講座 WHO国際障害分類試案にいたる道

講座

WHO国際障害分類試案・1

WHO国際障害分類試案にいたる道

佐藤久夫*

 WHO国際障害分類試案は1980年に出版されてすでに10年以上経過した。各国ではかなり活用され、さらにこの分類を修正・充実するための国際会議も開かれている。我が国ではこの翻訳が1984年に厚生省から出版されたもののあまり活用されてはいない。「試案」は「概念・定義」と「分類」から構成されるが、日本では十分には活用されていない理由として、「分類」は細かすぎたり不明確な点があり、「概念・定義」の面では理論的にこれをしのぐ上田の概念提起が存在するためかと思われる。しかしながら、リハビリテーションにとって国際障害分類は避けては通れない重要なものであると思われるので、4回に分けて詳しく論じてみたい。

 リハビリテーション活動が組織的にも技術的にも確立する以前から、たとえば1899年にラウントリーがイギリスのヨーク市で貧困調査をし、貧困の大きな原因の一つに身体障害を指摘するなど医学的障害(身体障害)と生活上の障害(貧困)とを区別しつつ関連づけて認識することはなされてきたが、障害の構造を意識的に解明するには、一般的な貧困対策から進んで、障害を独自の対象とした活動が必要とされた。

 切断やマヒが残り、従来の治療医学の役割が終わってもリハビリテーションの出番があり、その後の生活が大きく変えられることがわかった。こうしたリハビリテーション活動の進展が障害の構造的理解の背景にあった。

 そしてその初期の理解は、もっとも容易に目につく2つの事実、すなわち医学的障害とそれにともなう生活上の困難(障害)とを区別するというものであった。

1.障害の2つのレベル:医学的障害と生活上の障害

 すでに1919年、アメリカのアプハンは身体の状態とハンディキャップ(handicap)の区別をしている。「ハンディキャップはその人の身体の状態によって生じるのではなく、身体の状態と彼の職業とのかかわりによって生じる。したがってある人がある職業ではハンディキャップをもつ人(handicapped)となり、他の職業ではそうならないということがありえる。」のである。これは当時のアメリカで障害者への選択的職業紹介という方法の基礎になった考え方である。

 さらに1951年イギリスのクラークは、ハンディキャップをもつ人に共通しているのは、身体的・情緒的または知的な制限をもち、そのため社会的・環境的制限をもっていることだ、とした。

 やがて医学的障害と生活上の障害とを別々の独立した単語で表現し、意識的に区分しようとする試みが主流になる。それはまずディスアビリティ(disability)とハンディキャップという区分であり、ついでインペアメント(impairment)とディスアビリティという区分であるが、表1にみるようにこれらは時期的にもオーバーラップして展開され、また言葉は違ってもほとんど同じ内容を指し示している。

表1「障害の2つのレベル」の主な提起
発表年・氏名・国 医学的障害 生活上の障害
1919 Upham,E.G. 米 身体の状態 ハンディキャップ
1951 Clarke,J.S. 英 身体的・情緒的または知的な制限 社会的・環境的制限
1950 Hamilton,K.W. 米
1960 Wright,B. 米
1973 Gellman,W. 米
ディスアビリティ ハンディキャップ
1965 Morris,R. 米
1974 Garrad,J. 英
1976 Blaxter,M. 英
1976 UPIAS 英
インペアメント ディスアビリティ

 モリスによれば、インペアメントとは病気の産物であり、身体の器官・システムの機能や構造が損傷(disturbance)をうけていることを意味する。これに対してディスアビリティは通常の活動を行おうとする際の機能制限(functional limitation、以下同じ)のことである。ディスアビリティの中には本人の心理的状態、インペアメントをもつ人に対する家族や事業主の態度、社会の環境条件なども含まれる。このような理解のしかたによって、病気やけがによるインペアメントをもってなお活躍している人と、同じようなインペアメントをもち心理的・家族的・経済的・社会的障壁のために社会的役割を果たせないでいる人とを区別することができる、といっている。

 イギリスのギャラッドは、インペアメントとディスアビリティとを区別した。インペアメントとは解剖学的・病理学的または心理学的異常(disorder)であり、運動障害、感覚障害、内科的障害、その他(心理的障害等)の4つに区分され、ディスアビリティとは、移動・交通、身辺処理、家事、雇用の4つの主要活動領域の1つ以上で活動の制限があり、他人への依存を要する状態と定義される。

 この表に明らかなように各レベルをあらわす言葉がまちまちで、同じ言葉で異なるものを表したり、異なる言葉で同じものを表したりしてきた英語圈の関係者の苦悩がうかがわれる。障害という同じ言葉で異なるものを表してきたわが国の苦悩とは別の問題をかかえてきたものといえよう。

 なお障害を2つのレベルで表現しそれをもつ人を障害者と定義する仕方は、各国の法律や国連の宣言などでよく使われている。例えば1944年イギリス障害者(雇用)法、アメリカの1973年リハビリテーション法、1990年の障害(ディスアビリティ)をもつアメリカ人法(ADA)などである。

 わが国でも奈良・平安時代の律令国家における救済制度の基本であった戸令には「凡鰥寡孤独貧窮老疾、不能自存者」という対象規定があり、この中の「疾」に「廃疾」が含まれている。救済制度の出発時点から、「廃疾」状態にあることと自立した生活ができないこととが公的な救済の要件のひとつとされていたわけである。

2.障害の3つのレベル : 医学的障害、機能的障害、社会的障害

 やがて、障害を3つのレベルにより細分化してみようとする動きがはじまる。これはリハビリテーション活動がさらに普及し、その専門性が高まってきたことを反映するとともに、おそらくブラクスターが指摘するように、政策的な原因にもよるものである。

 ブラクスターによれば、盲、戦争によるけがなどに限定されていた対策の対象がしだいに拡大されてすべての障害者(the disabled)や慢性病者が対象とされ、また金銭給付を含む各種のサービスが実施されるようになってきた。種類のちがうインペアメントをもつ人々の間でのハンディキャップの程度を比較する必要が生まれた。そして稼得能力の低下というものさしだけに頼るのではなくディスアビリティの機能的評価の方法が考案され、運動能力、身辺処理能力、日常生活動作などが測定されるようになった。人道主義(対象・サービスの拡大)と経済(安上り政策)との矛盾を解決するという役割がディスアビリティの定義に課せられてきたというのである。

 まず1967年、アメリカのハバーは、すでに今日のWHO国際障害分類試案とほとんど同じ区分を提起していた。インペアメント=病気やけがの後遺症としての身体または精神の構造や機能の異常。機能制限=活動の喪失や制約。ディスアビリティ=インペアメントや機能制限の結果として、期待される行動ができなくなった状態。

 1979年になるとアメリカのシーサンマらは図1のようなモデルを提案した。単線的な印象を与えるWHOのものよりも総合的複線的である(ただし5と6は入れ替えたほうが論理的であろう)。

図1 ハンディキャップにかかわる要素の連関図(シーサンマら)

図1 ハンディキャップにかかわる要素の連関図(シーサンマら)

 1980年、アメリカのライトは3つの区分を提起し、このすべてに対応するのがトータルリハビリテーションだとした。ディスアビリティ=医学的に診断された生理学的、解剖学的、精神的または情緒的な長期・慢性のインペアメントのこと。機能制限=精神的、情緒的または身体的ディスアビリティがうみだす、課題や活動の遂行に際しての障害(hindrance)または否定的作用のこと。ハンディキャップ=職業、社会、教育、家庭などの面での人生の望ましい役割の遂行・成就に際しての、あるいは遂行する機会にとっての不利益、干渉、または障壁のこと。

 以上のアメリカに対し、イギリスでもWHOの「試案」にきわめて近い考え方が早くから提起されていた。1969年、イギリスのジェフェリスらは次のように提起した。インペアメント=四肢の一部または全部の欠損、または、欠陥のある四肢、器官または身体機構。ディスエイブルメント(disablement)=機能的能力の喪失または減退。ハンディキャップ=ディスアビリティによって生じた不利益または活動の制約。このジェフェリスらの定義は有名な1971年のハリスによる調査報告書でも基本的に踏襲されている。

 同じ1971年、イギリスのスサーらは、ハンディキャップは次のような3つの要素からなるとした。病気のプロセスの安定した状態(インペアメント、器質的要素)、インペアメントとそれへの個人の心理的反応とによって生まれる機能の制限(ディスアビリティ、機能的要素)、およびこれらにより生まれた、社会的役割や他者との関係の面での制限(ハンディキャップ、社会的要素)である。

 なおこれに対してスミスは、ハンディキャップの原因がインペアメントとディスアビリティに帰せられ、社会的原因が無視されていると批判し、シーサンマらは、全体を示すハンディキャップがどうしてその要素でもありえるのかと用語上の問題を批判している。

 以上のように、すでに各氏によってWHO「試案」とほとんど同じ概念的区分がなされていたといえる。しかしながらこうした先駆的な研究にもかかわらず、一般的には障害の理解をめぐる混乱はかなり広がっており、単に用語の不統一のみならず、その基礎となる概念の面でも深刻であった。

文献 略

*日本社会事業大学助教授


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1992年1月(第70号)38頁~41頁

menu