobb角0度となり側弯が認められない(図2 略)。

 症例T.N.および症例T.T.の側弯の経過についてみると牽引を始めた時のCobb角は10度および15度であるが、牽引を行った13か月後にはそれぞれ16度、21度となり側弯は進行した。しかし重力牽引台上にてさかさまにした時のCobb角は前者が2度、後者が6度となり、側弯の程度は著しく改善した(図3、4 略)。

 次に重力牽引を開始後早期に中止した二人の側弯の経過について述べる。症例J.T.は牽引開始時Cobb角23度であったがその13か月後にはCobb角30度に悪化し、この時垂直位にした重力牽引台上でのCobb角は9度となった(図5 略)。症例S.N.の側弯は同じく13か月間にCobb角6度からCobb角15度に増強し、垂直位にして測定したCobb角は11度となり僅かに改善した。

Ⅱ)脊柱可橈性の経過

 患児を重力牽引台を傾けて垂直にすると、脊柱傍筋および結合組織が伸張されるので、側弯の程度が減少する。しかしすでに構築性側弯が発生していると、重力による牽引を加えた程度では側弯の改善は認められない。重力牽引台上で患児を垂直にしてX線撮影を行うことにより減少したCobb角を坐位で測定したCobb角で割算した百分率を脊柱可橈性とし、その経過について調べた。牽引を行った症例T.T.、T.N.およびK.S.の脊柱可橈性は牽引開始時それぞれ71%、88%、95%であったが13か月間牽引を行った結果88%、82%、73%となり平均4%の減少となった。症例T.T.の脊柱可橈性は71%から88%となり著しい改善を示したのに、症例K.S.では逆に22%の減少となった。一方、牽引を早期に中止した症例J.T.および症例S.N.の脊柱可橈性は牽引開始時に93%、83%あったものが13か月後にはそれぞれ73%、70%となり平均16%減少した(図6)。

図6 脊柱可橈性の経過。

図6 脊柱可橈性の経過。

患者を垂直位にすることによって減少したCobb角を、坐位にて測定したCobb角で割算した百分率を脊柱可橈性とする。実線は牽引を13か月間行った症例、点線は牽引を開始後早期に中止した症例を示す。牽 引群の3症例は対照群に比べて脊柱可橈性が良く保たれていることがわかる。

Ⅲ)%肺活量の経過

 症例K.S.、T.T.およびT.N.の%肺活量は牽引開始時それぞれ65、57、55%であったが13か月間の牽引後は68%、69%、50%となり平均3%の改善が認められた。

 一方、牽引を早期に中止した症例J.T.と症例S.N.および同年代の患児で過去のカルテに%肺活量の記録が残っている2症例を加えた合計4症例を牽引施行群の対照として同じく%肺活量の推移を求めた。9歳初めの時の%肺活量は平均64%であるが約13か月後には平均59%となり約1年で5%減少している。4例中3例は%肺活量が減少しているが、残りの1例は%肺活量が60%から66%となり6%の改善を示した(図7)。

図7 %肺活量の経過。

図7 %肺活量の経過。

重力牽引を行った3例および対照群4例の約1年間の%肺活量の経過を示す。実線は牽引群、点線は対照群を示す。牽引群では3例中2例に%肺活量の改善がみられ、%肺活量が減少した1例もその程度は5%である。一方牽引を行わなかった4例では3例に%肺活量の減少が認められた。

考察

 各年齢における%肺活量の推移を調査した私達の研究より%肺活量は9歳以後急速に減少することを知った(図8)。この時期は丁度歩行不能になる時期に一致し、側弯の頻度も増加してくる。従って私達は今回の研究の対象を9歳の患児に限定した。

図8 各年齢における%肺活量(自然経過例)

図8 各年齢における%肺活量(自然経過例)

年齢と共に%肺活量は減少の傾向を示す。%肺活量が50%以下の者の割合は年齢が8歳から13歳の患者18名中8名(44%)、14歳から18歳の15名中12名(80%)となり19歳以上の患児10名では全例が50%以下である。

 まず牽引が側弯の程度におよぼした影響についてみると、Cobb角は症例K.S.、T.N.、T.T.でそれぞれ3度、6度、6度増加し平均5度の悪化となった。一方、牽引を早期に中止した症例J.T.および症例S.N.のCobb角は同期間にそれぞれ7度と9度増加し平均8度の悪化となった。牽引を行った3例の牽引開始前のCobb角は平均10.7度であるが13か月後には15.7度となりその増加率は1.5倍である。一方、牽引を中止した2例のCobb角は同期間に平均14.5度から22.5度となりその増加率は牽引群とほぼ同様で1.6倍となる。以上より重力牽引は側弯の進展防止に対して効果があるとはいえない。

 一方、脊柱可橈性は13か月間の重力牽引によって牽引開始時の平均85%から平均81%になり僅か4%の減少を認めるのみであった。しかし牽引を早期に中止した2例の脊柱可橈性は同期間に平均88%から平均72%となり16%もの減少を示した。伸張運動としての重力牽引の効果が脊柱傍結合組織および脊柱傍筋に働くので、重力牽引群の脊柱可橈性は対照群のそれに比べてよりよく維持されたのではないかと考える。

 図9は原病院に入院中の患児41名の側弯の頂椎レベルの頻度について調べたものであるが、頂椎は胸腰推移行部特に上部腰椎に多いことがわかる。重力牽引による頭部、上肢、体幹などの重力効果は頚椎より胸椎、胸椎よりは腰椎部に強く働く。従って重力牽引はほぼ理想的な牽引方法としてDMD患児側弯に矯正力をおよぼしえる。Jabjanは牽引力が十分でない時は、頭部に装着したグリソンスリングに重錘を付加するとより効果的な牽引がえられると述べている。

図9 DMD側弯41例の頂椎のレベルの頻度。

図9 DMD側弯41例の頂椎のレベルの頻度。

頂椎は胸腰椎移行部に最も多く存在し、その中でも第12胸椎と第1腰椎で全体の44%をしめておりその数はそれぞれ10例と8例である。

 次に重力牽引が%肺活量におよぼした影響についてみると、牽引を行った3例中1例は5%の減少を示したが、残りの2例はそれぞれ12%、3%の増加を示し平均3%の改善となった。一方、対照群の%肺活量は4例中1例のみが6%の改善を示したが他の3例はそれぞれ2%、7%、18%の減少を示し平均5%の悪化となった。DMDは進行性の病気であるので理論的には放置例で%肺活量が増大することは考えにくいが前述したように1例に6%の改善を認めた。症例T.N.は重力牽引の観察期間中に%肺活量の著しい増減を示したが、この間に特に呼吸器系疾病に羅患した既往などはない。私達はDMD患児1例にのみGnossopharyngeal Breathing(GPB)を指導しその結果%肺活量の改善を認めたことがあるが、重力牽引との効果の比較については両者とも症例数が余りに少ないのでここでは述べることができない。重力牽引による肺機能の改善の原因についてはもち論牽引中に行う深呼吸訓練も考えられようが、Tabjanは次のように述べている。さかさまに吊り下げた状態では内臓の重量が横隔膜を押さえる状態になっているために、吸気時に内臓の重量が横隔膜運動の抵抗として作用する。すなわち重力牽引は患児に横隔膜の筋力増強訓練としての効果を及ぼす。

 Tabjanはこの重力牽引法を行う際の禁忌として次の三つを挙げている。1.高血圧症(原因のいかんは問わない)2.脊椎骨の欠損がある場合 3.神経原性の病気によって起こる側弯症。

 私達が過去約1年間に重力牽引を実施するに当たって認めた副作用についてみると、まず全例に牽引早期に10ないし15mmHgの収縮期血圧の上昇を認めたが2~3か月後からはほとんどみられなくなった。牽引中の嘔吐および我慢できないことは一過性の血圧上昇よりも問題となりこれらの原因により2例が牽引開始後それぞれ1か月、1.5か月目に治療から脱落した。

 私達はDMD患児40名の側弯症の自然経過の観察より腰椎の前弯が増強している症例は側弯の程度が少なくかつ長命であるということを知った。従って最近では患児に重力牽引を行うだけでなく腰椎部の前弯位を促進、保持させる目的でプラスチック製の胸腰仙椎装具(広大式)を処方している。

 今回の研究は症例数が少なくまた経過期間も短かいので、今後は機能障害度の異なる患児にも重力牽引を試みる予定である。

まとめ

 9歳のDMD患児5名に重力牽引を行ったところ2例がそれぞれ嘔吐および我慢できないということで脱落した。しかし約1年間にわたって重力牽引を行った3例については脊柱可橈性の維持および呼吸機能の改善を示唆する所見がえられた。

 最後に、ご協力頂いた国立原病院理学療法士平松義基先生に深く感謝の意を表わします。

参考文献 略

*広島大学整形外科医師
**国立原病院医師
***三菱広島病院整形外科医師


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1983年7月(第43号) 25頁~30頁

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