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びわこミレニアム・フレームワーク─実践モニタリングと,後半5年のあらたな戦略に向けて─

秋山愛子
国連アジア太平洋社会経済委員会(ESCAP) 障害問題プロジェクト専門家

項目 内容
転載元 季刊誌「リハビリテーション研究」124号、発行 (財)日本障害者リハビリテーション協会

目次

はじめに

 2003年から始まった第二次アジア太平洋障害者の十年は本年度の終わりにはその3年という時を終えようとしている。10年をマラソンのコースにたとえるならば,4分の1を通過し,2005年の折り返し地点を目指している状態ともいえよう。
 国連アジア太平洋経済社会委員会(エスキャップ)は,この10年の政策ガイドライン,「びわこミレニアム・フレームワーク(BMF)」にある21の達成目標と17の戦略の実践1)を促すべくこれまで域内の政府担当者ならびにNGOを対象にさまざまな活動を展開2),とりわけ2004年以降は,BMFの実践を効果的にモニタリングするための検討作業に着手し始めた。2005年以降は後半5年(2008年―2012年)の戦略策定を睨んだプロセスも開始した。
 本稿では,これら一連の動きを報告したい。

I.びわこモニタリングの取り組み

 2004年春,エスキャップは域内の政府とNGOを対象にアンケート調査を行った。これは,BMF実践に不可欠と思われる機構や政策,その他取り組みが域内でどれほど存在するかを把握することを目的にし,38項目の質問より成り立っていた3)

 アンケートに対し,同年10月時点で23の政府障害担当者と18NGOが回答,この結果から4),回答国の過半数以上に国内調整機関・国内行動計画があること,障害に特化したさまざまな法律が制定されているだけでなく,障害に特化しない一般の政策や法律に一定程度障害の視点が取り入れられていることがわかった。女性障害者に関する取り組みが比較的少なかったり,人々の態度や周囲の支援体制を含む環境要因も障害を構成するとした,国際生活機能分類-国際障害分類(ICF)5)を現実に適用している政府が少ないなど,課題も浮き彫りにされたが(これらの結果の主だったものは表1を参照されたい),アンケート結果は総体として,法的,機構的な取り組みを位置付けるという点からのBMF実践がまず良好であると示唆した。エスキャップは今後もより多くの回答を集め,中間年までに分析を完了させ,モニタリングの一材料としていくつもりだ。

 このアンケート結果の公表と,BMF実践モニタリングの手法検討を目的に,同年10月,BMF実践モニタリング地域ワークショップが開催された。25カ国から一同に会した102人の政府およびNGOの代表者が,「BMF目標完全達成に関する共同文書」を採択6)。1)国内調整機関やNGO,あるいは障害者団体の連合体がBMFモニタリングに果たす役割,2)実効性ある指標設定,3)権利性を反映した包括的国内方針作成,4)慈善から権利に基づいた発展への発想転換,5)障害者の課題をすべての国内方針,計画,プログラムや事業に取り入れること,という5つの点の重要性を明確にした。

 特に指標設定については議論が湧いた。例えばBMF達成目標7の貧困削減において,域内各国の障害者貧困層の人口7)など,実践の成果を知る指標としては最適だろう。が現実には,集計の手法や人材,財源の確保などの理由から,貧困層どころか障害者の人口そのものがきちんと集積されていない国も多い。その切実さを反映し,BMF戦略の一項目に障害統計確立があげられている。となれば,BMF実践を長期にわたってモニタリングする指標としては,前述のアンケートのようにBMFに関するとりくみの有無を知ることから始めるのが妥当ではないか。参加者はこう認識した。

 引き続き貧困削減を例にあげると,まず域内各政府で障害者の貧困削減政策があるかどうか知る。なければその政策策定が進歩を測る第一の指標となる。あれば,今度は,どのような事業・財源で何人の障害者に対して成果をあげているかが第二段階の指標となる。次には,以前より成果の規模が大きくなっているのかを知ることで進歩しているかどうかが測れる。参加者は,この段階的手法が,効果的なモニタリングになるという点で合意した。

 開発途上国の多い域内では,国際協力がBMF実践の鍵を握っているという実態もある。この点から,モニタリングは政府レベルだけでなく,この分野の事業をも対象にしていくべきだという指摘もあった。事業の対象や評価に障害の視点を積極的に取り入れてくことなどが提案された。

 参加者は,以上の洞察から,BMFの各優先領域に関する指標作成を試みた8)。エスキャップはこの成果を踏まえ,2006年に,指標作成マニュアルを出版する予定である。

 2005年に入ると,第61回エスキャップ総会において,BMF実践中間年評価に関する決議61/8が5月18日に採択された9)。この決議は,前述の2004年モニタリング会議の意義に留意し,2007年の中間年評価に向けて加盟国がBMF実践に一層の努力をすることを強調したうえで,中間年評価の場として,ハイレベル政府間会議を開催することを明記した。BMFのパラグラフ63は既に中間年評価と後半5年の戦略策定を掲げているが,会議の形態は明記していない。決議61/8が,政府間会議というエスキャップの会議の形態としては非常に高いレベルに位置付けたことの意義は深く,これによって中間年の作業がより権威あるものとされた。この会議は,バンコクで開催される予定である。

表1 BMFアンケートに回答を寄せた国とその結果の一部(2004年10月集計)

政府回答

NGO国名

オーストラリア、カンボジア、中国、インド、カザキスタン、モンゴル、ネパール、フィリピン、韓国、シンガポール、タイ、
トルコ、ベトナム、中国香港特別行政区、バングラデッシュ、
インドネシア(2回回答)、日本、フィジー
チモール、クック諸島、ソロモン諸島、マルジブ共和国。

ニュージーランド、パキスタン、
スリランカ(2団体)、ラオス人民共和国
バングラデッシュ(3団体)、日本(3団体)
フィジー、フィリピン、タイ(2団体)
チモール、ベトナム、中国香港特別行政区

アンケート項目

国名と数

障害者行動計画がある

クック諸島、フィジー、中国香港特別行政区
マルジブ、ネパール、フィリピン、ベトナム、
日本(策定済み)、バングラデッシュ、カンボジア、
中国、インド、インドネシア、モンゴル、ソロモン諸島
トルコ、パキスタン(策定中)

包括的障害者法がある

バングラデッシュ、中国 、インド、インドネシア、
カザキスタン、マルジブ共和国、モンゴル、ネパール、
フィリピン、タイ、ベトナム、日本、パキスタン(策定済み)、
カンボジア、トルコ、スリランカ(策定中)

ICFを一定程度障害統計に採用している

オーストラリア

障害の側面をどのような分野の法律に取り入れているか
(回答政府23)

社会保障 14カ国
健康12カ国
教育分野 13カ国
健康・住居 12カ国
貧困削減13カ国
交通 11カ国
雇用分野 13カ国
情報 8カ国
差別禁止法 12カ国
ジェンダー 6カ国

II.障害者の世界における過去3年のめざましい動き

 過去3年間の障害者の世界を俯瞰すると,いくつかのめざましい動きがあったといえる。まず,世界保健機構(WHO)のICFにより,障害を環境との関係でとらえる見方がより広まり,その結果,例えば国連の統計局は,年次人口統計報告書にICFフレームワークを取り入れた調査を導入すべく今年,その準備作業を本格化した10)。障害者権利条約のためのアドホック委員会は2002年には既に開始されていたが,2004年以降は年2回のペースとなり,国連経済社会局(DESA)社会政策開発部11)の主導で,活発な議論が継続されている。2004年には,WHO,国際労働機関(ILO),ユネスコ(UNESCO)が共同で「コミュニティ・ベースト・リハビリテーション(CBR):機会平等,貧困削減,障害者の社会統合の戦略」とするポジション・ペーパーを発表,CBRに関するより包括的なアプローチの展開を提示した12)。情報の分野では世界情報社会サミット(WSIS)13)2003年ジュネーブの会議に障害者が積極的に参画したことで,会議の成果文書にユニバーサル・デザインの概念などが組み込まれ,この分野の専門家の認識変革と今後の実践計画に多大な影響を与えた。さらに,アジア太平洋障害者の十年のフレームワークは,他の地域にも飛び火し,アフリカの障害者の十年(2000年~2009年),アラブの障害者の十年(2004年~2013年)と,現在では世界で3つの地域に存在している。
障害と開発の関係もより密接になっている。障害に特化していない事業に障害の視点を取り入れていくことと,障害に特化した事業の両方を推進するツイン・トラックの概念が,実際に,英国国際開発省(DFID)や米国国際開発庁(USAID)の方針・事業に反映されてきた14)

III.びわこプラス5年(2007年)策定プロセス

 包括的な文書BMFの原則や達成目標,戦略は,今後も変わることはない。しかし,前述の過去3年の進歩からみても,この域内でも既存の戦略を多少軌道修正することが求められているといえる。例えば,より明確になってきた権利条約の制定の動きから,批准に的を絞った戦略がより広範な推進力を持ちうるのではと考えられた。また,2004年12月26日に域内の国を津波という天災が襲い,地域の社会経済上の再構築が課題になった今,障害の視点を開発に取り入れる重要性がますます大事になってきた。

 このような視点からエスキャップは,「びわこプラス5年(2007年):後半5年(2008~2012年)のより前向きな実践のための戦略」(以下,びわこプラス5)という文書の作成プロセスを考案。2005年7月に開催された障害に関する作業部会第10回会議(Thematic Working Group on Disability-related Concerns;TWGDC)で提起し,その参画についての同意を得た。TWGDCは,政府・NGOおよび国連関係機関の代表者が集う場で,既にBMF策定に多大な貢献をした。現在もBMFの効果的実践の推進を目的に活動している。この意味でびわこプラス5作成に参画してもらうことは妥当と思われた。
 今後以下のようなスケジュールでこの文書が作成されることになる。

  1. BMFの優先・戦略領域に沿った,以下4つの領域の作業部会メンバーを決定。a)障害者の自助組織,ジェンダーのメインストリーミング,特殊なグループ(例:農村部の障害者,障害児),b)教育と雇用,c)貧困削減,CBR,障害と開発,地域間協力,障害のメインストリーム,d)障害に関する統計,権利条約,国内法,国内行動計画,情報,物理的なアクセス。
  2. 各作業部会のコーディネーターは電子メールを通じ,メンバーとともに,各分野の第一次案を作成する。その際,びわこプラス5のブレーンストーミングのひとつとしてエスキャップ事務局が用意した文書(エスキャップの障害者プログラムのホームページに記載)を参考にする。
  3. 2005年10月19~21日に開催される,エスキャップ主催「中間年にむけての障害者に関する包括的行動計画ワークショップ」にて第一次草案を検討。
  4. 2006年6月にオーストラリア・メルボルンで開催されるアジア太平洋障害フォーラム(APDF)兼第11回TWGDC会議にて第二次草案検討。
  5. 2006年後半に開催される第12回TWGDC会議にて第三次草案検討。
  6. 2007年前半に開催される第13回TWGDC会議にて最終案決定。
  7. 2007年10月に開催されるエスキャップ主催政府専門家会議にて最終案採択。
  8. 2007年10月に開催されるハイレベル政府間会議に,最終案が提出され,討議後の修正等を加えたうえで採択。

 事務局が用意した文書は,ブレーンストーミングであり,内容は,各々の作業部会とエスキャップの交渉で詰めていく。また,実行可能な行動計画チェックリストという理想の形態を意識して,あえて短くし,アイデアをリスト化するだけにとどめた(詳細は表2参照)。

 去る7月に開催されたTWGDCでは,作業部会のメンバーが募られ,BMFによって政府の協力がもたらされたというバングラデシュのNGOなどから,既にびわこプラス5への大きな期待が寄せられた。

おわりに

 BMF実践モニタリングに関して,エスキャップは,アンケート調査と指標作成マニュアルという2つの具体的な方向性を提示した。さらに,10年後半(2008年~2012年)の効果的な戦略策定に関しては,びわこプラス5作成作業のスケジュールが設定され,その第一歩を踏み出した。2007年の政府間会議開催が明確になった今,こういった作業の成果は,2年後,域内政府のハイレベルの参加者によって討議されることとなる。エスキャップ事務局は,これまで以上にさまざまな活動を展開しつつ,より効果的なBMFの実践推進と後半に向けた文書の完成を支援していきたい。
(本稿の見解は筆者個人のもので,国連やエスキャップのものではないことをご了承いただきたい。)

表2 びわこプラス5:後半5年の(2008~2012年)のより前向きな実践のための戦略
エスキャップ作成ブレーンストーミング一部(2005年7月)

BMF領域

戦略

自助団体

障害の種別を越えた団体の設立

ジェンダーメインストリーミング

女性障害者のリーダーシップトレーニング

教育

普通校内にリソースルーム設置

雇用・所得創出

多国籍企業との連携

アクセス

デイジーを広める
ユニーバーサルデザイン

貧困削減

小規模ローンに障害者を取り入れる

国内行動計画

年次計画と、国、地方自治体レベルの予算策定

権利条約

権利条約批准キャンペーン

コミュニティ・ベースト・リハビリテーション(CBR)

貧困削減と雇用創出としてのCBR

障害統計・指標

効果的指標の設定

地域間協力

アフリカ・アラブ地域との協力

特殊なグループ

農村障害者

注)実際には、各項目戦略が一つ以上あげられているが、ここでは、紙面の都合上、一戦略ずつ取り上げた。

[注]