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報告

視覚障害者による鉄道単独利用の困難な実態

田内雅規*
村上琢磨**
大倉元宏***
清水学****

はじめに

 障害者が種々の規模で移動を行うことは社会参加の域を広げ、文化的あるいは経済的に自らの生活を豊かにして行くために当然の要求と考えられる。社会集団を構成する一人として障害者が様々な活動を行う時、その行動範囲は健常者と同じような広がりを持ってくる。しかし、視覚障害者が安全、確実に路上を歩行したり、公共交通機関を利用出来なければその活動は保障されない。視覚障害者が戸外で移動を行う場合に、種々の困難と危険に遭遇する可能性が考えられ、中でも鉄道を利用する時には、駅舎構造の複雑さ、歩行支援設備や人的援助システムの不備が相まって、事故の発生もあり得る。特に駅におけるホームからの転落事故は重大な結果につながる場合も多く、毎年のように駅で視覚障害者の死亡事故が発生しているという驚くべき事実がある。特に日本の都市部では世界にも例を見ない過密ダイヤ、ラッシュ時の極端な混雑、複雑な駅舎やプラットホーム構造が交通弱者の鉄道利用時の安全を脅かしている。このような環境を非常に高い心理的ストレスの下、視覚障害者は鉄道利用という複雑な課題を遂行しなければならないのが現状である。視覚障害者が鉄道を利用するときには様々なタスクを連続的にこなしていかなければならない。それらのタスクがどのようなもので、そのどこに大きな作業負荷や危険が所在するのかを系統的に明らかにしていくことが、視覚障害者の安全確保のために急務と考えられる。

 本研究は、主に鉄道を利用する視覚障害者を対象に、鉄道利用時の困難や危険、事故体験等について調査を行い、現在の鉄道交通システムを視覚障害者が利用するにあたり、どのような問題点があるかを同定することを試みたものである。

調査対象と方法

調査対象者

 全盲、あるいは形態視を利用できない視覚障害者で、単独で歩行する機会があり、①頻度に関わらず単独で鉄道を利用する、②単独利用経験があるが現在は利用していない、③単独利用を試みたいが予想される種々の困難のために踏み切れない等の条件を持つ者について調査を行った。

調査対象者のプロファイル

 調査対象視覚障害者の総数は計113名で、109名が鉄道利用者であった。鉄道利用頻度については毎週利用する者が66名、毎月利用する者が27名いた。鉄道利用目的は多岐にわたっていたが、レクリエーションや文化活動、日常生活上の必要性、職業上の必要性、通勤、通学、通院の順であった。これらの鉄道利用者のうち、単独利用する機会のある者は99名に上った。113名中、男性が89名、女性は24名であった。年齢の分布は19~66歳まで、年齢別には20~40歳代が80名と最も多かった。なお、歩行訓練士により訓練を受けた経験を持つものは73名で、そのうち、鉄道利用についても訓練を受けた者は61名であった。

調査項目および聴取方法

 調査は、①プロファイル(年齢、性別、視力、失明原因、単独歩行経験等)、②鉄道利用の頻度と目的、③鉄道利用時の困難、④鉄道利用時に遭遇した危険、③鉄道利用時の事故、等の項目について行った。質問票を作成し、歩行訓練士あるいは盲学校養護教官がそれに沿って面接聴き取りを行った。各質問項目の作成は、鉄道利用に経験を有する複数名の視覚障害者および歩行訓練士等と協議して作成した。

結 果

鉄道利用というタスク

 ここでは鉄道利用を、駅に入り、乗車を行い、下車して駅を出るまでを一つの大きなタスクと考えた。図-1は、その鉄道利用の過程で、視覚障害者がくぐり抜けなければならない関門(サブタスク、特に注意、集中を要すると思われる作業)をフローチャートとして示したものである。鉄道利用というタスクを、これらの連続するサブタスクによって構成されているとみなし、視覚障害者が鉄道を利用する際、これらのどこに大きな作業負荷(workload)がかかるかに注目した。

図─1 視覚障害者が鉄道を単独利用する際のタスクの流れ

図─1 視覚障害者が鉄道を単独利用する際のタスクの流れ

鉄道利用時に困難を覚える点

 図-1に示した鉄道利用のサブタスクの主なものについて、視覚障害利用者が困難を覚えると指摘したものを示したものが図-2である。ここでは、乗車券の購入、ホームへの移動、の二つについて困難を訴える者がそれぞれ40名以上と多かった。それらに次いで、ホーム上での移動、改札口の検出、駅入口の検出、の困難さ等が挙げられている。ここで注目すべき点は困難の最上位に挙げられた二つが、いずれも他の利用者の挙動(聴覚的情報として得られる)を参考に出来ず、自分の判断のみで行わなければならない類のタスクである点である。それに次ぐ三つのタスクは、他にも利用客が多数いるような好条件であれば手がかりを得る可能性のあるものである。列車への乗降も、条件が良ければある範囲で聴覚的情報を元に推測、行動することが可能である。いずれにしろ鉄道利用の全般にわたって困難があり、乗車券購入やホームへの移動という初期段階で既に問題が生じていることが明らかである。

図─2 視覚障害者が鉄道利用時に著しく困難を覚えるタスクの種類(複数回答)

図─2 視覚障害者が鉄道利用時に著しく困難を覚えるタスクの種類(複数回答)

プラットホーム上における困難と危険

 図-2の結果に見るように視覚障害者の困難は利用の初期段階から既に発生している。これに続くホーム上での移動や乗車は、単純なミスやエラーが特に危険な事故に結びつく可能性のある部分である。ホーム上では、一般的にどのような困難が感じられているかを調べた結果が図-3Aである。そこにある項目のうち、利用番線の判別に、困難を訴える回答が最も多くみられた(49名)。ホーム上での利用番線の判別はホームの両側に軌道がある島式ホームや櫛型ホームでは特に難しく、そこでは入線案内アナウンスと列車入線のタイミングから判断なされる場合が多い。放送内容と列車入線の番線を間違えて反対側ホームに転落するケースもあり注意が必要な場面である(後述)。「ホーム上での階段の検出」についても41名が困難と回答している。これは降車した際ホーム上の出口(階段)の位置を知るのが容易でないことを指している。「ホーム上での移動」が前二者に続いて困難とされている。乗車、降車に際しては、適当な位置(車両、出口)まで移動が必要で、その目的のためにホーム長軸と平行に移動を行う。ホーム上に様々な障害物があることを困難の理由に挙げているが、ホームの片側あるいは両側には軌道との段差があり、ホーム縁端部の警告用点字ブロック以外に移動経路が確保されていない場合には障害物を回避しながら移動しなければならず高度の緊張を強いられる場所である。

図─3 視覚障害者がプラットホーム上で覚える困難(A)と危険(B)(複数回答)

図─3 視覚障害者がブラツトホーム上で覚える困難(A)と危険(B)(複数回答) A困難

図─3 視覚障害者がブラツトホーム上で覚える困難(A)と危険(B)(複数回答) B危険

 視覚障害者がホーム上でどのような危険を感じているかを調べたのが図-3Bである。危険と感ずるのは場所と場合の二つであるが、前者では、柱や階段等の構造物、が非常に危険と考えられている(72名)。その他については屑籠、ベンチ、掲示板、売店、花壇等雑多なものが挙げられていた。ホーム縁端部がこれに次いで高い解答数(47名)を示しているが、段差を危険と考える者が多いのは当然予測されることであるが、障害物も危険と感ずるのはそれらとの衝突のみならず回避しながらの移動中の方向誤認がホーム転落などと直結するからであろう。一方、危険な場合については、多くの者が混雑時を挙げている(51名)。これは視覚障害者は衝突などによって体の向きが変った場合、方向を再確立することが非常に難しいということにも起因しているであろう。過去の調査でも他の乗降客に衝突したり、押されたりするのがホーム転落の原因となっている場合も見られる。

鉄道駅利用時に体験した事故

 視覚障害者が、鉄道利用中実際に発生した事故や問題の種類と頻度について調べた結果を図-4に示す。先に示した様々の困難やストレスの帰結として多様な事故に遭遇していることが分かる。中でも、ホーム上にある構造物との衝突が109名中72例と最も多数を示していた。また線路上へ、あるいは階段からの転落を経験している者が40名(36.7%)にも上ることが注目される。そのうち、25名がホームから軌道上に転落していた。この25名には延べ45回の転落の体験が認められた。これは事態の重大さを考えると驚くべき高率である。転落を含め失敗や事故を自分のエラーとみなして隠ぺいする傾向があることを考慮しても実に高い値である。他にも、車両とホームの間隙に足を落とした、列車連結部に足を落とした等の危険な例が相当数(42名)認められた。また動いている列車と干渉するという5例もあった。

図─4 視覚障害者が鉄道利用時に遭遇した事故(複数回答)

図─4 視覚障害者が鉄道利用時に遭遇した事故(複数回答)

考 察

鉄道利用時のストレス

 視覚障害者による鉄道利用の流れの中には幾つかの大きな関門がある。それは利用者の歩行技術や、使用する駅に対する知識等によって難易度が異なるであろうが、多数が乗車券の購入、ホームへの移動、ホーム上での移動、ホーム上の出口の検出、に困難を訴えている。これだけ多くの関門を困難と感じ、かつ危険と隣り合わせで遂行するのは非常に大きな心理的負荷である。これらの困難は鉄道利用サブタスクのほぼ全過程にわたっているので駅舎内、ホーム上では常に緊張を強いられると言って良い。複数の課題を同時に行うことが視覚障害者の単独歩行の遂行に大きな影響を与えることは定量的に示されているが、作業負荷による心理的ストレスも同様な影響を持つと考えられる。鉄道利用の初期には自動券売機を操作して切符を購入するが、これは各鉄道事業体、路線ごとに違いが著しく、その操作が容易でないことがうかがえる。大きな表示、点字表示、音声フィードバック等の視覚障害に対するマン―マシンインターフェイスの考慮や、障害者に対するプリペイドパスの発行などが負荷を軽減するのに役立つであろう。また最近導入が急である自動改札口についても結果は示していないが、多くの視覚障害利用者に戸惑いが見られる。視覚障害者は新しい環境に順応するのに時間を要するため、機器の改変に際しては利用法についての十分な評価と情報提供が必要で、そのような考慮が払われなければ大きなストレスの原因となる。駅舎やホームの移動時には、移動それ自体と入口・出ロの検出に大きな困難が認められたが、これは移動経路の確保がされず、入出口を検出する手がかりのない現状を反映していると考えられる。

ホーム、階段からの転落

 階段やプラットホーム等の段差では、そこから転落する可能性がある。今回の調査でも実に調査対象の23%がホームからの転落を経験していた。転落の直接的原因としては、①他のホームでのアナウンスや入線車両を当該ホームのものと誤認した、②ホーム移動中の方向の誤認、③ホーム縁端へ近づこうとして距離を誤認した、④混雑時に押された、⑤点字ブロックがなかった、⑥点字ブロックの敷設法が悪い、等の様々な原因が挙げられている。これは村上の調査結果ともかなり良く一致している。転落を回避するためにはクローズドプラットホームの設置など種々の方策が考えられるが、視覚障害者が使用し易い移動路の確保、ホーム監視と連絡体制の整備、更に案内、誘導のシステム化等が緊急の対策として有効であろう。移動路の確保は我々の従来行ってきたホーム転落事故例の分析結果からも重要と考えられる。ホーム縁端部の警告用点字ブロックを移動の手がかりとして使用する者が多いが(50%)、支柱によって十分な歩行スペースが確保できない場合が多く、柱を避けようとして転落した例もある。視覚を利用しない場合、歩行の偏軌は誰にでも起こり得る。一旦、方向を失うと再びそれを取り戻すのが難しい視覚障害者の歩行特性を理解すれば、移動経路の設置は当然のことである。

改善指針とその実施

 障害者が鉄道を利用する際に困難があることは予測されており、鉄道当局によっても種々の対策が考慮されている。対策指針は視覚障害者が鉄道利用を確実に実行出来るためのものでなければならない。特定のポイントのみを重点的に整備しても、利用の流れがどこかで淀むようでは鉄道利用のタスクは達成できない。また、個々の整備事項についても科学評価が必要なことは言うまでもない。未熟な経験や憶測に基づく支援設備の設置はかえって混乱を招く場合があることを理解しなければならない。目標自体は実に明確である。先にも述べた鉄道利用の連続するタスク(図-1参照)を円滑に遂行することを可能にし、事故を未然に防ぐことである。この目標を達成するためには、視覚障害利用者についての知識の集積と理解、問題点把握や対策法に関する研究、調査がなされ、それに基づく対策指針の整備が必要であろう。その中には、支援設備のみではなく、人による支援システムや情報提供の方法等が考慮されるべきであろう。さらに、鉄道職員をはじめ障害者の誘導や施設整備に正しい知識を有する人材の養成もぜひ必要と考えられる。そうすれば構造が異なる個別の駅についても適切な対策を実施し得るであろう。

まとめ

 視覚障害者も晴眼者と同様に鉄道を単独利用する必要性がある。しかしその鉄道利用には晴眼者にない困難や危険があるのは自明のことであり、それ故、視覚障害者が鉄道を安全に利用出来る環境を実現しなければならない。その対策にあたっては先ず、視覚障害者の鉄道利用が実際にどのように行われているかについて関係者が理解を深める必要がある。一般の晴眼者にとって視覚障害者の行動を詳しく理解することは確かに容易ではない。しかしそのような過程においてのみ、視覚障害者が鉄道利用時に直面する困難や危険の実態が明確になり、実効的な対策が打ち出せると考えられる。本研究からも視覚障害者にとって鉄道利用がいかに困難を伴うものであるか、その一端が明らかにされたことと思う。潜在的にある視覚障害者の鉄道利用時の困難と危険を認識し、リハビリテーション専門家、視覚障害者、研究者等が共にあたり、現状の認識、問題点の明確化、適切な対策の考案とそれらの科学的評価を行うことによって大部分の困難が解決され事故も未然に防がれると考えられる。このような系統的な展開が近い将来になされなければ結果的に視覚障害者の鉄道利用時の危険な実態を黙視することになろう。

 本研究を実施するにあたり、ご指導頂いた故田中一郎先生、ご協力頂いた各地の更生施設の歩行訓練士と盲学校教官および多数の視覚障害者の方々に感謝致します。

参考文献 資料 略

*国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所感覚機能系障害研究部
**東京都心身障害者福祉センター視覚障害科
***成蹊大学工学部経営工学科
****全国ベーチェット協会、江南リハビリテーションセンター


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1992年1月(第70号)33頁~37頁