<講座> 各国におけるWHO国際障害分類試案の活用

<講座>

●WHO国際障害分類試案・3

各国におけるWHO国際障害分類試案の活用

佐藤久夫 *

 1980年のWHO国際障害分類試案の発行から10年余りを経た。この間に「試案」は世界各国で翻訳紹介され、リハビリテーションや政策・調査など幅広い分野で活用されてきた。

 「試案」への批判は次回で取り上げることとし、今回は普及と活用の動向をみる。使用した資料は、文中に注をつけたもの以外は主に、WHOの疫学および保健統計開発ユニットの報告「国際障害分類試案の現状と展開」(WHO 1989)、オランダの国際障害分類に関するWHO協力センターの機関誌各号(WCC newsletter on the ICIDH)、およびハルベルツマのレポート「ICIDH:その利用と評価」(Halbertsma J 1988)などである。

1.翻訳・出版

 「試案」は1990年までに11ヵ国語(英、仏、独、伊、露、日本、クロアティア、スペイン、中国、チェコ、ポルトガルの各語)で出版されている。これは世界の169ヵ国の4分の3、128ヵ国の国民が自国の言語で「試案」が読めることを意味する。

 地域別には南北アメリカ州とオセアニア州では48ヵ国すべて、アフリカ州でも52ヵ国中50ヵ国で母国語で読めるのに対して、アジア州では38ヵ国中9カ国にすぎない。ヨーロッパ州では31ヵ国中21ヵ国となっている。

2.普及

 まず国際的レベルではCE(欧州会議)が専門家委員会を設け、「試案」を活用するための分野ごとのマニュアルづくりをすすめている。すでに「リハビリテーションへのICIDHの活用」(CE 1989)、「調査統計へのICIDHの活用」(CE 1990)、「精神保健へのICIDHの活用」(CE 1991)が出版され、さらに職業能力評価、補助器具評価、精神発達遅滞、老年精神疾患患者の分野でも準備されつつある。

 またWHO協力センターがオランダとフランスに設立された。この内「試案」に関する世界各国の情報の収集と交流の中心となっているのがオランダのセンターで、現在約900点の文献を集め、季刊のニュースレターで各国の取り組みを紹介している。

 各国のレベルでの「試案」普及の取り組みは各国のセミナー、研修プログラムなどの形で行われてきた。例えばフランスでは、1988年にイギリスから「試案」の執筆者のウッドを招いて250人規模の国際会議を開き、翌1989年には医療・福祉・行政・病院管理者など175人規模の「試案」利用者セミナーが行われた。1990年には指導者養成プログラムが組まれ、これを終了した12人のトレーナーが全国5ヵ所で地域レベルのセミナーを開いている。このようなセミナーは南アフリカのケープタウンでも1990年に開催されている。

 このような特別なプログラムではないが、各国のリハビリテーションや社会福祉の専門職の通常の養成カリキュラムの中で「試案」が教えられている。日本でも医学的リハビリテーション関係職のテキストで紹介され、社会福祉士や障害者職業カウンセラーの国家試験に国際障害分類に関係する概念がしばしば出題されている。

3.援助実践領域での活用

 まず医学的リハビリテーションの領域では、フィンランドのアラランタらが腰椎ヘルニアの術後1年目の212人について調査し、特に能力障害と作業上の社会的不利の関係を分析した。その結果、筋力レベルより筋肉運動の協調性やバランスなどの能力の高さが職業レベルと相関しており、今後のリハビリテーションプログラムとしては筋力増強よりも歩き方、もち上げ方、膝のつき方などを教えることが重要だとした。

 オーストラリアのナーシングホームでも、8分類の疾病(ICD利用)、6分類の機能障害、30分類の能力障害、6分類の社会的不利からなる評価票が作成され、経験のある看護婦によって1ケース30分で記入でき、ニード評価やサービス効果測定に有益であるとされた。ただし社会的不利コードは有効性に疑問ありとされ、使われていない (deVrankrijker M K et. al. 1989)。

 フランスのカーペンター(Charpentier P 1989)は950人の下肢障害者を「試案」の分類リストを使って評価し、リハビリテーションセンターの利用によって有意な効果がみられたのは個人ケアと移動の能力障害、身体自立と移動性の社会的不利であり、その他の項目については変化がなかったと報告している。社会的不利についてはリハビリテーションセンターのような整備された環境の中で測定してもあまり意味がないとしているが、全体として「試案」の有効性を協調している。

 精神障害者(精神病者)の領域では「試案」をより整理したCIPI(知的及びその他の心理学的機能障害分類)とSDS(社会的ディスアビリティ評価表)とがオランダで開発され、治療や援助の評価手段として有効とされている。(CE 1991)。

 職業リハビリテーションの領域では、ドイツのジョクハイムやスコットランドのワトソンが主に「試案」の能力障害リストを活用して、本人の能力と特定の職種が必要とする能力とを左右に並ベて記入できるプロフィール表を開発した。

4.統計調査領域での活用

 全国あるいは地域の人口を対象とした調査に「試案」の分類リストが使われている。ただしI、D、Hの3つのカテゴリーの分類リストをそのままの形で人口調査に使用した例はなく、いずれも部分的な活用(すなわち1つか2つのカテゴリーを使ったり、大分類か中分類までの使用)あるいは修正版の活用となっている。

 イギリスでは1969年以来の大規模な障害者実態調査がOPCS(国勢調査局)によって1985~1988年に行われた。(OPCS 1988)。

 これは全年齢・在宅と施設をカバーしたもので、在宅・成人部門についてはまず全国の10万人に対して日常生活活動の問題の有無が聞かれ、二次調査で能力障害の種類と程度、原因としての機能障害や病気の種類、能力障害の結果としての社会的不利(経済や就労状況など)が質問された。機能障害や社会的不利ではなく能力障害を中心に調査が設計された理由として、機能障害の評価には医学的知識や検査が必要であり人口調査では実施困難なこと、対象者が強い関心をもって答えられるのは日常生活への機能障害への影響(能力障害)であること、そして所得保障制度のための資料を得るのが調査の目的であること、などがあげられている。イギリスでは各種所得保障制度は能力障害によって受給資格を定めており、このため調査票ではどんな行為をしているかではなく、どんな行為ができるかに特に注意が向けられたという。

 能力障害の領域として、移動、手を伸ばしてつかむ、見る、聞く、身辺処理、排泄、会話、行動・態度、知的機能、意識、食べる・飲む・消化する、外見上の障害の13項目が選ばれ、それぞれの重さと総合的な重さとが測定された。この結果イギリス(グレートブリテン)には600万人の成人障害者がおり、内40万人は施設に入所していること、70%以上が60歳以上であること、最も多い能力障害は移動で、次いで聞くこと、身辺処理となっていること、などが示された。

 イギリスのバドレーは、西ヨークシャーのある地区で人口調査を行った。まず約2.5万世帯に郵送法でADLの困難の有無を聞き、困難ありの回答から無作為で二次調査対象を決め、800人以上に面接調査が行われた。バドレーは、例えば、移動性の社会的不利を測るために外出頻度を聞いており、これに影響する因子として歩行の能力障害だけでなく、自動車の有無や家族構成などの環境因子も重要だとし、社会的不利を能力障害とは独立させて調査することの意義を指摘している。

 オーストラリア統計局は1988年に全年齢の在宅・施設の障害者・高齢者実態調査を行い、人口の16%である254万人が能力障害をもつ人(6ヵ月以上続く機能障害または能力障害をもつ人)、13%の212万人が社会的不利をもつ人(能力障害をもつ人の中で身辺処理、移動、会話、教育、労働の能力の制限をもつ人)と推計した。ここで使われた定義によると、例えば200メートル以上の歩行や階段昇降の困難な人は移動上の社会的不利をもつ人とされる(ABS 1990)。

 カナダでは1986年の国勢調査で、「活動(activity)の制約があるか」、「長期の能力障害や社会的不利があるか」という設問が用意され、「ある」と答えた者を対象に障害者実態調査が行われ、全人口の13.7%が動作や活動の制約をもつと報告された(Statistics Canada 1988, Shein J D 1990, LaPlante M P 1990)。

 スペインの国立統計研究所は1986年、「試案」の分類を若干修正した調査票により全国調査を行った。抽出された対象は27万人におよんだ。人口の15%が能力障害をもつと推計され、能力障害をもつ人がもつ社会的不利の数は45~79歳までは平均1未満だが、80歳以上では1以上であることなどが示された(Rodriguez P G 1989)。

 パキスタンでもある農村地域と都市スラム地区の住民調査(合計人口約7,000人)が行われ、眼と骨格系を中心にしてスラムで14%、農村で11%の機能障害の出現率を見た。社会的不利の出現率はそれぞれ6.0%と4.5%で特に移動性、作業上、社会統合の社会的不利が多かったという(Finnsatm J et. al. 1989)。

 以上の他、アルジェリア、イタリア、フィジー、パプアニューギニア、ベルギー、オランダなどでも類似の調査が行われた。

 CEは、ヨーロッパ諸国での調査は機能障害・能力障害に焦点を当てたものと、能力障害・社会的不利に焦点を当てたものとに分けられるとしている。そして今後障害者の日常生活援助やリハサービスのあり方を検討するため後者のタイプの調査を行う場合に、国際比較ができるように、「自分で手や顔を洗えるか」など14の最低共通設問を含めるよう提案している(CE 1990)。

 国連統計局では、1990年版の人口年次レポート作成のために各国に調査票を送ったが、そこでは「試案」の定義と分類が使われている。さらに、「試案」の枠組みを使って日本を含む55ヵ国の障害者統計を整理した国連障害統計データベース (DISTAT)をつくった(Chamie M 1989)。

5.政策・行政領域での活用

 「試案」の概念モデルを政策に活用している最も典型的な例はカナダのケベック州である(Zawilski J 1988,OPHQ 1984)。ここでは「障害者権利確保法」(1978年)に基づいてOPHQ(ケベック障害者局)が設けられ、国際障害者年以降討議が積み重ねられて「対等:障害者の社会統合」という膨大な政策指針が発表された。

 この「対等」によれば、障害者の社会統合にとって最大の問題は社会的不利であり、なぜ社会的不利が発生するのかを理解するためにはWHOの「試案」に基づく4つの相互に関連する要素、すなわち「原因」(causes)、機能障害、能力障害、社会的不利を区別しなければならない、とする。ただし「試案」では第一の要素が「病気」とされているが「対等」では「原因」とされ、病気はもちろん事故、社会環境、本人の不健康な生活習慣など機能障害を生み出すすべてのものが含まれる。つづく3つの要素については「試案」の定義がそのまま使われている。ただし、社会的不利は能力障害をもつ人に対する社会や環境の側の適応性の欠如によって生じるものだとしている。

 こうして、原因→予防、機能障害→診断と治療、能力障害→適応とリハビリテーション、社会的不利→社会統合の妨害物の除去、という介入方法が位置づけられ、社会統合の妨害物を除去すべき領域として、教育、労働、住宅、ホームケア、家族サポート、移動、レクリエーション、コミュニケーション、物理的環境、文化、障害者団体の参加、公平な資金援助の12項目をあげている。

 「試案」は医学モデルなのでスエーデンの障害者対策には使えないとの意見もあるが、(Marten Soder 1991)、スエーデン研究所によれば、スエーデンのいくつかの法律や政府文書に示されている社会的不利の考え方は「試案」に近いもので、社会的不利を能力障害をもつ人と環境との関係としてとらえ、その克服のためにすべての活動に障害者が参加できるようにするなどの環境の改善が重要だとしている(Swedish Institute 1989)。

 以上の他、障害者の行政的な登録や障害者であることの証明に使っている例も見られる。例えば、フランス保健省と教育省が行政統計で使う障害の分類に関する告示を出したが、これは「試案」の機能障害、能力障害、社会的不利の分類リストを一部修正したものである。

 イタリアでは1988年の政令で、保健省が新しい障害率表を発布することが定められた。この表はサービスを申請する障害者の障害を地方自治体職員が評価するためのもので、「試案」の機能障害の分類リスト(中分類まで)の項目ごとに、その機能障害によって生まれる能力障害の程度がパーセント値(あるいは○○%~○○%という範囲)で示されている。

 またECでは統合を前にしてリハビリテーション分野でも統一的情報システムの確立が求められており、9ヵ国語が使われるハンディネットとよばれる構想が提案されている。その中で最初に準備されつつあるのが補助器具の情報データベースで、それぞれの補助器具が役立つとされる障害の区分に「試案」の機能障害と能力障害のリストが使われる予定となっている。なお、すでに国際基準協会は「試案」の定義と用語が使われている補助器具国際分類を作成した。

文献 略

*日本社会事業大学助教授


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1992年7月(第72号)38頁~41頁

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