特集 第36回総合リハビリテーション研究大会 総合リハビリテーションの深化を求めて-当事者の主体性と専門家の専門性- 基調対談 総合リハビリテーションの深化を求めて:話題2 ―総合リハビリテーションが教育に示唆するもの― 吉川 一義

基調対談
総合リハビリテーションの深化を求めて:話題2
―総合リハビリテーションが教育に示唆するもの―

吉川 一義
金沢大学人間社会研究域学校教育系教授

要旨

 教育は学齢期に誰もが通る過程であり,未成熟な存在である子どもの成長を支え促す役割を担う。話題1での課題を受け,学習科学の知見から教育の現状と問題を考察した。
 学習科学では,人は積極的に情報を求める目標志向的な存在であり,学習は個人に即して自己中心的に進められる。個に独自な学びと育ちへの対応に,専門家は①現実の物事の起こり,②現実の出来事からの内面の修正・更新,その上で,③現実と内面の往還(連続性)の3つの相互作用の捕捉から「本人を理解」する必要がある。
 障害児教育は思想を大きく転換してきた。しかし,その内実において「本人中心」であることの現状に問題が残る。総合リハビリテーションの今日的課題は,教育の現状に重要な示唆を与えることを確認した。

はじめに―総合リハビリテーションの課題と教育

 話題1で,自己決定に立った全人間的復権の実現には,決定に至る過程で「当事者の最良の利益」が実現できるよう,適切な助言・支援をするのが専門家の責任と確認された。そして,専門家には当事者の「自己決定能力」の向上まで支援できる力量が求められ,当事者の問題解決能力・自己決定能力をも高めうる取り組みが課題となった。この課題への接近に「教育」が担う役割は大きい。未成熟な存在である子どもたちが,生活の営みを通して,自己決定しながら自己決定能力・問題解決能力を高めうるために,教育の現状と課題を考察したい。

Ⅰ. 「本人中心」を“学習科学”の知見から確認する

 まず,総合リハビリテーションの実践が重視する「本人中心である」ことの意味と意義を,学習科学の研究知見から確認する。

1. 学習科学の知見から見た「本人中心」であること

 この30,40年の間に「学習」に関する科学的研究(学習科学)が急速に進歩し,教育に対しても重要な示唆が与えられるようになった。
 注目される動きとして「米国学術研究推進会議」の取り組みがある。この会議を構成する2つの委員会(学習科学研究開発委員会,学習科学・教育実践委員会)は,認知・学習・発達・文化・脳に関する膨大な科学的文献を「人間の学習」「学校教育」「学習可能性」に焦点化して再考察した。“効果的な学習とは”という問題を立てて問い直すことは“人間の生活の質(QOL)”に関わる重要な問題と位置づけ,知見の再構築を図った。その結果は『人はいかに学ぶか(How People Learn);1999年4月』,『人はいかに学ぶか:学術研究と教育実践の架け橋(How People Learn: Bridging Research and Practice);1999年6月』の2編にまとめられている。これらの知見は,「知る」過程を重視する。①理解と問題解決:人間は生活の局面で様々な出来事に遭遇し,そこにある重要な概念を核にして知識が相互に関連づけられて意味を抽出する。そこでの知識は断片的な事項の単なる羅列ではない。②理解を支える知識:人間は本来,積極的に情報を求める能動的で目標志向的存在であり,既に獲得した独自の知識(既有知識)に基づき新たな環境で遭遇する様々な具体事象を解釈しようとする。そして,判断・行動した結果から既有知識を修正・更新して新たな知識を得る。③学習の制御:学習者が自己評価と自分の学習過程を省察することで,新たな場面や出来事への学習の転移(応用)を促進することを明快に示した。
 本来,人は積極的に情報を求める目標志向的な存在であり,その学習は個人に即した固有の営みである。すなわち,学習は自己中心的に進められ,この学習の連続性(一貫性)が育ちである。

2. 子どもの育ちを捉える3つの相互作用,そして専門家の役割

 個人の独自性に基づく学びと育ちを3つの相互作用から整理し,これらを促す専門家の役割を考えた。

① 現実世界での相互作用

 これは日常生活で生じる物事の起こりである。生活を単純化すると,自分と他人と物が相互作用している場である。ここで多様な出来事に遭遇し,既有知識を通して出来事から意味を見出す。その結果に基づき本人なりの判断を巡らせて行動する。行動してはまた結果に出会い,これらを材料に知識を修正・更新する。子どもが学習する材料は遭遇した出来事の全てではなく,“気づくことができた一部の出来事”であることに留意したい。
 これより,専門家や支援者には子どもを理解する際には,まず本人の行動を含めた物事の起こりをより適正に捕捉することが必要であるが,そう容易なことではない。大人もまた既有知識を通して出来事の意味を理解する。専門家であれば専門的知識を通して,子どもの行動やその結果を見る。このため,気づけないことも多く生じる。この点においてICFの生活機能モデルは,生活を広く見渡す視点を提供し,専門家や支援者自身の既有知識に縛られた理解を避ける上で有効である。

② 内面世界での相互作用

 子どもは特定の出来事に遭遇して,気づく事ができた結果との関係で,出来事に関する知識や自分への評価を行う。これらの評価が,何を材料としてどのような関係づけを行なった結果なのかを探り,理解することが有効である。これより,本人が“気づけていない結果”に気づかせることが可能となる。これも専門家の重要な役割である。
 教育は,人格や内面の成長を重視してきたが,これらの捉え方は多様である。“内面”の定義として「個人の中で時間的に連続し,ある纏まりで組織化された心的内容の総体」は,分かりづらい。そこで,我々は内面を構成する要素として,要求・既有知識・自己認識を操作的に定義し,現実の特定の出来事に対する要求・既有知識・自己認識を調べ,これらの修正・更新を検討することで内面変化の捕捉に努めた。結果,本人の行動の一貫(連続)した読み取りが有効となった。子どもが現実のある場面でなぜそのように行動したのか等,行動生起の因果関係をより妥当に推定できるようになった。内面推定は子どもを理解することに不可欠であり,本人の主体性を高めるために何を支えるのかを考える上で有効であった。

③ 現実と内面の還流

 前述の2つの世界を往還する作用であり,個人に独自な生活履歴(育ち)の理解に大切な視点である。子どもは,現実の出来事を通して“自己中心的”に学習し,内面を更新・修正する。その結果をもって現実で判断・行動する。
 この往還には良循環と悪循環がある。現実で行動した結果に対する価値判断が悪いものであれば失敗体験として認知され,内面では特に自己認識として自分を低く評価してしまう。自己評価が低下すると,現実での行動は消極的になり活動性は低下する。活動性の低下は学習に制約をもたらす。教育で避けなければならないことは,自分を不当に低く見ることで自己効力感が低下し,行動しなくなることである。この状態が改善されなければさらに悪循環し,活動性の低下をもたらす。このような現実と内面の往還を未成熟な存在である子どもだけに任せておくと,悪循環に陥りやすい。この悪循環を立ち切り,良循環へと導くための介入や支援が専門家や大人の重要な役割である。

3. 本人中心であることの意味と意義

 “本人中心”の支援とは,これまでの生活履歴から得てきた個人に独自な実感,すなわち,既有知識と自己認識に基づき生活の出来事から見出された意味,要求や望みへの対応と言えよう。本人の現実の有り様をより適正に把握し,これに基づいて内面を妥当に推定すること,そして,この両者の関係を探ることで必要な支援が決まると考えられる。このような支援の目標と内容は,本人と支援者での共有を可能にする。共有された目標と内容による生活の営みからの学びは,本人の既有知識と自己認識の修正・更新をより有効にする。
 “本人中心”を希求する総合リハビリテーションの理念は,本人の自己決定を重視し,自己決定する能力を高めるための本人の実践と専門家の支援を重視する。この理念は,支援の思想や態度の指針のみならず,生活や学びにおける個別性と本人の主導権を重視する学習においても鋭くその本質を表しており,教育に重要な示唆を与える。

Ⅱ. 障害児教育における反省とこれから

 障害児教育は,その思想を大きく転換してきた。この理念は,現状において具体化されているのであろうか。
 45年前の近江学園の実践から「考えて,判断し,それに対する他人の意見を聞く機会が少ない生活」「知的障害者は考えることは苦手なのだから,その場面,場面において教え,指示してあげなくてはいけない」という先入観に基づく教育への反省がある。教育の問題には,指導における教育目標論の欠如と方法主義の先行が指摘され,ニーズや人格形成とは無関係に指導方法で子どもを支配する恐れがあり,障害児教育の積弊でもある。一人一人のニーズに応じた丁寧な指導が目指される一方で,心理学的モデルによる支援技法の浸透により,能力や特性を心身機能ごとに捉える要素主義的理解が広がり,機能ごとに障害や困難の査定を行い,行動変容を短期間に求める傾向が強まっている。その内実において総体としての人格形成を目指す教育的視点が薄らいでいるという指摘には,実践現場のみならず研究領域でも,共に注意深くならなければならない。古くて新しい問題でもある。
 未成熟な存在である子どもの教育には,「ニーズを持てる存在」,「自分のことを自分で決めながら行動・努力して自己実現を目指す存在へと育つこと」を求めたい。これにより,有効な領域連携も可能となろう。このための教育研究と実践知見の再構築が希求される。

おわりに―対談まとめ

 基調対談では,わが国のリハビリテーションの歩みを踏まえた今日の到達点を確認し,今後の課題を明らかにすることを意図した。
 課題は,当事者と専門家の情報共有に立った持続的な協力により,「専門家による選択肢の提示と当事者による選択」を通して「たえざる自己決定」を繰り返し,当事者の問題解決能力・自己決定能力を高めうる取り組みを開始することであった。障害児教育は,その思想を障害の種類や程度に応じてその欠陥を補うための指導から,本人のニーズを重視して学習や生活上の困難を改善・克服するための支援へと大きく転換してきた。領域の違いから表現が異なるものの,総合リハビリテーションの歩みとこの変遷は通奏することが見出され,その課題は,特に「教育」への重要な示唆となった。
 その上で,まずは,関係各領域が上記課題に向けた新たな取り組みを開始し,実践知見を蓄積しつつ交流し,その結果をもってこれまでの各領域の知見を再構築していく努力が必要との結論に至った。


主題・副題:リハビリテーション研究 第158号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第158号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第43巻第4号(通巻158号) 48頁

発行月日:2014年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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