特集/総合リハビリテーション研究大会'87 精神障害者リハビリテーションの現状と課題

特集/総合リハビリテーション研究大会'87

《講演Ⅰ》

精神障害者リハビリテーションの現状と課題

―いま何が必要か

秋元波留夫 *

 はじめに

 総合リハビリテーション――その共通の基盤を求めて――をテーマとする今回の研究大会で精神障害者の問題について述べる機会を与えられたことは私の最も大きなよろこびである。

 その理由は、第一に、わが国ではこれまで精神障害者、なかんずく、そのなかで圧倒的多数をしめる分裂病などの長期慢性障害者(long-term mentally disordered)がリハビリテーションの対象から除外されてきたからであり、第2に、さらにもっと重要なことは、精神病者は文字通り病人で医療だけの対象であり、障害者ではないからリハビリテーション・福祉の対象ではないという考えが医療・福祉行政を支配しており、そのために、精神薄弱以外の精神障害者はすべて、リハビリテーション・福祉に関する法制度――たとえば心身障害者対策基本法、各種福社法、今国会で改正された身体障害者雇用促進法――からしめだされているからである。

 長期精神障害者が、病者であるとともに、障害学でいうところの障害者disabledであるというのは、いま全世界のリハビリテーション関係者の共通の認識となっていることはいうまでもない。この研究大会で精神障害者の問題がとりあげられたのもそのことの証明であると思う。

 せっかくの機会であるから、精神障害者リハビリテーションの現状――実際は「リハビリテーションの不在」というべきだが――とその打開について何が必要かをごくかいつまんでお話することにする。

 Ⅰ.精神障害者リハビリテーションの現状

 病院と地域にわけて述べる。

 精神障害者リハビリテーションは医療施設のなかではじまり、地域リハビリテーションに連結されるとともに、通院患者の場合のように医療施設リハビリテーションと地域リハビリテーションは相互に補完的でなければならないが、次に、それぞれについて現状を概観しよう。

 1)病院リハビリテーション

 わが国の病院リハビリテーションサービスとしてあげることができるのは、作業療法、デイケア、およびナイトホスピタルと職親制度の三つぐらいのものである。

 (1)作業療法

 作業療法はすべての障害者のリハビリテーションに重要な役割を果たしているが、とくに精神障害者リハビリテーションにとって、歴史的に人道療法moral therapyの基本として精神障害者治療の源流であり、また現在および将来にわたってその発展が期待される分野である。

 ところが、その歴史が長いにもかかわらずわが国精神病院の作業療法は活発とはいえない。作業療法が低調であることを物語っているのは、作業療法職員の数である。自治体立精神病院実態調査(1986)によると、39病院(都道府県立35、市町村立4)の1施設あたり作業療法士0~8人(平均1.6人)であり、作業療法専門職がきわめて少数である。アメリカの州立病院は私立病院に比べてスタッフの数が少ないといわれているが、それでも在院患者1,000人について、平均20~30人のOTRが活動している。

 私立病院の作業療法の現状、とくに職員数については調査がないので正確なことはわからないが、国公立病院よりも良好だとは考えられない。公私を問わず、わが国の精神病院で作業療法がふるはないのは、日本作業療法士協会が主張するように、社会保険診療報酬点数が低きにすぎるからである。作業療法が身体障害作業療法と精神科作業療法に区別され、後者の点数は前者の約半分におさえられている。

 作業療法が治療技術として公認され、社会保険診療報酬点数が新設されたのは1974年だが、その当初から採算性を無視することを許されない私立病院が、作業療法の必要性を痛感しながら、その整備を実行することを困難にしている最大の理由が、この間違った医療報酬制度にあることは明白である。

 精神病院で作業療法がのびなやんだもう一つの理由は、有資格の作業療法士が少なかったことであるが、10年来養成施設が整備、増加し、その絶対数が不足した時代は過去のものとなっているから、いま必要なことは、有能なOTRを迎え入れるための条件、すなわち、国公立病院ではその定員の増加、私立病院については作業療法点数の格段の増加を獲得することである。

 (2)病院デイケア

 わが国ではデイケアの歴史が古いにもかかわらず、それが制度化されたのはようやく1974年のことである。

 昨年6月末現在、全国の認可病院デイケア施設はわずかに79で1,000をこす私立病院全体から見るとごく一部分にすぎない。

 アメリカやイギリスではデイケアは入院治療と並ぶ、あるいは入院治療以上に重視されている医療活動であり、リハビリテーションサービスの拠点となっている。アメリカ州立病院の脱施設化に象徴される欧米の精神病院改革の重要な柱が、デイケアの拡充、強化であった。

 厚生省精神保健課が監修した『昭和61年度版我が国の精神保健』によると、「デイ・ケアの治療対象は、精神分裂病の重いものから精神神経症程度の軽いものまで幅広く適応され、入院治療ほどではないが、今までの通院医療よりも積極的で濃厚な治療を行うことができる」とあり、その認可基準は50人のクライエントに対して4人のスタッフ(医師、OT、看護者、PSWあるいはCP)ということになっている。しかし、私の国立武蔵療養所(現在の国立精神神経センター武蔵病院)および都立松沢病院の経験では、とても無理な基準である。この設置基準では、精神保健課が謳っている「精神分裂病の重いものから精神神経症程度の軽いものまで幅広く適応され、積極的で濃厚な治療」を提供することなどできるはずがない。

 病院デイケアがわが国で発展しない理由は、デイケアに関する行政および医療関係者の認識不足に加えて医療報酬点数の低いことである。現行の規定(1日300点、中食45点)では、役に立つデイケアを実施しようとすれば赤字を覚悟しなければならない。デイケアを推進する国のポリシイが必要である。

 (3)院外作業

 わが国の精神病院で古くから行われている入院患者のための前職業訓練である作業療法とちがって、作業の場を施設の外の企業に求めるやり方である。デイケアに対してナイトホスピタルとよばれている病院リハビリテーションとしてきわめて有効な手段であるが、まだ制度化されていないために、所外作業に協力する事業主に対する報酬、患者の作業中あるいは通勤中の事故に対する保障、など問題が多く、その活用が阻害されている。

 入院患者の所外作業とほぼ同じ趣旨の活動が、職親制度として通院患者だけのために制度化されている。1970年から東京都をはじめ若干の地方自治体は独自にこの制度を設けていたが国の制度となったのは1982年からである。この職親制度は現在精神障害者のためのただ一つの職業リハビリテーション対策であるが、充分有効に機能しているとはいえない。

 その理由として、職親に対する協力奨励金が少ない、税法上その他の優遇措置が構ぜられていない、などのために、その獲得がむずかしいことがあげられている。この制度の草わけである東京都は、これを積極的に推進してきた自治体であるけれども、それでも、昨年度の登録協力事業所は80、そのうち実際にクライエントを就業させているのは25ヵ所程度である。その他に通勤患者に対する指導体制がないことがあげられる。

 本来、精神障害者の職業リハビリテーションも、他の障害者と同様に、同じ法制度、「障害者雇用促進法」――アメリカでは「リハビリテーション法」として統一されている――に基づいて実施されるべきである。

 それが実現を見ない現在ではこの職親制度を実効があがるように改めるとともに、入院患者にも適用できる道を拓くべきである。

 2)地域リハビリテーション

 病院リハビリテーションにもまして貧弱なのが地域リハビリテーションである。

 地域で生活する精神障害者(精神薄弱を除く)の正確な数は調査が行われていないのでわからないが、医療施設(主として精神病院)34万に対して、およそその数倍に達するだろうと推測される。このように多くの人たちを地域で支えるリハビリテーション体制は本来、国および地方自治体の責任で行われるべきであるが、それがきわめて不充分であるために、民間のボランティア活動がそれをカバーしている有様である。

 (1)国の政策・制度としての地域リハビリテーション施設

① 精神障害回復者社会復帰施設(1970年)

② 通所型精神障害回復者社会復帰施設(1974年)

③ 精神衛生社会生活適応施設(1979年)

 名前は難しいが要するに①はデイケアとホステルの混合型、②はデイケア、③はホステルである。

① 精神障害回復者社会復帰施設

 地域リハビリテーションのためにきわめて重要な役割を果たすことのできる、新しいタイプの施設である。

 松沢キャンパスのなかに1972年に創立された都立世田谷リハビリテーションセンターは、地域リハビリテーション活動のモデルとして、わが国のリハビリテーション活動の発展に貢献するところが大きいが、まことに残念なことに、この重要なリハビリテーション施設が全国にたった4施設しかできていない。

 精神衛生法の改正をまつまでもなく、この種の施設が各都道府県にもっとたくさん作られていたら、わが国の精神障害者リハビリテーションの状況はいまよりよくなっていただろう。

 ②地域デイケア、③精神衛生社会生活適応施設についても同じことがいえる。

 地域デイケアは全国にわずか8ヶ所しか作られていないし、精神衛生社会生活適応施設に至っては熊本県にたった一つ作られただけである。

 イギリスの社会精神科医J.K.Wingは人口20万の地域にすくなくとも一ヶ所の地域デイケアが必要だといっている。

 わが国でもデイケアの必要性が高い。病院デイケアとともに、地域に独立した、あるいは精神衛生センター、保健所に附設された医療施設としてのデイケアを設置すべきである。

 精神衛生社会生活適応施設すなわちホステルは地域に生活する障害者とその家族にとっていま一番切望されている生活施設である。その設置が進まないのに我慢ができなくなって、いま全国で民間有志による小型の共同住居が作られている。

 今度の精神衛生法改正で、「精神障害者援護寮」なるものが制度化されるというが、「精神衛生社会生活適応施設」の轍を踏まないことが肝心である。そのためには「援護寮」の構想に、民間の創意で生まれた小型共同住居をとりいれ、その設置、運営に対する国の助成を確立すべきである。国際居住年にあたる今年はそのスタートとしてまさに適切である。

 以上は国の施策・制度としての地域リハビリテーションの現況である。

 精神障害者の地域リハビリテーションに関する国の施策が他の障害者、身体障害者や精神薄弱者に対するそれに比較して劣っている、というより皆無にひとしいことは、残念ながら事実である。

 このような状況のなかで、私がとくに強調したいのは共同作業所の精神障害者リハビリテーションに対するとりくみである。

 3)精神障害者リハビリテーションと共同作業所

 共同作業所は10年前、重度障害者の働く権利保障運動から生まれたわが国独特の民間リハビリテーション活動である。そのフィロソフィーは障害の種別と程度をこえ、すべての障害者に働く場と生活の場を提供することである。このフィロソフィーのもとで、精神障害者も身体障害者や精神障害者と全く差別されることなくうけいれられている。

 1976年、わが国で最初の精神障害者共同作業所が東京都小平市に創設されて以来、全国的に設置が進められている。正確な全国統計はできていないが、1987年現在、東京都には53の精神障害者共同作業所があり、全国ではすでに300をこえていると思われる。

 しかし、知恵おくれや肢体障害とちがって準拠すべき福祉法が作られていないために公的な財政的助成を得ることができず、募金活動と地方自治体からの助成金で辛うじてその運営が続けられている。

 共同作業所が急速に全国にわたって作られているのは、この種の活動が地域で暮らす精神障害者に必要であり、実際に役だっているためである。「おかみ」があてがったものではない、障害者自身が求めているものが共同作業所なのである。国の為政者も行政もこの事実を正しく認識すべきである。

 精神障害者を排除するというわが国の障害者行政の悪しき伝統をはじめて打破するものは共同作業所だと思う。

 私は小平市のあさやけ共同作業所にボランティア精神科医として参加しているが、わが国の精神障害者を含めたすべての障害者の地域リハビリテーションに重要な役わりをになうものとして評価している。わが国のリハビリテーション関係者からの理解と支援を望みたい。

 共同作業所の全国組織である共同作業所全国連絡会(共作連)加盟共同作業所の理念と実践については最近ぶどう社から出版された「ひろがれ共同作業所」が参考になる。是非よんでいただきたい。

 4)地域の精神障害者を支えているのは誰か

 いままで見てきた地域リハビリテーションの実態を表示すると次のようになる。

表. 精神障害者地域リハビリテーションの現状
国の施策によるもの 民間の創意による活動
入所・通所型
精神障害者社会復帰施設 4
(ホステル・地域デイケア)

通所型
精神障害者社会復帰施設  8
(地域デイケア)
精神障害者共同作業所
約300
精神衛生社会生活適応施設
(精神障害者援護寮)     1
精神障害者共同ホーム
95

 誰が精神障害者地域リハビリテーションの活動を推進しているのか、この表から一目瞭然だろう。

 5)リハビリテーションにかかわる行政機構

 保健所と精神衛生センターがある。

① 保健所

 保健所は地域住民の保健全般を所管する行政機構であり、精神保健はその一部の業務であるけれども、地域で生活する精神障害者の増加とともに、その役割はますます重要になっている。『保健所における精神衛生業務運営要領』によると、その業務は精神衛生相談、訪問指導、患者クラブ活動等の援助、衛生教育及び協力組織の育成、など多岐にわたっている。なかんづく、精神衛生相談、訪問指導は年々件数が増え、前者は1979年21万件から1987年41万件に、後者は1979年19万件から1987年26万件に激増している。東京都では1985年度から、条令で地域精神衛生連絡協議会を発足させたが、その運営は保健所の業務である。

 地域精神衛生連絡協議会は地域の精神保健活動を推進する上で重要な役割を果たすことが期待され、国が制度化すべきものだが、いまのところその設置は東京都だけにとどまっている。

 保健所に要求される精神保健の業務は、専任のスタッフをもつ独立した機構でなければ到底処理できないほど質量ともに莫大なものとなっている。多くの保健所では地域のニーズにこたえるために、本格的なデイケアの実施を望んでいるけれども、スタッフおよび予算が少ないために、月1、2回、それもクラブ活動ぐらいのことしかやれない。

 国がうたい文句ではなく、本気で保健所を地域精神保健の「第一線行政機関」と考えているなら、このような状況を放置することは許されない。

 独立の精神保健課を新設して、精神科医を課長とし、保健婦、ソーシャルワーカを専任スタッフとして配置すること、医療としてのデイケアの附設を義務づけることを最低限度実現すべきであろう。

② 精神衛生センター

 昭和40年1965年の精神衛生法改正により、新しく設けられた地域精神保健機構である。地域精神保健を担当する独立の唯一の専門行政機関として、わが国にはじめて作られた機構であり、本来地域の第一線の精神保健をになうべきものであるけれども、現実に第一線の活動は前述の保健所にゆだね、それに技術援助を与えたり、精神保健従事者の研修などを担当する「総合的な技術中枢機関」なる曖昧模糊たる性格のものであるために、その機能は充分に活用されていない。

 精神衛生センターを本当に地域精神保健の中枢として機能させるためには、その性格をはっきりさせ、すくなくとも、外来、デイケアのほかに緊急入院(休日、夜間を含め)の設備をそなえた医療機能を附与する必要がある。すでにこのような見地から、東京都は精神衛生センターに、世田谷リハビリテーションセンター(医療施設)を統合して都立中部総合精神衛生センターを創設した。国もこれをみならうべきである。

 現行精神衛生法で、この重要な機構が都道府県の必置義務(精神病院は必置義務)となっていないのも奇怪である。新しい法では複数の精神衛生センターを都道府県の必置義務とすべきである。

 Ⅱ.精神障害者リハビリテーションのおくれをとり戻し、これを推進するためには何が必要か

 すくなくとも次にあげる活動が必要である。

 (1)病院リハビリテーションの改革

 精神病院および一般病院精神科のリハビリテーション活動の強化、拡充

① 医療法を改正して、精神病院職員定数を低く抑えた特例を撤廃し、リハビリテーション部門の設置を規定する。

② リハビリテーション専門職(OT、PSW、CPなど)の増員。

③ 作業療法、デイケアなどのリハビリテーション活動に関する社会保険医療報酬の適正化。

 (2)地域リハビリテーションの強化と拡充

① 精神障害回復者社会復帰施設を都道府県の必置義務として増設、拡充する。日本精神衛生会、都道府県精神衛生協会、全国精神障害者家族会連合会などのボランティア組織がその設置運動をおこす。

② 生活施設(共同ホームを含む援護寮)の増設。そのための国の助成措置。

③ 民間の創意に基づく小規模共同作業所の育成、そのための国および地方自治体の助成の強化。

④ 精神衛生センターおよび保健所精神保健業務の遂行にふさわしい機構の整備。デイケアの附設など医療機能を与える。

 (3)精神障害者のリハビリテーション・福祉・雇用促進に関する法制度の整備

① 医療法、心身障害者対策基本法、福祉法、障害者雇用促進等に関する法律、などの改正、整備。

② リハビリテーションの妨げとなっている欠格条項のみなおし。

 (4)国の精神保健関係予算のしくみを改める

 精神保健に関する相当莫大な国費の99%が病院医療のために支出され、地域リハビリテーションのための支出がわずか1%にすぎない、という長年にわたる病院医療偏重の誤りをまず国は訂(ただ)さなければならない。いま必要なことは、地域リハビリテーションの整備・拡充により病院医療とのアンバランスを是正することでなければならず、そのための国家予算を準備することである。しかし、そのために必ずしも新しく巨額の予算を計上する必要はない。削減された数百億円にのぼる措置入院のための補助金をまずそれに当てるべきである。そうすれば精神障害者リハビリテーション施設(精神科デイケア、援護寮、共同作業所、共同ホーム等)の拡充・強化は決して不可能ではない。

 (5)最後に最も必要なことは精神障害者とくに長期精神障害者のリハビリテーションに関する理論及び技術研究を推進することである。

 欧米にくらべて、わが国のこの分野の研究は著しくおくれている。

 アメリカの国立精神保健研究所、イギリスのモーズレー・グループ、西独のマンハイム精神保健研究所などの活[溌]なリハビリテーション研究におくれをとらない研究を国立精神神経センターに期待したい。

 おわりに

 今年は国連が定めた「国連障害者の10年」の中間年にあたる。国際障害者年(1981年)にあたって国、都道府県・民間団体が策定した「長期行動計画」の折りかえし点でもある、この計画では「精神障害者については医療の質的向上、社会復帰の推進につとめる」ことが謳われている。しかし、私がいま述べたように、まだそのきざしはみえない。

 来年9月には、アジアではじめての第16回リハビリテーション世界会議がここ東京で開催される。その時、わが国の精神障害者リハビリテーションが進展したことを胸をはって報告できることを願うものである。

*日本精神衛生会理事長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1987年11月(第55号)12頁~17頁

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