リハビリテーション研究(第96号) NO.5 高次脳機能障害者の事例

 

高次脳機能障害者の事例

 

神奈川リハビリテーション病院ソーシャルワーカー 生方 克之

 

はじめに

 「人間の脳は、目的に応じて手足の運動を意図し、情報を記憶し、視覚刺激などから物事を認知している。それら複雑な精神活動は大脳のいくつかの部分の連携で行われている。これら一連の脳機能を一括して高次脳機能と呼ぶ。…高次脳機能障害は全般的障害部分と部分的障害部分に分けることができる。全般的障害には意識障害(急性期)と痴呆(慢性期)がある。部分的障害には、失語、失行、失認、記憶障害(健忘)、注意障害などがある。」(注1)
 外見的や一時的な日常会話では実像が捉えがたいが、「活動」や「参加」に制限をもたらしている高次脳機能障害についてICIDH-2案による事例検討を試みた。なお、高次脳機能障害の原因としては脳外傷、脳卒中、低酸素脳症などがある。
 各分類項目からの該当項目の選択は、事例者の母と協同で行った。
 

1.事例の概要と基礎的事項

性別:男性
年齢階層:20代後半
職業:無職
居住地域:横浜市
家族構成:両親、妹
・障害の種類:
 脳外傷による体幹失調および高次脳機能障害(身障手帳は体幹機能障害3級、ただし身体的障害による生活制限はほとんどない)。
・障害の程度と原因:
 交通事故(バイク運転中に自動車と衝突)。歩行及びADL制限はなし。単独での社会生活活動遂行は困難。
・生活歴及び教育歴:
 教養レベルの高い家庭で育つ。最難関の大学をめざし予備校在籍中に受傷。
・社会生活の特徴:
 社会生活の基盤が家庭以外にない。対人関係を育めない。
・たのしみ・夢など:
 受傷以前の生活に戻り大学受験をめざす。
・現在利用中の施策・資源:
 重度身体障害者更生援護施設入所中。
・必要な(不足を含め)施策および資源:
 脳外傷などによる中途高次脳機能障害者への生活・職業レベルを含めた専門的リハビリテーション、相談情報、権利擁護などを行う総合支援センターが必要。障害状態から受け入れ可能な適所作業所・将来的生活施設がないため、現状の手帳制度による障害種別施設の枠以外の新たな枠組みの施設が必要。知的部分を代価してくれる生活援助員(状況により行動を一緒に行いマネージメントが可能な人間)が必要。
 

2.機能障害 機能面と構造面

1)機能障害の状況

 機能障害の機能面としては、記名力障害・見当識障害・情緒の障害・学習能力の障害・思考の組立て障害・注意集中力の障害・状況判断能力の障害・失調症による軽度歩容異常がある。また機能障害の構造面としては・脳器質の障害・発汗の異常などがあげられる。
 

2)機能障害・・・1桁レベル該当項目

 機能障害の選択には医学的知識を伴うため、機能障害については1桁レベルまでの選択とした。
 機能面の機能障害の分類では「第1章精神機能」、「第9章神経筋骨格系と運動関係の機能」に該当する.
 構造面の機能障害の分類では「第1章脳、脊髄に関係する構造物」に該当する。
 

3.活動・活動の制約

1)活地・活動の制限の状況

 日常生活活動においては、記憶障害や状況判断力など多くの部分的障害が重なり合い、活動制限が出現している。具体的には受傷以前より慣れた場所や受傷後反復学習をした場所以外は迷子になってしまう。また、外出目的を忘れたり、仮に人に訪ねてもそれを保持できないため問題解決に至らず元の状況に陥る。
 記名力障害により忘れ物や約束事の履行ができないことは日常的である。なお、記憶障害を補うノート等の活用も、意欲の障害や注意判断力、それに障害認識の薄さから困難である。
 感情面については、元来の正義感の強い性格を背景にしてTVニュースなどで報じられる社会的不正などに怒り、家の璧を蹴るなど、融通性を失った正義感として現れ、刹那的行動をとる場合もある。また対人的洞察力の低下などのため、人間関係の構築を新たに築くことが難しい。
 睡眠時間が短く、夜間何度も起きてコーヒーを入れて飲むが、記憶障害、状況判断力の低下から火の始末などに危険性をはらんでいるなど、身体的安全管理に関する危険回避ができない。 将来展望に関する経済的管理や計画性などは困難であるため、家族の後見が必要である。
 自動車運転は障害の諸要素から困難である。またフォーマル活動においても状況に即した臨機応変な行動は難しいため、活動の制限を受ける。
 日常生活活動に見られる活動の制限についていくつかの例をあげてみたが、複雑な精神機能活動の障害により、多くの活動に制約が生じている。
 

2)活動・・・2桁レベル該当項目と修飾要素

 活動の2桁レベル項目の選択に当たっては、用語の定義付き細分類を参照して行い、細分類に1つでも該当するものは抽出した。また、選択の基準としては、ICIDH-2案に示されている第1修飾要素の「困難さ」を用いたが、「困難なし」「小さな困難」「中くらいの困難」「大きな困難」「活動遂行不可」「困難度不明」では、測定選択肢が多く主観的要素が入りやすいため、第2の修飾要素の「人的援助とその他の援助」と組み合わせ、「援助により困難軽減」と「援助に関わらず困難」に分類した。該当項目と分類状況は、表1のようになる。

表1 
基準 活動に関する2桁レベル分類項目
援助に関わらず困難 ・a10100 記憶すること
・a10200 知識を獲得することと応用すること
・a10300 問題解決
・a10400 課題の学習
・a10500 課題を遂行する
・a10600 異なる種類の課題を取り扱う
・a10700 遂行を維持する
・a10800 一般的な心理的要請に対処すること
・a60200 住居獲得の配慮
・a60600 世帯や家族の世話をする
・a80400 仕事や学校に関係する行動
・a80500 仕事を得てそれを続ける技能
・a80700 経済的な技能
援助により困難軽減 ・a10900 知識の獲得と使用に関するその他の活動
・a40600 運転手としての交通場面での移動
・a50600 自分の健康のためのケア
・a60100 生活必需品の獲得と配慮をすること
・a60300 食事の準備をすること
・a60400 洗濯と衣服や履物の手入れをすること
・a60500 住居の手入れを行う
・a60700 所持品、植物や動物の世話をする
・a70100 一般的な対人関係技能
・a70200 その他の対人関係技能
・a70300 個人的な行動を管理すること
・a70400 親密な個人的関係を維持すること
・a70500 友人および同僚との関係を維持すること
・a70800 ロマンティックなまたは身体的情交
・a80600 個人的社会的活動

4.参加・参加の制限と背景因子

1)参加・参加の制限と背景因子に関する生活状況

 本事例は、自宅内での保護的生活が中心で、身辺維持・情報交換・精神活動・社会関係・経済生活への参加には大きな制限を受けている。
 参加については、背景因子と表裏一体であるため、参加と背景因子をそれぞれの別項目としては分けずに生活状況の記載を行うこととする。
 障害特性から身体障害・精神薄弱・精神障害のいずれの分野においても長期的活用可能な法定施設の利用が困難になっており、地域内に受け入れ可能な地域作業所などもないため、参加の場の確保のみでなく、親亡き後に利用できる生活施設も見い出し得ない状況である。このことは、本人と家族の両方が社会参加の機会を奪われているだけでなく、介護者の緊急時やレスパイトに利用できる施設がないことも意味し、本人のみならず家族の生活不安の根幹になっている。また家庭内生活援助については、ヘルパーなどの定時的な対応では不十分なため、既存の在宅福祉サービスが仮に受けられてもほとんどの部分が家族対応となる。
 障害への社会的理解が図られていない状況で、相談および情報提供を受けられる相談窓口がなく、福祉事務所や保健所でも脳外傷に伴う中途知的障害(高次脳機能障害)への相談援助が得られにくい。また外見的や場面ごとの会話では障害が判りにくいため、迷子で保護された場合に警官等から本人・家族とも叱責を受けやすく、外出への家族の抵抗感が生じ参加機会が一層奪われる。
 傷以前に築かれた経験や価値観・人格と現在の障害状態に大きな乖離があり、それを埋める能力自体が障害の影響を受けており、同年齢者との余暇交流の機会も作れず、対人的・対社会的な孤立化に陥っている。あわせて精神的・知的障害に対する社会的偏見がそれを強めている。仮に参加可能な資源があっても障害理解等を図るなどの周辺環境調整と本人の適応訓練の両方が必要になる。
 経済的側面については、後見人が必要であり悪意のある商取引から身を守ることができず、財産管理システムが必要となっている。また公的年金制度や特に民間保険制度においては、生活の必要援助度を反映した障害認定基準になっていないため不利益を受けやすい。 経済的生産活動(就労)については、障害状況から可能性は低いが、職域開発や援助付き雇用制度などが不十分であり、また成人後の中途知的障害者は法定雇用率に含まれないという不利益さも経済的生産活動への参加可能性を低めている。
 リハビリテーションに関しては、総合的なアプローチが必要であるが、臨床心理・職業訓練・生活適応などの諸訓練(医学・心理・社会・職業訓練・環境調整)や情報・相談を受けられる機関(施設)とシステムがないため、生活障害の軽減化の方途がない。
 

2)参加・・・2桁レベル該当項目と参加の程度、および背景因子

 参加および背景因子の該当項目は表2のようになる。ICIDH-2案に示されている背景因子(環境因子リスト)以外に、本事例の場合は、残存する受傷以前の経験などの個人因子の影響を強く受けるため、個人因子も付加した.「参加」の該当項目に対しては、ICIDH-2案にある参加の程度を示す修飾要素の内「後退の可能性を伴う参加」「制限付き参加」「不参加」の3基準を用いた。

表2
基準 参加に関する2桁レベル分類項 2桁レベルの背景因子(環境因子)および追加項目(個人因子)
不参加 ・p40200 仕事への参加
・p50100 経済取引への参加
・p40200 経済保障への参加
・e10100 家族
・e20100 社会保障システム
・e20200 社会的援助および保障システム
・e20500 経済制度
・e31010 社会文化的構造
・受傷前の個人の経験、価値観、人格
制限付きの参加 ・p10300 交通への参加
・p30300 友人・知人との関係への参加
・p30400 仲間との関係への参加
・p30500 面識のない人との関係への参加
・p40300 遊び・レクリエーション、余暇への参加
・p60100 市民として参加
・p60200 コミュニティへの参加
・e10100 家族
・e10200 友人
・e10300 知人、仲間や同僚
・e10400 対人援助者その他ケア提供者
・e20200 社会的援助および保障システム
・e20400 団体や組織
・e30100 社会文化的構造
・受傷前の個人の経験、価値観、人格
後退可能性を伴う参加 ・p00100 身辺ケアへの参加
・p00200 健康維持への参加
・p00300 栄養への参加
・P00400 住居や居所への参加
・p30100 家族関係への参加
・p30200 親密な関係への参加
・p30600 その他の社会関係への参加
・e10100 家族
・e10200 友人
・e10400 対人援助者その他ケア提供者
・e10500 保健サービス提供者
・e20200 社会的援助および保障システム
・e30100 社会文化的構造
・e30200 非公式の社会的態度、規範と規則
・受傷前の個人の経験、価値観、人格

 

5.機能障害、活動、参加、背景因子の関連性について

 生活レベルで捉えた障害状態は、一般的に機能障害・活動・参加・背景因子の相互作用の中で発現し、障害の種別により相互作用間の力関係に違いが生じる。本事例の場合、以下のような相互作用の関連性がある。
 脳外傷により肢体不自由は軽度であったが、外見的には判断できない複雑な精神活動を営むのに必要な一連の脳の機能(高次脳機能)に障害を受けた.
 結果として、記憶障害や状況に応じた判断と行動ができないなどの数多くの活動制限がもたらされ、家庭内および屋外での活動の自己管理ができない状況になっている。また記憶や洞察力、障害認知力の低下などにより、人間関係の維持と新たな人間関係の形成がうまくできない。家庭内においても、受傷前の姿との違いにより家族員としての精神的紐帯が危機に瀕する可能性があると同時に、障害観をどのように形成するかという家族の力量が重要な要素になっている。
 また身体障害のみの場合は精神的社会的適応能力により、価値の転換や拡大が図られる可能性も秘めているが、本事例の場合は、障害状態を認知できないため、受傷以前に形成された経験・知識・価値観・人格と実際の能力との間に乖離が生じ、それを埋める学習・適応能力に期待ができず、事故後10年を経た現在も関心事は大学入学になっている。
 社会的には、現状の機能障害を中心にした障害認定制度の枠組みや、高次脳機能障害に対する一社会および行政の認識が低いために、福祉的諸援助(施設利用や職業援助を含めた社会復帰支援)や公的および民間保険制度などからも不利な扱いを受けている。
 本事例の特徽は、残存している経験・知識・価値観・人格などの個人因子が活動と参加レベルにおける制限を強めている点にあり、他の高次脳機能障害を有した脳外傷者においても同様の傾向が見られる場合が多い。ただし、本事例においても行動をマネージメントする者と日常の活動を随時サポート(助言など)する者、一定環境を備えた所があれば活動と参加に伴う諸課題が軽減され活動と参加の拡大が図られる可能性もある。
 

5.まとめおよび所感

 脳外傷などにより高次脳機能障害を負った者は、身体的障害の程度を問わず、さまぎまな活動・参加の制限を受けている場合がある 今回、ICIDH-2案を用いて本事例を評価したところ、活動および参加の2桁レベルの分類項目に数多く該当しており、本事例が活動・参加の制限を強く受けている状況を示すことができたのではないかと考えられる。また参加の背景因子として、環境因子のみならず個人因子も強く受けている障害であることを改めて知ることができた。ICIDH-2案を用いて評価を行った印象としては、「機能障害」の2桁レベルの評価には、医学的知識が必要とされるため、福祉関係職種が評価を行う場合は1桁分類までになると思われた。
 活動については、用語の定義付き細分類を参照しながら評価測定を行うことができた。ただし、対人評価の難しさである客観性と正確性については、評価者によりかなりの違いが生じるように感じられた。
 参加については、活動よりもより総合的な諸要素からなる人間の社会的行動を分類しているために、1つの項目に包含されている内容範囲が広く、用語の定義付き細分類を読んでもどのようなことを意味しているのか理解が難しく、しかも背景因子と項目が別になっているため、実際の生活活動を思い浮かべながら評価することは雑作業であった。前提として背景因子を含めて評価を行う1980年の定義による社会的不利の方が評価的な混乱は感じにくい印象を受けた。ただし、参加と背景因子という概念が用いられたことにより、障害の社会性が現しやすくなり、具体的な援助内容の検討につながるのではないかと思われた。
 全般的には、例えば活動の2桁レベルの項目「a10800 一般的心理的要請に対処すること」の細分類が「a10810 責任をとること」「a10850 独立して働くこと」となっており、2桁レベルの項目内の内容の幅が広く、しかも細分類に幾つ該当するかなど、選択された細分類項目によって2桁レベル項目の意味と程度にかなりの違いが生じるのではないかと感じられた。
 また、活動および参加について実際の評価を行うためには「困難さ・援助必要度」などの評価基準である修飾要素が必要であるが、ICIDH-2が福祉分野で活用されるものになるためには、援助の必要度と援助内容を示せる修飾要素の充実が求められる。また、障害が並列的に分類されているが、例えば活動の2桁レベル項目の「a60500 住居を手入れをする」と「a10100 記憶すること」では実際の活動や参加レベルにおいてもたらされる制限の程度がかなり異なるため、2桁レベルの分類項目に対する制限度のランク付けも必要ではないかと思われた。
 現状の社会保障制度の中で障害状況に見合った援助を受けにくい高次脳機能障害者にとっては、障害像を実際の生活レベルで表出されることができる社会的に認知を受けた基準が創られることが早急に必要とされている。

(注1)大橋 正洋 「身体障害者リハビリテーション研究集合’98」発表集録10ページ。(本文へ戻る)


主題・副題:

リハビリテーション研究 第96号
 

掲載雑誌名:

ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第96号」
 

発行者・出版社:

財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
 

号数・頁数:

96号 10~14頁
 

発行月日:

西暦 1998年10月20日
 

文献に関する問い合わせ:

財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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