アメリカの個別学習プログラム

アメリカの個別学習プログラム

小鴨英夫*

1. 1975年全障害児教育法(PL94-142)

 この法律は、今日のアメリカ合衆国における障害児教育行政の基本的な連邦法であり、1975年11月29日に制定されたものである。

 この法律の目的は、(a)すべての障害児が、その特有なニーズを満たすために構想された特別な教育および関連サービスを強調した無償で適切な公教育を受けることができるような状態にしておくことを保障すること、(b)障害児とその保護者の権利が守られることを保障すること、(c)すべての障害児の教育を提供する州と地方自治体への援助をすること、(d)障害児を教育する努力の効果を評価し保障すること、である。

 同法は、連邦資金を受けようとする州や地方教育当局に対し、その資格が認められるために満たすべき諸条件、および資金交付の条件ならびに方法を規定するものであるが、まず、立法に当たって連邦議会が確認した事実を次のように述べている。

①合衆国内に800万人以上の障害児が存在していること。

②これらの児童の特別な教育ニーズが十分に満たされていないこと。

③合衆国内の障害児の半数以上が十分な機会均等を可能とするような適切な教育サービスを受けていないこと。

④合衆国内の障害児のうち100万人が公の学校教育体系から全く排除され、また将来も自分の仲間たちと共に教育過程を歩むことはないであろうこと。

⑤合衆国には、通常の学校教育プログラムに参加しているが、その障害が発見されていないためにその障害によって、よい結果をもたらす教育上の経験が得られない障害児が多くいること。

⑥公の学校教育体系の内部に適切なサービスを欠いているために、家庭はその学校教育体系の外部で、多くの場合にその居住地からかなり遠く離れた所で、しかも費用を自己負担してサービスを見つけなければならないことが多いこと。

⑦教員養成および指導の手続きや方法の開発により、適切な資金が与えられれば、州および地方の教育機関が障害児のニーズを満たすために、効果的な特別な教育および関連サービスを提供でき、かつ将来、提供することになるようなところまで進んできていること。

⑧州および地方の教育機関は、すべての障害児のための教育に備える責務を負っているが、現在の財源は障害児の教育ニーズを満たすには不十分であること。

⑨連邦政府が法の平等擁護を保障するために障害児の教育ニーズを満たすプログラムを提供しようという州や地方の尽力を援助することは国益のためであることを確認する〔601項(b)〕。

 全障害児教育法では、3歳から21歳までのすべての障害児に無償の適切な公教育を提供すること。その場合、優先順位として、第一に教育を受けていない障害児に関して、第二にそれぞれの障害において不適切な教育を受けている最重度の障害児に関して提供することを州および地方の教育機関に要求している。

2. 個別教育プログラムに関する規定

 全障害児教育法の定める州や地方の教育当局が満たすべき条件の一つに個別教育計画の作成がある。まず、法の第602条(19)において次のように定義している。「個別教育プログラム」(individualized education program)(IEPと略称)とは、障害児の特異なニーズを満たすために特別に考案された指導を提供し、またはその提供を監督する権限をもった地方の教育機関または中間教育ユニットの代表、教師、障害児の親または後見人により、適当な場合には当該児童をも加えて構成される会合で、障害児一人ひとりのために作成された文書をいう。この文書は、(A)当該児童の教育上の成績の現在の水準に関する記述、(B)短期の教育目標を含む年間目標の記述、(C)当該児童に提供される特別な教育サービスおよび当該児童が将来、通常の教育プログラムに参加できる範囲に関する記述、(D)当該サービスの開始および予想される期間について計画された日時、(E)教育目標が達成されているか否かを最低年1回の体制で判断するために適切な客観的基準および評価手続きならびに日程表を含むものとする。

 また、全障害児教育法施行規則では、第121条a.340より349にわたり個別教育プログラムについて次のように示している。121条a.340.定義、341.州の教育当局の責任、342.個別教育プログラムの作成時期、343.会合(特殊教育の新規対象者は30日以内にIEP委員会を開催する。IEPの再評価のための会合は、少なくとも年1回は開催しなければならない)、344.会合への参加者(IEP委員会の構成員は、a.公教育当局代表、b.子どもの教師、c.両親、d.本人〔適切な場合〕、e.両親または公的機関が推薦する者とする。評価チームのメンバーは、IEP委員会にも出席できるようにする)、345.親の参加、346.個別教育プログラムの内容、347.私立学校への措置、348.宗派教区学校もしくはその他の私立学校にいる障害児童、349.個別教育計画-その責任(児童が年間目標で提示された進歩を達成しない場合でも、いかなる公的機関や教師やその他のものにもその責任を問うものではない)。

3. 個別教育プログラムの実際

(1)ニューヨーク州の規則

 各州はこの連邦法の命ずるところに従って様々な形で教育条件の整備を行っているが、以下、ニューヨーク市を例にとって連邦法の諸原則がどのように具体化されていくかをみてみたい。

 ニューヨーク州教育委員会では州教育委員会規則(200・4章)で、IEPの作成について次のように示している。この規則では連邦法の前記のすべての内容を包含し、適切な準備を履行の方法に焦点を当てている。

①次のものによって、児童生徒の現在の成績やニーズの水準を示す。

 a)学力もしくは教育到達の水準、そして学習の進度、b)社会的発達の水準、c)身体的発達の水準、d)教室における児童生徒の管理上のニーズ。

②障害の状態を記述する。

③児童生徒のニーズと能力に応じた年間の目標を記述する。

④もし、適当であるならば、推薦できるプログラム、学級の大きさについて述べ、また必要であるならば、職業教育を含めた普通教育プログラムに参加できる範囲を述べる。

⑤特殊教育と関連サービスの開始の日程、生徒がこのようなサービスを受ける一日の時間の量、そしてこのようなサービスに対する生徒のニーズの検査の日程を述べる。

⑥この生徒が教育から利益を得るために必要な特別の設備や適切な工夫について記述する。

⑦推薦された教育プログラムにおいて、生徒によって常に用いられる修正テストをあげる。

⑧推薦される措置をあげる。

⑨その生徒に対する年間の目標に一致した短期目標を記述したものを準備する。

⑩最低年一回の割合で、指導目標が達成されたか否かを決定するための適切な客観的基準と評価手続きと日程表をあげる。

 個別教育計画は、学校と児童生徒およびその両親との間の契約といえるものである。そのため、障害児が適切に扱われるよう文書によるものであることが要求されている。ニューヨーク市の場合、IEPは5ページから構成されていて、最初の3ページはSBST(各学校内に設けられた評価や指導計画立案のためのチーム、School Based Support Team)とCOH(障害者委員会)。そして両親により完成され、残りの2ページは教師と両親により作成される。

(2)ニューヨーク市のガイドライン

 児童生徒のそれぞれのニーズに応じた個別的な教育プログラムを用意し、当該児童が通常の教育の場にあったのでは教育の利益を得ることができないと判断されるのでなければ特殊教育プログラムには組み入れられるべきではないという考えは、連邦法の中に示されている。ニューヨーク市では、各学校に配置されているSBSTに特殊教育への措置のための各種の評価の実施を依頼する前に、まず普通プログラムの中での児童の援助を試みるよう指導している。SBSTは、公立学校すべてに配置されており、最低、学校心理学者、学校ソーシャルワーカー、特殊教育専門家、普通学校教員の代表者、生徒の親から構成された専門家チームである。

 1982年3月の教育長規則B-455(SBSTの援助に対する依頼)が示されたのもこのためである。これは、児童に対して特殊教育サービスのニーズに応えるようなステップを記述するものであるが、その場合、「最も制約の少ない環境」(Least Restrictive Environment)の中で、すなわち、出来るだけ普通の教育を受けている児童と近いところで障害をもつ児童をサービスするようニューヨーク公立学校にその実施を呼びかけたものである。

(3)IEP作成の過程

 ニューヨーク市では、IEPが実施されるまでのプロセスとして二つの段階を設けている。第一段階は、SBSTとCOHの推薦の結果実施されるものである。第二段階は、生徒の措置が決定した日から30日以内に行われるものである。SBSTの援助を依頼するには、教師(普通もしくは特殊教育)は、B-455の教育長規則により、校長もしくは特殊教育監督者によりサインされた依頼書(リクエスト・フォーム)を完成する。(表1)

表1. SBSTに対する依頼書

表1. SBSTに対する依頼書

 SBSTは、生徒が最も制約の少ない環境の中で、適切な教育が受けられるよう必要な援助を提供する。評価が必要ならば、チームは生徒のホームスクールで実施する。必要なサービスを決定するためにはSBSTは次のいくつかのレベルでサービスを行う。

ア. 協議

 協議の過程で、SBSTのメンバーは問題を検討するため、普通学校の教員とともに活動する。この最も早い段階では、一人の子どもよりも教室の中の普通教育教師の援助に焦点があてられる。問題の広汎な見通しを立てるために、教室での観察、記録、報告についての情報が収集される。また、全体の教室活動を援助すると思われる指導上の技術とか教材について、SBSTのメンバーと教師は討議を行う。この最初のステップで学習や行動の問題が解決に導かれることが多い。

イ. インフォーマルな評価

 もしその問題が協議だけでは解決できない場合、次の段階として、インフォーマルな評価に入る。この段階では、個々の生徒の特殊なニーズに焦点があてられる。SBSTは、学校にいる間の生徒の観察、学校での資料や記録の検討、調査に取り組む。生徒に簡単なインタビューを実施したり、学校職員に意見を聴いたりする。この間には正式のテストは使用されない。SBST、教師、それに両親が提携し、そして教育目標を設定するための会合がもたれる。このインフォーマルな評価会合のねらいは、普通学級での問題や学級をとりまく問題を解決することである。

ウ. フォーマルな評価

 フォーマルな評価の手続きは、その生徒のニーズに応ずるのに必要なサービスを決定するために、詳しい評価が必要である場合に開始される。一度、両親の同意とか、医師や両親によりフォーマルな評価の要求があった場合、特殊教育サービスの実施に対する必要なすべてのステップは、60日以内におこされねばならない。これらのステップは、次のようなものである。

・多専門家チームにより実施されるフォーマルな評価

・教育計画の会合とCOHにより行われる再調査

・措置の提示

・措置をすすめるため、両親の同意を得る

・入学手続きの完了

・措置の履行

 評価に対する文書による両親の同意を得て、SBSTは評価過程に使用する評価方法を決定する。これらの方法は、観察、簡単なテスト、標準テスト、インタビュー、事例研究などである。この際、子どもの言語、文化、管理のニーズ、さらに障害の状態の及ぼす影響なども考慮して、子どもに適切なものを実施する。これらの評価が完成したら、必要なサービスについてのチームの指導やプランを討議するために、両親は教育計画の会合に招かれる。

エ. 教育計画の会合

 教育計画の会合では、SBSTと両親は、生徒の特別な学習ニーズを確認し、総合的な教育計画を展開する。この計画は、生徒のニーズや長期の目標の確認を含む。また、会合参加者は、どのような援助や関連サービスを要求しているかを決定する。もし、生徒が障害の状態をもっていることが決定したら、IEPは開始される。そして、IEPの第Ⅰ段階に明記されなければならない生徒の成績と発達の領域は次のものである(表2・3・4)。

表2. IEP1ページの内容

表2. IEP1ページの内容

表3. IEP2ページの内容

表3. IEP2ページの内容

表4. IEP3ページの内容

表4. IEP3ページの内容

a)教科もしくは学業成績そして学習の進度。効果的な指導のレベルやペースに関する情報や知的機能のレベルについての情報(反復の量や必要な補強など)。さらに、すべての特定の領域での最新の機能レベル(例えば、基礎的学力、言語発達、ADLなど)。

b)社会性の発達。生徒の社会的相互作用、自身についての感情と環境への適応。

c)身体的発達。生徒の健康、活力、感覚、運動発達など。

d)管理的必要。指導から利益が得られるように、障害をもつ生徒に対して必要なプログラムの中での大人の監督や援助の量に関する情報(例えば、教育的観点からは教師の補助やエイドを必要とする指導のため小グループ編制をする。身体的観点からは、ノートテーカー、通訳、介助をつけるなど)。

 SBSTの評価の焦点は、普通学級の中で生徒の教育ニーズに応ずるアプローチを求めることである。援助とか関連サービスを伴ったりしても、普通学級への推薦が生徒の教育的ニーズに十分応じられない場合には、次の解決が求められる。そのチームは、リソースルーム・サービス(特別指導室におけるサービス)を推薦する。生徒がホームスクールでの関連サービスか、リソースルームによるサービスを受けられるならば、チームはサービスの分配をするため、すべての準備を行う。もし、ホームスクールでの関連サービス、リソースルームによるサービス以外のサービスが指示されたならば、地区のCOHによる調査が依頼される。

オ. COH調査

 地域の障害者委員会COH(the Committee on the Handicapped)は、すべての資料を再調査し、必要と思われる付加的評価を完成し、COH調査に両親を招く。会合では参加者は資料について討議し、生徒のニーズを確認し、適切な特殊教育サービスを選ぶ。IEPの第Ⅰ段階を発展させる。表2・3・4は生徒の個別ニーズを明らかにし、長期の目標を確立し、特殊教育から利益を得るために必要と思われる関連サービスを決め、一方、普通学級プログラムの中に参加する領域を明確にする。最後に、生徒のニーズと最も制約の少ない環境の概念の双方を考慮して適切な措置が推薦される。

カ. 措置の提供

 両親とともにCOHが一度、生徒の特殊教育サービスを要求したならば、措置の取り決めが開始される。措置担当者は、各COHから指定されるが、必要なプログラムと生徒のニーズにあった関連サービスを含む適切な学校を選択する責任を有することとなる。この措置担当者は、ホームスクールが生徒の家庭に出来るだけ近い学校となる措置を得るよう努力する。

キ. 措置を進めるための両親の同意

 両親には、推薦されたプログラムを訪問するための機会が提供される。もし、両親が措置に同意しなかったり、疑問をもったりしたならば、両親は再びCOHにいくが、困難で解決できない場合には、両親は不服申し立ての権利を有する。

ク. 入学手続きの完成

 措置への両親の同意が得られたら、COHは必要な行政上の手続きを完成する。

コ. 措置の履行

 生徒に対する推薦プログラムが、ここから開始される。IEPの第Ⅱ段階(表5・6)は、このプログラムが開始されてから30日以内に行われなければならない。生徒の教師、監督者、そして両親は、教育計画の年間目標と短期の目標を作成する。このIEPの完成によって継続的な計画の過程を歩み出したことになる。

表5. IEP4ページの内容

表5. IEP4ページの内容

表6. IEP5ページの内容の一部「読み」と「言語」

表6. IEP5ページの内容の一部「読み」と「言語」

(4)教師の役割

 IEPの4・5ページの記入は、特殊教育教師の直接の責任となるが、1ページにこのサービス開始の期日も記入する。これは生徒が実際にクラスに入級した日でなければならない。また年間に生徒のプログラムに普通学級のものが付加された場合は、普通学級プログラムが終了したらこれらの変更を記入するし、関連サービスについてもIEP1ページの記入変更が必要である。

 以上がニューヨーク市で実施されている個別教育計画の概要である。現在、50州の現状を調査中であるが、ここにアメリカの障害児教育の一端を紹介した。

参考・引用文献 略

*淑徳大学教授


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1989年10月(第61号)2頁~9頁

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