特集/聴覚障害者のコミュニケーション 聴覚障害者用機器の動向

特集/聴覚障害者のコミュニケーション

聴覚障害者用機器の動向

庄野久男 *

 私たちの祖先が、聴力を補う方法として耳のうしろに手をかざす事に気がついてから、集音器や導管を用いた時代を経、電気式の補聴器が電話の発明が発端となって発展して140年。まだまだ「人体の一部になり切る」までには至っていないものの、さまざまな発達段階を経て今日に至っている。また聴覚障害者が、日常生活の上で、聴覚に障害のあるために負わざるを得ないハンディキャップを補うための機器も、次第に発達しつつある。最近の動向の一端を挙げてみたい。

Ⅰ 補 聴 器

 現代の補聴器は、個人が身につけて使用する場合がほとんどで、1つの推計によると、1985年度の世界の総生産台数は約345万台で、日本の生産はその約1/10を占めるものと見込まれている。また機能面でみると、音量、周波数特性、音声圧縮、出力制限などを再現性のよい方法で調節することができるものが多くなり小型化も急速に進んでいる。

 この小型化は、補聴器専用のマイクロホンとイヤホン、あるいはスイッチや可変抵抗器類の超小型化が成功したことと、高性能のボタン型電池の開発に負う所が多い。もっとも、この小型化を加速したのは生産技術の発達もさることながら、人々が補聴器を装用する場合の外観から来る社会的・心理的な負担を軽減したいという、音からの関係者の切なる願いであったと言うことができよう。

 このほか、イヤホンから伝えられる増幅された音だけでは不十分な症状の人々には、さまざまな別途の工夫が重ねられていて、研究段階のものもあるが多くの期待がよせられている。さらには、最近めざましい発展をみせているものに、補聴器を個々の耳に合わせる技術がある。最も新しい方法では、補聴器を装着した状態で、鼓膜の位置での音圧を実測して夫々の耳に合わせることができるようになり、補聴器の利用の効率が極めて高くなってきた。これらをいくつかの分野にわけて追ってみることにしたい。

 1 軽度難聴者用補聴器

 聴力レベルで70デシベル以下の軽度難聴者用として、目下の花形は挿耳型補聴器である。

 この耳栓のような型の補聴器は、すでに20余年前から登場していたものではあったが、当時のものはマイクロホンが極めて振動に弱く実用化が遅れていた。幸いにも、海軍大学の江口教授の研究がベル研究所で実り、エレクトレット・マイクロホンが誕生した。この方式の小型化が十数年来内外で活発になり、現在の補聴器に一斉に採用されるようになってきた。特に恩恵に浴しているのは挿耳型補聴器で、最近では補聴器全体がイヤモールドの中に組み込まれたものばかりでなく、外耳道の入口にようやく止まるくらい小型のカナル型と呼ばれるものが人気を呼んでいる。もっとも全体が小さいので、基本的な部品を除けば、回路を単純にするため、音響利得も低ければ、音響出力も小さい。しかし耳介による集音効果が十分に利用できるので、子音や摩擦音が聴きやすく、両耳に用いると方向感が得られ、雑音の中でも“聴き耳”が立てられるといった好結果が得られる場合が多い。一昨9月には、レーガン米大統領も公式の場でカナル型を積極的に使い始め、多くの高齢難聴者を勇気づけ、話題を呼んだものであった。このような情勢もあって、挿耳型補聴器の使用者が急増している。米国では1984年の販売台数統計では、挿耳型の割合がすでに58.2%となっており、さらに1985年の1~9月の平均をみると、63.5%となおも大きく増加している。欧州や日本でも、同じ傾向を辿っている様子がみられる。しかしこの種の補聴器は、小児の場合、活発な運動をするので、それを踏んで壊すこともあれば、体の成長に合わせて造り直す必要もある。また、高齢者用としては種々の表示が小さくて読みづらく、操作が困難なことも少なくない。それでも、この挿耳型補聴器はなおも発展してゆくことであろうと思われる。

 2 中等度難聴者用補聴器

 従来、補聴器の開発といえば、適応効果の大きい聴力レベル70~90デシベル未満の中等度補聴器向けに主力が注がれていた。このため、今日ではこの分野の機種が極めて豊富で、主役は耳かけ型が担っている。これらは、種々の可変特性機能を持ち、適応範囲も広くなっている。また、特長のある製品を挙げれば、耐水・耐汗性がよく、特に戸外でのスポーツ活動に適したものや、激しいビジネス社会で常用できる自動騒音制御型などがあり、これらは日本で生まれ、世界をリードしている。

 このほか、耳かけ型補聴器に関連して発達したものとして、イヤチューブやイヤモールドに共鳴器、音響抵抗、あるいは空気漏洩孔などと種々の調整機能を持たせ、耳によりよく適合するための技術が確立されてきた。また、多年の懸案となっていた寒冷地におけるイヤチューブ内の結露を防ぐ方式も滝西特許で実現した。

 次いで、数は少ないが骨導式補聴器について見ると、現代の製品としてはその殆んどが眼鏡型で、弦の端の振動子を側頭部に圧着して使用している。この形の中には左右の弦の中に装置を分割し、連絡を無線で行うものもあり、大きな音響利得と出力が得られている。また、研究過程ながら注目される骨伝導型として、1925年に京大星野教授が各国の特許を得た歯牙伝導型の現代版ともいえる、帝京大学田中教授らのグループが試作した坂田実新(昭54~47)の義歯に植え込む補聴器がある。これには竹内実新(昭57)もあり、新材料の応用で今後の発展が期待される。海外の研究では、スウェーデンのGothenburg大学のBranemark教授らが、多年にわたって開発してきた人工歯根用の金属チタンの植込技術の応用で、Jjellstromらが十数人に試みた骨導補聴器がある。これは、側頭骨にアンカーとなるチタン製のネジを皮膚を貫いて植え込み、その先端に骨導振動子を内蔵した小型の補聴器を装着して効率をあげている。この方式は特に外耳道閉塞で、しかも耳介が欠除した症例に適した斬新な手法として注目されている。さらに進んだ方式に、耳小骨を直接に駆動する人工中耳がある。これは元来、植込型の補聴器として多年にわたって内科で試みが行われてきたものであるが、昭和58年3月には、医療福祉機器研究所に委託された通産省の研究として半植込型1種と、全植込型2種が完成した。なお、これらの臨床応用について、その後は厚生省の研究として引継がれ、今日に至っている。また、この植え込みは世界最初のものとなるので慎重な準備がなされ、それまでの数十例に及ぶ術中試験の成果をふまえ、臨床試験としてまず半植込型の人工中耳が昭和59年8月7日に愛媛大学で柳原教授らによって、60歳の男性に植え込まれた。その後の経過は1年半にわたって順調で、帝京大学の鈴木教授らによっても、研究班として慎重なフォローアップが行われている。また、日本のこれらの研究に対しては、海外から種々の申し入れもあり、特に愛媛大学とStanford大学との共同研究が、開始以来すでに2年をすぎよい結果を結んでいる。

3 高度難聴者用補聴器

 ヒヤリングレベルで90デシベル以上の高度難聴者のために用いられる補聴器といえば、従来はその殆んどが箱型に限られていた。しかし最近では、イヤホンと電池の発達によって耳かけ型補聴器でも130デシベル程度の音響出力が十分に出せるようになった。これには当然ながら出力制限装置や音量調節器に工夫を加え、イヤモールドや音響チューブに十分な配慮がされれば、極めて有効に利用できる時代となって来た。さらに箱型補聴器では、140デシベルを越す驚異的な製品も市場には多い。このような補聴器を用いると、極めて僅かの残存聴力も利用でき、読唇と併用して驚ろく程の成績を上げている例も少なくない。しかし、強力な補聴器を常用する場合、最も心配されるのは補聴器を用いたことによる聴器障害、また障害によって起こる聴力の低下である。このことは様々な内的要因による事もあるが、強大な音響を聞くことが引金になって起こる聴力低下もまれにあるようで、専門医の指導助言による細心な聴力管理が大切である。

 ところで、聴覚の利用に限界が感ぜられる高度の聴覚障害者の為には、他の感覚チャンネルを用いようとする尨大な研究がすでに行われて来た。しかしこれまでの研究用機器は形状が大きすぎ、日常の使用訓練の機会が少なく、その結果としては十分な成績があげられなかった。しかし、最近のマイクロプロセッサとソフトの発達で、ようやくポータブル型のセットが製作されるようになり、かなりの成績が得られるようになった。例えば、Melbourne大学のClark教授が実用化しつつあるものに“TIKLE-TALKER”と称する触覚利用の小型セットがある。このセットが開発された動機は、人工内耳の植え込みを両親が希望するほどの難聴であっても、幼小児は一般に残存聴力を正確に測定することが困難なので、早期から音や音声の存在を認識させる訓練の必要性があると強く感じられたからだといわれる。このため、このセットでは音声をマイクロプロセッサで4つの帯域に分け、親指を除いた片手の4指に、それぞれ一対となって接近させた4組の振動子を割り当て、訓練効果をあげている。また、皮膚の電気刺激を利用したものにMunich大学のHoffmann教授らのセットがある。電流を流しての刺激は接触による刺激に比べ約1/100の電力でよいといわれ、電池式で小型のポータブルセットとなっている。信号は12チャンネルのVOCODAR方式で処理し、12組の電極に導びかれ、それぞれの正負電極は接近して組み合わせ、6組ずつを左右の前腕にリングで取付け使用する。6人の少年で実験をしたところ、読唇によらず単独で使用した場合でも、母音で90%、数字では50~98%の成績をあげたといわれる。

 次に、蝸牛を直接に電流で刺激する人工内耳(コクレアインプラントまたは人工らせん器とも呼ばれる)についてみると、この方式は1957年にフランスのDjournc & Eyriesが行った最初の臨床応用から、すでに30年近い歴史がある。日本でも早くから多くの人々が計画をすすめていたと聞くが、1976年の日本耳鼻咽喉科学会の総会で、当時すでに世界的な活躍をしていた米国のDr.W.F.House(Ear Reserch Institute)を招き、特別講演が開催され、国内の認識も一段と高まった。ところで、Dr.Houseが組織した世界の研究協力チームや、欧州と豪州の多くの研究施設で試みられた人工中耳の臨床応用はG.Bell協会の推計によると、1954年半ばで、すでに2,000例を越えたとみられている。

 もっとも、これまでには植え込み手術の可否、年齢や聴力損失の下限、装置や手術の安全性、あるいは電極数や音処理回路のチャンネル数とその方式などについて尨大な量の報告と討論が重ねられて来ている。その結果、米国のFDAは、遂に1984年12月に3M/House方式の人工内耳の製造販売を18歳以上の患者にのみ適用することを条件として許可すると発表した。3Mのものは単チャンネルのもので、House Instituteで最も多く試されたものを改良したといわれる。また、3Mに続いてFDAへの製造許可申請を出したのは、Melbourne大学を中心に開発した22チャンネル方式のもので、1985年末に許可を得、米国のCochlear社から発売された模様である。このほか、大学の協力で製造許可申請のための臨床試験を続行しているのは、現在のところすべて米国の企業で、Bioear Inc., Storz Instrument Co., Symbion Inc. などがある。他方、研究の盛んな国としては、フランス、イギリス、西独、オーストリア、オーストラリア、ノルウェーおよびスイスなどがあり、主として国立の機関や大学が実績を積んでいる。特にイギリス、ノルウェー、オーストリアなどでは、電極を蝸牛に直接植え込むことを避け、より安全な中耳腔の壁、なかんずく正円窓や卵円窓の附近に植え込む方式で挑戦しているグループもある。

 さて、日本の場合には早くからDr.Houseの研究グループとして参加していた日本医大の神尾助教授らによって、1980年12月に初めて第1例の臨床試験が行われた。また1985年10月に第2例として3M/House方式が試験され、それぞれはシングルチャンネル方式でありながらすぐれた実用性のあることが実証されつつある。さらに多チャンネル方式では、1985年12月に東京医科大の船坂教授らによって、Melbourne大-Nuclens社方式の22チャンネルの装置が試験され、その結果が待たれている。

 なお、人工内耳の植え込みには、装置の費用の外に手術と入院の経費が必要で、米国ではその殆んどを政府のMedicare予算と、民間の保険で支払われるという。しかし、人工内耳の最もよい条件(後天ろうで、しかも失聴後2~3ヵ月)の人でも、手術後の読話を含めた種々の訓練に数ヵ月を要するといわれているので、全体としてはこの費用も見込んでおかなくてはならない。

 4 電話聴取用増幅器

 世界的な傾向として、いずれの国の電話器も新しいものは磁気回路が改善され、これまで補聴器で利用できた漏洩磁束が大きく減少している。中にはセラミック型の受話器が使用される国もある。そこで、IECの補聴器関係の委員会でもここ数年の協議を重ね、各国で適当なテレホンアダプタを製作することを勧めると同時に、これらの測定方法を統一することになった。これに呼応して、電話器に容易に着脱して使用できる磁束発生型のアダプタが、世界市場にはすでに数種登場しており、今後は難聴者の必需品となるものと思われる。とは言え、小型の耳かけ型補聴器や挿耳型補聴器では磁束をピックアップするコイルが組み込めないものもあり、そのような補聴器を装用したまま普通の電話用受話器で通話をしたいという要求も多い。この場合、受話器からの音を更に増幅し、しかも安全に装用中の補聴器に結合できることが望まれており、このようなセットも逐次登場してくるものと期待されている。

 5 補聴器用電池

 日常、耳かけ型や挿耳型の補聴器を長時間にわたって使用する難聴者にとって、消耗の激しいボタン型電池の補充や使用後の廃棄は、大変に気の重い問題であった。特に水銀電池は、公害防止のため正しい回収ルートに乗せるべく多くの努力がされて来たものの、実際にはさまざまの困難があった。ところが、数年前から北米2国で空気亜鉛電池が改良され、最近になって国内メーカー各社でも一斉にこの種の電池の生産・販売する準備が整って来た。この電池は軽くて電気容量が大きく、保存性に優れており、特に廃棄が自由であるという特長がある。ただし、構造上の制約で今のところ大電池が取り出しにくく、保存のために空気孔に貼ってあるテープを[剥]がした直後の電圧が低いなどと特異な性質がある。

 しかし、この電池は補聴器用電池の主流製品となり成長するものと予想される。

Ⅱ 生活関連機器

 1 電話器と電話回線利用機器

 電電公社の民営化が契機となり、数百種の電話器と電話回線を利用した数多くの機器が市場に溢れようとしている。難聴者用としては、新たに“シルバーホーン・ひつだん”が登場して来たが、評価がきまるのはこれからであろう。これに比べ、すでにかなりの普及をみているミニファックスも、最近開放が進んでいるファクシミルのネットワーク(下網)への加入者が増えれば、聴覚障害者にとっても便利さは倍加するであろう。光ケーブルの普及も急速に進んでいるので、待望久しいテレビ電話の実現が切望される。

 2 生活情報表示装置

 最近のオートメーション機器の発達は誠にめざましい。工場用のFA、オフィス用のOA、そして住宅用にはHA(ホーム・オートメーション)とその発展はとどまるところを知らないような勢いである。身近なHAの傾向をみると、その構成として壁面に埋め込まれた集中監視用のパネルを中心に、保安・警報用のセンサー群をはじめ、連絡通話機能を含め多様な情報が扱えるよう工夫がこらされている。この種の機器は多くの仕様があり、価格も十数万円から数百万円に及んでいる。しかし聴覚障害者への配慮は殆んどなされておらず、使用できる一部の情報といえども、利用できるのは集中監視パネルを直視している場合に限られている。一方、聴覚障害者のためにすでに日常生活用具として指定されている数種の機器も、その殆んどは一定の場所で固定されて使用されており、しかもそれぞれは単純な機能を備えているにすぎない。しかしながら、実際の家庭で必要とされる情報は極めて多い。しかし、これらを頻度の高いもの、生命の安否にかかわるものなどと整理し、時に応じてその中の幾つかを選択できれば、5~6種の情報チャンネルを持つセットで、しかも家屋内で移動して、受信できさえすれば利用度を極めて高くすることができる。このような機能を持ったコンパクトなHA機器の出現は長い間、宿題となっていた。米国では、この目的に沿ったPLL社の“VISUAL ALART”や、ワイヤレス方式でワンルームなら便利なQuest社の“SILENT PAGE”などが発売されている。

 日本でも、家庭内の電灯配線を利用して情報センサーを分散して設置し、受信機の位置も構内なら自由に移して使用できる64チャンネルの表示器をもったものも1985年から供給されるようになった。なお、公共施設やホテル宿泊施設などの設備の中では、障害者向けの情報システムの不備が目立ち、特に聴覚障害者用としては極度に乏しいことが感じられる。この分野の対応はまさにこれからであろう。

*リオン株式会社聴能研究室室長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1985年11月(第50号)35頁~40頁

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