特集 第38回総合リハビリテーション研究大会 総合リハビリテーションの深化を求めて ―明日から一歩を踏みだそう― 講演 障害者をめぐる動向 国際動向 ―ポスト2015年開発アジェンダおよび権利条約の各国履行状況を中心に― 松井 亮輔

講演
障害者をめぐる動向
国際動向
―ポスト2015年開発アジェンダおよび権利条約の各国履行状況を中心に―

松井 亮輔
法政大学名誉教授

要旨

 2015年9月の国連サミットで採択された,従来の「ミレニアム開発目標(MDGs)」に代わる新しい開発目標である「わたしたちの世界を変革する―持続可能な開発のための2030年アジェンダ」(SDGs)は,17の目標と169のターゲットから構成される。そのうち5つの目標と7つのターゲットに障害または障害者が明記されている。
 また,2006年12月に国連総会で採択された障害者権利条約は,2016年1月20日現在161か国で批准(日本は,2014年1月)され,これらの国における同条約の実施状況等が,国連障害者権利委員会から順次公表されている。これらの動向は,今後の障害者施策のあり方にも大きなインパクトを与えることから,継続的にフォローする必要があろう。

はじめに

 2014年の仙台での第37回総合リハビリテーション研究大会に続いて,今回の「障害者をめぐる国際動向」では,2015年9月にニューヨークの国連本部で開催される国連サミットで採択が予定されている,「ポスト2015年開発アジェンダ」,および2015年5月現在,国連障害者権利委員会(以下,権利委員会)から公表されている26か国の締約国にかかる「総括所見」等からわかる,これらの国での障害者権利条約(以下,権利条約)の履行状況と日本にとっての課題等を中心に触れることとする。

1. ポスト2015年開発アジェンダをめぐる動き

 2015年9月25日~27日に開催される国連サミット(安倍総理を含む,150か国以上の各国首脳が参加)での採択が予定されている「ポスト2015年開発アジェンダ」の最終案について,約2年間にわたって交渉してきた国連全加盟国(193か国)が2015年8月1日に合意に達し,国連事務局により公表された。
 なお,「ポスト2015年開発アジェンダ」を実施するための資金等の確保にかかる政府間交渉は,2015年7月にアディスアベバで開催された,第3回国際開発資金会議で行われ,その成果が「アディスアベバ行動アジェンダ」として採択された。それによれば,政府開発援助(ODA)に加え,課税逃れの防止の徹底,政府系金融や民間資金の活用を通じて必要な資金(年間3~4兆ドル)の確保を目指すとされる。
 また,2015年11月30日~12月11日にパリで開催される「気候変動枠組条約締約国会議(COP21)」では,今後の気候変動にかかる国際的枠組が決められることになる。

(1)「ポスト2015年開発アジェンダ」最終案の概要

 「わたしたちの世界を変革する―持続可能な開発のための2030年アジェンダ」をタイトルに掲げ,「誰も取り残さない」ことを標榜する新アジェンダ「持続可能な開発目標」(以下,SDGs)は,17の目標と169のターゲットから構成される。それらの達成状況をモニターするための指標(性・ジェンダー,年齢,所得階層,障害,宗教,人種・民族・出自・原住民,経済活動,地域,移住上の地位ごとに分類)は,国連等の統計専門家グループにより2016年4月までにつくられることになっている。
 これまでのミレニアム開発目標(MDGs,8つの目標,21のターゲットおよび60の指標から構成)とSDGsとの主な違いは,前者が,途上国の極度の貧困と飢餓を撲滅するための開発をすすめること,つまり,途上国が主たる目標であったのに対し,後者には,(国内および国家間の不平等を解消するための)開発だけでなく,環境問題,とくにエネルギー,気候変動,生物多様性等も含まれる。したがって,日本をはじめ,先進国もその直接の対象となること。そして,障害分野の関係者にとってとくに重要なのは,MDGsとは違い,SDGsでは後述するように,障害または障害者が,いくつかの目標とそれらのターゲットに明記されたことで,障害および障害者への取り組みが確実にすすむことが期待されることである。

(2)障害または障害者が明記されたSDGsの目標

 SDGsの17目標のうち,それらのターゲットで障害または障害者が明記されているのは,目標4,8,10,11および17である。

①目標4.すべての人にインクルーシブで,公正かつ良質な教育を確保し,生涯学習の機会を促進する。

 この目標では,次の2つのターゲットで障害者および障害について言及されている。

ターゲット4. 5 2030年までに,教育上のジェンダー間の格差を解消し,障害者,原住民および脆弱状況にある子どもを含む,脆弱者に対してあらゆるレベルの教育および職業訓練への平等なアクセスを確保する。

ターゲット4. a 子ども,障害,ジェンダーに配慮して,教育施設をつくり,改良するとともに,すべての人にとって安全,非暴力かつインクルーシブで効果的な学習環境を提供する。

②目標8.持続したインクルーシブで,持続可能な経済成長,すべての人にとって生産的な完全雇用およびディーセントワークを促進する。

ターゲット8. 5 2030年までに,若年者および障害者を含む,すべての男女に生産的な完全雇用およびディーセントワーク,ならびに同一価値の労働について同一報酬を達成する。

③目標10.国内および国家間の不平等を減らす。

ターゲット10. 2 2030年までに,年齢,性,障害,人種,民族,出自,宗教または経済的その他の地位に関わらず,すべての人びとをエンパワーし,社会的,経済的および政治的インクルージョンを促進する。

④目標11.都市および集落をインクルーシブで,安全かつレジリエントで,持続可能にする。

 この目標でも,次の2つのターゲットで障害者が言及されている。

ターゲット11. 2 2030年までに,脆弱な状況にある人,女性,子ども,障害者および高齢者のニーズにとりわけ留意して,とくに公共交通機関を拡充することにより,道路の安全を改善することで,すべての人に安全,手頃,アクセシブルで,持続可能な公共交通システムを提供する。

ターゲット11. 7 2030年までに,とくに女性,子ども,高齢者および障害者に安全かつインクルーシブで,アクセシブルな緑地や公共スペースへのユニバーサルなアクセスを提供する。

⑤目標17.実施の手段を強化し,持続可能な開発のためのグローバルなパートナーシップを再活性化する。

 この目標の「データ,モニタリングおよび説明義務」のターゲット17.18では,「2020年までに,収入,ジェンダー,年齢,人種,民族,移住上の地位,障害,地理的位置および国の状況に関連した,その他の特徴別の良質で,タイムリーかつ信頼のおけるデータの入手可能性を著しく増やすために,後発途上国および小島嶼開発途上国(SIDS)を含む,途上国の能力構築支援を強化する」ことが,掲げられている。

2.各国での権利条約の履行状況
 ―第27条労働及び雇用を中心に―

 権利条約を批准した161か国(2016年1月20日現在)のうち,権利委員会に政府報告を提出し,その審査結果が総括所見として公表されている26か国(欧州11か国,中南米8か国,アジア3か国,大洋州3か国,アフリカ1か国)について,第27条労働及び雇用に係る権利委員会の主な指摘および勧告事項は,次のとおりである。

(1)障害者差別禁止と合理的配慮提供の義務化

 大半の国について,とくに事業主に対して,障害のある従業員に合理的配慮の提供を義務づけるための法律が未整備か,法律はあっても厳格に実施されていないか,あるいはその実効性があまりあがっていないことが,指摘されている。たとえば,デンマークについて,一般労働法等で障害者に対して合理的配慮の提供を事業主に明確に義務づけていないことが,障害者(49%)と障害のない者(78%)との就業率の格差の一因と指摘し,事業主に合理的配慮提供を義務化するために必要な措置を講ずるよう,勧告している。
 合理的配慮の提供の確保とあわせ,権利委員会が重視しているのは,「あらゆる職場および教育・訓練施設を障害者にとってアクセシブルなものにすること」(ハンガリーにかかる総括所見)である。

(2)積極的差別是正措置としての障害者雇用率制度の拡充

 26か国のうち13か国が,公的および民間両部門,あるいは公的部門のみで従業員の一定割合以上の障害者の雇用を義務づける雇用率制度を設けている。権利委員会は,同制度を積極的差別是正措置と認める一方,「事業主の大半は,雇用義務に応えるよりも,罰金を支払うことを選択している。雇用率制度に基づく義務を果たし,雇用率を達成しているのは,事業主の22%にすぎない」(オーストリアにかかる総括所見)といった同制度の問題点についても把握している。そして,そうした状況を改善するための対策を講ずるよう勧告している。

(3)保護雇用制度の廃止

 26か国のほとんどの国が,一般労働市場での雇用が困難な障害者に対して,一般労働市場から分離されたワークショップで就労機会を提供している。
 韓国NGO連合は,そのパラレル報告で権利委員会に対して,「一般労働市場に入ることが困難で,ワークショップまたはデイセンターを利用せざるを得ない重度障害者の問題を解決するための計画の策定」について同国政府に勧告するよう要請している。それを受けて,権利委員会は,韓国にかかる総括所見で,「一般労働市場に移行することを目指さないワークショップに障害者を配置するといった慣行が続いていること」を指摘するとともに,そうした状況を打開するため,「ワークショップを廃止し,障害者団体と密接に協議して,障害者の一般雇用を促進するという,権利条約第27条で求められていることに沿って,ワークショップにかわる代替策」を講じるよう,勧告している。

おわりに

 以上で触れた,「ポスト2015年開発アジェンダ」および各国での障害者権利条約の履行状況にかかる権利委員会による総括所見(とくにその勧告)は,日本におけるこれからの障害者施策のあり方を考えるうえで,きわめて重要と思われる。そうした意味でもより多くの関係者がこうした動向に関心を持ち,実践の参考にされることを期待したい。


主題・副題:リハビリテーション研究 第166号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第166号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第45巻第4号(通巻166号) 48頁

発行月日:2016年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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