特集/太平洋地域のリハビリテーション まとめにかえて

特集/太平洋地域のリハビリテーション

まとめにかえて

 総括

 太平洋地域では大家族制の崩壊が問題となりつつあるが、まだ完全な崩壊には至っていないために、障害者は普通家族の介護を受けている。

 米国の統治下にあるミクロネシア諸島では米国政府の基金を受けて保健プログラム、教育プログラムおよび職業リハビリテーション・プログラムを行っている。しかし地域の実情に合ったプログラムを開発し、米国本土やハワイからでなく近隣のアジア諸国からサービスを買えば、基金をもっと有効に利用できるはずだという意見が大勢を占めるようになった。しかしミクロネシア連邦政府は経済的にひ弱であり、プログラム担当官の多くは米国の基金援助が少しでも削減されればプログラムに影響が出ることを懸念している。たとえ南太平洋の独立国家であっても経済的発展性は外国からの援助次第という場合が多く、しかもその援助の提供国は数が多いので、それもまた問題となっている。

 ミクロネシアでは低コストで地域性のある生産技術は皆無であり、南太平洋諸国に2、3みられるにすぎない。この点についてアフリカ、中南米、アジア地域の関係資料を集め、太平洋地域の参考にしたいと望む声が高い。

 同様に、ミクロネシアのポナペで作られたような道具があれば南太平洋諸国の精神障害者に対する生活技術指導は向上するはずである。またヘレンケラー・インターナショナルや盲人協会がフィジー、西サモア両国で行った「コミュニティー・ベイスト・リハビリテーション」(CBR)の真価が広まり、人々の理解が得られれば、太平洋地域の一つのモデルとなりうるはずである。

 医療チームによる定期訪問が行われれば視覚障害、聴覚障害、整形外科的障害などの分野で初期的処置が行われ、外科的治療や矯正治療を行うことができる。そうなれば障害による不利益をかなりの場合、最少限におさえることができるはずである。

 アルコール中毒も増えつつあり、直接あるいは間接に障害に結びつきやすく、また、交通事故も、この地域の障害者の数を増やす原因となっている。

 障害者の自助グループがあるのはグアムとフィジーとソロモン諸島だけであり、それは文化的要因と分散する人口形態、それに現在の発展段階に起因するものである。国際会議や訓練コースへの参加を呼びかけることも大事だが、彼らにはもっと切実で基本的なニーズがある。フィジーやソロモン諸島では国際会議への参加費一回分(3,0 00ドルと仮定して)で事務所を開き、フルタイム職員を半年間は雇える計算になる。彼らが最初に求める援助は控え目なもので、将来のプロジェクトや現在進行中の活動のための資金を得るために小規模の事業をおこすことを目的としていることが多い。

 情報不足も問題の一つで、島それぞれが自分達のコミュニティー内での障害の全体像を把握しておらず、したがって障害者の役に立つ選択肢をもたない状態にある。島の人々に有意義な援助をするにあたっては、コミュニティーと障害者の指導的立場の人々が障害者の援助方法について十分な情報を得られるようにすることが先決である。

 CBRの考え方は太平洋地域ではまだ比較的新らしいものだが、フィジーの視覚障害者プログラムが初めて成功を納めたあと、フィジー政府は別の障害者グループにもCBR方式を採用し、リハビリテーションセンターのモデルとして立派に成果をあげた。今後は他の島々にもCBRが広く普及することが期待される。そのためには島政府、障害者サービス団体、障害者そして国際援助団体に対しCBRの目的と実際の方法について情報を得る手助けをすることを提案する。この目的達成には情報ビデオの作成や太平洋地域の雑誌への記事掲載、国際会議において実際的な指導に重点をおいたシンポジウムやセッションの開催などさまざまな方法が考えられる。

 もう一つの提案は、太平洋障害者トラスト(PDT)の設立で、この地域の障害者の完全参加と平等を推進することを目的に革新的プロジェクトを確立し、基金を確保しようとするものである。このトラストはすべてのプロジェクトを地域レベルで行ない、トラスト自体も地域レベルで運営するものとする。PDTは現金および現物による援助を呼びかけるとともに、多分野にわたるプログラムを推進し、太平洋地域のすべての島のすべてのタイプの障害者に援助を行うものとする。これを成功させるにはすでに太平洋地域で援助活動をしている次の5つの障害者関連組織と密接に連携して活動する必要がある。すなわち障害者インターナショナル(オーストラリア)、オーストラリア障害者リハビリテーション評議会、ヘレンケラー・インターナショナル・クリストファル・ブラィドン・ミッションそれにアジア太平洋行動グループである。PDT設立には約10,000USドルが必要となる。また初めは3~4ヵ国でプロジェクトをスタートさせるとして、ディレクター1名、タイピスト兼事務員1名、プロジェクト担当者2名を雇用し事務所経費と交通費を加えて年額30,000USドルが必要となる。その他にプロジェクト活動のために他の代表機関からの基金と釣り合いをとるためにも20,000USドルが必要となり、全部を合計すると年額約50,000ドルとなる。

 太平洋障害者トラストと既存の資源

 太平洋地域には、障害者の援助プログラムが数多くあり、どれも国際的組織と直接的なつながりを持っている。その中には教会のように障害者福祉を二次的目的としているもの、あるいはヘレンケラー・インターナショナルのように障害者へのかかわりを主たる目的にしているものもある。ここでは多様な組織の障害者福祉への関わり方とその性格を述べ、設立が期待されている太平洋障害者トラストのこれらの組織との関わり方について展望する。

 教会

 キリスト教会は、島に住む人々大多数の生活に重要な役割を果している。ひとつの組織としてではなく、キリスト教のさまざまな宗派の支部が、それぞれにプロジェクトを始めているが、数は限られている。

 ある司祭はこう述べている。「私たちは、これまで障害者のために祈ることばかりしてきました。これからは彼らの自立を助けようと思います。」

 教会によるプロジェクトは、キリバスの住宅計画やワークショップから、ソロモン諸島やフィジーの小規模な農村ワークショップまで様々である。教会のホールを学校として借しているところもあり、教会の学校の中には障害児を受けいれているところもある。ソロモンの教会は独自に視覚・聴覚障害児のために学校を運営している。教会立でない収容施設にも修道女が職員として働いている。トンガでは、教育は「障害者の日曜日」を行い、障害をもつ人々のニードや可能性について、集会参加者に啓蒙している。

 プログラムへのアドバイスや専門家の助言、適切な設備、新しい方法の紹介などが得られるなら、もっともっと効果を上げられるであろうケースがたくさんある。太平洋障害者トラスト(PDT)が設立されれば、このような要望に応じることができ、また他の教会にも類似の障害者援助プログラムの実施を促すこともできる。

 プログラムの推進は、教会の国際的組織、たとえば世界教会会議やアジア・キリスト教会議など各宗派の国際本部やそれぞれの国内支部と協力して行うこともできる。その際、重要なことは、

○西洋のリハビリテーション・モデル(特に地域を基盤としない、隔離されたサービスを中心とする)の模倣は問題が多い事を強調する。

○現在ある教会のプロジェクト、特に学校教育や地域の訓練プログラムを障害者が簡単に利用できるようにすることが望ましい事を強調する。

○単なる慈善活動にならないように、プロジェクトの運営・管理には成人障害者の参加が必要であることを強調する。

○奉仕活動の改善、確立、拡大を望んでいる教会への援助や適当なプログラムについての情報が、簡単に手に入れられる様にする。

○正しいロール・モデルや援助形態の実例を通して、地域と、そして障害者自身も障害者の本当の可能性に目覚めるように仕向ける。

 各国政府

 太平洋諸島の各政府は、経済がまだ発展途上の段階にあり、多くの問題を抱えている。米国領では、米国政府の資金援助を受けてサービスが提供されている。フィジーでは、政府の障害者のニードへの認識が高まってきており、また他の国では政府の担当部局がイニシアチブをとっている。

 障害をもつ人々が限られた教育、訓練、就労の機会を等しく得られるようにするためには、障害者援助を適切に実施することがますます必要となってくる。

 太平洋障害者トラスト(PDT)の役割は、各国政府に障害者への適切なリハビリテーション・サービスの提供は、対費用効果を高めることになることを知らせることである。第一に個人の利益となり、第二に地域社会は高度な介護を提供し続ける必要がなくなる。障害者の大部分は孤立した農村地域に住んでいるので、PDTは中央集権的でない農村型のプログラムを推進すべきである。都市部の総合的機関とは違って農村では、フィールド・ワーカーがサービスを行い、地域センターがアウト・リーチ・プログラムを実施するという形が望ましい。このようなネットワークを支えるために、PDTは地域で生産できる補助具や、村の環境の中で行える療法など安価なサービスの情報を提供することができよう。

 外国からの援助

 太平洋諸国に援助を行っている国は数多くあり、合衆国はUSAIDというプログラムを持ち、また平和部隊を通してかなりの資金やボランティアを提供している。オーストラリア、ニュージーランド、EEC、イギリス、そして日本は、政府間援助あるいは民間援助の形で資金を提供している。これらの国々から来るボランティアは、数ヵ月から数年にわたって活動し、中国、アラブ諸国、国連も(様々な機関を通じて)直接援助を行っている。

 障害者サービスを強化するために、PDTは相互協力を推進しなければならない。現地機関が資金源を見つける手助けをするだけでなく、関係当局に直接アドバイスや提案を行うこともある。たとえば、

○すべての大使館、領事館および公共機関の建物は、障害者が利用できるようにする。

○これら機関の現地事務所職員の一部に障害者を雇用する。

○特に学校や公共建造物の建築資金援助の承認については、障害者が利用できることを条件とする。

○障害者の直接援助プロジェクトに資金が必要とされる場合、

 :プロジェクトの運営に障害者が必ず参与するか、参与する方向にもっていく。

 :職業訓練や地域援助プログラムなどの事業においては、採算が取れるように努力する。

 :当初の目的を達成する可能性の高いプロジェクトにのみ資金援助する。(例えば、その目的が有意義であれば、週に4時間の授業を2回行うという「学校」の方を、普通学校で全授業に出席させるという案よりも重視すべき)

 :教育プログラム、リハビリテーション・プログラム、訓練プログラムのいずれも、必ず期間を決め、計測可能な目標を明示する。

 赤十字

 太平洋全域にわたって、赤十字は輸血から災害救助にいたるまで幅広い援助を提供している。障害者の車椅子や補聴器、松葉づえなどの自助具は主に赤十字から配布される。トンガやソロモン諸島では、赤十字が特殊教育を行い、フィールド・ワーカーが援助の必要な孤立した障害者を見つけ出すこともよくある。PDTは、赤十字のような機関がすでに提供している援助を調べ、できればそれにもとづいた援助を行うのが望ましい。

 世界保健機構

 世界保健機構(WHO)は、南太平洋事務局をフィジーのスバに持ち、キリバス、西サモア、ソロモン諸島、トンガ、バヌアツに、その支部がある。フィジーではWHOがフィジー盲人協会やヘレンケラー・インターナショナルと協力して、視覚障害者向けの基本介護プログラムを行っている。国際的な「全ての人に健康を、2000」プログラムの一貫として行われている全世界免疫プログラムでは6種の病気を予防しようとしている。すなわち、はしか、ポリオ、新生児破傷風、ジフテリア、結核、そして百日ぜきである。これまでWHOは、主に現地当局者と協力して、ワークショップや訓練講座を行い、専門家の助言や設備を提供してきた。WHOのサービスは、普通、各国の政府を通じて行われる。

 その他の援助

 この他にも、団体や個人による援助が行われている。1985年には日本人の退役軍人が赤十字に数千ドル相当の設備を寄付し、ニュージーランド人のある鉛管工は、ここ10年間、休暇を利用しては、ある島で行われている赤十字のプロジェクトで活動している。

 ロータリー・クラブやライオンズ・クラブ、キワニス・クラブなどの団体も、海外から援助を送ったり、直接個々の島に出向いたりして、学校建設や改築のプロジェクトに携わる人々を助けている。ロータリー・クラブはポリオ防止計画(ポリオ、2005)をスタートさせ、一連の予防接種推進計画においても、WHOや現地の衛生当局と協力して活動している。3-Hプログラム(Health, Hunger, Humanity, 健康、飢餓、慈愛)のような個別プロジェクトの場合、インドの点字新聞発行のような大規模なプロジェクトのスポンサーになることができる。

 こういう形の援助は、多様で数も多く、従って詳しく調査し、分類整理する価値がある。そうすれば、有益なプロジェクトに適切な援助を提供できるし、篤志家の熱意や資金が、将来利益をもたらす実施可能なプロジェクトに集中するよう仕向けることもできる。例えば、車椅子10台を寄付すれば当面の問題は解決するかもしれないが、ほぼ同額の金で作業所を作り、設備を整えることもできる。あるいは輸入品の何分の一かの費用で車椅子を現地生産し、修理できるように、現地の人々を訓練することもできよう。

 民間の障害者関連組織

 太平洋地域には、障害者へのサービスの提供を専門とする主な民間組織が4つある。

 すなわち、

○オーストラリア障害者リハビリテーション会議(ACROD)、オーストラリアの障害者福祉部門で最大の組織。医療プロジェクト、養護学校、保護工場、宿泊施設に援助を与えている。

○アジア・太平洋行動体(APAC)、ニュージランド精薄者会議の外郭団体。主に養護学校の教師の給与助成や、精薄児養護学校に資金援助を行ない、またニュージーランドでは教師を養成し、会議への参加費の助成も行っている。

○ヘレンケラー・インターナショナルは、米国に本部を持つ国際団体で、特に視覚障害者に援助を提供している。フィジー、西サモア、ニューギニアに地域べース、コミュニティ・ベースド・リハビリテーション・プロジェクト(CBR)を定着させており、これは、近い将来他の国々にも拡張される予定。

○Christoffel Blinden Missionは、ドイツに本部を持つ教団で、養護学校の職員雇用に援助を与えている。

 他にも、障害者インターナショナルDPI(オーストラリア)が島に住む障害者のニードに関心を示している。まだ若い組織だが、フィジーを何度も訪れ、またフィジーの障害者がDPIの国際会議に出席することにより、フィジーの障害者の有力な代弁機関の設立に手を貸した。また、太平洋諸島の障害者サービスについて報告書を作成し、発表の予定である。

 太平洋障害者トラストは、上に述べた団体の援助活動を補完し、1つのサービスや障害者団体に限定されることなく、すべての医療団体に合った広範囲のプログラムを対象とする太平洋地域の援助機関となろう。


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1986年11月(第53号)37頁~41頁

menu