特集 第36回総合リハビリテーション研究大会 総合リハビリテーションの深化を求めて-当事者の主体性と専門家の専門性- 基調対談 総合リハビリテーションの深化を求めて:話題1 ―リハビリテーションの目標の変遷,今日の到達点,今後の方向性― 上田 敏

基調対談
総合リハビリテーションの深化を求めて:話題1
―リハビリテーションの目標の変遷,今日の到達点,今後の方向性―

上田 敏
日本障害者リハビリテーション協会顧問,元東京大学医学部教授

要旨

 わが国の総合リハビリテーション(以下リハ)の50年の歩みを概観し,「総合リハ」とは何かを国際的な動向を含めて考察した。それは,障害者の「全人間的復権」を目的として,①障害者本人,家族と環境(地域社会を含む)はリハの対象であるだけでなく,その主体でもあると考え,②それらを中心にして,教育,医学的リハ,職業リハ,社会リハなどに加えて,一般医療,介護,工学,行政,インフォーマル・サービス,ピア・サポート,などが,「縦と横の連携」に立って,すべてを可能な限り地域社会の中で提供するものである。それに携わる専門家には,当事者の自己決定権を尊重しつつ,その「最良の利益」の実現のために適切な助言・支援をし,その中で当事者の「自己決定能力」の向上まで支援できるような力量をつけることが課題である。

はじめに―続々と50周年を迎える日本の総合リハビリテーションの各分野

 ここ数年の間に,日本の総合リハビリテーション(以下リハと略す)関連分野が続々と50周年の節目の年を迎える。

1. 2013年:日本のリハビリテーション医学創成の50周年

 1963(昭和38)年に,リハ医学の診療・教育・研究に関する次の3組織がほとんど同時に発足した。

1)日本リハ医学会創立(9月29日)
2)日本最初の理学療法士・作業療法士学校の開校(東京病院附属リハ学院,5月1日)
3)日本最初の大学病院におけるリハ診療部門の発足(東大病院,7月1日)

2. 2014年:パラリンピック50周年

 パラリンピックは1964(昭和39)年の東京オリンピック (10月10~24日)に続いて,次の2部構成で行われた。第1部 (11月8~12日):脊髄損傷者国際競技大会。 第2部 (11月13~14日):脊髄損傷以外の身体障害者のための国内大会(日本独自の企画)。
 この第2部が,パラリンピックがあらゆる身体障害種別に拡大される契機となった。

3. 2015年:第3回汎太平洋リハビリテーション会議(1965年)50周年

 これは日本最初のリハ関係国際会議で,最初の総合リハ会議であったが,詳しくは次節に述べる。

Ⅰ. 日本の総合リハビリテーション―この半世紀

1. 第3回汎太平洋リハビリテーション会議

 1965年4月13~19日,東京の旧ヒルトンホテルで,国際障害者リハ協会(現RI)と日本障害者リハ協会(以下リハ協)の共催で行われた(海外参加者約300人,国内700人余)。この会で,それまで連携のなかった医療・教育・職業・社会・行政などの専門家,また小児・成人・高齢者に関する専門家がはじめて一堂に会し,互いに知り合った。

2. 「リハビリテーション交流セミナー」から「総合リハビリテーション研究大会」へ

 1977年9月21~22日,東京で,小川 孟,調 一興,丸山一郎,松井亮輔,小島蓉子,上田など,有志の「手弁当」で第1回「リハビリテーション交流セミナー」が開催され,以後毎年開催された。
 これは1987年から「総合リハビリテーション研究大会」に改称し,リハ協の主催となった。昨年(2012)の第35回(横浜)までに,東京15回,大阪,横浜各3回,神戸,岡山,埼玉,各2回,福岡,仙台,札幌,北九州,名古屋,神奈川,高知,那覇,各1回と,全国各地で開催された。今回の金沢の第36回大会は,本州日本海側ではじめての開催である。

3. その間の総合リハ関連の国際会議

1)リハビリテーション教育・研究セミナー

 G.N. Wright教授 (著書“Total Rehabilitation”で有名)の来日を機に,松本征二氏の呼びかけで,1972年8月14日,東京で開催。

2)国際リハビリテーション交流セミナー

 国際障害者年記念行事として1981年10月15~17日,東京開催(リハ協主催)。海外19カ国から56人を招待,国内から600人強の参加者があった。

3)第16回リハビリテーション世界会議

 アジア最初のリハ・インターナショナル(RI)世界会議として,1988年9月5~9日,東京で開催された。93カ国・地域から約2800人(海外900人,国内1900人)が参加し,日本の総合リハが世界的に高く評価されるきっかけとなった。

4. 総合リハビリテーション各分野50年の歩み

1)医学的リハビリテーション

 50年前には脳卒中患者に対する 「温泉地リハ」が主流であったが,1980~90年代から「居住地近接型リハ」への転換が急速に進み,さらに90年代から「早期リハ」が進展した。特に2000年の介護保険と「回復期リハ病棟」制度の同時発足で制度的には一応の充実をみた。
 残された課題としては,機能回復訓練偏重から「参加向上のための活動向上」への転換,「訓練人生」(大川)を作らないこと,などが重要である。

2)障害児教育

 国際的にはウォーノック報告(1978)で「特別な教育的ニーズ」の概念が示され,サラマンカ宣言(1994)によって「インクルージョン (包括的)教育」 への移行が要請された。わが国では養護学校義務制 (1979)を経て,特殊教育から特別支援教育への転換(2007)で,普通学校における特別支援教育が大きな課題となっている。

3)職業リハビリテーション

 身体障害者雇用促進法の成立(1960),心身障害者職業センターの発足(1973),ILO「職業リハ及び雇用に関する条約第159号」(1980)などを経て発展してきた。対象は,初め身体障害のみであったが,知的障害・精神障害をも含むようになった。

4)社会リハビリテーション

 RI社会委員会の定義である「社会生活力向上を目指したプログラム」(1986)として「社会生活技能訓練」 などが行われている。
 なお以上の他に,工学,行政,インフォーマル・サービス等の関与も重要である。

Ⅱ. 総合リハビリテーションとは何か―国際的動向と現在の考え方―サービス(供給側)中心から当事者中心へ―

 「リハビリテーション」とは,「機能回復訓練」ではなく,「全人間的復権」(人間らしく生きる権利の回復)である。そして,このような真のリハは,医学,教育などの個別分野だけ,また専門家だけでは達成できず,当事者を中心とした多くの分野・職種の総合的・持続的な協力・連携で初めて実現できるものであり,これが総合リハである。

1. 総合リハビリテーションに関する国際的動向

1)WHO報告にみる思想

 1958年の世界保健機関(WHO)医学的リハビリテーション専門委員会 第1次報告書は次のように述べている。
  「リハビリテーションは,障害者の社会への再統合を目指して,医学・教育・職業・社会の4部門が緊密に協力して行うもの」

2)障害者運動からの批判

 これに対し,1970年代の障害者の自立生活運動,一連の障害者差別禁止立法(1973年の「リハビリテーション法504条」と,1990年の「障害をもつアメリカ人法(ADA)」)などにあらわれた障害者の意識の向上にともない,「社会モデル」の立場からの「医学モデル」批判があり,リハもまた批判の対象となった。それは障害当事者の自己決定権の尊重を強調するものであった。

3)国連 障害者権利条約

 このような動向の到達点が2008年に発効した国連の障害者権利条約である。その第26条は,リハを次のように定義している。
  「障害者が,最大限の自立並びに十分な身体的,精神的,社会的及び職業的な能力を達成し,及び維持し,並びに生活のあらゆる側面への完全な包容及び参加を達成し,及び維持することを可能とするための効果的かつ適当な措置(障害者相互による支援を通じたものを含む。)」
 ここでリハの目的は三段構えで定義されている。すなわち,上位(最終)目的は「生活のあらゆる側面への完全な包容(インクルージョン)と参加」であり,それを支える中間目的は「最大限の自立」,さらにそれを支える下位目的は「十分な身体的,精神的,社会的及び職業的な能力」である。
 実は「自立」が「最大限」(maximum)であるべきか,「最適」(optimum)であるべきかは重要な論点で,自己決定権尊重の立場からは,「最大限」ではなく,自己が選択した「最適」が望ましいと論じられてきた。その点では一見逆行のように見えないでもないが,本権利条約が自己決定権を大前提としていることから考えれば,この定義では「最適」の意味を含むものと解すべきであろう。
 また,リハの手段については,「目的を達成・維持するための効果的かつ適当な措置」のすべてを含み,特に障害者相互による支援(ピア・サポート)を含むとされていることは重要である。

2. 総合リハビリテーションの組織と連携

全人間的復権を実現するためのシステムとしての総合リハのあり方の現在の到達点は次のようなものである。
 ①障害者本人,家族と環境(物的・人的・制度的。地域社会を含む)はリハの対象であるだけでなく,その主体でもある。
 ②それらを中心にして,教育,医学的リハ,職業リハ,社会リハなどに加えて,一般医療,介護,工学,行政,インフォーマル・サービス,ピア・サポート,などが,「縦の連携」(時間軸に沿った連携)と「横の連携」とを緊密にとりつつ,しかもすべてが可能な限り地域社会の中で提供されるもの。

Ⅲ. 当事者の自己決定と専門家の役割

 自己決定に立って全人間的復権を実現するためには,当事者の自己決定と専門家の役割の正しい理解が重要である。
 現在一部の専門家の間には「とまどい」がある。それは「『専門家が何でも決めていたのがいけない』というのはわかる。」「それなら今度は,当事者が何でも決めるのか?」「では,専門家の役割は?」というものである。
 しかしこのような 「二者択一」 は誤りである。最終決定は当事者の権利である(責任でもある)が,決定に到る過程で,「当事者の最良の利益」が実現できるよう,適切な助言・支援をするのが専門家の責任である。それができるような研鑽が必要なのである。 また自己決定権には「自己決定能力」の裏付けが必要である。専門家には具体的な支援の中で,当事者の「自己決定能力」の向上まで支援できるような力量をもつことが課題である。
 これは,当事者の自己決定能力が低いからではない。当事者は,多くの人が経験しないような特別の困難,経験したことのない事態に直面しており,より高い自己決定能力を必要としているからである。
 リハビリテーションの過程で,インフォームド・コオペレーション(情報共有に立った持続的な協力)に立って,「専門家による選択肢の提示と当事者によるそれからの選択」を通して「たえざる自己決定」をくりかえすことで,当事者の問題解決能力・自己決定能力をも高めうるような取り組みが課題である。
 この点で総合リハ専門家の責任は重い。しかしまた「やりがい」も大きいのである。


主題・副題:リハビリテーション研究 第158号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第158号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第43巻第4号(通巻158号) 48頁

発行月日:2014年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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