特集 第38回総合リハビリテーション研究大会 総合リハビリテーションの深化を求めて ―明日から一歩を踏みだそう― 基調講演 協働的コミュニケーションからはじめる総合リハビリテーション ―私たちに求められるもの―  木村 伸也

基調講演
協働的コミュニケーションからはじめる総合リハビリテーション
―私たちに求められるもの―

木村 伸也
第38回総合リハビリテーション研究大会実行委員長 愛知医科大学リハビリテーション科教授

要旨

 第33回以降,最近5年間の開催趣旨をふまえ,「協働的コミュニケーションからはじめる総合リハビリテーション」を提起した。医療・介護の問題点を総合リハビリテーションの視点から確認し,「伝授的コミュニケーション」から「協働的コミュニケーション」への転換の必要性を指摘した。当事者と専門職・支援者が情報共有と共感を持ってサービスを享受し提供するために私たちに求められていることは,①生活機能低下のある人として当事者を理解する,②一人ひとりが総合の目を持つ,③生活時間の最大活用,である。

協働的コミュニケーションに向けて

 今回の研究大会では,生活機能低下のある人・専門職の誰もが,家庭・職場・学校・地域のどこでも,そしていつでも参加できる,「協働的コミュニケーションからはじめる総合リハ」をめざし,私たちに求められるものを考えてみたい。
 協働的コミュニケーションとは,主役である当事者と専門職が,現状認識・将来予測・計画立案・実施,全ての段階で共同し認識を共有していくことである。背景では,専門職間での協働的コミュニケーションが求められる。協働的コミュニケーションに対して,現在のリハの現場では,専門職が自覚・無自覚を問わず分立分業的に関わる「伝授的コミュニケーション」が多く行われている。この結果,関係者の意図に反して,当事者の生活に深く関与するリハではなくなる。医療・介護分野で具体的にみていく。

医療・介護における総合リハの問題

 例えば,厚生労働省老健局による「高齢者の地域における新たなリハビリテーションの在り方検討会報告書(以下,報告書)」1)(平成27年3月)では,平成15年度高齢者リハビリテーション研究会の後の課題として,「個人の状態や希望等に基づく適切な目標の設定とその達成に向けた個別性を重視した適時適切なリハビリテーションが,必ずしも計画的に実施できていない(依然として訓練そのものが目的化している)のではないか」,「『身体機能』に偏ったリハが実施され,(中略)生活機能全般を向上させるためのバランスのとれたリハビリテーションが依然として徹底できていないのではないか」,「廃用症候群への早期対応が不十分ではないか」,「居宅サービスの一体的・総合的な提供や評価を進めるべきではないか」,「高齢者の気概や意欲を引き出す取組が不十分ではないか」,「通所と訪問の連携や他のサービス事業所間・専門職間の連携を高める必要があるのではないか」,「利用者や家族をはじめ,国民一人ひとりがリハビリテーションの意義について更に理解を深める必要があるのではないか」という指摘がなされている。同様なことを,筆者自身,急性期医療とリハ医療の現場で日常的に感じている。

急性期医療の問題

 入院前生活の情報共有が医師・看護師・リハ専門職・医療ソーシャルワーカー等の間で十分できていない,治療環境として安静状態の管理が優先されて生活不活発状態が軽視されている,等を筆者はしばしば経験する。先の報告書の,個別性を重視できず,訓練の自己目的化,廃用症候群への早期対応が不十分といった問題である。発病あるいは入院前の患者(と家族)の生活をICFなどの共通言語を用いて共有すること,現在の不活発な生活状態を直視し阻止する手立てを講じていくことが求められている。

リハ医療の問題

 現在の回復期リハ病棟等でのリハ医療は,ADLスコアによる単純化,ADLスコア改善を自己目的化しているように思われる。数値スコアのみでは,参加の向上に必要な活動レベルのプログラムを個別的に具体化することは困難である。ところがリハ・カンファレンスはADLスコアで議論し,患者の生活,家族・家屋などの環境,過去・現在・未来の生活像をリアルに思い描かずに方針が検討される。これでは個別的なニーズを見つけ目標を設定することは不可能ではないだろうか。一方,患者の問題を,「意欲がない」「(入院の)ストレス」と主観的側面に帰して,本当,の原因・対策を覆い隠している場合が多く,この問題に専門職の自覚がない。その結果,時の制度のもと提供側の都合によってサービス実施期間が決められて,当事者の参加が保障されない。そして次に述べるように両者の問題認識・将来予測などに乖離が生じていく。

当事者と専門職間の認識乖離

 報告書では,サービス利用者とリハ専門職間での認識の乖離についての調査結果が示されている(図1)。介護保険サービスでリハ開始時の期待認識を当事者本人と専門職に聴取した結果,心身機能,日常生活活動,社会参加のすべてで「向上」を期待するものが専門職よりも本人側に多かった。一方,専門職側は「維持」とするものが7割以上であった。実際のリハ効果は別として,開始時にこれだけの認識の乖離があると計画策定に当事者が主役として参加できていないことが憂慮される。
 筆者のリハ外来患者42例で,専門職がよく使用する機能的自立度評価法(FIM)とFrenchay Activity Index(FAI)のスコアと,WHO disabili-ty assessment schedule(WHODAS2.0)による患者自身が自覚する活動・参加・環境因子の困難の大きさの関連をみたところ,表1に示すように有意な相関を認めなかった。個々にはFIM・FAIスコアが高くてもWHODAS2.0では困難が大きい例,その逆の例が多数存在していた。専門職の評価結果と当事者の困難度には相当の乖離があり,今後,患者の実生活での困難度の原因を詳しく究明し対応していくべきであると考えられた。

図1 リハビリテーションの効果に対する認識 1)

表1 当事者困難度(WHODAS2.0)と医療側評価(FIM・FAI)の違い
(対象:リハビリテーション科通院中の外来患者42例)

居宅サービスの問題

 居宅サービスでは,福祉用具によって逆にバリアが形成される場合や「引きこもり防止」目的の通所サービス利用の場合,効果の見通しについて利用者への説明が不十分であることを筆者はしばしば経験している。報告書でも約半数の利用者が開始時にリハによる動作向上の見通しについて説明を受けなかったとしており,受けなかったとした者のうち約半数が説明を希望していた。そして,医師,リハ専門職からの説明を希望するものが8割近くであった(図2)。動作向上の見通しについて説明がなければ,福祉用具や通所サービス利用の目的を当事者が正しく理解し自己決定することは困難であろう。
 残念に思うことが多いのは訪問リハの実施内容である。利用者の自宅に訪問しなくてはできないことが未実施であることが多い。報告書(図3)でも,訪問リハで,通所サービスと同じ心身機能レベルの訓練が多く,自宅環境での歩行や身の回り・家事などの動作の練習があまり行われていない。

評価法相関係数(対WHODAS2.0)p
日常生活(FIM)-0.30.06(N.S.)
社会生活(FAI)男性(21例)0.330.14(N.S.)
社会生活(FAI)女性(21例)-0.090.66(N.S.)

図2 身体機能や日常生活を送る上での動作の今後の見通しの説明の有無 1)

図3 通所リハビリテーション,訪問リハビリテーションで提供されているプログラム内容 1)

明日から一歩を踏みだすために

 以上の問題を克服し,協働的コミュニケーションからはじめる総合リハにむかって明日から一歩を踏みだすために,私たちに求められるものを考える。
 第1に,当事者を生活機能低下のある人として理解することである。「障害」というラベル(レッテル)からみることは,無意識であっても当事者を質的に区別することになる。当事者だけでなく,私たちすべてに共通の生活機能から,プラス・マイナスの両面を理解することが正しい認識の共有と真の共感への出発点となる。
 第2に,形式的な連携ではなく,私たち一人ひとりが総合的な視点を持つことである。「リハビリ」=機能回復訓練という呪縛をといて生活全体の向上という本来の目的に立ち返るために,一人ひとりが自ら「総合」の芽(目)を育み,専門職の行いが当事者の生活全体にどう影響するか考える。その結果,生活全体への影響を知り総合的に対応するためには,手段として連携が必要になる。
 第3に,私たちがそれぞれの「生活時間」を最大に活用することである。制度で決められたサービスの期間・時間ではなく,まず当事者の時間を軸に考える。日・週・月・年という単位で,あるいは病室・病棟・自宅・学校・会社で過ごす時間をどう使うかを明確にし,生活動作のやり方・優先順位を決める。その結果,専門職側の時間を最大活用することができる。
 この3点を私たちが明日からの一歩の中で実行することが総合リハビリテーションの深化につながるものと確信する。

参考資料

1. 高齢者の地域におけるリハビリテーションの新たな在り方検討会報告書,厚生労働省老健局,(2015年4月13日)http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12301000-Roukenkyoku-Soumuka/0000081900.pdf


主題・副題:リハビリテーション研究 第166号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第166号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第45巻第4号(通巻166号) 48頁

発行月日:2016年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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