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ソーシャル・リハビリテーションの概念と構造

Pirko Kiviniemi *

 小島蓉子

 社会リハビリテーションは、今や本格的な発達の時期に至っている。これからは圧倒されるような社会リハビリテーションの概念の拡散性によってそれが特長づけられることはないであろう。社会リハビリテーションには目的があり、また仮説的ながらも理論上の枠組があるからである。そして社会リハビリテーションと呼ばれるには、ある種の特別な方策があるからでもある。

 社会リハビリテーションの目標として、われわれは、“社会に機能する能力(Social functioning abilities)の獲得と達成”ということを受け入れて来た。“社会機能能力の獲得/達成”とは何であろうか、

 その意味には2つある。

1.行動と活動であること

2.それは社会活動(social action)を意味し、その行動は環境条件との相互作用(Interaction)の中にあるか又は共にある社会行動である。

 社会リハビリテーションを以て何故援助するかというのは、障害者が自らの社会の中で豊かで満足のいく相互作用を育成させるためである。また生活状態とは、最適の相互作用を達成させるための他者と対等の権利と機会の行使であると考えている。この平等性は生活上の責任性を他の人々と対等に受け入れることをも含んでいるものである。

 社会に機能する能力を身につけることに関して、障害者には次の2つの人格的基礎機能が必要とされる。その一は、人の個人的能力と機能が最大限育成されていること、第二は豊かで対等の相互作用を持ちうる人間的成熟に至っていること。

 物理的環境を作りかえての社会全体の改造は社会発達のための基本的土台を作ることでもある。コミュニティ・プランニング、法律、経済資源の活用、そして、公衆の態度は、様々の生活状況や、リハビリティー(訳者注:リハビリテーションをする人即ち障害者のこと)の問題のような相異なる人々のニーズに柔軟に対応するものでなくてはならない。

 もし我々が、特殊性(specificity)を理解しようとするならば、私はあえて言いたいが、社会リハビリテーションの特異性(uniqueness)をこれらの基本的事実を念頭において、組織化しなければならない。社会リハビリテーションの過程の中で、それらは資源と異なった手段の枠組を形成することであろう。その社会リハビリテーションというものは、社会に機能する能力を得ていくための1つの手段(mean)であり方法(method)であるのである。われわれは、また社会リハビリテーションが1つの過程であることを記憶せねばならない:それは、どこから始り、何れかの時にどこかで終るものなのである。

 一般的に言って、社会リハビリテーションは個人的相互作用の成長であることを意味している。特定の障害者及びその人の身近な人は、障害者と共に行動することを学習するであろう。障害を持った人は、与えられた環境の中で個人に与えられた能力をどう活用するかを学習する。彼は、彼の責任と限界を試みる勇気と準備性をもっているようである。

 社会リハビリテーションは、またリハビリティーと改造された社会を含む統合された全(a integrated whole)を作りあげるべく援助する活動のすべてをも意味している。その中で障害者は、真に受け入れられた価値ある人間、社会の一構成員となるのである。

 より特別の意味では、社会リハビリテーションは、失われた経験の危機的な時期(Critical Phases)を経て、個人がアイデンティティーと役割を再構築することはもちろん、自律性(independence)、と個別的選択(自己決定)と、自信を伸展させることを意味している。これはまた、家族員として又労働者としてのクライエントの責任と行動における参加学習をも意味している。

 実践において、われわれは末だ社会リハビリテーションとして可能な活動が何々であるとは特定化していない。ただわれわれは、例としていくつかの考えを持つのみである。

 個人的な介助やホームヘルプはもちろんのこと、住宅や交通サービスを使うことも学習である。それは、OTの考えを実際場面で応用することや社会機能学習の多くの種類のコースに参加することをも含んでいる。

 社会リハビリテーションとして、何がしかの例外的な一時的援助を受け入れることも出来る。重度障害者は軽度の障害者よりもより多くの個人的援助を必要とする。もしもその人に責任と対等の参加をなさしめようとするならば、社会は、この特別サポートを必要とする人々のニーズに答えていかねばならない。

 いつ、どこから、社会リハビリテーションをスタートさせるべきかを決定することは、安易なことではない。そこで私はここに1つの解決法を提示したい。

 社会リハビリテーションは、非常に本人の要求に基づく過程(demanding process)であり、リハビリティーは、相当、積極的にその中に参加しなければならない。だから、その過程は、障害をもった人間が個人として行動を開始できる準備性を奪回した時のみ始めることのできる過程であるということである。

 リハビリテーションは、リハビリティーが専門家から助言以上に庇護(shelter)を求めなくなった時に停止される。そうなる時、彼は他者への依存(dependent)を打ち切るのである。

 今われわれは、社会リハビリテーションの概念と実践を発展させる過程(proceeding)にあるが、いまだにいくつかの問題に直面している。それらの最大のものは、多分次のようなことがらであろう。

1.社会リハビリテーションの特別な方策(measures)が何かを定義する上での拡散性(diffuseness)。そこにはまた、異なるリハビリテーション形態(rehabilitation formes)の間に横たわるオーバーラップがある。

2.社会リハビリテーションの時間的ひろがりを見て定義づけることのむづかしさ。このことは、専門家の役割を判定することのむづかしさともなろう。つまり彼らがいかに活動的であるべきかということ、活動的であるべきは、リハビリティーの課題と責任であるか専門家のものなのかを見極めることのむづかしさがあるのである。

 いかにせよ、下図で明らかになるように、われわれには出発点があり、社会リハビリテーションの枠組を見ることが出来る。われわれは又、社会、行動、教育の諸科学が、われわれが、社会リハビリテーションの発展を計る際の主要な情報源であることを知っている。リハビリテーションの異なる場面で働くすべての人々は、その実践場面において、社会リハビリテーションの何かを知っておかねばならない。最大の期待は、相互作用の専門家である人々に対して向けられているのである。

*フィンランド リューマチ財団病院


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1985年3月(第48号)41頁~42頁