特集/まちづくりと公共交通 横浜市における福祉のまちづくり事業の展開

特集/まちづくりと公共交通

横浜市における福祉のまちづくり事業の展開

杉山彰

 最近、いわゆる「福祉のまちづくり」の分野で、東京都・神奈川県等の都道府県や指定都市での条例制定に向けた動きや、国の法令制定・助成制度設置等の動きが活発になってきている。この機会に、横浜市のこれまでの取り組みと課題をまとめ、関係者の方々が問題を考えるための素材としていただこうと考えた。

1.経緯

(1)指針の策定

 横浜市では、1974年に「福祉の風土づくり」事業を開始した。この事業は京都の取り組みを参考に、従来の福祉のあり方を見直し、市民と共に新しい福祉のあり方を考えていこうというものである。

 そして、1975年には、厚生省の「身体障害者モデル都市」に指定されたのを機に、町田市に触発され、障害者にとっても住みよい公共施設などの設備・改善にも取り組むことにした。

 まず、日本大学の野村歓先生を会長に「公共施設等整備改善基準策定委員会」を設置し、庁内関係各局の協力を得て、2年間かけて障害者・高齢者の行動特性を踏まえた改善基準を作成した。これをもとに、建築確認前に事前協議をしてもらう「福祉の都市環境づくり推進指針」を制定した。いわゆる「行政指導」による制度である。対象施設は、道路・公園・公共輸送機関・1000㎡以上の市民利用施設とした。しかし、実際の協議は、建築基準法による建築確認制度に依存していたため、建築物中心で、年間協議件数は平均70件程度であった。

 現在の取り組みから見ると、ささやかなものであるが、この制度を始めるのには苦労があった。まず、庁内の他部局の人ばかりでなく民生局の職員も、障害者の行動特性やこのような制度の必要性が良く判っていない。「福祉のまちづくり」自体が、従来の福祉の範疇には入らないため、何で民生局で担当するのかという議論もあった。何とか制度を発足したら、今度は、実務上の苦労である。福祉には多少明るくても、建築技術などに関する知識が無い民生局の職員が、建築事務所の建築士に説明するのである。図面の見方から勉強しなければならなかった。何しろ、建築側の協力が得られなければ効果が上がらない。強制力がないにもかかわらず、施主に喜ばれる可能性は少ないから、ともかく建築士の人々が頼りである。建築士が理解をし、協力をする気にならなければ万事窮すになる。必死であった。

(2)指針の改定

 1977年の制定以後、現在まで、内容充実を図るため3度の指針改定を行っている。

①1983年改定の内容

 1981年の国際障害者年は、社会に大きな影響を与えた。もちろん、指針も見直しをせざるを得なくなった。研究会を設け改定作業を行った。

 指針を制定したときは、とにかく制度をスタートさせることに力を注いだため、対象施設も象徴的な「公共施設」を中心にした。改定では従来の対象施設に、日常生活に密着した共同住宅・事務所・小規模小売店を加えた。

 また、建設省・建築士会・県などの他の基準との整合性を取ることにした。

 さらに、視覚障害者誘導用ブロックの敷設方法を標準化した。

 対象施設を増やしたため、協議件数は、年平均100件程度に増加した。

②1986年改定の内容

 日本道路協会発行の視覚障害者誘導用ブロック設置指針に基づき、視覚障害者誘導用ブロックの敷設方法を手直しした。

 指針制定後10年たち、制度の浸透や建築局など他部局との協力の成果が現れ、協議件数が年間平均で300件~500件と大幅に増加した。

③1991年の改定

 国際障害者年から10年が過ぎ、その成果を捉え直す動きが起こったのに合わせ、指針の大幅な見直しを行った。

 改正の内容は、

○建築物の対象面積を、1000㎡から、面積限定なし・500㎡以上・1000㎡以上の3段階に分け、公共施設や日常利用する施設(診療所・理美容院・公衆浴場等)の整備を強化することにした。

○整備基準の中に、数値基準を採用した。ホールの車いす席・車いす用駐車場・ホテルのハンディキャップルームは、100につき1つ、それ以上の場合は1%以上設けることとした。

○鉄道駅舎・ペデストリアンデッキ等へのエレベーターなど垂直移動施設の設置を盛り込んだ。

 これらの結果、1991年の協議件数は、前年と比べ1.6倍の825件となり、その後、毎年800件以上の協議が行われている。

2.指針運用上の問題点

 「福祉のまちづくり」を進めるために制定した指針であるが、総合的なまちづくりの視点から整備を進める上で問題点がいくつもあり、指針を策定し協議を行うだけでは限界があることが判ってきた。

 これまで、これらの問題点のうちのいくつかには、自治体として可能な対策を講じてきた。

(1)建築デザインからのマニュアルの要請

 指針は、施設をいくつかの部分に分けて、主として寸法について、項目別に整備基準を定めているため、建築物の材質・色彩等との関係でどのような配慮をすべきかとか、どのような造りのときにはどのようなデザインにしたらよいかという現実的な要請には充分に応えていない。

 そこで、このような要請に応え、具体的に設計を行うときに役立つような建築実例などを盛り込んだ指針のマニュアルを作成し、協議の際などに建築士に渡し、利用してもらっている。このような工夫は、実施している自治体も多くなっている。

(2)不整備施設の発生

 指針では、整備は施設を建て管理するものの責任であり、自らの負担で指針に適合するよう整備することを求めている。

 しかし、この指針は、いわゆる「要綱行政」にあたり、強制力がないことやその他のいくつかの隘路があり、事前協議をしても約3割が基準を満たさない「不整備施設」として発生してしまうという悩みがある。

 なぜ30%もの建物が整備されないのかについては、いろいろな原因が考えられる。

 本市で1992年に行った「福祉の都市環境づくり推進のための融資助成制度調査研究会」の報告によると、この30%の施設未整備の理由として、

①指針改定により、対象施設を拡大したこと、

②面積限定の基準を引き下げたことにより、狭隘敷地に建設される施設が増え、敷地内での対応が難しいケースが増えている、

③小規模企業などの建設主の申請が増加し、資金的な裏付けが困難なケースが増えている、

④全国チェーンの販売店舗・飲食店等では、構造が既成パネル仕様であり、規格外の設備設置には大きなコストがかかる、

などが挙げられている。

 これらの問題に対しては有効な方法が見つからないが、現在、最低限の整備を担保する意味で、「建築基準条例での規制」、「駐車場条例での規制」等関連条例との連携を図り、一方で、整備を誘導するために「環境設計制度での容積率優遇措置」を設けるなど関連制度との連携などの手立てを講じている。

(3)既存施設の整備

 「まちづくり」を進めるためには、指針制定前に建設された未整備の建物(この建物の方が街には多い)を改善・整備することもまた不可欠であるが、この問題への対応は大変難しい。

 既存施設は、このような設備設置の必要性が生じる前提で造られていないため、多くのものが改造に多額の費用を要するか、スペースがなかったり、構造的に問題があったりして改修が難しいものが多い。そして、これらの建物は、大規模改修の計画でも生じない限り建築確認の手続きに上がってくることもない。

 本市では、市立の建築物については、建築局が2年前から指針にもとづく問題点の調査をし、問題点・改善点の把握を行った。今年度からは計画的かつ段階的に改修作業を行う予定である。これには、大変な費用と時間がかかる。

 しかし、一方、民間の既存施設については、現在、調査も行っておらず有効な方策も実施できていない。

(4)移動対策

 建築物をある程度整備できたとしても、障害者や高齢者が自宅などからそこまで行く手段が確保されていないと、どのような取り組みは何の意味もない。

 しかし、鉄道駅舎や鉄道車両・バス車両などは建築基準法の枠外であり、協議が上がってくることがないため、整備促進は難しい。また、駅舎は1駅だけ整備されても実際の利用には不十分であり、車両についても1台だけ整備されても、いつでもどこでも利用できることにはならないため、整備には大変な時間と費用がかかる。特に、駅舎の垂直移動施設(エレベーター、エスカレーターなど)やバスへのリフト設置などの対策には多額の費用がかかるため、交通事業者の自主性に期待しても、建物以上に整備が進まないことは明らかである。

 本市では、鉄道駅舎については、1985年から市営地下鉄の駅舎に障害者・高齢者の利用に配慮したエレベーターなどを率先して設置してきた。(1992年度からは、自治省が公営企業の整備への起債を制度化したので利用している。)

 そして、1990年には、全国に先駆けて鉄道事業者に対する「鉄道駅舎エレベーター等設置補助要綱」を制定し、鉄道駅舎の整備誘導を行ってきた。この助成制度を設けたことにより、民間鉄道事業者の駅舎整備は、毎年3駅程度が実施され、効果が現れてきている。最近では、本市のように鉄道事業者へ助成を行う自治体が増えてきている。

 バス車両については、本市では、1991年度から3年間、毎年4台ずつリフト付きバスを試験的に導入し、病院・福祉施設などが集積していて車いす使用者の利用が多い路線に配車し運行してきた。1994年度からは、3年間の試験運行の実績を踏まえ、本格的にリフトバスを増車していく。また、高齢者などが利用しやすい補助ステップ付き車両や超低床式車両も導入し増車していく。しかしこれらの車両は、従来の車両に比べると現在では5割以上購入費用がかさむので、横浜市営バス全体約1000両を整備するには大変な費用と時間がかかることになる。この他、横浜市内には、合計6社で約1000両の民営バスも運行している。これらのバスの整備を進めていく課題には着手できていない。

(5)面的整備

 福祉のまちづくりを考えていく上で、建築物を中心とした点的な整備から一歩を進め、移動対策を含めた線的な整備を行っていくことの重要性は言うまでもないが、その段階に止まらず、面的な整備に取り組んで行くことは、一層重要である。建物・道路・公園・交通機関など街を構成している様々なものを既存の施設も新設のものも含めて面的に整備することは、生活という視点からの総合的なまちづくりである。

 本市では面的な整備手法として、①街づくり協議における基本協定に盛り込むこと、②再開発の際に盛り込むこと、③重点整備地区整備事業による整備促進、の3方法を実施している。

①街づくり協議への関与

 本市では「よこはま21世紀プラン」の中で、首都圏における業務核都市の形成を図るため、拠点地区(36地区)を定めており、これらの地区内において建物づくりを計画する場合、事前の協議を行っている。

これらの協議は、

○建物や敷地の共同化

○壁面後退と公開空地

○駐車場のつくり方

○景観デザイン

○緑化の推進

などについて協議しているので、その協議や協議の結果締結する「街づくり基本協定」に福祉の街づくりの大きな整備項目を盛り込むようにしている。

②再開発事業への参加

 本市では、駅周辺の再開発事業が市内各所で実施・計画されている。

 再開発事業は、地権者や地元住民との調整に時間がかかることが多い事業であるが、大規模で様々な利用施設が含まれるため、計画段階からの関わりが必要になる。しかし、指針により協議が行われる建築確認の段階でその再開発計画に関与するのでは、既に全体計画段階の調整は終わっており、総合的かつ、きめ細かな整備を行おうとしても間に合わないことが多い。そこで、本市では、再開発を担当する都市計画局と密接な連携を取り、当初の基本計画策定の案ができるころから「福祉のまちづくり」の観点からの調整・協議を行い成果を上げている。

③重点地区整備事業の実施

 もう一つの面的整備の方法として、重点整備地区整備事業がある。

 この方法は、前2者の方法と異なり、まず「福祉のまちづくり」を行う上で重点的に整備を行うべき優先度の高い地区を選び、そこを重点整備地区として3年間指定する。次に、地元で住民組織・障害者団体・事業者・行政・学識者などの様々な関係者による推進組織をつくり、活動を開始する。

 活動内容としては、まず、推進組織で指定地区内の実体調査を行い、その地区の現状でのハード・ソフト両面での問題点・課題を把握する。次に、その問題点・課題を整理して、どのように解決すべきかを推進組織内で検討し、改善策を実施すべき主体を決め、改善のスケジュールを立てる。そして、その計画案を地区内の事業者・行政などに推進組織として働きかけ、調整を行い、段階的に協力しながら改善を行うというものである。

 この方法の良い点は、障害者などの当事者が参加し、直接「福祉のまちづくり」の必要性を他の参加者に話したり、皆で協力して実態調査のフィールドワークを行うことである。このような関係者が参加して作業や議論を行う過程で、本当の相互理解や協力が生まれてくる。また、既存施設の改善が図れることである。既存施設の本格的な改善は多くの場合、多額の費用がかかるが、そこまでの本格的改善を行えなくても、少ない費用で改善できる部分もある。改善策の検討を進める中でハード面で対応できない部分を次善の策としてソフト面で補う必要性・方法も一緒に検討され、取り組まれることになる。

3.今後の取り組みの方向と周辺環境

 これまで、横浜市の「福祉のまちづくり」の事業の実施状況と問題点を中心に報告を行ってきたが、次に、今後の事業の方向性や現在新たに検討している事業について触れてみよう。

(1)情報障害者への対応

 現在の指針では、視覚障害者・聴覚障害者など情報を充分に得られないことにより行動が制約されている人々に対する取り組みが遅れている。

 現在の指針の中には、視覚障害者のための対策として「視覚障害者誘導用ブロック」の項目(誘導用ブロックの基本形状と道路部分への設置の基準を規定)と公共輸送機関・付属施設への誘導用ブロック、点字表示などの項目がある。しかし、誘導用ブロックは鉄道駅舎のホームへの敷設はほとんど行われてきているが、階段部分への敷設や地下街への敷設、バスターミナルなどへの敷設はまだ不十分である。

 また、点字表示についても、鉄道駅舎のホームに至る階段の手すりへの貼付や券売機への貼付なども不十分である。

 聴覚障害をもつ人々への対策は、視覚を活用したもので、繁華街等でのサインの充実やバス・電車などの車内での電光表示などの充実、緊急時の連絡方法の改善などが挙げられる。

 本市では、これらの対策が最も必要になる大規模駅をモデルにして、駅舎とバスターミナルを結ぶルートにおける総合的な対策のあり方を現在、視覚障害者団体等の協力を得て調査研究中である。

(2)モデル交通計画調査の実施

 また、高齢者・障害者に対する交通対策を総合的に検討するため、1993年度から3年間の計画で、運輸省と共同で「モデル交通計画策定調査」を実施している。これは、移動を連続的に行うことができるようにするため、移動に使用する交通機関の施設・車両や道路の整備を体系的に行おうという目的で実施しているものである。

 昨年度は、高齢者・障害者の交通機関利用実態・課題・今後の利用希望などの実態調査を中心に行った。今年度は、これに基づき、将来の交通モード別の需要予測を行い、対策技術の検討と整備費用の検討と併せてモデル交通計画策定の準備作業を行う予定である。

(3)条例化の検討

 現在、本市は、指針を基にした「福祉のまちづくり」を行っているが、最近、都道府県を中心に要綱行政から条例化へという動きが起こっている。1993年度から条例を施行した大阪府・兵庫県の動きに刺激を受けたのか、山梨県が後に続き、最近の新聞記事などによると、東京都・神奈川県・埼玉県・広島県など条例制定の発表をする自治体が目白押しになってきている。

 条例制定の意義は、①従来の要綱行政に比べ、取り組みの法的根拠が明確になる、②事業者・行政の役割や障害者の権利が明確になる、③指導に強制力をもたせることができる、などが挙げられる。このため、本市としても条例の制定には魅力を感じていたが、一方、条例制定を逡巡していたのには次の3つの理由がある。

①基準が都市により異なるのは好ましくないので、このような取り組みの基本部分は、本来は、国が法律をつくり責任をもって実施すべきである。

②整備の義務を事業者のみに押しつけても実際上限界があり、誘導策・優遇措置をセットにしないと効果が薄いが、その点では、1自治体でできることには限界がある。

③現在の方法の効果測定・問題点の整理などが充分できていない。

これらのことは、以前から指定都市の連名で、国へ法制化等を要望していた。この点では、昨年度頃から国の取り組みが活発化してきている。

 まず、昨年暮れに障害者基本法が成立した。その後、今年になって、建設省の法律制定による建築物への整備義務化と誘導策の実施案や、運輸省の鉄道駅舎への垂直移動施設整備への助成・リフトバス等への基金設立による助成案、厚生省の「まちづくり推進協議会」方式の取り組みへの助成策案などが次々と発表されている。

 これらの国の取り組みが、それぞれ実行に移されれば、条例制定の意味合いはかなり変わってくることになる。国側での努力の積み重ねが、ここに来て一気に具体化してきたといえるが、障害者団体等の運動と自治体のこれまでの自主的な取り組みが、これらの国の動きを引き出したとも言えるのだから、今後は国ともっと連携を強めながら、自治体としての取り組みのあり方をきちんと固めていくべきではないかと思う。

 横浜市は、町田市などの先行都市から学び、制度をスタートさせ、制度の至らないところは現実を直視し、専門家や障害をもつ人々等の意見をもとに、ひとつずつ改善していくという、言わば積み上げ方式で取り組んできた。しかし、上記のような大きな変化要因が出てきたのだから、それらの内容・動向を踏まえて、ここらで従来の延長で制度を考えるのではなく、新たな仕組みを考えるなどの発想の転換が必要なのかもしれない。

横浜市民生局地域福祉推進室


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1994年6月(第80号)11頁~16頁

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