特集/まちづくりと公共交通 公共バスのアクセシビリティ

特集/まちづくりと公共交通

公共バスのアクセシビリティ

藤井直人

1.はじめに

 アメリカでは、1970年代から公共交通へのアクセシビリティへの取り組みが行われてきており、1990年には、ADA(障害もつアメリカ人法)が制定され、車両のアクセシビリティへのきめ細かいガイドラインまで制定されている。具体的には、一般路線バスのピーク時の50%に車いす用リフトを装備することを義務づけている。さらに、一般路線バスによるサービスでカバーできない地域には、チェアキャブのような特別な車両による移送をも義務づけている。これらの規定はバスだけでなく、鉄道、モノレール等と、さらに駅舎、道路、建築物等にもアクセシビリティの確保が明記されている。

 福祉先進国のヨーロッパでは、車いす利用者の個別移送サービスの充実が先行し、公共交通に関しては車いす利用者は除外され、移動制約者を中心に基準整備が行われてきた。しかし、ドイツなどでは、床の高さが32㎝ほどのローフロアバスの開発が行われはじめ、一部実用化されている。このバスの特徴は、高齢者等移動制約者は歩道面からほとんど段差なしにバス床面に乗り移れるし、車いす利用者は車いす用リフトなしに乗り降りできる。

 日本の現状は、1991年に大阪市交通局が初めてリフト付きバスを運行開始したのが公共バスでは最初であろう。

 筆者は、神奈川県からの委託研究事業で「高齢者・障害者へのヒューマンテクノロジー応用研究」の公共交通機関の研究グループが、リフト付き路線バスの開発を1991年4月から5ヵ年計画で研究を進めている。この研究をもとに公共バスの現状と問題点について記する。

2.アクセシビリティを考慮したバス乗降装置

 バス車両でアクセシビリティを考慮した構造として開発されたものは、以下の3種類が挙げられる。

2―1.超低床バス

 東京都交通局がバス車体メーカー4社に共同開発させた都市型のバスで、階段を1段分なくし、床の高さを標準の83cmから55cmにまで下げた。また、乗車口の一段目の段差を通常バスの38cmから31cmまで下げた。これにより、高齢者・歩行障害者は乗り降りが大きく改善された。

 車いす利用者の乗降は、中扉に設置されたスローブ板を運転手が車外に引き出し、歩道面に設置して行われる。1年後には、スロープ板ではなく、車いす用リフト装置が設備されている。

 福岡県の西日本鉄道は、東京都交通局と同じ目的で、超低床バスを1993年10月に導入している。このバスの特徴は、中型の車体を使用して、さらにバス構成部品を大きく変更することなく、低価格で低床化を実現したことである。

 車いす利用者の乗降はスロープ板で、やはり運転手が引きだし設置する。スロープ板の角度は15度以上あり、運転手の介助なしには乗り降りはできない。

2―2.リフト付きバス

 国内では、1991年12月に大阪市、1992年1月に横浜市、2月に京都市、3月に東京都、1994年4月神奈川県プロジェクトがリフト付きバスを路線で運行開始している。東京都交通局、横浜市交通局、神戸市交通局の①リフト装置、②車いす固定装置と固定場所、③出入り口の階段等は、図1に示すように乗客がバスへ乗る扉の位置、車いす用リフト装置の設置位置、車いす固定場所と固定装置もそれぞれの交通局により違う。

図1 リフト付きバスの概要

図1 リフト付きバスの概要

 車いす用リフト装置は、国内の2社が製造取付を行っている。リフト面の寸法と性能は、表1の通りである。

表1 ADAのガイドラインと国内リフトとの比較表
項目 ADA K社 N社
1)リフト面寸法 有効幅(㎝) 72.0 80 86
奥行き(㎝) 122.0 110 115
ランプ角度(度) 7.0 10 8
ストッパーの長さ(㎝) 60.8 23 32
2)リフト性能 リフト容量(㎏) 272 200 200
上昇時間(sec) 5.5 8.5 10
下降時間(sec) 5.5 12.5 10

 通常、リフト装置は階段状態になっており、バス乗降の時に一般乗客に利用される。車いす利用者が乗降するときに、階段状態から車いすが乗り込める広い平らな面となり、油圧シリンダにより車いすを載せて上下する。またリフト面には、ストッパーが設置されており、歩道面からリフト面への移動時には、スロープの役割をする。リフト面に車いすを載せて上下移動するときは、車いすの転落を防止するための障壁としての役割をする。

2―3.イージーステップ

 神奈川中央交通㈱(以下、「神奈中」という。)がバス運行の現状から、高齢者・障害者等移動制約者対策として独自に開発した階段である(図2 イージーステップ 写真略)。

 イージーステップは、最下段が昇降するステップになっており、ステップ数を1段増やし、4段になっている。最下段はバス停に到着すると下がり、各段の段差は約20cmになる。乗客の乗降が完了し、扉を閉めると同時に上昇する。日本の道路面は起伏が大きいため、走行状態では階段を高い位置に移動させる必要があるからである。

 前乗降口は、車いす使用者以外の人が利用する。現行のバスの第1ステップの地上からの高さは、36cmある。この段差は、高齢者・障害者にとっては大変な負担である。イギリスの運輸省の交通研究所のリポート“TRRL RR 23”によると、手すりを使用しないで36cmの段差を楽に利用できる人の割合は、高齢者で40%、障害者では10%に満たない結果がでている。段差が20cmで手すりを使用すると、この割合が、高齢者で95%、障害者で87%になる(図3)。

図3 バス乗車口ステップの昇降可能者の割合

図3 バス乗車口ステップの昇降可能者の割合

 階段昇降の能力を確認するため、神奈川県厚木市内の七沢地区老人会の協力で階段昇降と身体機能テストを実施した。階段は2種類で、①現行のバスと同じステップ、②神奈中が開発した4段で段差が20cmのステップとした。結果は、①のステップで13名中5名(38.5%)がやや難ありと判断された。②のステップでは、1名が、やや難ありと判断された。ただし、被験者となった人たちは坂道の多い神奈川県総合リハビリテーションセンターまで自宅から歩いてこられた元気な老人であった。

3.バス車内の配慮

3―1.車いす利用者の安全性確保

 バスに乗り込んだ車いすは、車いす指定場所に移動し、車いすをバス床面に固定する。車いすを固定する目的は2つある。第1は、車いす利用者の安全性確保である。第2は、一般乗客である。車いすが固定されない状態で、急ブレーキが必要な緊急事態では、車いすが滑走して、車いすの周りに立っている乗客を押し倒す場合が有り得るからである。

 車いす利用者の場合は、歩行ができないだけではなく、上半身を支える機能がないか、または弱い。このため、ちょっとしたカーブでも車いすと共に簡単に傾く。この状態をなくすために、車いすをバス床面にしっかりと固定させることが重要である。さらに、車いす利用者を車いすに固定させることも必要になる。ただし、バス床面から出された安全ベルトで固定する方法は危険である。バス車内で、車いすをしっかりと固定させるために、一般乗客の座席をこれに当てなければならない。現在のリフト付きバスでは、車いす2台分を確保している場合がほとんどである。車いすが乗車していない場合は、折り畳み式のシートとして一般乗客に3人分の座席として利用できる。

 固定場所は、図1に示してあるように、それぞれの交通局で様々であり、一定ではない。

 車いすの固定方法は、確立されたものはない。その理由は、現在、車いすとして使用されている種類が多いためである。大きく分類すると、

①手動式車いす:車いす利用者本人が車いすを操作するために、後輪が大きく、ハンドリムがあり、前輪がキャスター輪となっている。JISで定めている標準の車いすである。

②介助式車いす:介助者が車いすを押すため、後輪は比較的小さい車輪で、ハンドリムは付いていない。中には前輪がおおきな固定輪で、後方にキャスター輪が付いた型がある。

③電動車いす:バッテリーを積み込み、電動モーターにより移動する車いすである。通常は、後輪にモーターを2個取付、前輪がキャスターの4輪である。戸外での操作性を重視し、前輪キャスターに駆動用モーターがあり、さらにキャスターの方向を制御するモーターが付いたパワーステアリング方式の車いすもある。

 車輪は、手動車いすと大きく異なり、車輪径は、小さく、車輪幅が大きい。

④電動三輪車:最近、高齢者が外出用に頻繁に利用している。この種の車いすは、上記の車いすと外観が大きく異なり、スクーターの形をしており、スマートにできている。後輪の2輪が電動モーターで駆動され、前輪のハンドルを操作する。通常の車いすより前輪と後輪の距離が大きい。このため狭い場所でのハンドル操作は難しく、小回りできない。

 以上のようになる。これら種類に加えて、車いすのサイズ(車幅、車長、車高)は、利用者の障害、体型に合わせてオーダーメイドで制作される車いすが少なくない。このように多種類の車いすを対象として、オールマイティに対応できる固定装置は、ベルトによる方式であろう。ベルト方式は、固定する運転手への負担と、時間がかかりすぎる面があり、路線バスへの採用は困難である。

 現在、大阪市、東京都等の交通局が採用している装置は、エアシリンダー駆動によるクランプ方式である。この装置は、車いすの窓側の後輪を挟み固定する(図4 車いす固定装置(クランプ式) 写真略)車いす利用者は、車いす固定場所に設置された装置にバックで近づき、クランプ装置に後輪を入れる。そして、肘受け付近に設置されたボタンを押すことにより、後輪が挟まれる。クランプの解放は、直列に設置された別のボタンを押すことにより解放される。ただし、バスが走行中の場合は、ボタンを押しても解放されない。

 横浜市交通局では、運転手が4輪に輪止めを設置して、車いすを固定している。現在のところ、あらゆる種類の車いすに対応できる現実的な解決策の1つであろう。

 神奈川県の研究プロジェクトでは、両上肢が使える車いす利用者本人が簡単に固定でき、そして、運転手が操作する場合、無理な姿勢を取らずに簡便に、短時間に、そして多種類の車いすに対応できる固定装置の研究を行い、試作したリフト付きバスに試験的に設置した(図5参照)。

図5 車いす固定装置(ベルト式)

図5 車いす固定装置(ベルト式)

3―2.手すり

 車いす利用者以外の移動制約者で、片麻痺による障害者では、バスの乗降と車内での移動時に手すりの役割は大きい。特に、短く、急勾配の階段の昇降途中では、体を支えられる位置に横棒があり、バス床面への移行時垂直棒が体重を引き上げる役割を果たす。当然、道路からの入り口でも、階段に昇るため、垂直棒が必要である。これらを合わせると、「H型」の手すりとなる。そして、このH型手すりは、両側に必要である(図6 「H型」手すり 写真略)。

3―3.車内放送

 高齢者、難聴者、視覚障害者への情報伝達として、車内放送は重要である。スピーカーの数を多くし、音量を減少させ、車内の全ての位置での確認を容易にすることも必要である。

3―4.停留所名の案内

 聴覚障害者にとっては、音声情報が得られないため、視覚情報が重要である。特に、バス停名の情報をタイムリーに得られることで、安心して乗車できる。そのためには、バス停名の表示装置の文字の視認性が重要である。

4.道路環境とアクセシビリティ

4―1.道路幅と歩道

 リフト面は、50cm程度車体の内部にあり、60cm程度車外に飛び出す。飛び出したリフト面に対して車いすは歩道から直角に曲がり乗り込むことになる。このため歩道は150cm以上の幅が要求される。さらに道路は、バスの車幅にリフトの飛び出す量を加えた310cm以上の幅が要求される。これ以下になるとバスは、センターラインをまたがないと車いすの乗降ができない。道路管理当局との協調が必要である。横浜市交通局では、リフト付き路線バスの路線は、車線が片側2車線以上あるかまたは、バス停が車線からへこんでいるバスベイがあり、歩道幅が2m以上あることと定義している。

4―2.違法駐車

 バス停付近の道路の違法駐車により、リフト付きバスが、車体と歩道との間を40cm以内まで近づけることができないと、リフトを歩道に降ろすことができない。車長が10mを越えるバスでは、バス停のかなり手前から慎重な接近手順を経なければ、歩道に近づくことができないため、警察などの協力が必要になる。

5.運行方法

 運行を開始している各交通局では、リフト付きバスを、車いす利用者が頻繁に利用すると予測される鉄道駅、病院、リハビリテーション施設等を通過し、道路の条件がよい一般路線を選択し、運行している。

 運行は、リフト付きバス導入以前の時刻表の一部を代換えする場合がほとんどであるが、一般乗客の理解を得るために、運行本数を増やして、車いす利用者の乗降による遅れをカバーする方法がある。導入しているバス車両数が少ないので、専任の運転手が運行している場合、全ての運転手が運行する場合とに分かれる。専任の場合には、リフト操作などに慣れており、乗降がスムーズにいっているが、専任でない場合では、利用頻度の低い車いす利用者の対応に手間取るケースが多く報告されている。

6.運転手の任務と教育

 リフト付きバスは、現在、一般の路線を運行しており、「ワン・マン」運行形態である。従って、本来業務のバス運転以外に、車いすリフト操作、場合によっては、車いす移動介助等が付随してくる。車いすの固定は、乗客の安全性への責任から重要な責務である。さらに、車いす利用者からの運賃徴収等、困難な業務問題を解決しなくてはならない。

 現場でのスムーズな対応を期待するとき、運転手の教育プログラムの必要性があげられる。例えば、多種類の車いすの取扱い方法と様々な障害者への対応方法などあるが、現在は何もない。

7.まとめ

 公共バスの現状と問題点を併記した。紹介してきたとおり、バスのアクセシビリティの研究では、車いすに片寄っている。しかし、実用レベルでは、乗り降りにかかる時間と車いす固定装置等の問題が積み残された状態である。さらに、高齢者等、移動制約者への対応は、始まったばかりで、ヨーロッパのローフロアバスは日本国内では導入が困難とされているが、今後、真剣に検討する必要があろう。さらに、障害者・高齢者の公共交通機関へのアクセシビリティ確保は、ハードウェアだけではなく、運行方法、経済性の検討、人の教育などソフトウェアの研究も重要である。

神奈川県総合リハビリテーションセンター 研究部リハ工学研究室


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1994年6月(第80号)28頁~33頁

menu