特集 第36回総合リハビリテーション研究大会 総合リハビリテーションの深化を求めて-当事者の主体性と専門家の専門性- 特別報告 障害をめぐる動向:国際動向 障害者をめぐる国際動向 松井亮輔

特別報告
障害をめぐる動向:国際動向
障害者をめぐる国際動向

松井亮輔
法政大学名誉教授

要旨

 1975年に国連総会で「障害者権利宣言」が採択されたことを契機に,障害者は,福祉や医療サービスの客体から権利の主体と考えられるようになってきた。その結果,1981年の「(障害者の)完全参加と平等」をメインテーマとする国際障害者年等を経て,2006年12月の国連総会で障害者権利条約(以下,権利条約)が採択され,2008年5月には発効している。障害者の権利実現に向けてのこうした動きと並行して,WHO,ILOおよびユネスコによる「地域に根ざしたリハビリテーション(CBR)合同政策方針」(1994年と2004年)や「CBRガイドライン」(2010年)の策定,ならびに2015年以降のポスト国連ミレニアム開発目標(MDGs)に障害を含めるための取り組み等が行われている。総合リハビリテーションに関わるわたしたち関係者は,こうした国際的な動きを十分理解する必要がある。

はじめに

 1948年の国連総会で採択された「世界人権宣言」で提唱された,すべての人間の諸権利を実現するため,国連では,1966年の「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約)および「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約」(社会権規約),1979年の「女性差別撤廃条約」,1987年の「子どもの権利条約」等が次々に採択された。そうした流れを受けて,障害者についても1970年代以降,「障害者権利宣言」(1975年)に象徴されるように,福祉や医療サービスの客体としての位置づけから,権利の主体への転換が図られてきた。
 その結果,2006年12月の国連総会で権利条約が採択され,2008年5月には発効した。以下では,障害者をめぐる国際動向について,国連およびWHO等の国連専門機関,ならびに地域レベルの国連機関である,アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の取り組みを中心に紹介することとする。

1. 国連による障害分野の取り組み

(1)権利条約採択までの経緯

 障害者の諸権利を保護するための国内的,国際的行動の共通の基礎および指針として,1975年の国連総会で採択された「障害者権利宣言」の国際的周知を図るために設定されたのが,1981年の国際障害者年である。そのメインテーマである「(障害者の)完全参加と平等」を実現するため「国連・障害者の十年」(1983年~1992年)の政策ガイドラインとして,1982年に「障害者に関する世界行動計画」が策定された。同計画では,障害者は既存の社会の基準に適応すべきという従来の見方に異議を唱え,障害者の完全参加へのバリアを取り除くのは,社会自体の責任とした。
 同十年以降も引き続いて「完全参加と平等」の実現に取り組むためのツールとして,1993年の国連総会で「障害者の機会均等化に関する標準規則」が採択された。同規則は,障害問題についての人権的視点を強化し,機会均等化を国際的取組みの中心的な目標としている。
 機会均等化をより強力に推進するための有力なツールとして権利条約を制定するべきであるという国際障害同盟(IDA)等による強い要請を受けて,2001年12月の国連総会で,権利条約について検討するための特別委員会の設置が決議された。同委員会には,政府代表だけでなく,障害当事者団体をはじめ,障害関係の市民社会組織(CSO)等の参加が認められることになった。それは,IDA等による「わたしたちのことは,わたしたち抜きで決めてはならない。」(“Nothing About Us Without Us”)という主張が国際的にも当然のこととして支持されたことによる。
 2002年7月から2006年8月までの約4年間で8回にわたり開かれた同委員会で起草された条約案が,2006年12月の国連総会で採択され,2008年5月に発効した。2013年10月末現在,批准国は,138か国にのぼる。日本でも,2013年12月4日の国会で批准が承認されたことから,現在政府は,批准手続き中である。2014年2月には締約国になると思われる。

(2)権利条約のキーポイント

①障害者の定義

 権利条約では,「障害者」については第1条目的のなかで規定されている。それによれば,「障害者には,長期的な身体的,精神的,知的又は感覚的な機能障害であって,様々な障壁との相互作用により他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げ得るものを有する者を含む。」とされる。この規定からも明らかなように,障害は,本人の機能障害と社会の障壁との相互作用によってもたらされるのである。したがって,権利条約が意図するのは,社会の障壁を取り除くべく社会的条件整備をすることで,障害者が他の者と平等に社会に完全かつ効果的に参加できるようにすることである。そのキー概念となるのが,次に述べる「合理的配慮」である。

②「障害に基づく差別」および「合理的配慮」の定義(第2条)

 「障害に基づく差別」とは,「障害に基づくあらゆる区別,排除又は制限であって…あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む。」,そして「合理的配慮」とは,「障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し,又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって,特定の場合において必要とされるものであり,かつ,均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。」とされる。

2. 国連ミレニアム開発目標(MDGs)をめぐる動き

(1)MDGsの取り組みの現状

 2000年の国連総会で採択された「ミレニアム宣言」の具体策として,2001年に策定されたのがMDGsである。これは,2015年までに達成すべき8つの目標(「極度の貧困と飢餓の撲滅」等)と21のターゲット(「2015年までに1日1ドル未満で生活する人びとが人口全体に占める比率を半減させること」等)が掲げられている。
 WHO等によれば,障害者は世界人口の約15%を占め,その約80%は途上国に住み,貧困者のかなりの部分を占めているにもかかわらず,現在のところMDGsには障害者は対象として明示されていない。「極度の貧困と飢餓の撲滅」といったMDGsの目標達成には,開発の対象に障害者を含むことが不可欠とし,MDGsの見直しが求められている。

(2)ポスト2015年開発目標づくりへの動き

 2013年9月23日の国連総会で,「障害と開発に関するハイレベル会合」が開催されたのは,2015年およびそれ以降に向けて,障害者も視野に入れた開発への取り組みを前進させること,つまり,ポスト2015年開発目標に障害を含めることを意図したものである。同ハイレベル会合で採択された「成果文書」の主なポイントは,つぎのとおりである。
 「国連システムならびに加盟国に対し,ミレニアム開発目標と,2015年及びそれ以降に向けた,その他の国際的に合意された障害者に関する開発目標の実現に引き続き関与していくことを強く要請し,…2015年以降の新たな国連開発課題において障害を十分考慮…するよう促す。」

3. WHO等,国連専門機関の取り組み

WHOは,1980年の「国際障害分類」(ICIDH)を大幅に修正した「国際生活機能分類」(ICF)を2001年に公表しているが,それは障害の医学モデルから(医学モデルと社会モデルとの)統合モデルへの転換を指向したもので,権利条約の「障害」および「障害者」の規定にも反映されている。 また,WHOは,1970年代末から「地域に根ざしたリハビリテーション(CBR)戦略」に取り組んできた。これは主として,都市部と異なり,専門的なリハ機関や専門職がきわめて不足している途上国の農村地域において,既存の人的および物的資源を活用することにより,基本的なリハ・サービスを提供することを意図したものである。1994年にWHO,ILOおよびユネスコが一緒に作った「CBR合同政策方針」の改訂版が,「CBR―障害者のリハビリテーション,機会均等化,貧困削減および社会的インクルージョンのための戦略」として2004年に公表されている。 その主な目的は,「(1)障害者が,…(一般の人びとを対象とした)既存のサービスと機会を利用できるようにすることで,地域社会において積極的な貢献者となるよう促進すること。(2)参加の障壁を取り除く等,地域社会を変革することを通して障害者の人権を促進,保護するよう,地域社会を活性化すること」である。 (1)CBRガイドラインとCBRネットワーク CBRは,現在90か国以上で実施されている。CBRガイドラインは,1970年代末以来30年以上にわたる実践を踏まえ,(1)CBR合同政策方針および権利条約に即したCBRプログラムの開発・強化方法に関する指針の提示。(2)とくに貧困削減を目的とした開発への取り組みに障害者も含む,地域に根ざしたインクルーシブな開発戦略としてのCBRの促進。(3)保健,教育,生計および社会サービスの各分野へのアクセスを促進することによって,障害者とその家族の基本的なニーズを満たし,生活の質の向上を図るための関係者に対する支援,などが意図されている。 このガイドラインに沿った取り組みを世界的にすすめるため,WHOのイニシアチブで,CBR世界ネットワークやCBRアジア太平洋ネットワーク等がつくられ,定期的な会議などが行われている。

4. ESCAPによる取り組み

ESCAPでは,アジア太平洋地域において障害者の完全参加と平等の実現に向けての取り組みを継続するため,「アジア太平洋障害者の十年」(1993年~2002年)および「第二次アジア太平洋障害者の十年」(2003年~2012年)を推進してきた。2012年10月29日~11月2日,韓国インチョンで開催された,第二次十年最終年評価ハイレベル政府間会合で策定された,「権利を実現するためのインチョン戦略」は,2013年5月のESCAP総会で採択された。同戦略の目的は,新たな十年(2013年~2022年)の間にアジア太平洋地域のすべての障害者の権利を保護,擁護および促進する,インクルーシブな社会のビジョンの実現を加速する行動を起こすことである。 インチョン戦略は,10の目標,27のターゲットおよび62の指標から構成され,その進捗状況をモニターするため,30名(政府およびCSO代表各15名)からなる作業グループが設置されている。

おわりに

 権利条約が目標とする,他の者と平等な,障害者の社会参加がどの程度実現しえているかを客観的に見るには,障害者とその他の者の状況について比較可能なデータの確保が不可欠である。
 日本の権利条約批准に伴い,2年後の2016年には,その実施状況についての報告書を同条約の国際的モニタリング機関である,障害者権利委員会に提出することが求められる。同報告書の提出は,その後も定期的に求められるが,同条約の国内実施の進捗状況を的確に把握するためにも,信頼しうる,障害のない者との比較が可能なデータが得られる統計の確立は,きわめて重要である。

<参考文献>

ESCAP:Incheon Strategy to “Make the Right Real” for Persons with Disabilities in Asia and the Pacific,2012

長瀬修・東俊裕・川島聡編:増補改定障害者の権利条約と日本―概要と展望,生活書院,2012


主題・副題:リハビリテーション研究 第158号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第158号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第43巻第4号(通巻158号) 48頁

発行月日:2014年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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