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視覚障害者等と参政権 選挙権を中心に

村田 拓司

項目 内容
転載元 現代書館 福祉労働88号 2000年9月25日発行

様々な障害ゆえに、参政権、特に選挙権の行使が疎外されている実情があり、その十全な保障のための取り組みが急がれなければならない。全盲の視覚障害者として、また盲ろう者施策のありかたについての研究にかかわっている立場から、視覚障害・盲ろう者の場合の選挙情報の保障、投票時の問題点を検討し、改善のための提言を行う。

 六月二十五日、第四十二回衆議院総選挙が行われた。介護や雇用、遺伝子組み換え食品規制やIT革命等々、国内外の山積する問題や新たな動きに直面しての重要な選挙であった。国民の政治離れが言われて久しい。今回は、一九九六年十月の前回総選挙の五九%余りの最低投票率を僅かに上回ったが、六二%余りの投票率の低さは相変わらずである(注1)。このように、私たちの日常生活から国のあり方・行く末、ひいては世界平和や地球環境の問題まで、政治にかかわりのないものはない。私たちは、国や地域の政治に参加する権利、即ち参政権を持ち、特に選挙権はその一般的で重要な権利であるが、それを十分活用していると言えるであろうか?
他方、日本国憲法により全ての国民に参政権が保障されながら(十五条など)、様々な心身の障害ゆえに、参政権、特に選挙権の行使が阻害されている実情があり、その十全な保障のための取り組みが急がれなければならない。
本稿は、視覚障害者が抱える、選挙権の行使における問題点の抽出と、できればその解決への提言を試みようとするものである。私は、自身が全盲であり、また、盲ろう者施策のあり方についての研究に関わっていることから、その立場で本稿において論じていきたいと思う。

参政権概観

 人間は基本的人権を生まれながらに有することを妨げられない(憲法十一条)。人権は、人間が人間として当然に享受すべき利益即ち権利である。そしてそれは、人種、性、身分はもとより、障害の有無などの区別にかかわりなく、人間であるという、ただそれだけで当然に全て享有できる権利である。憲法は、個人の尊厳を国政上、最大限に尊重すべきものとし(十三条)、各個人が法の下に平等であることを踏まえて(十四条)、三章で、自由権・社会権・参政権などの各種人権を確認し、保障している。
また憲法は、国民主権原理を基礎とするが(前文、一条、十五条一項など)、それは国民自らが国政のあり方の最終決定権を有するということである。つまり、表現の自由や職業選択の自由のように個人の自由な意思決定と活動とを保障する自由権も、生存権や教育を受ける権利のように人間らしい生活を営めるよう国家に積極的配慮を求める社会権も、その確保・実現には参政権が、重要な役割を果たす。すなわち、人間らしい生活を営むには、善い政治が行われなければならないが、そのあり方の最終的な決定は、国民自らの手に委ねられているということである。「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」(十二条)とあるが、国民主権、即ち民主主義も、参政権を不断に行使してこそ具現化するのである。
参政権は、具体的には、選挙権・被選挙権に代表されるが、広義には、憲法改正の際の国民投票、最高裁判所裁判官の国民審査の権利を含み、更には、公職(公務員)に就く権利(公務就任権)も含む。
選挙権に関して、歴史的には、自由・公正な選挙の実現のためにいくつかの諸原則が採用されてきた。瞥見すれば、
(1)普通選挙〔納税額や財産、性別などを選挙権の要件としない選挙(憲法十五条三項、四四条)〕、(2)平等選挙(一人一票でその価値を平等とする選挙)、(3)自由選挙(投票するか否かは自由で、棄権しても制裁を受けない選挙)、(4)秘密選挙〔誰に投票したかを秘密にする選挙(十五条四項)〕、(5)直接選挙〔選挙人が公務員を直接選ぶ選挙(九三条二項など)〕である。
これらは選挙制度の諸原則であるが、選挙権保障の上でも重要である。例えば、障害者と選挙権という見地から言えば、障害故に実質的に投票の機会が奪われ、選挙権の行使が妨げられていれば、普通選挙の原則に抵触する。点字投票が少数であるが故にその秘密が害されれば、それは秘密選挙の原則に触れることになるのである。
以上のことを前提として、現行選挙制度を検討してみたい。
本稿では、実際の選挙の場面を想定し、各場面で予想され、或いは実際に生じている問題を追ってゆくこととする。第一に、選挙が始まれば(そもそも選挙があるということの情報を含めて)、情報障害者とも言われる視覚障害者には、選挙情報入手の困難が問題となる。特に盲ろう者の場合、情報入手が非常に困難なので、重大な問題となる(2)。第二に、投票所への行き帰りと投票所内での行動、それができない場合の代替措置について、特に盲ろう者は、その行動に困難を伴う場合が多いので、問題となる(3)。第三に、点字投票は特徴的で少数なので、その秘密が確保されているかの不安が付きまとう。
これらにつき、順次検討する。


選挙情報の入手

一、選挙実施情報
一般的には、選挙があることについて、視覚障害者がこのような情報を得ることは、マスコミ報道や日常会話などを通して可能であり、さほど困難を感じないであろう。また、東京都などでは、選挙になると送られてくる投票所入場券上に入場券である旨の点字シールが貼付されている例もある。
しかし、目も耳も不自由な盲ろう者で、特に全盲ろうの状態にある人は、情報摂取が非常に困難であり、一人暮らしの場合の外、中途で盲ろうになった直後のような場合は手話や点字などのコミュニケーション手段の獲得が不充分で、家族との会話すらままならないときには、選挙のあることすら伝わらないことが考えられる。
二、選挙公報等による選挙情報の入手
選挙においては、どの候補者や政党に投票するかの正確な判断を下すために、候補者の政見や政党の公約などの情報(ここでは選挙情報という)の入手が必須である。一般には、街頭宣伝、マスコミ報道やテレビ・ラジオの政見放送、選挙公報、選挙ポスター掲示、演説会への参加などにより、選挙情報を入手することになろう。
視覚障害者において特に問題なのは、活字選挙公報と同内容の点訳・音声化(以下、点訳等)による公報が公的に保障されていないことである。地域によっては選管の判断で、民間の視覚障害者関連施設・団体作成の「お知らせ」などを買い上げて公報の代わりに配布しているところもある。しかし、選挙期間の短縮や、仮名文字体系の点字にするための固有名詞読み下しの困難な作業などにより、点訳等は、候補者名や略歴に留まり、肝心な政見や公約が省略されているのが実情である。
これは、公職選挙法一六九条二項などにより、候補者等の提出した文面を「原文のまま」公報に掲載することとされ、方法として写真製版によるとされているためである(4)。法文の「原文のまま」を素直に読めば、図や写真は別として、掲載文を内容忠実に掲載せよということで、点訳等の公報の未保障は、行政側の不当な限定法解釈に負うところが大きいように思う。
そこで、候補者等に点訳等に配慮した掲載文の提出を法的に求めると共に、点訳等を前提にした公報作成指針を策定する必要がある。すなわち、短期間での点訳等を実現するため、ルビ付けの義務付けや(5)、図・写真などへの対処指針の設定などである。また、選挙民への選挙情報の十全な提供の見地からも、選挙の短期間化の見直しも必要ではなかろうか。また、盲ろう者への公報読み上げのため通訳者を派遣するなどの施策の充実が必要である。
他に、個人や政党の演説会への参加を容易にするために、単独歩行が難しい視覚障害者に対する介助支援員(ガイド・ヘルパー)、盲ろう者に対する通訳・介助員の派遣などの施策の充実も図られる必要がある(6)

投票のための移動 その他投票環境の整備とその代替措置
一、投票のための移動、その他の投票環境の整備

  1. 投票所への移動
    「選挙人は、選挙の当日、自ら投票所に行き、……投票をしなければならない」(公職選挙法四四条一項)というのが、原則である。そこで、単独歩行の困難な中途失明者や盲ろう者の投票所への移動の保障が、問題となる。
    (1)投票所への移動に区市町村の介助支援員は利用できるか? 介助支援員(ガイド・ヘルパー)について、厚生省は、常時通勤通学以外の制限は設けていないようである(7A)。しかし、実施主体である自治体では、「病院や公共施設」に限ったり、平日の九~五時に限ったりしているところが多いため、事実上投票所への送迎は実施されていない(7B)。用務目的による限定をしていない以上、投票所への移動のための利用は可能なので(7C)、そのための自治体の取り組みが必要である。
    (2)かつて投票所に出入し得る者は、選挙人、投票事務従事者・所内監視職員などに限られていたため、盲ろう者の通訳者の同行が可能かが、一応問題となる。しかし近年、法改正により「選挙人とともに投票所に入ることについてやむを得ない事情がある者として投票管理者が認めたもの」(公職選挙法五八条但し書き)の出入が可能となったので、通訳者がこれに該当すると判断されれば、同行できることになった(自治省行政局選挙管理課)。
  2. 投票環境の整備
    (1)弱視者に対しては、投票所内における候補者等の掲示や、複数の選挙が同時になされる場合の投票箱の区別、選挙ではないが最高裁判所裁判官の審査用紙の裁判官名の読み難い場合の配慮なども、考えなければならない。現在選管によっては、便宜供与の一環として、拡大鏡の用意などがなされているようである。しかし、今後高齢者の増加などにも鑑み、画像拡大器を各投票所に一台は設置すべきだと考える。その場合、衝立など投票の秘密保持のための配慮が、より徹底される必要がある。
    また、現在点字投票者が点字候補者一覧を参照できるように、大活字でも同じような物を用意すべきであろう。
    (2)選挙の投票ではないが、国民審査では現在、一般には「審査人は、投票所において、罷免を可とする裁判官については、投票用紙の当該裁判官に対する記載欄に自ら×の記号を記載し、罷免を可としない裁判官については、投票用紙の当該裁判官に対する記載欄に何等の記載をしないで、これを投票箱に入れなければならない」(最高裁判所裁判官国民審査法十五条一項)。他方、「点字による審査の投票を行う場合においては、審査人は、投票所において、投票用紙に、罷免を可とする裁判官があるときはその裁判官の氏名を自ら記載し、罷免を可とする裁判官がないときは何等の記載をしないで、これを投票箱に入れなければならない」(十六条一項)。このように、点字投票者には、罷免を可とする裁判官がある場合、場合によっては一五人全員の氏名をわざわざ書かせられるという一方的負担が課されている。これは、点字を書く音がすれば罷免者があり、全員罷免を可としない訳ではないことが、周囲の人に判るというように、「白票の自由」が害される不利益にもつながりかねない。この点も、審査のための記載の省力化と秘密の確保のため、何らかの是正を考えるべき時がきているように思われる。
    その解決のための一案としては、審査用紙に点字で被審査裁判官名とその傍らに消すべき記号を付し、罷免を可とする場合は、その記号を指で消す方法である。ただこの方法で問題なのは、予め審査用紙に点字で被審査裁判官名を列記するとなると、触読の不得意や糖尿病などによる指先麻痺の中途失明者には適さず、そのための配慮が必要となる。この場合はやはり、点字が書けない中途失明者同様、「身体の故障又は文盲により、自ら当該選挙の公職の候補者の氏名……(等=筆者)を記載することができない選挙人」として、代理投票をしてもらうしかないであろうか?





  1. 視障者の選挙権行使の中核とも言うべきものが、点字投票である(公職選挙法四七条)。しかし点字投票は、著しく特徴的で、また少数であるため、投票の秘密の侵害の危惧が付きまとう。私の周囲の視覚障害者の多くが、その懸念を抱いている。例えば、前述したように、点書音の有無で白票か否かが投票所係員や他の選挙人に判るのでは? といった具合である。
    これについては、選挙事務担当職員(公務員)には守秘義務がある〔公職選挙法二二七条(投票の秘密侵害罪)〕。しかし、他の選挙人との関係では問題が残る。
  2. 点字投票者の中には、開票で用紙を読むのは誰か、少数だけに不安だという声がある。点字の読める自治体職員の場合の外、「解読者」として盲学校教員、視覚障害者施設・団体職員などに委嘱する場合もあるという。投票の秘密の保障の見地からは、守秘義務の課される自治体職員であるべきだが、人事異動や急な選挙への対応などから、やむなく私人に委嘱する場合も多いという。
    問題は、私人には守秘義務が及ぶかである。これに対し、「解読者」は委嘱により臨時的に選挙事務職員(公務員の地位取得)となるが故、秘密侵害罪の主体となり得るというのが、行政側の回答である(自治省行政局選挙課)。しかしやはり、日頃から自治体職員には最低限、点字表と照らし合わせながらでも点字が読める研修などが欠かせないのではなかろうか。また、やむを得ず私人に「解読」を委嘱する場合にも、守秘義務の説明の徹底や誓約書の取り交わしなど、点字投票者の懸念の払拭のための措置が必要だと考える。

注 1 毎日新聞、二〇〇〇年六月二十六日付け。
http://www12.mainichi.co.jp/news/search-news/803710/91I8b9320938a955b97a6-0-2.html
注 2 福島智『盲ろう者とノーマライゼーション  癒しと共生の社会を求めて』五三頁以下。盲ろう者は、視・聴覚の重複障害の故に、コミュニケーション、情報摂取、移動の困難を抱えている。
注 3 前注参照。
注 4 自治省行政局選挙課の話。しかし、公職選挙法一六九条二項には「都道府県の選挙管理委員会は、……掲載文又はその写しを、原文のまま選挙公報に掲載しなければならない。(後略)」とのみ規定され、写真製版の方法は、政令以下に規定されているのである。
注 5 市民がつくる政策調査会「政治参加のバリアフリー」検討プロジェクト『第一次提言「障害者・高齢者等の参政権」現状の課題と提案  政治参加のバリアフリー化に向けて』市民がつくる政策調査会、二〇〇〇年、一一頁。
注 6 後注参照。
注 7 A及びCは、厚生省障害保健福祉部障害福祉課身体障害福祉係の話。Bは、堀利和参議院議員事務所(民主党)の話。
注 8 在宅投票制度訴訟に関する札幌地裁小樽支部判決、昭和四十九年十二月九日、「訟務月報」二一-一-七、札幌高裁判決、昭和五十三年五月二十四日、「高等裁判所民事判例集」三一-二-二三一等参照。
注 9 Aは自治省行政局選挙課の話。Bは前掲(注5)『提言』三三頁。

むらた・たくじ………一九六二年生まれ。九二年、東京都立大学大学院社会科学研究科基礎法学専攻博士課程単位取得退学。現職(財)日本障害者リハビリテーション協会リサーチレジデント。現在、平成十二年度厚生科学研究事業「盲ろう者に対する障害者施策のあり方に関する研究」に参加。