小野隆*
わが国の障害者の雇用に関する基本法は1960年(昭和35年)に制定された身体障害者雇用促進法である。以来数次にわたる改正を経て、現行の「障害者の雇用の促進等に関する法律」に至っているが、障害者の雇用促進のための方策として「割当雇用・納付金制度」を取り入れたのは1976年(昭和51年)改正であった。
割当雇用制度の歴史は第一次世界大戦後のヨーロッパのいくつかの国々での実施にさかのぼるといわれている。その後第二次世界大戦を経て、かなりの数の国々にひろがり、現在では30を越える国々が割当雇用制度を持っている。その中で割当雇用率を遵守するためになんらかの経済的制裁ないし負担を伴うような制度、すなわち例えばわが国の納付金制度のような制度を併用している国は、ドイツ、フランス、オーストリア、オランダ、日本の5ヵ国である。
わが国の割当雇用・納付金制度はドイツ(当時は西ドイツ)の法制度を参考にして作られているので類似しているが、現行のフランスの法制度はまた、別の特徴を持つ。
わが国に割当雇用・納付金制度が導入されてから10数年になる。1992年(平成4年)の実雇用率は労働行政をはじめ関係機関等の指導の強化と民間企業の努力もあって、この10年来の最大の伸びを示したが、実雇用率は1.36%で法定雇用率の1.60%には、まだとどいていない。
このような状況のもとでわが国とは別の特徴を持つフランスの割当雇用・納付金制度の概要を紹介することは今後の制度に活用の参考になるのではないかと考える。
フランスにおける障害者雇用に関する法制度が定められたのは第一次世界大戦後の1924年4月26日に制定された「戦傷者及び労働障害者の雇用に関する法律」からであり、10人以上の従業員を有する企業は10%の戦傷者を雇用することを義務付けたものであった。この法律の基本的な考え方は、第二次世界大戦の後、労働災害者、結核治癒者、視覚障害者、肢体不自由者等の障害者に職業復帰の範囲を拡大しながら、1957年に「障害労働者職業復帰法」により集大成されるまで引き継がれた。この法律では、雇用すべき障害労働者は従業員実数の3%とされ、1924年法で戦傷者を10%雇用することとされている中に一般の障害者も含まれるものと定められ、対象者が戦傷者から一般の障害者へと広げられた。
その後、1975年に「障害者オリエンテーション法」が制定され、この中で、10人以上(農業においては15人)の従業員を有する企業に対して10%を雇用することとされた。戦傷者とその関係者(戦争による寡婦、戦災孤児を含む)、労働災害者、職業病者、認定障害労働者が割当雇用義務の対象者となった。この義務を果たさない場合には、罰金として「3×SMIC(1)(最低賃金)×欠如している障害労働者数×欠如していた日数」で算出した金額を国に納入することが定められた。
1982年からの国連・障害者の十年のなかで障害者の雇用問題が各国で課題となったが、わが国において「身体障害者雇用促進法」が改正され「障害者の雇用促進等に関する法律」(1987年)に衣替えしたのと時期を同じくして、フランスでも「障害者オリエンテーション法」の改正が行われた。一般の雇用情勢が停滞する中で、障害者の雇用が進まず、まして法律を遵守している県が全国96県中24県にすぎないという状況にあり、この法律の実効が問われていたのである。
主要な改正点は1924年法以来続けていた割当雇用率を10%から6%にすること、雇用義務の不履行に対して「納付金」制度を導入し、「障害者職業促進基金」を設立し、これを原資にして各種助成金制度等を拡充し、障害者雇用の促進を図ろうとするものである。
この制度改正はわが国の「雇用納付金制度」と類似する点を内容とするものである。
障害者の雇用、職業訓練、雇用促進は1975年6月30日付の「障害者オリエンテーション法」により国家の責務とされていたが、1987年7月10日付の改正法により重要な改正が行われた。
障害者を雇用する義務の施行条件を改善し、障害者を一般の雇用の場に復帰させるための条件を設定したものである。
これらの内容が改正法の中に盛り込まれることとなった。
(1) 対象企業等の規模
雇用義務の対象となるのは、商業、工業を含むすべての民間企業、生産・商業部門の公共企業、官公庁及び地方自治体であって、12月31日現在少なくとも20人の従業員を雇用している事業主(従業員の数は企業委員会に関する規定により計算される)である。ただし、従業員の増員により新しく規定の対象となる企業は3年以内にこの規定を守ることとする。
(2) 割当雇用率
全従業員数(企業委員会に関する規定に基づいて算出されたもので、ハーフタイム労働者を含む)の6%にあたる障害者(ハーフタイム労働者またはパートタイム労働者)を雇用しなければならない。
(3) 除外労働者
特別な能力を要求される職種については全従業員の数の算出にあたり、除外が認められる。ただし、事業主はこの除外されている職種について障害者を雇用することは妨げられない。なお、除外職種は次のようなものである。
民間航空の乗務員、船舶の船員、救急看護隊員、消防士、警備員、デパートの販売員、鉄骨工事組立工、コンクリート工事従事者、建設工事及び土木作業車両運転手、土木工事従事者、石工、屋根職人、トラック運転手、交通機関運転手、港湾労働者、漁師など33の職種がこれにあてられている。
(4) 法律の適用
この法改正の割当雇用率の適用は段階的に行うものとする。すなわち、1988年は3%、1989年は4%、1990年は5%、1991年は6%である。
(5) 障害労働者
法改正により障害者とされる者は、
(6) 雇用率の算定方法
原則 障害者を1単位として算定する。ただし、次の条件で特別な算定もできるが、1人を3単位以上に算定することは出来ない。
a.単位の計算方法
b.義務雇用数等の算出の実例
上記の基準に基づいて雇用すべき障害者数を算出すると、
〈実例〉
1992年12月31日に180人の従業員(ハーフタイム労働者を含む)を雇用する企業の場合
(7) 雇用義務の免除=法定割当雇用率の達成
法定の割当雇用率6%を障害者の雇用によって達成した場合は雇用義務は免除される。
しかし、次の方法により雇用義務は免除される。
さらにこの「障害者雇用計画等」には保護工場との下請契約、発注契約、幹部職員派遣契約等を結ぶことを内容とすることもできる。また、雇用義務は企業の傘下事業所の間で調整することもできる。企業単位で障害者雇用計画を立てることも認められている。
(8) 雇用義務の届出
事業主は毎年2月15日までに監督官庁に次のことを報告する。
(9) 申告書用紙の送付
毎年11月30日までに事業主に監督官庁から送付される。
この申告書に基づいた申告を2月15日までに行わなかった事業主は、雇用義務を果たしていないことになる。
(10) 罰金
事業主が期限内に申告をしなかった場合ないし雇用義務を果たしていない場合(雇用率未達成の場合も含む)は、納付金の25%の増額分を罰金として国に支払うことになる。
(11) 雇用義務の達成の実例
雇用義務の達成の方法にはいくつか考えられるが、つぎに実例をあげてみる。
障害者オリエンテーション法の改正により、1988年から新しい割当雇用・納付金制度が導入されたが、これに伴い納付金を原資として障害者雇用の促進を図るための基金が創設された。この「障害者職業促進基金」は事業主、従業員、障害労働者の代表により管理・運営されるものである。
法改正の前は国が主体となり障害者の雇用を進めてきたが、企業の積極的な協力なしには低迷する障害者雇用を打開することは難しかった。
1977年の11月に、障害者の職場復帰とそのための援助と障害者雇用に関する情報の提供を通じて、企業に対して障害者雇用の促進を図ることを目的としたGIRPEH(障害者雇用促進協会=障害者雇用促進のための全職種・地域連合)が設立されている。この「協会」は事業主の団体であってわが国の「日本障害者雇用促進協会」と同じように障害者の雇用促進を事業主へはたらきかける組織である。この「協会」等が中心となり、1978年以来数次に渡り法律改正の提案が行われてきた。特に、1981年に社会国民連帯省に提案された「障害者雇用の真の促進のために―分析と提案」は法改正の骨子となり、法律の改正条文は労使(事業主、従業員代表)が共同で立案に関与している。その主要な目的は、障害者の職業リハビリテーションの目標を一般企業での雇用におくものであり、実効の上がらなかった割当雇用制度に刺激を与え、障害者雇用の促進のための財政的基礎を併せて作り出そうという意図のものであった。
フランスにおいて事業主からの拠出金をもとに障害者の雇用促進を進めるための「障害者職業促進基金」が設立されたことは、障害者雇用は企業の責務であるという理念を実現しようとするものであり、わが国における雇用納付金制度による障害者雇用の促進を図ることと共通するものがある。
この「基金」は障害者が一般の労働市場で雇用されることを促進するため、従来からあった国の助成措置を越えてより充実したきめ細かな助成制度を作り上げようとするものである。
「基金」による助成措置には次のようなものがある。
などで、わが国の雇用納付金制度による助成制度と内容は同じくするものが多い。
フランスの制度の場合、雇用義務の履行に関して我が国やドイツの制度と異なるのは、障害者の雇用が割当雇用率に達していない場合でも納付金を納付することにより、その雇用義務を免れるという点である。わが国の制度では、雇用率未達成の事業主は納付金を納付しても、それをもって雇用義務を免ぜられることはなく、納付金を納入した事業主であっても雇い入れ計画の作成を命じられ、計画の適正実施勧告に従わない場合には公表の対象となる(障害者の雇用の促進等に関する法律第15条及び第16条)。ドイツの場合も納付金の納付により事業主の障害者雇用義務は消滅しない(重度障害者法第11条)。わが国とドイツの制度の類似はわが国のものがドイツの法制度を参考にして作られていることによると思われる。
もうひとつの特徴はフランスでは代替雇用(みなし雇用)を認めていることにある。保護工場(AT、CAT)等と下請契約、納入契約、幹部職員派遣契約等を結ぶことにより雇用義務の50%を限度に雇用義務の免除が認められる、ことである。わが国では特例子会社での障害者雇用数を本社の雇用数に算入することが認められているだけで、代替雇用は認められていない。
障害者雇用の進展がはかばかしくない状況は単に企業側の問題だけではなく、社会経済状況に起因することも多い。これらの問題を踏まえて、外国の制度との比較を行い、より有効な施策を検討していくことが必要であるが、紙面の関係で詳論は別稿に譲り、フランスの制度の概略紹介だけに止めておくことにする。
注
*国立職業リハビリテーションセンター職業指導部次長
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1993年6月(第76号)28頁~33頁