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<海外リポート>障害者用次世代録音図書の国際標準化

河村宏
日本障害者リハビリテーション協会 情報センター

項目 内容
発表年月 1997年8月
転載元 「リハビリテーション研究」(第92号)33頁~36頁、発行 (財)日本障害者リハビリテーション協会

はじめに

 録音図書は、視覚による読書に困難がある障害者に広く用いられている。特に中途失明者にとって、音声情報は唯一の情報源である。録音図書は普通アナログテープを用いて製作されているが、アナログテープは経年変化するため、世界中の貴重な録音図書は、日々劣化を続けている。
 また、かつてのレコード盤やオープンリールテープから現在のカセットになって携帯性や操作性が著しく改善されたものの、普通の図書のように目次や索引あるいは特定のページを開く機能がカセット録音には欠けている。
 ディジタル録音技術がこのような課題を解決して、録音図書を使う障害者に晴眼者と同等の情報アクセスを保証することが期待されはじめてからすでに10年以上が経過した1995年4月、カナダのトロント市で録音図書のディジタル化に関する重要な国際会議が開催された。世界の主要な録音図書製作団体が参加したこの会議の直接の成果は、ディジタル化のアメリカ依存からの脱却と、国際図書館連盟(IFLA)を中心にした国際標準としてのディジタル化の実現に向けての国際的努力が始まったことである。

1.DAISYの誕生

 DAISYはDigital Audio Information Systemに由来し、日本語では「デイジー」と呼ばれる。人間の音声を記録・再生するための音声データの組織方法であるDAISYを録音図書に応用した「DAISY録音図書仕様」は、スウェーデンの国立録音点字図書館で開発された。DAISYの仕様は、インターネットで公開されている(http://www.labyrinten.se)が、この仕様自体がマルチメディア・アクセス標準化作業の進行と共に成長を続けている。
 マルチメディアとインターネットの標準化作業が活発に進められている今日、現在の録音図書資産を継承しつつ視覚障害者に最も快適な利用環境を提供するためには、国際的な標準化機構の中に視覚障害者の要求を常に反映する仕組みが必要である。DAISYの国際共同開発組織であるDAISYコンソーシアムは、このような役割を期待されて発足したWAI(WWW Accessibility Initiative)に積極的に参加していく予定である。当面の課題は、WWWに代表される情報サーバーに視覚障害者が完全にコントロールできるディジタル録音図書の参照機能をもたせられるようにHTML(Hyper Text Markup Language)を改定することである。
 DAISYは、呼吸のために音声が休止する人間の発声の特徴に注目し、発声の初めから終わりまでを「フレーズ」として定義する。DAISYを録音機能から見ると、一度録音した文章をフレーズ単位で切り張りしたり、新しい文を挿入したりできるワープロのような機能をもっている。一般のディジタル・オーディオ機器と一番違うのは、音の切れ目を自分で見つけて操作する煩わしさから解放されることである。
 これを再生機能から見ると、従来のカセットプレーヤーの機能の他に、フレーズを単位として自在にジャンプできることが最大の特徴である。「第3章の第2節」の先頭に一気に飛ぶことはもとより、特定のページや自分で「しおり」をはさんだ所に飛ぶことも簡単にできる。応用範囲は録音図書だけでなく、会議記録なども音声のまま直接に編集して、議題や発言者名からなる音の「見出し」をつけることができる。
 WWWにこのDAISYを組み合わせてインターネットを視覚障害者にも身近なものにする試みは、スウェーデンとアメリカのソフトウエアハウスの協力を得て、近く日本で始まる。

2.DAISY対応ソフトウエアの開発

 1996年5月のDAISYコンソーシアムの設立により、DAISYの開発と普及は、国際的な視覚障害者情報提供施設の合意と費用分担によって進められている。日本の全国視覚障害者情報提供施設協議会(旧全国点字図書館協議会)は、コンソーシアム設立メンバーの一つである。
図1 Windows版 DAISY Playbackの再生画面
 現在入手可能なDAISY仕様の録音ソフトウエアは、「DAISY Recording Studio Semi-Pro」と呼ばれている。再生ソフトウエアは、DOS版の「DAISY Study Studio」とWindows版の「DAISY Playback」とがある(図1)。現在最も経済的なCD-ROMを使って録音すると、AMラジオ程度の音質で一枚当たり16~20時間録音できる。目次、索引、頁ジャンプ、しおり、目次中の文字列検索、ピッチコントロール付き可変速再生等、晴眼者と同様に選んで読むための機能がサポートされている。
 より高い音質で長時間の録音を可能にする圧縮技術であるMPEG Ⅱ Audio Layer 3を採用し、既存のアナログマスターテープのディジタル化、DAISYマスターファイルからカセットテープへの高速ダビング等をサポートする「Professional Version」は、日本を含む9団体10カ国(スウェーデン、イギリス、オランダ、スペイン、スイス、ドイツ、オーストラリア、ニュージーランド、デンマーク、日本)で構成するDAISYコンソーシアムが開発している。

3.DAISY用再生機器の開発

 Plextalkは、DAISY録音図書仕様を満たす今のところ、世界で唯一のCD-ROM録音図書再生機で、(株)シナノケンシが開発した(図2)。高齢者が圧倒的多数を占める視覚障害者の現実的な利用態様を考慮すると、パソコンによる再生だけでは不十分で、操作が簡単なプレーヤーが必要である。当初DAISYとPlextalkは全く独立して開発が進められ、ほぼ同様の機能をもち競合関係にあったが、前述の1995年4月を境に双方が国際標準化を目指して歩み寄り、日本とスウェーデンを往復する会議を重ねて現在の緊密な協力関係による完全な仕様の統一が実現した。
図2 Plextalk プロトタイプ Version 5
 DAISYコンソーシアムによる国際共同開発の最大の特徴は、不必要な開発競争による開発過程の秘密主義を排し、同時に開発過程そのものへの視覚障害者の意見の反映を保証していることと、DAISYの仕様を公開していることである。共同開発に参加する企業にコンソーシアムは協力を惜しまないが、成果であるDAISYの参加企業による独占は許されないことが条件になっている。秘密裏に開発を進めて他を出し抜くことが当たり前の業界の中で、公開を前提とした国際標準仕様の開発に協力するシナノケンシの姿勢は、国際的に高く評価されている。また㈱オタリも、高速カセットコピー技術を生かしてアナログからディジタルへの移行期の問題解決に貢献している。

4.国際評価試験

 現在約30カ国でDAISYとPlextalkの評価試験が実施されており、本年3月には京都で中間評価会議がもたれた。最終評価会議は、本年7月18~20日に東京の戸山サンライズで開催される予定である。コンソーシアムは、この国際評価会議を通じて利用者である視覚障害者の要求を十分に反映した技術仕様を決定し、この仕様の普及によって次世代録音図書の国際的な互換性保持を目指す。従ってコンソーシアムは、あらゆるメーカーに対して積極的に「DAISY録音図書仕様」に則った製品開発を支援する用意があり、ライセンス料は、名目的なわずかなものになる予定である。
 筆者はヨーロッパ盲人連合(EBU)の次世代録音図書専門家会議に度々出席し意見を交換しているが、最終仕様が固まる前に国際的な利用者による評価の機会を設けたことには一致して高い評価が与えられている。EBUは、世界盲人連合(WBU)の中でこの分野の活動をリードしており、EBUの提言により、WBUはW.ローランド副会長(南アフリカ)を委員長とする次世代録音図書検討委員会を設置した。WBUは150カ国を擁する巨大な組織なので結論までにはかなりの期間を要すると思われるが、WBUが公式に検討委員会を設置したのは、国際的な次世代録音図書の統一に向けた大きな前進である。
 なお、DAISY/Plextalk国際評価試験には、厚生省が所管するテクノエイド財団を通じた国費による助成が行われている。

5. 国際図書館連盟(IFLA)のとりくみ

 録音図書提供機関を国際的に代表するIFLA盲人図書館セクションは、1997年8月をディジタル録音図書標準化ガイドライン採択の期限としており、それまでのDAISYとPlextalkの到達点が次世代録音図書の事実上の標準を決めるものになると考えられる。この期限は、いくつかの国が録音マスターの早急なディジタル化を迫られている事実に基づいて設定された。録音図書を提供する図書館の側から見ると、マスターテープの劣化の進行が極めて深刻な問題で、コレクションを半永久的に保存できるディジタルメディアに速やかに転換しなければならなくなっている。
 幸い今日までのところ、DAISYコンソーシアムの活発な活動と国際評価試験に対する関心の集中によって、ディジタル化を予定している多くの国では、少なくとも本年8月のIFLA大会の結果を見きわめてから最終決断をするという暗黙の合意が成立している。スペインなどは、いち早く完成させた独自のディジタル化設備の稼動を止めてまで、DAISYに合流しようとしている。その結果、無秩序なディジタル化による規格の不統一は今のところは食い止められており、最終舞台であるIFLAコペンハーゲン大会に関係者の関心は移りつつある。
 利用者の現行録音図書に対する主たる不満は、DAISYによってほぼ解決できると思われるので、IFLA大会における製作者間の意見の統一が残された最大の課題である。その合意形成のための様々な技術開発と調整が今も活発に行われており、そのための最も重要な技術開発に関する二つの国際会議が国際評価会議の前後に東京で相次いで開催される。このIFLA大会を目前に控えた国際標準化の最終局面を日本が文字どおり中心になって推進しているのである。

6.国際統一仕様の実現

 国境を越えて情報と資料が交換されて当たり前の今日、ディジタル録音図書仕様の完全な国際統一は、当然の目標である。様々な困難を乗り越えてDAISYコンソーシアムが招集した1997年5月の国際ディジタル録音図書仕様会議(開催地Sigtunaにちなんでシグトゥーナ会議と呼ばれる)は、従来DAISYと距離を置いていたアメリカを含む国際統一仕様に向けての大きな成果を挙げた。
 筆者が委員長をつとめるDAISYコンソーシアム執行委員会は、6月中旬にアムステルダムで開催した会議で、シグトゥーナ会議の結果を踏まえて、(1)DAISYの機能と今後の開発スケジュールは維持するが、アメリカも受け入れる標準とするために将来拡張されたHTMLでDAISYの音声ファイルを制御できるように仕様の一部を変更する、(2)音声ファイルは現在のDAISY独自のファイル仕様から業界標準のWAVEファイルに変更する、(3)録音図書を読んでいる途中で聞き直して綴りを確認する時などに必要となる音声と文章の同期はこれから改定作業が始まるHTML第4版で実現する方向で米国内の団体と協力していく、という重要な決定をした。もちろん現在のDAISYファイルは、この新しい仕様のDAISY再生システムでも聞くことができるようにする。
 この新しい決定に沿った開発が順調に進めば、CD-ROMやインターネットで配布されるどのディジタル録音図書も、製作機関を気にすることなく、共通のプログラムやプレーヤーで聞くことができるようになるのである。
 さらに、インターネットの情報サーバーの中核的存在であるWWWコンソーシアム(W3C)に対して、視覚障害者のマルチメディア・アクセスのためのガイドラインをアメリカの団体と共に提案していくことが確認されている。DAISY録音図書仕様をHTMLとリンクさせることによって、ディジタル録音図書の国際的な互換性はもっとも効率的に維持されるだろう。

7. 発展途上国へのDAISYの普及と日本の役割

 国際的な舞台では、短期間に驚異的なピッチで開発と統一が進められている次世代録音図書であるが、次に来る課題は、それぞれの国においてどのようにこの統一仕様を活用して障害者への情報サービスを充実させるかである。
 仕様は国際的に統一できても、それをそれぞれの国内で実現する作業は、当然それぞれの国が努力すべき仕事である。また、発展途上国の視覚障害者への情報提供に関しては、先進工業国からの支援も必要である。最新のWHOの統計によると、1億6千万人に上る世界の視覚障害者の圧倒的多数は発展途上国に暮らしている。この人々をカバーしないシステムであっては本当の国際標準とは呼べない。
 仕様の開発と国際評価試験、さらには国際的な仕様統一作業に関して、日本は中心的な役割を果たしてきた。この分野での積極的役割の継続は、今後も期待されている。
 ところで、1995年にコペンハーゲンで開催された国連社会開発サミットで採択された行動計画の中では、情報へのアクセスをすべての人の社会生活に欠くことのできない要求(Basic Human Needs)として明確に位置付けている。CD-ROMからインターネットまで多様な情報流通手段が柔軟に選べるDAISYは、機能が優れているだけでなく、現在のアナログシステムに比べて総合的なコストも安くなると見込まれている。もちろん録音図書が現在のアナログシステムから完全にディジタルシステムに移行するには5~10年の時間と移行期に両方のシステムを動かす追加投資が不可欠である。日本が技術開発の面だけでなく、世界一の規模の政府開発援助(ODA)も活用して、長期的な展望をもってDAISYを世界中の視覚障害者に提供する普及事業でも先頭を切ることを期待したい。