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特集/精神障害者のリハビリテーション

精神障害者の福祉

牧野田 恵美子*

1.はじめに

 1958年、私が、ある精神病院にソーシャルワーカーとして就職した時から比べれば、精神障害者の福祉対策や彼等の社会生活は改善され、明るい兆しがみえてきた。しかし、その進歩は遅々としており、驚異的科学進歩や生活の変化からみると精神障害者の生活や福祉がなぜこれほどまでに軽視されているのだろうかと怒りを感ぜざるを得ない。青春時代を精神病院の中で過ごし、中年を迎え、退院の目度の立たない人が何人かいた。ある患者さんは、「刑務所なら、刑期があるけど、精神病院は何時出られるか決まってないからなあー。」とあきらめの言葉を吐いていた。また、ある患者さんは、「病院の方が医者も看護婦さんもいるし安心していられるから、退院なんて考えてないですよ。」と精神病院の生活にどっぷり漬かっていた。こういう患者さんがなかなか退院出来ないのは、病状より何度も入退院を繰り返しているため、再発を恐れて家族が引き取らなかったり、受け皿の不備のための社会的入院が少なくない。こういう人からすれば、20年も30年もかかってやっと精神障害者の福祉や生活が少しばかり改善されたとしても意味がないだろう。精神障害者が、社会的理由でいつまでも病院で病者として人生を送るのではなく、生活者として地域で生活できるような援助や保障が必要であろう。

2.入院中心の精神障害者の処遇

 精神障害者は精神病院に入院させ、医療を受けさせることに重点がおかれてきた。向精神薬の開発は、精神障害者の治療を容易にし、彼等の対人接触は良くなったものの薬物療法中心の病院医療では、退院後の社会生活の維持は必ずしも良好とはいかず、再入院を繰り返す。家族は、完全に良くなってから退院させてほしいと願うようになったり、治らないことで医療不信をもつ。そして長期在院や入院中心の医療と患者の慢性化、沈殿化が蔓延する。これらを打開するために、1960年代から、社会復帰、リハビリテーションのための活動が精神病院で活発になってきたが、これらの活動は医学的観点に立脚しており、福祉的観点や福祉と医療の両者の連携が欠如していたため、病院外での生活の継続は相変わらず困難な例が多かった。病院では、リハビリテーション活動のもと、活動的になり、一見社会生活が可能と思われても社会に戻ってみるとうまく生活ができない。退院後の生活維持を援助する、それも、必要な時に直ちに精神障害者や家族の相談や援助にのる体制がないため、また病院に舞い戻る。病院の生活では安定している病院内安定という言葉で括られる人々に対する福祉的援助は、入院中心の我が国の精神医療を変革するためにも重要であろう。

 我が国では、1948年、村松常雄氏が府台病院精神科に精神科ソーシャルワーカーを配置したことがPSWのはじまりであった。1960年の医療金融公庫の設置による精神病院の増加で病院に採用されるPSWが増えてゆき、1964年には日本精神医学ソーシャル・ワーカー協会(以下「PSW協会」と記す)が設立された。しかし、その会員は当初、50名に充たなかったが1986年のPSW協会の調査では、PSWの概数は2,077が把握されている(協会員以外も含む)。これらのことから考えるに精神障害者の福祉が全く考慮されていなかったわけではない。ソーシャルワーカーの主な業務は、療養上の問題調整や経済的問題、退院援助等である。入院のための経済的問題の援助や治療への家族の協力や退院後の家族の受け入れを援助する。しかし、福祉を専攻したワーカーでさえ、精神障害者の生活に深く切り込み、彼等の生活のしづらさを彼等とともに解決していく視点や社会生活維持のためにワーカーが彼等の自己決定を尊重しながら関わる視点を、理論からではなく、実践として構築するまでには、PSW協会設立から、20年近くかかっている。彼等が疾病を抱えて生活することの困難さ故に病院生活が彼等にとっては幸せだと考えたり、早期に入院させることが、病気を良くすると安易に考えたり。病状を悪化させた周囲や環境、ワーカー自身の援助のあり方に目を向けず、薬物を中心とした治療にその解決を任せてしまうことがなかったと自信を持って言えるPSWがどれだけいるだろうか。

 1982年、PSW協会は、協会活動の目的を「精神障害者の社会的復権と福祉のための専門的活動」と定めたが、それらの活動が、これまで十分なされていなかったことを物語っている。精神障害者の対策は、医療・保健面のみが重視され福祉サイドからの施策は不十分であったことは否定できない。

3.精神障害者に対する福祉理念

 1981年の国際障害者年の「すべての障害者の完全参加と平等」の理念、ノーマライゼーションの考え方は、精神障害者の社会参加の考えと、精神障害者も、他の障害者も同じ障害者なのに、なぜ精神障害者の福祉だけ遅れているのか気付き、精神障害者の福祉と医療の両方の重要性に注目が置かれ、「精神障害者の福祉」が市民権を得るようになった。

 また、1975年に国連総会で決議された「障害者の権利宣言」は、「障害者」を“先天的か否かにかかわらず、身体的または、精神的能力の欠如のために、普通の個人または社会生活に必要なことを自分自身で完全または部分的に行うことのできない人のことを意味する”と定義している。この定義から、精神障害者もその社会生活が障害のために制限されるならば障害者として認められ、その障害のために侵されている権利が守られる。しかしながら、すべての障害者を対象にしているこれらの理念は、実際には、他障害者と精神障害者では大きな差があるように思われる。

 例えば、1987年に改正された「障害者の雇用の促進に関する法律」は、それまでの「身体障害者雇用促進法」という名称でも明らかなように、身体障害者を対象にしていたが、身体障害者だけでなく精神薄弱者や精神障害者を含むすべての障害者のための法律になった。それは、前進であるが、実際には、精神障害者は、職場適応訓練が適用されるのみでその適用数も多くはない。法定雇用率には精神障害者は含まれていないなど、実効力からは問題が残る。精神障害者が身体障害者や精神薄弱者のように障害の客観的評価が困難なことが指摘され、このことが、精神障害者に他の障害者が適用される施策から除外されるといわれる。確かに精神障害者は、その病状が必ずしも安定しているとは言えず、社会的問題や人間関係、疲労その他周囲では原因が把握できないままに症状悪化をきたすことも確かにある。

 また精神障害者は、「病者」から、「回復途上者」まで一括して精神障害者として括っており、医療に重点が置かれる人々も、福祉面や社会復帰を重視すべき人々も、すべてこれまで医療の枠組みで扱ってきた。そして、彼等の疾病の治療、それも入院中心の医療が主流を占め、精神障害者を生活者としての彼等の生活や福祉について検討することがほとんどなかった。このことが、他の障害者と比較してその福祉や職業への対策の遅れをもたらしていることは否定できない。

4.精神衛生法改正による保健所の地域活動

 1965年の精神衛生法改正は、必ずしも精神障害者の地域生活の促進を意図するものではなかった。当時のライシャワー駐日大使が在宅精神障害者に刺傷されたことから、在宅患者の不十分な医療の現状が大きな社会問題になり、この改正が行われたことからもこのことは理解出来る。その結果、保健所が地域の精神保健の第一線機関となり、精神衛生相談員を配置することになった。しかし、必ずしも専任の相談員が配置されなかったり、保健所の業務は精神障害者の早期発見、早期治療に重点がおかれていた。精神障害者の人権を侵害してまで、精神障害者を入院させようとするなどの問題も起き、精神障害者の福祉を守るより、侵すことにもなりかねないような事態も起きた。また、公衆衛生機関であり、行政機関である保健所は、住民全体の健康を守る役割を持っているが故に、精神障害者一人ひとりの福祉を守るという観点よりも住民全体をとの思考が先行しがちである。ある保健所のワーカーは、自嘲的に「保健所のワーカーは、入院紹介業ですよ」と言っていた。地域住民や家族の要請で、病気だからと無理やり入院させては、ワーカーに対する不信感を持つだけで、退院後の生活設計に関わることが困難となる。それ故、できるだけ、彼等や家族と話し合い、入院させないで支えられないかを模索したり、家族だけが調子を崩した息子や娘にふりまわされるのではなく、保健所の職員が一緒に関わることにより困難を乗り切ったり、話し合いを通して本人が納得して入院する、あるいは入院させるという方向を保健所のワーカーは模索していった。無理やり入院させようとしていることに恐怖を感じていたり、入院中の病院での扱いや環境を嫌がっていたり、入院したら退院できないのではないかを恐れている精神障害者に対し、その気持ちを理解し、共感し、じっくり話し合うことからはじめていくというやり方や援助を通して、本人や家族は保健所の職員が信頼できることがわかる。そして、退院後の生活や生活設計を共に考えてくれる人として重要な存在となっていく。

 先進諸外国の地域ケアを中心とする精神医療の影響も受け、入院中心の医療から、精神障害者の地域管理ではなく、精神障害者のための地域活動をすすめ、精神障害者や家族の相談にのり、彼等の社会生活を支えてきた先進的保健所の活動。1975年度から予算化された「精神障害者社会復帰相談費」により保健所のグループ活動やデイ・ケア、社会復帰教室に精神障害者が通うようになる。そして、保健所職員が精神障害者との日常的関わりを積み重ね、家族との関係の調整や、精神障害者の社会生活の維持を援助する経験を積んでいく。その経験は、疾病に目を向けすぎていた障害者に対する関わりから「生活者」としての彼等に重点を置きながら彼等がぶつかる困難をともに乗り越え、解決することで病気の再燃を防ぐことも不可能ではないことが分かっていった。

 しかし、地域で生活するには精神障害者のための社会資源がないことが大きな問題であり、行政や国の施策を待つだけでは解決にならないことから、精神薄弱者や身体障害者が作っていった地域作業所づくりを家族と協力して推進していったワーカーも多い。

 これらの先進的な保健所の活動や作業所での精神障害者の日常生活、それに加え、1971年からはじまった川崎市や東京都の社会復帰施設での試みは、これまでの医療中心のケアから、生活中心の福祉的関わりへと精神障害者に対する施策の方向を少しずつ変えていった。しかし、それにもかかわらず、精神障害者対策の主流は医療中心の流れといってよい。精神障害者の地域生活の維持のための援助に日夜奮闘している従事者もいる。しかし、それは、病院にしろ保健所にしろ従事者個人の努力であったり、少数者の実践にすぎず、病院全体や保健所をあげてのものとはなりにくい。地域精神活動を通して地域で生活する人々は増加し多くのPSWや作業所の職員などが、それらの人々の生活を支える関わりの経験を積んできたが、病院医療が中心の我が国の精神医療の根本は変わらず、精神病院の入院患者は一向に減少しない。もちろん、精神障害者の医療は重要であるが、それに留まらず、医学モデルだけではなく生活モデルによるアプローチが検討されなければならないのだが、それは、一部の流れに留っている。

 これら、医療に加えて福祉施策が導入され、変化をみたのは1988年4月の精神保健法の施行により初めて、法的に精神障害者の社会復帰の促進と福祉が法の目的として掲げられてからといってよいだろう。

5.精神保健法と精神障害者社会復帰施設

 精神保健法の目的に、はじめて精神障害者の「社会復帰の促進」と「福祉の増進」という言葉が盛り込まれたことは評価して良いであろう。しかし、1986年7月に公衆衛生審議会が厚生大臣に宛てて具申した「精神障害者の社会復帰に関する意見」は、必ずしも生かされておらず、積極的な精神障害者の地域生活維持のための施策に欠けている。この「意見」のなかで重要な次の2点が精神保健法やその後の施策で取り上げられていないことは誠に残念である。

①地域精神保健医療・福祉システムの確立を早急に図らなければならない。このために精神障害者の社会生活の援助体制づくりに不可欠な地方公共団体の衛生部門と福祉部門の密接な連携の実現を図り、有効かつ効率的に社会復帰、社会参加を進めること。

②就労状況を改善するために有効な各種の優遇措置が精神障害者に適用されるよう諸対策を講ずることが是非とも必要である。

 精神保健法に規定された精神障害者社会復帰施設は、ア)精神障害者援護寮、イ)精神障害者福祉ホーム、ウ)精神障害者通所授産施設である。

 1988年4月、「精神障害者社会復帰施設設置は、社会福祉法人、医療法人等の民間が主体となって促進を図ることを期待するとともに、都道府県、市町村はその補完的な取り組みを行うものであること。したがって、これより、改正後直ちに地方公共団体が設置することを意味するものではない」。という医療局長の通知が出された。精神障害者社会復帰施設(以下復帰施設と略す)の設置については、精神保健法に「都道府県は社会復帰施設を設置することができる」となっており義務規定ではないうえに、このような通知が出されると、地方公共団体の復帰施設建設は一層消極的となる。住友(やどかり研究所)の1988年の調査によれば、民間の復帰施設の自己資金は1,700万~2,400万円であったという。これには、当然のこと、土地は自前であるからこれ以上の相当の資金が必要となる。民間の団体ではこれらの自己負担分を負うことは困難であろう。表1に、1990年、1991年の復帰施設種別と設置主体を表わした。1991年でみると、援護寮では52%、福祉ホームでは78%が医療法人によるものである。これは、資金の面から考えて当然のことといえよう。医療法人による施設のすべてではないにしろ、病院と同敷地内での、医学的モデルの色彩が濃厚な施設では、単に住む物理的環境と名称が変化しただけで、病院の生活と変わりのない他律的日常という状況になり易い。復帰施設は、地域に開かれ、入所者の自発性と自立性が尊ばれ、生き生きと生活できる場でなければならない。そのような施設であるためには、今後、地方公共団体の復帰施設建設を義務づけること、民間団体の施設建設を市町村が援助していく体制を作り、精神障害者の主体性を重んじた施設ができるようにすべきであろう。

表1 精神障害者社会復帰施設数(9月1日現在)

       設置主体
施設種別

公立 社会福祉法人 医療法人 その他
精神障害者援護寮 1990年 6 9 16 1 32
1991年 6 11 21 2 40
精神障害者福祉ホーム 1990年 0 5 27 2 34
1991年 0 16 32 3 41
精神障害者通所授産施設 1990年 2 18 3 3 26
1991年 2 24 3 3 32

 また、施設の運営には、資金面、マンパワーの面で多くの問題を抱えている。

 復帰施設の職員は、精神薄弱者施設をもとに考えられている。しかし、援護寮の入所者20名に対し職員4名、福祉ホーム入所者10名に職員1名という人員配置では、社会生活での対人関係、ちょっとした刺激や変化に不安定になり易い精神障害者に対処することは困難で、24時間ケアは無理があり、極端にいえば、夜も昼も職員がその対応に追われていて過労や精神的負担を背負う。

 精神病院では、自分で決定することなどなく病院職員の言うとおりにしていれば済み、その方が病院職員も管理しやすく入院患者に自分でやらせようという努力に欠ける。地域に開かれた施設では、入所者が彼にとってより良い自己決定ができるよう援助する。例えば、銀行口座を設けたり、お金の管理など健常者にとっては何でもないことのひとつひとつの処理が不安になる入所者に対し実際の体験を通して学び、身につけられるように指導していく。このような職員の援助や指導は、法に定められた職員数ではとても無理である。

 また、運営費の捻出も並大抵ではない。復帰施設は運営補助体制で運営されるため、運営費のうち4分の1を利用者から徴収するが、平成2年度から被保護受給者に対し、「施設基準」枠を適用した結果、生活保護受給者が利用者負担を支払うと生活保護による最低限の日用品費すら削減することになり、同時に施設運営側にとっても運営財源の破綻につながり、生保受給者の受け入れが困難となる。

6.精神障害者に必要な福祉施設

 蜂矢は、精神障害者の社会復帰・社会参加を促進するのに必要な制度や施設を表わしている。それは、医学的リハビリテーションから、職業・社会リハビリテーションの範囲にまで渡っている。(表2)

表2 社会復帰・社会参加を促進するための制度・施設一覧
A.病院レベル医療および医学的リハビリテーション
 ○1 精神科病院入院患者に対する作業療法
 ○2 精神科病院外来患者に対する作業療法
 ○3 精神科病院外来患者に対するデイ・ケア
 □4 診療所等の外来患者に対するデイ・ケア
 ○5 訪問看護
 ○6 外来患者に対するナイト・ケア
B.病院外の医学的リハビリテーションおよび医療の範囲
 ○1 精神障害(回復)者社会復帰(医療)施設
 ○2 精神科デイ・ケア施設
 ○3 旧援護寮(精神衛生社会生活適応施設)
 □4 ケア付き共同住居(新援護寮)
 ○5 職親制度(通院患者リハビリテーション)
C.公衆衛生関与の範囲
 ○1 精神保健センターのデイ・ケア
 ○2 保健所のいわゆるデイ・ケア(社会復帰相談指導事業)
D.職業・社会リハビリテーションの範囲
 □1 障害者職業センターの利用
 □2 公共職業安定所特殊援助部門の利用
   3 職業訓練校の利用
 □4 職場適応訓練制度
 □5 授産施設
   6 福祉工場・保護工場の利用
 □7 障害者雇用促進法
    8 保護雇用
 □9 小規模作業所
 □10 通勤寮・共同住宅(福祉ホーム)
   11 公共住宅あるいは家賃の助成
 ○12 救護施設・更生施設・宿泊施設の利用
   13 ソーシャルクラブ・憩いの家
   14 福祉事務所への精神保健福祉司の配置
 ○15 障害年金

出典)蜂矢英彦による

 表中の○印項目は法改正以前から実現していたもの、□印項目は法改正によって実現したか、あるいは同時期の関連法改正で実現したものだという。

 医療と福祉、労働分野が建設的な相互批判もしながら精神障害者の立場に立って連携協力し、その施策を推進し、精神障害者を援助していくことが重要であろう。ただ、「B.医学的リハビリテーション」の範囲とされているなかの、ケアつき共同住居(新援護寮)や職親制度(通院患者リハビリテーション)は、むしろ、「D.職業・社会リハビリテーション」の範囲に入れ、医療の枠組みをなるべく狭くし、相互協力しながら、病者としてではなく、何らかの援助や制度利用が必要な一人の人間として彼等を援助していった方が良いのではないかと考える。

 また、精神障害者のための福祉工場を保護雇用対策として取り入れること、障害者雇用納付金に基づく助成制度を精神障害者も利用できるようにし、職場定着のための指導員や相談員を配置するための助成をし、就労の継続に役立てることなどは是非とも必要であろう。

参考文献 略

*日本女子大学助教授


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1992年1月(第70号)21頁~26頁