音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

平成11年度厚生科学研究 障害保健福祉総合研究事業リサーチレジデント報告書

村田 拓司(リサーチレジデント)

盲ろう者施策に関する法制度の国際比較研究(一)-序説  平成12年2月28日

目次

序一 問題の所在
序二 研究の進め方
第一章 盲ろう者とはどんな人々か?
第一章 一 盲ろう者とは?
第一章 二 盲ろう者の抱える問題-その障害の固有性
第二章 我が国における現行法と盲ろう者-概観
第二章 一 現行法における盲ろう者の処遇
第二章 二 他の法制度と盲ろう者
第三章 海外の障害者法制と盲ろう者(概観)-特にアメリカを中心として-
第三章 一 アメリカにおける障害者法制と盲ろう者立法概観
第三章 二 その他の諸国

一、問題の所在

 目と耳が重複して不自由と言えば誰もが、アメリカのヘレン・ケラー女史を想起するであろう。
しかし、1980年代になると、日本でも相次いで二人の盲ろう青年が大学進学を果たし、盲ろう者の存在に一躍多くの人が注目を払う所となった。
とはいえ、盲ろう者と言えば未だに目と耳が不自由というだけで、盲ろう固有の障害による制約に対する社会の認識や、行政側の現行の障害者施策における盲ろう者に対する施策は、未だ充分とは言えない。
例えば全盲ろう者の場合、重要な感覚機能の視・聴覚両方に障害があるために周囲の状況把握が困難で、たとえ歩行が自由にできても、単独での外出は殆ど不可能となる場合もある。
又、一口に盲ろうと言っても、先天的に全盲ろうの場合もあれば、後述のように、視覚障害者が失聴によって、又逆に、聴覚障害者が失明によって、或いは、障害の殆どなかった人が後天的に相前後して視覚と聴覚とを共に失って、中途盲ろう者になる場合もある。 このようなことから、今後盲ろう者に対する施策のあり方を検討する際には、盲ろうが視覚・聴覚二つの障害の単なる混合形態というに留まらず、その重複により特有の制約を生ずる固有の障害であるという認識・理解を前提としなければならない。と共に、盲ろう者の多様性にも配慮する必要があると言える(註)。
そこで、我が国における盲ろう者に対する障害者施策のあり方の検討を行うに当たっては、欧米先進諸国の立法動向ないし法制の状況を比較検討することが有用である。何故なら、その国における盲ろう者に対する施策の多くは、その国の法令に基づき実施されていると考えられ、その国における盲ろう者に対する法制のあり方は、その国における盲ろう者の実状、盲ろう者に対する国民の一般観念や盲ろう者施策の現状を投影するものであると共に、将来の盲ろう者に対する施策の理念或は方向付けを表明しているものだからである。
後で詳述するように、アメリカでは1960年代、風疹の大流行により多数の盲ろう児が出生したが、それを契機に盲ろう児者に対する施策、立法が漸次なされていった事情があり、それは好適な例と言える。

二、研究の進め方

 本研究の第一段階としては、第一に我が国における盲ろう者の実状や、盲ろう者を巡る現行法制度の把握である。 そして第二に、アメリカを初め、イギリスや、ドイツ、スウェーデンなどの障害者法制についての先行研究を調査することとした。
次に、第二段階としては、先行研究の検討、調査を踏まえて、各国法制や立法動向の整理と分析を行うこととした。
その際の視点としては、第一に、各国の障害者法制の中で盲ろう者は法的にいかに処遇されているかということである。例えば、盲ろう者について特に規定がない場合には、単なる無自覚からか、それとも合理的理由によるのか等が検討の対象となるであろう。また、独自規定がある場合には、それは綱領(プログラム)的なものに過ぎないのか、或は法的義務付けを伴うものか等が明らかにされなければならない。
第二に、盲ろう者に対していかなる立法措置が講じられているのかということである。盲ろう者が法的に明確に規定されている場合には、その施策が盲ろう者を保護の対象とのみしているのか、盲ろう者の自立を前提としてその支援措置を講じようとするものなのかということ等が分析の対象となる。また、就労、教育、リハビリテーション、或は、日常生活における意志疎通(コミュニケーション)、移動、情報摂取(アクセス)等の場面でどのような支援又は保障措置がなされているか。その際、自己決定権の理念が実現されているか、或は一方的措置に終わっているか等である。
更に、第三段階としては、第二段階までの成果を踏まえて、各国法制の総合的考察と、我が国法制との比較研究を行うこととした。その場合、我が国には我が国なりの法制や施策のあり方があるはずで、それを考えるにはどのような国のそれらを参考にすべきかが、自ずから見えてくるはずである。
例えば、盲ろう者立法のあるアメリカは先進的である。しかし、そこには前述の事情が介在するのである。中途盲ろう者が多くを占めるといわれる我が国のあり方を考える場合、その実情をも勘案しなければならない。盲ろう者の最大の制約の一つであるコミュニケーションや情報アクセスにしても、前述のように、中途失聴又は失明による盲ろう者のいわば多重構造は看過できないのである。盲ろうを視覚及び聴覚障害の混合形態としてのみ捉えるに留まるならば、盲ろう者施策の実効的推進は期待できないであろう。
(註)矢田礼人著「盲ろう者向け通訳・介助者の手引き」〈第3版〉8ページ以下。

第一章 盲ろう者とはどんな人々か?

一、盲ろう者とは?

 「盲ろう者」とは、一言で言えば、「目と耳の共に不自由な人」、或いは「視覚と聴覚に何らかの障害を併せ持つ人」ということになる。
現在我が国では、「視覚障害及び聴覚障害が重複し、それぞれの障害が単独でも〈身体障害者手帳〉の交付対象となる程度の障害である者」という定義が一般的のようである(註1)。
この場合、視覚と聴覚の障害の程度は多様であり、その組み合わせにより、一口に盲ろう者と言っても大別すれば次の4通りが考えられる(註2)。即ち、

  1. 全盲ろう
  2. 弱視ろう
  3. 盲難聴
  4. 弱視難聴

 更に、盲ろう者となった経過により、先天的に全盲ろうの場合もあれば、中途で視覚障害者が失聴したり(本稿では便宜的に「盲失聴者」と言うこととする。)、聴覚障害者が失明したり(同じく便宜的に「ろう失明者」と言うこととする。)或いは健常者が中途で相前後して盲ろうになったりする場合が含まれるということである。 このことは、本人の受障経過からその言語・コミュニケーションに関する背景を明らかにするものであり、適切なリハビリテーションや情報提供などの木目細かな施策策定に重要な情報であると考える(註3)。 このように盲ろう者には多様な人々が含まれるということである(註4)。

 我が国における盲ろう者の総数については、平成8年実施の厚生省の全国身体障害者実態調査によれば、18歳以上の盲ろう者の推計値1万7千人ということである。昭和62年調査では2万4千人、平成3年調査では1万3千人ということで、振幅が大きい。アメリカ・スウェーデンなどの調査では5~6千人に一人の割合ということなので、日本の人口からすると約2万人とするのが妥当であろう(註5)(註6)。

 我が国の盲ろう者の生活実態についての調査としてはこれまでに、社会福祉法人全国盲ろう者協会が平成7年10月に実施した「盲ろう者実態調査」がある。 本調査は、同年6月末に同協会に登録していた310人の盲ろう者の内、「単独では移動とコミュニケーションが極めて困難な重度の盲ろう者」を優先し、150人について行われた。 それによれば、回答者127人の内、男が69人、女が58人で、何れも40~59歳の年齢層が多い。
そして、未成年時に盲ろう者になった人約46%、成人してから盲ろう者になった人約54%である。
受障経過は、先ず耳に障害があって、後で目にも障害が発生した人(本稿で言うろう失明者)が約43%で男女とも1位になっている。続いて、目と耳にほぼ同時に障害が発生した人が約30%、先に目に障害があって、後で耳にも障害が発生した人(本稿で言う盲失聴者)が約27%になっている(註7)。
ところで、「盲者」や「聾(ろう)者」という言葉は、学校教育法などに散見されるが、最近ではあまり使用されない。それゆえ、盲ろう者も視聴覚二重(重複)障害者とでも言えば良いのだろうが、ここでは慣習的な呼称である「盲ろう者」を用いることとする。

二、盲ろう者の抱える問題-その障害の固有性

 以上のように、盲ろう者は主要な感覚機能である視覚と聴覚に重複して障害を有するため、大別して意思疎通(コミュニケーション)、外出、情報摂取(アクセス)に制約があるということである。
即ち、コミュニケーションの制約というのは、音声語の聴き取りや手話の視認ができないことによる受信の困難や、音声での発話に困難のある場合の発信の困難から来るものである。
外出の制約というのは、視覚や聴覚による情報摂取が制約されるため、身辺の状況や周囲の環境に関する情報を極めて得にくく、危険からの回避など目まぐるしい状況変化への対処が極めて困難なことから来るものである。
情報摂取の制約と言うのは、テレビやラジオの音声・映像媒体や、新聞や書籍の活字媒体などの利用が極めて困難であったり、日常生活における会話や状況把握が困難であったりすることから来るものである。
特に文字媒体利用の制約については、点字がその代替手段として有用であるが、高齢のろう失明者や糖尿病による指先感覚の麻痺を伴う盲ろう者の場合、点字触読が困難であり、自力での情報摂取は事実上不可能である。
このようなことから、盲ろう者とは、単に視覚と聴覚に2重に障害がある人というに留まらず、視覚と聴覚に複合的に障害があって、固有の制約がある人ということである(註8)(註9)。
そこから、盲ろう者の次のような要求(ニーズ)を生ずる(註10)。即ち、

  1. コミュニケーションと情報摂取の自由の保障。
  2. 移動(外出)の自由の保障。
  3. 教育の機会、訓練の場の提供、指導・サービスが受けられることの保障。
  4. 社会内での共生、特に働く場の保障。

 これらの要求を満たす施策の内、根源的と言うべきものが、通訳・介助者派遣制度の普及と拡充である。それなくしては盲ろう者の人間らしい生活実現を社会に訴え、運動していくことさえ困難だからである(註11)。
盲ろう者は、人格的生存に不可欠なコミュニケーションや情報摂取が遮断されている状態にあり、しかも、社会的にも未だコミュニケーション支援が確立されていない状況にあるため、人間存在に重大な影響をもたらす心理的負担を強いられている。
そこで今後、精神科医や心理療法士等との連携の下に、盲ろう者に対する精神医療や心理的介護への取り組みが重要な課題となってくると思われる(註12)。

(註一)福島智著『盲ろう者とノーマライゼーション-癒しと共生の社会を求めて-』50ページ。
この定義には、身体障害者福祉法4条の定義が反映していると考えられる。同条には「この法律において、「身体障害者」とは、別表に掲げる身体上の障害がある十八歳以上の者であつて、都道府県知事から身体障害者手帳の交付を受けたものをいう。」とあり、右定義の手帳交付用件の根拠がここに認められるからである。
又、社会福祉法人全国盲ろう者協会も、「「身体障害者手帳に視覚と聴覚の両方の障害が記載されている人」つまり、視覚・聴覚それぞれ6級以上の程度の障害が重複している」人々を対象としている。又、同協会では「身体障害者手帳の視覚・聴覚の障害があわせて1~2級の盲ろう者を特に「重度盲ろう者」と呼んでい」る。
「盲ろう者のしおり 1998-盲ろう者福祉の理解のために-」
以下。
この重度盲ろう者に対する施策の検討こそが、今後特に緊要になってくると考える。

(註2)前註 福島・前掲書48ページ、しおり参照。

(註3)盲ベース・ろうベースともいう。福島・前掲書50ページ。

(註4)矢田・前掲手引き42ページ以下。

(註5)福島・前掲書50~51ページ。

1980年のアメリカ教育省による調査によれば、盲ろう者を、限定的、中間的及び包括的の3段階で定義付け、限定的場合(耳からだけでは音声の聞き取りや理解ができず、良い方の眼の中心視力が完全に矯正しても20/200以下、或いは視野が20d以内に狭窄している者)でも約4万2千人、10万人当り20人となっている。中野善達「アメリカ合衆国の盲ろう者-政府の対応と実態-」(「聴覚言語障害」21巻4号155~164ページ

(註6)因みに、平成8年の身体障害者実態調査では、視覚障害者が30万5千人、聴覚・言語障害者が35万人とされている。
同調査で身体障害者総数が約293万人で、人口比2.9%から逆算すると、18歳以上の人口は約1億人であり、そうすると、視覚障害者や聴覚障害者は300人前後に1人となる。他方、盲ろう者が5~6千人に1人ということは、かなりの稀少障害と言える。

(註7)盲ろう者実態調査報告書 no.1」社会福祉法人全国盲ろう者協会
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/blind/z02002/z0200201.html

(註8)福島・前掲書53ページ以下。

(註9)矢田・前掲手引きには、更に具体的に、六つの困難・ハンディキャップが挙げられている。同手引き35ページ以下。

(1)移動と定位(何処に何があるかを把握すること)の困難
(2)コミュニケーションの困難
(3)情報摂取の困難
(4)教育・訓練に関するハンディキャップ
盲ろう児は、言語・空間概念等の獲得が困難なため発達が遅れ、又それらを獲得している中途盲ろう児でも、他者との接触の激減から学力や社会的発達が遅れることが多いことによるハンディキャップである。
又、盲ろう成人の教育・職業訓練や、就労者の中途失聴・失明後の職場復帰のための訓練にも大きなハンディキャップがある。
(5)職業・生きる場作りのハンディキャップ
上記の困難から成人後に自立生活するのにもハンディキャップをもたらし、職場や家庭内での人間関係の維持にさえ困難が伴うことが多いことによる。
(6)プライバシーの確保に関するハンディキャップ
上記の困難から盲ろう者には、家族や通訳・介助者等の介助が必要不可欠となるが、そのため、その日常生活への他者の介在も必然的になる。その結果、プライバシーの確保は極めて困難となる。
付言すれば、自己情報の管理やプライバシー侵害への対処が困難で、道徳的な人格的生存自体に重大な危機を孕んでいる。

(註10)平成3年8月、第1回全国盲ろう者大会(栃木県宇都宮市)における「大会宣言」(前註・矢田・手引き38~39ページより略述)。

(註11)矢田・手引き38ページ以下に、具体的なアプローチとして、

(1)通訳・介助者派遣制度の普及と拡充
(2)各種コミュニケーション支援機器、歩行支援機器、日常生活用具の開発と普及
(3)「盲ろう者用点字電話機」等通信機器・システムの開発と普及
(4)コミュニケーション訓練、職業訓練等のリハビリテーションの場の保障と、プログラムの確立
(5)盲ろう児教育の態勢作り
(6)職場の確保と職域の拡大、就労機会の拡大、職場における支援態勢の整備
(7)地域に密着した盲ろう者組織活動の支援
が挙げられている。

(註12)福島・前掲書56ページ以下、矢田・手引き40ページ以下。

第二章 我が国における現行法と盲ろう者-概観

 以上のことを踏まえて、以下、我が国の現行法において盲ろう者はどのように取り扱われているか、或いは盲ろう者に関する法規定はあるかなどについて、我が国の現行法令を瞥見しながら、概観的に考察を進めることにする。

一、現行法における盲ろう者の処遇

 模範六法1999(平成11)年版の電子ブックを参照しながら、日本の現行法における盲ろう者の法的処遇について考える。
まず、「盲ろう」あるいは「盲ろう者」を検索してみる。しかし、該当項目はなく、それは、条文上、明記されていないことを示す。
例えば、障害者施策の基本的事項を定めた障害者基本法を見ると、「この法律において「障害者」とは、身体障害、知的障害又は精神障害(以下「障害」と総称する。)があるため、長期にわたり日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者をいう。」と定義付けられている(2条)。これなら包括的規定なので、身体障害の一つである視・聴覚重複障害を有する者、即ち盲ろう者も含まれてはいると言える。
次いで、身体障害者の福祉についてより具体的に定めている身体障害者福祉法を見る。 この法律においては、「身体障害者」とは、「別表に掲げる身体上の障害がある十八歳以上の者…」であるとして、別表に身体障害が具体的に掲げられている(4条、別表一・二)。
それを見ると、視覚と聴覚の障害が各別に掲げられているに過ぎず、特に「盲ろう」は独立項目ではない。確かに、盲ろう者は単純に視覚と聴覚の2重障害と言えなくもない。しかし、視覚と聴覚に複合的に障害があることにより、盲ろう者は前述したような固有の問題を抱えていることを認識しなければならない。即ち、コミュニケーション、情報摂取、移動における制約である。
盲ろう者の存在、その障害の固有性が意識されてこなかった今日までは、身体障害者福祉法が示しているように、盲ろう者には、視覚障害又は聴覚障害の視点での障害者施策が講じられてきたに留まったと考えられる。
しかし、視覚障害者が聴覚で、聴覚障害者が視覚で自己の障害を補完し得たことを前提にすることができない盲ろう者に対しては、相応の施策をこれから模索していかなければならない。そこで重要なのが、前述の三つの制約に対する配慮なのである。そして又、盲ろう者になった背景の多様性にも注目しなければならない。
簡単に言えば、例えば、単一の聴覚障害の場合、コミュニケーションの制約については、手話通訳者の派遣が考えられ、又、外出は自力で可能で、制約は少ないであろう。情報摂取については、文字情報にはさほど制約は考えられず、文字放送の充実や画面の一部に手話通訳を挿入することで、制約はある程度緩和できる(災害時の緊急放送など音声情報の摂取の制約には、尚課題が残るが)。
視覚障害者について言えば、コミュニケーションにおいては視覚的情報の制約はあるものの、音声による会話などで補えるし、外出も白杖や盲導犬により自力でできる。そして、点字による情報や音声案内が充実されれば、その状況はかなり改善される。
しかし、盲ろう者の場合、視覚・聴覚共に障害があるため、外出がままならず、他者とのコミュニケーションが非常に困難なことから、介助と通訳の密接な連係による人的支援が必要不可欠なものとなる(註1)。
即ち、盲ろう者は、主要な感覚機能に制約があるため、他者とのコミュニケーションに非常な困難が伴う。と共に、身辺の状況把握や周囲の環境認知が極めて困難なため、多くの危険や目まぐるしい状況変化が待ちうける外出は、殆ど不可能だと言っても過言ではない。
そのため、外出に際しての移動の介助と、他者との間の通訳は、盲ろう者が社会生活を送る上で欠くことができない。と同時に、それぞれが即時に関連付けてなされなければ、たとえそれぞれが別個に保障されたとしても無意味なのである。
しかも、盲ろう者になった背景から、そのコミュニケーション手段は多様であり、触読手話・指点字・手書き文字・指文字など多岐にわたる。
即ち、盲失聴者には、それまで手話に馴染みがなく、手話通訳はあまり役には立たない。同様に、ろう失明者には、それまで点字には馴染みがないから、指点字(点字タイプライタのキーを叩くように相手の左右6本の指に点字を打って、言葉を伝える方法)やブリスタ(紙テープに点字を打ち出す速記用点字タイプライタ)による通訳は直ちには有効でない。
このように、盲ろう者の抱える問題の内のコミュニケーションの制約除去のための施策の中心となる通訳の保障一つ取ってみても、盲ろう者の多様性に配慮する必要がある。と共に、外出介助にしても、単に手引きのための技術のみならず、情報提供や他者とのコミュニケーションの確保のための通訳技術を習得する必要がある。
以上のことから、盲ろう者に対する福祉施策は、単なる視覚障害者や聴覚障害者に対するそれの転用に留まらず、盲ろう者の抱える固有の問題を認識し、その策定、推進に当たってはより適切な施策を構想しなければならないのである。
この視点で、現行の他の法令と盲ろう者との関係も、若干検討してみる。

二、他の法制度と盲ろう者

 「盲ろう者」又は「盲ろう」としては検索しても見つかりそうにない。そこで、盲ろう者に関係する「手話」「通訳」「点字」「目」「耳」などで検索してみる。
民事訴訟法154条1項は、「口頭弁論に関与する者が…耳が聞こえない者若しくは口がきけない者であるときは、通訳人を立ち会わせる。ただし、耳が聞こえない者又は口がきけない者には、文字で問い、又は陳述をさせることができる。」と規定する。又、刑事訴訟法176条は、「耳の聞えない者又は口のきけない者に陳述をさせる場合には、通訳人に通訳をさせることができる。」と規定する。
これらの規定は聴覚障害者を前提としたものであるが、盲ろう者への準用は可能であろう。その場合、通訳手段が、対象となる盲ろう者のコミュニケーション手段に相応するものでなければならないのは当然である。
では、次のような規定はどうであろうか?
刑事訴訟法49条は、「被告人に弁護人がないときは、公判調書は、…被告人も、こ れを閲覧することができる。被告人は、読むことができないとき、又は目の見えないときは、公判調書の朗読を求めることができる。」と規定する。では、被告人が盲ろうであるときはどうか?
刑事訴訟規則125条は、証人尋問においては、「証人が耳が聞えないときは、書面で問い、口がきけないときは、書面で答えさせることができる。」と規定する。では、先天盲ろうやろう失明であるために、点字さえも解し得ない盲ろう者の場合はどうか?
このような場合、適切な通訳が介在しなければ、調書や書面の内容は、盲ろう者には伝わらない。
公職選挙法47条には、「投票に関する記載については、政令で定める点字は文字とみなす。」と規定されている。では、点字が書けない盲ろう者には、自力での投票手段があるであろうか?更に、介助者無しでは、投票所にさえ行けないのである。
又、選挙管理委員会による点字選挙公報の発行は、未だに認められていない。それでも視覚障害者の場合、政見放送の視聴により知ることができる。最近は、政見放送にも手話通訳が付けられ、聴覚障害者も政見放送に接することができるようになった。
しかし、たとえ活字情報の代替手段となり得る点字を盲ろう者が習得したとしても、選挙公報は読めないから、候補者の経歴や公約を知ることはできない。その上更に、見ることも聴くこともできない盲ろう者の場合、政見放送は、テレビでもラジオでも視聴できない。従って、盲ろう者は独自に選挙情報を得ることはできないのである。
これらは、日常の事柄ではないが、国民に保障されるべき基本的人権としての裁判を受ける権利(憲法32条・37条)や参政権(同15条)に関る重要な場面に関する事柄である。
又、平成11年には、成年後見制度の創設に関する民法改正と同時に、次のように遺言に関する規定の改正がなされた。即ち、
「第969条
公正証書によって遺言をするには、次の方式に従わなければならない。

  1. 証人2人以上の立会いがあること。
  2. 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
  3. 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること。
  4. 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。
  5. 公証人が、その証書は前4号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。

第969条の2
口がきけない者が公正証書によって遺言をする場合には、遺言者は、公証人及び証人の前で、遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述し、又は自書して、前条第2号の口授に代えなければならない。この場合における同条第3号の規定の適用については、同号中「口述」とあるのは、「通訳人の通訳による申述」又は「自書」とする。
(2)前条の遺言者又は証人が耳が聞こえない者である場合には、公証人は、同条第3号に規定する筆記した内容を通訳人の通訳により遺言者又は証人に伝えて、同号の読み聞かせに代えることができる。
(3)公証人は、前2項に定める方式に従って公正証書を作ったときは、その旨をその証書に付記しなければならない。」
これも、主に聴覚障害者が公正証書遺言作成に関与する場合を想定したものではあるが、それは同時に、盲ろう者にも準用できる法改正だと言うことができよう。
それでは、その他の場面、例えば教育・リハビリテーション、雇用・就労などの諸部面ではどうなのか?
現行では盲学校や聾学校はあるが、盲ろうの専門教育機関の整備はどうか?
我が国における盲ろう児教育の公的専門機関は、国立特殊教育総合研究所1個所に過ぎず、しかも、未だ尚それは充分とは言えない。盲ろう児教育は専ら、現行の盲・聾学校などの現場教員による試行錯誤や創意工夫に委ねられている実状である(註3)。
リハビリテーション特に職業についてのそれにおける専門施設の設置や専門要員の養成、配置はどうか?
今は、民間の授産施設が幾つかあるだけで、公的施設は存在しない(註4)。
就労の場面で、盲ろう者の介助・通訳の支援はどうか?
盲ろう者の就労の実状は、非就労が多く、就労しても、所得水準は低いようである。又盲ろう者の場合、職場への送迎や職場での通訳が必要になるが、現行制度には種々の問題がある。即ち、現行では介助・通訳者の職場への派遣は、本人の経済活動に関わることであるが故に認められない。又必ずしも「ヒューマン・アシスタント」制度は保障が充分とは言えない。これは、介助・通訳を絶対的に必要とする盲ろう者が職業生活を送る上で、大きな障害であると言える(註5)。
以上の考察から明らかなように、盲ろう者が社会生活を送る上で、介助・通訳者の存在は不可欠なものと解るが、その養成、派遣・調整などはどのように行われているのか?
国の平成12年度予算案関連文書を見ると、盲ろう者関連では、「◇ 生活訓練事業、手話通訳派遣、盲導犬育成等を推進するとともに、盲ろう者向け通訳・介助員派遣事業を試行的に実施。」とある(註6)。漸く「試行的実施」にまでこぎつけたという感がある。
他に、盲ろう者向け通訳・ガイドヘルパー指導者養成研修会の実施、盲ろう者向け通訳・ガイドヘルパーの養成、点字ディスプレイの盲ろう者に対する日常生活用具給付品目への追加などの施策が、平成9年度以後順次開始されている。
尚、国等の盲ろう者施策に先駆けた、平成3年設立の社会福祉法人全国盲ろう者協会による取り組みは特筆すべきもので、若干ここで触れておきたい。
昭和56年11月東京に、同協会の母体となる、盲ろう者福島智君の大学生活を支援する「視聴覚2重障害者の高等教育を支援する会」(翌年「福島智君とともに歩む会」)が、

  1. 盲ろう者問題に関する一般的研究、
  2. コミュニケーション手段の研究と開発、
  3. ボランティアの養成、
  4. 日常生活の援助

などを目標に掲げ、発足する。同会では、指点字による通訳・介助を実践しつつ、その態勢の確立を目的に活動する。昭和59年には大阪に、盲ろう者門川紳一郎君の大学生活を支援する「障害者の学習を支える会(門川紳一郎君と共に歩む会)」が発足する。
昭和63年12月東京で、「福島君とともに歩む会」関係者等盲ろう者福祉に関心のある人々により「新しい盲ろう者の会設立準備会」が結成され、次の方針が採択された。即ち、毎月交流会を開催し、この交流会で「会のあるべき姿」を模索する、
将来的には全国組織とし、法人化して会の基盤固めをする、
当面、通訳者の養成と派遣、機関誌の発行、点字電話器の開発、盲ろう児の教育方法の開発、盲ろう者用施設の建設等を目標に活動をする、である。
次いで、平成元年12月大阪にも「新しい盲ろう者の会 関西準備会」が結成される。 その後、東京の組織が中心になり運動した結果、平成3年3月、社会福祉法人全国盲ろう者協会として厚生省により認可され、社会福祉・医療事業団等の助成を受けて次の事業を開始する。即ち、
「在宅盲ろう者に対する通訳・介助者(訪問相談員)派遣事業
通訳者養成事業(全国大会・コミュニケーション講習会等)
機関誌の発行
地方都市体制整備(盲ろう者友の会開催の支援等)事業
ブリスタ(盲ろう者用点字タイプライター)の貸与事業
機器の開発
盲ろう児教育の研究
(ただし、一部については、法人認可以前に事業開始)」
平成3年4月、日本船舶振興会(現、日本財団)の補助を受けて、次の事業を開始する。即ち、
「盲ろう児教育方法の研究(平成6年度まで)
盲ろう者用点字電話機の開発(平成6年度まで)
東京盲ろう者友の会育成事業(平成5年度まで)」
同年8月、第1回全国盲ろう者大会(宇都宮市)を開催、以降毎年開催。
平成5年4月、厚生省より「盲ろう者向け通訳者養成研修会開催事業」の委託を受ける。平成6年4月、厚生省より「盲ろう者更生相談等事業」の委託が追加される。
平成7年10月、全国盲ろう者実態調査の実施。
平成8年3月、「盲ろう者のしおり」作成、全市町村の福祉担当者に送付。
同年10月、盲ろう者向け通訳者養成研修会の受講対象者を全国に拡大して実施。
平成9年6月、盲ろう者友の会支援事業の開始(社会福祉・医療事業団助成事業)。
このように、同協会の盲ろう者福祉における業績は甚大である。今後、これらの事業が、国や地方自治体の公的責任において、同協会や「友の会」などの盲ろう当事者団体との協力の下に、適正な役割分担により推進されることが望ましいと考える(註8)。

(註1)福島・前掲書73ページ以下。
(註2)盲ろう者のコミュニケーション手段は、盲ろう者になった背景が多様なことから、極めて多様である。
ろう失明者は、手話や指文字には馴染んでいることから、相手の手話や指文字に触れるなどして読み取る。
他方、盲失聴者は、点字に馴染んでいることから、それを基礎にした、ブリスタや指点字を用いることが比較的容易である。
そして、盲ろう者の多くが理解でき、点字や手話を知らない初心者でも容易にできるコミュニケーション手段が手書き文字である。
その他、弱視や難聴などある程度軽度の盲ろう者は、筆談や耳元での音声によるコミュニケーションも可能である。
福島・前掲書59ページ以下、同書93ページ以下、前掲しおり参照。
(註3)福島・前掲書66ページ以下。
(註4)福島・前掲書65ページ以下。
(註5)福島・前掲書63ページ以下。
(註6)平成12年度厚生省予算案主要事項
http://www.mhw.go.jp/search/docj/houdou/1112/h1224-2_3.html
(註7)矢田・手引き152ページ以下、前掲しおり・参考資料4「社会福祉法人全国盲ろう者協会の歩み」。
(註8)福島・前掲書73ページ以下。

第三章 海外の障害者法制と盲ろう者(概観)-特にアメリカを中心として-

 今日漸く、障害者も含めた共生の理念が一般化してきているが、その障害者の中に盲ろう者も含まれていることを念頭に置いて施策の策定や法制の整備を推進していかなければならない。その参考として、広く社会各方面での障害者差別禁止を定めたADA法を持ち、又ヘレン・ケラーの母国であるアメリカを始め、最近、障害者差別禁止の憲法改正をしたドイツその他の所謂先進各国の動向の調査と検討の必要がある。

一、アメリカにおける障害者法制と盲ろう者立法概観

  1. アメリカにおける障害者法制概観(註1)
    アメリカでは、障害者の運動により各州での障害者法の制定を見、1970年から90年代にかけて、障害者差別を禁止する一連の連邦法制定に至った。 即ち、1973年には「リハビリテーション法」が成立した。その504条は、連邦政府から補助金を受けている団体は、どのような団体であっても、障害者を差別してはならないというものである。ここでいう団体とは、例えば州政府・地方自治体の外、小・中・高校、大学、病院、運輸関係の組織などを含む。同条は、障害者は、政策の上でも、習慣・慣習の上でも、雇用やサービス提供の上でも、平等に扱われなければならない、差別を受けることがあってはならないとうたっている。
    504条は、民間企業、映画館、レストラン、ショッピングセンターなどには適用されなかったが、障害者も平等な社会の参加者であることを広く認識させる上で役立った。又同条は、障害者が平等に扱われるように、連邦政府が指導し、方向性を与えなければならないという認識を高めた。学校、大学、病院などの代表者、又中央政府の代表者が、初めて障害者たちと直接会って、差別をなくすためのプランを作った。この法律により、障害者が、自分が差別されていると感じたとき、政府に苦情を申し入れたり、法に訴えたりすることができるようになった。
    更なる障害者運動の結果、1975年「障害児教育法(IDEA)」が成立した。IDEAは、アメリカ史上初めて、全ての障害児が学校へ行く権利を認めた。同法は、障害児は、無料で、統合されたクラスの中で教育を受けられると謳っている。また普通のクラスに通うために必要な援助、例えば、手話通訳、職業訓練、言語訓練、機能訓練、コンピュータのような技術、学校と家との交通手段などを、受ける権利があるとしている。 換言すれば、IDEAは、障害児が無料で適切な公共の教育を受けることができると認めたわけである。3歳から21歳の子供、青年たちは、障害をもっていても、最も制約の少ない教育環境で教育を受けることができなければならないとして、一般の教室で教育を受けることができるように、学校がその準備をしなければならないとされている。
    更に、これとは別に、障害者に対する民間部門における差別を禁止する連邦法が必要だという認識が生れた。この結果成立したのが、1990年の「障害をもつアメリカ国民法(ADA)」である。 ADAは、劇場、レストラン、ホテル、ショッピングセンター、民間交通機関、政府関連企業など、リハビリテーション法504条の対象となっていないところも含めて、すべての企業・団体は、障害者を差別してはならないとうたっている。つまり、障害者に対する差別の防止こそが、このADAの狙いなのである。サービスの提供や雇用における差別ももちろん禁止されている。又、新規にビルを建設する際には、障害者に対するアクセスを確保しなければならないとされる。
    ADAやリハビリテーション法504条は、障害者の雇用が拒否された場合、障害者は権利として訴訟を起こすことができるとされる。これは、尊厳の問題として、権利として確保されているということである。
  2. 盲ろう者立法(註2)
    アメリカにおける教育・リハビリテーションの責任主体は原則的に州政府であるが、近時、連邦政府の積極的関与が推進され、障害者、特に盲ろう者のような少数集団に対するそれらについては顕著である。 その契機になったのが、1964年から5年にかけての風疹の大流行により、妊娠初期にそれに罹患した母親から約3万人の障害児が出生し、その内推定1500人が盲ろう児だったことである。
    連邦議会では、聴聞会を通して、盲ろう児の未就学問題が認識され、盲ろう児を、「聴覚障害と視覚障害とを持ち、その併存が、聴覚障害児のためだけの、或いは視覚障害児のためだけの特殊教育プログラムでは適切に対応し得ない、重度のコミュニケーション問題や他の発達的問題や教育的諸問題を引き起こす子供達」と定義づけて、その子供達への対応が検討された。そして、「初等中等教育法修正(1967年)」に「盲ろう児のためのセンターとサービス」が組み込まれた。即ち、全米を6地域に分け、各1個所の既存の盲ろう児への対応に実績がある学校や団体、州教育当局などの機関などをセンターとし、連邦政府がその設立・運営費用を援助することになった。
    他方、成年者へのリハビリテーション・サービスについては、「職業リハビリテーション法修正(1967年)」として、同法16条で、「アメリカ盲ろう青年・成人センター」の設立と業務が規定された。具体的には、盲ろう者は定義づけられなかったが18歳以上の人に対して本部と9地域センターで、オリエンテーション、可動性、コミュニケーション、生活技能その他の個別訓練の実施、寄宿舎の設置、数ヶ月から数年の当該人の必要に応じたサービスの提供がなされた。その他、適応、教育、リハビリテーションなどの調査・研究、専門家・関連要員の養成・研修、情報提供などの業務も規定された。
    そして、「リハビリテーション法(1973年)」の制定となり、その3編に連邦政府が特に責任を負うものの一つとして、「アメリカ盲ろう青年・成人センターが規定された。その任務を要約すれば、
    (1)盲ろう者のリハビリテーションに必要なサービス等の提供方法の紹介
    (2)専門か当の養成と研修
    (3)リハビリテーションに関する諸問題、方法の研究
    (4)公衆の理解増進のための啓発活動の援助である。
    その後、1973年制定のリハビリテーション法が修正され、「リハビリテーション包括サービス・発達障害法修正(1978年)」が成立した。その313条で、前記の青年・成人センター名が、「盲ろう青年・成人のためのヘレン・ケラー・ナショナル・センター」(HKNC)と改称された。
    更に、「リハビリテーション法修正(1984年)」はその201条で、その2編を「アメリカ・ヘレン・ケラー・センター法」として独立法としての取り扱いを認めた。又、その202条は、
    (1)盲ろうは、あらゆる障害形態の中で最も重度なもので、盲ろう者の最大限可能な発達水準への到達の援助のためにサービスと訓練に対する重大で継続的な必要性の存在、
    (2)1960年代の風疹の流行と失明・失聴を経験しつつある高齢者の増加、及び医療の進歩による盲ろう者へのサービスの緊要化、
    (3)盲ろう者へのサービス・訓練の提供、自給自足化、自立化、稼働化への援助による経済・社会的意味での国益合致、
    (4)HKNCが盲ろう者需要に合致する拠点であることと、州における同様施設・要因の未整備、
    (5)連邦政府による、センター設立後の1千万ドルの費用支出、
    (6)センターへの支援継続は、連邦政府の本来機能、
    という議会の認定が規定された。
    本法206条で、「盲ろう者」が定義づけられている(註3)。
    センターの任務としては、
    (1)全ての盲ろう者の最大限の個別的発達促進に必要な専門サービス等のセンター等での提供
    (2)専門家等のセンター等での養成・研修
    (3)コミュニケーション技術、指導法、補助具・装置、サービス提供に関する応用研究、プログラム開発、紹介
    である。
    又、「初等中等教育法(1969年)」では、その6編を「障害教育法」と独立法扱いできるとされ、盲ろう児については、602条に 「盲ろう児のためのセンターとサービス「が規定され、サービス提供の強化がうたわれた。 そして、「障害者教育法修正(1975年)(略称、全障害児教育法)」が成立したが、対象となる障害に盲ろうは明記されなかったものの、この施行規則で、盲ろうと重複障害も他の障害と同様の扱いを受けるとされた(註4)。
    1980年には教育省により、全米で盲ろう者の調査が実施され、より限定的な定義では約4万2千人、最も緩やかな包括的定義に基づけば訳73万4千人とされた(註5)。
  3. 日米比較試論
    今後、より具体的な海外における盲ろう者事情調査を実施する予定であり、現時点ではかなり強引な論旨とならざるを得ないが、日米における、特に国又は連邦段階の盲ろう者施策の大まかな比較を試みてみる。 これは軽々に論じられるべきものではないが、敢えて現状を勘案して試みる。
    アメリカでは、矢張り1960年代の風疹の大流行による多数の盲ろう児の出生ということが、政府の取り組みを促す契機になったことが大きいと思われる。
    日本の場合、そのように盲ろう者への関心を喚起するような悲劇がなかった、少なくとも認識されなかったため、未だに正確な盲ろう者数の把握も覚束ない状態である。
    又、アメリカでは絶えず議会で聴聞会がなされ、実情把握が迅速になされるように思うが、日本ではあまりそのような仕組みにはなっていないことも原因していると考えられる。そして、盲失聴者やろう失明者の場合、従来通り視覚障害者か聴覚障害者とのみ扱われ、表面化しない場合が多いのではないだろうか。盲ろう者特に中途盲ろう者は、コミュニケーションに重大な制約があるため、実情を訴えることが至難だからである。たとえ幼少年期の失聴・失明でも、盲・聾学校での教育に組み込まれ、盲ろう児として適切な教育がなされるのは、極僅かなのではないかと思われる。その他、日本では盲ろう者への固有の福祉サービスは未だ不充分であり、或いは一般に知られているとは言えず、視覚・聴覚の各障害だけでも重度であれば、現行の最重度の障害者へのサービスが受けられることから、盲ろう者としての申告がなされにくいのではないだろうか。
    アメリカでは、障害者に対する教育やリハビリテーションに関する責任主体は連邦政府となっている。一国家にも相当する州政府でさえもない。勿論、各州や民間の施策もなされていることは言うまでもない。
    しかし、日本では現在、障害者福祉は、「地方分権」の波に乗って、市町村などの地方自治体に権限委譲されつつある。これは一面、地域の実情に木目細かに対応できるという利点が考えられる。 しかし、特に盲ろうのような最重度で、しかも人口比からすれば稀少障害とも言える障害の場合、アメリカにおける集中的な、専門家の養成や、教育・リハビリテーション方法の研究、連邦政府の補助金交付などの方向は、誠に合理的、効率的ではないだろうか。これらを、域内に還元すれば対象となる盲ろう者が僅かしかいない市町村段階に期待するのは、自ずから限界があると思われるからである。
    他方、世界でも先進的(註6)な盲ろう者向け通訳・介助者の派遣など、各地域の特性というよりも、多様な盲ろう者個人の実情に即した運用が求められる施策は、盲ろう者の生活する地元市町村によって、都道府県の支援の下に行われるべきものと考える。
    施策策定や運用の際、盲ろう者の組織する当事者団体との密接な連係が必要なことは、言うまでもない。そもそも、日本における全国盲ろう者協会(或いは、その前身となった団体)その他の当事者団体の盲ろう者福祉の増進に果たした役割は見てきた通りである。アメリカにおけるADA成立などの障害者運動の成果も言うまでもない。この当事者の活力が、盲ろう者自らの福祉増進の原動力であるし、自己決定権観念が重視される今日、当事者が主体的に関わることは当然だからである。

(註1)新・障害者の十年推進会議/(財)中央競馬馬主社会福祉財団主催:
「障害者対策に関する新長期計画推進国際セミナー」報告書
基調報告2 ADA法施行後における米国障害者施策の進展について
ジュディ・ヒューマン (judith e. heumann, USA)(当時、アメリカ合衆国教育省次官、特殊教育とリハビリテーション・サービスを担当)
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/conf/jsrd/96seminar/judy.html

(註2)この点に関しては、中野・前掲論文に詳述されているのを参考にした。

(註3)同法所定の盲ろう者の定義は、
(A)良い方の眼の中心視力が完全に矯正しても20/200以下であるか、視野が20d以内に狭窄されている者、
(B)最適の増幅を行っても、話声語の殆どを理解し得ないほど重い慢性の聴覚障害を持つ者、
(C)(A)と(B)に記された障害の併存が、日常生活の諸活動における自立の達成、心理社会的適応の獲得、就職に著しい困難をもたらす者、並びに、教育長官が施行規則に示す何らかの他の意味を持つ者
を含むものである。
中野・前掲論文。

(註4)1977年8月の施行規則では、次のように定義されている。即ち、 盲ろうとは、聴覚障害と視覚障害とが併存し、その組み合わせがろう児達又は盲児達だけのための特殊教育プログラムでは対処しきれない、重度のコミュニケーション問題、他の発達上の問題及び教育上の問題を引き起こすような障害を意味する。
「ろう」とは、音声の増幅がなされるかどうかを問わず、子供が聴覚を通して言語情報処理を行うことに障害を持ち、それが学業に不利な影響を及ぼすほど重度な聴覚障害を意味する。 視覚障害とは、矯正しても尚、子供の学業に不利な影響を及ぼすような視覚障害を意味し、弱視児と盲次を含む。
中野・前掲論文。

(註5)アメリカ教育省の1980年調査では盲ろう者を、
(1)耳からだけでは音声を聴いたり理解したりし得ず、良い方の眼の中心視力が完全に矯正しても20/200以下、或いは視野が20d以内に狭窄している者
(2)ろうで重度の視覚障害を持つ者か、盲で重度の聴覚障害を持つ者
(3)ろうや盲でないとしても、聴覚障害者又は視覚障害者として遇されるような、生活を妨げる聴覚障害と視覚障害を併せ持つ者
の3段階に定義している。
中野・前掲論文。

(註6)福島・前掲書70ページ。

二、その他の諸国

 今回、アメリカも含めて、諸外国の盲ろう者の実態を調査するまでには至らなかった。 次年度は、「平成11年度厚生科学研究事業(研究課題「盲ろう者に対する障害者施策のあり方に関する研究」)にかかる研究会」により現在進行中の「国際盲ろう者サービス調査(仮称)」の結果を下に、より詳細な研究を進めていくつもりである。 最後に、同調査の内容を引用しておく。

国際盲ろう者サービス調査
1.趣旨
このたび、各国の盲ろう者に対するサービスを調査することとし、わが国の今後の盲ろう者に対するサービスのあり方を検討する場合の参考資料としたいと考えます。
(中略)

(1)

(1)障害者施策の法的根拠について教えてください。
日本の障害者制度は、身体障害者福祉法(1949年)を中心に、知的障害者、精神障害者に関連する法と、18歳未満を対象にしている児童福祉法(1922年)があります。この各法律によって、全ての障害者が措置制度(援助サービス)を受けることができるようになっています。貴国の障害者施策の法的根拠を記載してください。
(2)聴覚障害者、視覚障害者数を含む障害者全体について
日本全体で障害者と認定されている人は576万人(全人口の4.5%)です。具体的には、身体障害者317万人(内、視覚障害者30.5万人、聴覚障害者35万人)、知的障害者41万人、精神障害者217万人です。貴国の状況について記述してください。
(3)障害を証明する制度について
日本では身体障害者手帳という証明書があります。これを所持することによって障害者として認定され、各種援助サービスを受ける権利を有することになります。貴国では、どのようにして障害を証明しますか。
(4)障害者関係予算について
日本の障害者対策の予算は、厚生省の5,600億円を中心に各関係省庁にわたり約1兆円を超える金額になっています。貴国での障害者関係予算を教えてください。

(2)盲ろう者について

(1)貴国での盲ろうの定義は、どのようになつていますか。

(2)貴国では、盲ろう者はおよそ何人くらいですか。

(3)盲ろう者の数の内訳はどのようになっていますか。

a)盲からろう、ろうから盲
b)先天性、後天性
c)全盲全ろう、弱視全ろう、全盲難聴、弱視難聴
d)原因疾患
※盲ろう者に関するさらに詳細な統計データがあれば、送ってください。

(4)盲ろう者の組織
貴国には、盲ろうの当事者の団体や親を中心とした団体等、盲ろう者に関してどのような組織がありますか。それらの組織の名称や活動内容についてお知らせください。

(5)新生児や就学前の発見と援助システムの存在について
(1)貴国には、盲ろう児のための特殊学校はありますか。
日本には、盲学校とろう学校がありますが、盲ろう児のための学校はありません。
(2)カリキュラム
盲ろう児にどのようなカリキュラムを実施していますか。
(3)コミュニケーション訓練
コミュニケーション訓練の内容は、どのようなものですか。

(6)
(1)盲ろう者を規定した法文はありますか。
もしある場合は、その背景についてお知らせください。もし、ない場合は、立法の予定があるかどうか教えてください。
(2)欠格条項
盲ろう者について、医師になれないとか看護婦になれないとかといつた法律上、欠格条項はありますか。あれば、どのようなものがありますか。

(7)コミュニケーション方法
(1)コミュニケーション方法
指文字、手話等、盲ろう者は、どのようなコミュニケーション手段を用いていますか。
(2)情報提供システム
盲ろう者は、どのように新聞情報等を入手していますか。たとえば、日本には通訳者派遣制度や、パソコン通信を使って点字情報を得るシステムなどがあります。

(8)人的サービス
日本には、盲ろう者の生活を支援する移動介助制度があります。これは、年間枚数のチケットを行政機関の支援によって発行し、それを使って、買い物や旅行に行く際に移動介助を無料で受けられる制度です。また、通訳介助の制度もあります。
貴国には、人的サービスについてどのようなサービスがありますか。
また、その場合の費用負担は、どのようになっていますか。本人の自己負担はありますか。また、派遣回数、時間数はどのように決まりますか。

(9)交通
障害者や盲ろう者に対する交通機関の割引制度はありますか。ある場合は、どのように利用しますか。
日本では、身体障害者手帳を提示することで半額割引になっています。

(10)施設サービス
盲ろう者の施設は、ありますか。あれば、どのような施設ですか。その施設の期間は、どのくらいですか。入所の費用は、どのくらいかかりますか。費用は、誰が負担しますか。

(11)
(1)盲ろう者に対する職業リハビリテーション
盲ろう者に対するリハビリテーション訓練は、どのようなものが実施されていますか。実施機関・内容・期間について教えてください。
また、訓練終了後は、どのような職業に従事しますか。
(2) どのくらいの割合の盲ろう者がどのような職業についていますか。
職場で盲ろう者を指導するjobコーチはいますか。
職業の定着状態はどうですか。長続きしますか。

(12)社会的リハビリテーション
(1)リハビリテーション実施
盲ろう者に対する日常生活訓練等社会的リハビリテーションは、どのようなものが実施されていますか。それを実施している機関・内容・期間はどのくらいですか。
(2)社会的リハビリテーション終了後の進路
社会的リハビリテーション終了後は、どのような生活ですか。
(3)専門家の養成
社会的リハビリテーションを実施する専門家の養成は、どのようになっていますか。

(13)在宅サービス
(1)盲ろう者を地域社会の中で支えるシステム
ホームヘルパーの派遣や障害者手当て等、盲ろう者を地域で支援する制度にはどのようなものがありますか。公的なものと私的なものに分けて記載してください。
また、それらの制度を利用する方法について、申請方法や、費用負担等について書いてください。
盲ろう者の家庭での生活状況は、どのようでしょうか。問題点や今後の課題について教えてください。

(14)盲ろう者の所得を支える制度には、どのようなものがありますか。
日本では年金、障害者手当等を活用することができます。

(15)福祉
(1)盲ろう者が利用している福祉
日本では、ブリスタや点字タイプライターを利用しています。
(2)公的支援のある福祉
日本では、コンピューターと接続する点字ディスプレイの購入に対して公的な補助がありますが、福祉機器に関してどのような公的な支援がありますか。その制度はどのように利用しますか。申請方法や費用負担等について教えてください。

(16)盲ろう者や家族に対する心理的サポートシステムはありますか。
日本には、公的相談所や障害者団体が相談サービスを実施しています。

(17)日本には、医療保険以外に障害者の医療費を補助する制度があります。
貴国にそのような制度はありますか。もし、負担があるとすれば、医療費の負担は、どのようになっていますか。

(18)貴国には、盲ろう者の家族をサポートするシステムがありますか。どのようなサービスですか。

(19)スポーツ・レクリエーション
貴国では、盲ろう者は、どのようなスポーツ・レクリエーション・文化芸術活動を楽しんでいますか。
また、それに対する公的・私的な支援制度は、ありますか。その場合の費用は、どのようになっていますか。

(20)盲ろうの子供が大人になったとき、支援サービスは、継続されますか。それとも別の制度になりますか。

(21)貴国の盲ろう者の生活における典型的なエピソードをいくつか教えてください。