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図書館における視覚障害者等へのサービス充実のための調査研究報告書

LD(学習障害)児・者への情報支援からみた図書館サービスの可能性

埼玉県立毛呂山高等学校
井上 芳郎

1.はじめに

 学習障害とは、Learning Disabilities の日本語訳で、最近ではLDという呼ばれ方をすることが一般的になってきている。もとは米国などで使われはじめた用語であり、例えば全米学習障害合同委員会(NJCLD-National Joint Committee on Learning Disabilities)の1990年の定義では、以下のように規定されている(訳文は1995年に公表された「文部省・学習障害及びこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導方法に関する調査研究協力者会議」による)。

 学習障害(LD)とは、聞く、話す、読む、書く、推理する、あるいは計算する能力の習得と使用に著しい困難を示す、様々な障害群を総称する用語である。

 これらの障害は個人に内在するものであり、中枢神経系の機能障害によると推定され、生涯を通して起こる可能性がある。

 自己調整行動(self-regulatory behaviors)、社会的認知(social perception)、社会的相互交渉(social interaction)における諸問題が、学習障害と併存する可能性があるが、それ自体が学習障害を構成するものではない。

 学習障害は、他の障害の状態(例えば、感覚障害、精神遅滞、重度の情緒障害)、あるいは(文化的な差異、不十分あるいは不適切な教育のような)外的な影響と一緒に生じる可能性もあるが、それらの状態や影響の結果ではない。

 日本では、1992年に「学習障害及びこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導方法に関する調査研究協力者会議」が文部省(当時)に設置されて以来、定義や実態把握方法、学校での指導方法などに関して検討が続けられ、1999年には最終報告が公表され、このなかで国として学習障害の公式の定義が示された。以下にこの定義を示す。

 学習障害障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。

 学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接の原因となるものではない。

 この最終報告を受け2002年には、全国の小中学校の通常学級に在籍する児童生徒約4万人を対象とした実態調査が実施され、「知的発達に遅れはないものの学習面や行動面で著しい困難を示すと担任教師が回答した児童生徒の割合が6.3%」である、という報告がされている。

 国全体の施策としても、2002年12月に決定された「"新"障害者基本計画」において、「学習障害などについて教育的支援を行うなど教育・療育に特別のニーズのある子どもについて適切に対応するため、小・中学校における体制を整備するためのガイドラインを2004年度までに策定する」という方針が打ち出され、さらに2003年3月に公表された文部科学省の「特別支援教育の在り方に関する調査研究協力者会議」の最終報告では、「LDなどのある通常の学級に在籍する障害のある児童生徒への教育的対応は緊急かつ重要な課題となってきている」との問題提起がなされ、2004年度からは文部科学省の施策として「特別支援教育推進体制モデル事業」が全都道府県を対象にして展開される計画であり、その事業の中心的テーマとしてLDに対する支援があげられている。

 このように主に学校教育を中心としてLDへの理解や支援が広まりつつあることは、大変画期的なことであり歓迎すべきことと考えるが、具体的な支援方策や支援システムについてはこれからの課題である。

2.LDの人のかかえる困難

 文部省の定義にもあるように、LDの人は全般的な知的な発達に遅れがあるのではなく、読み書きなどに部分的な困難を持っているのである。読み書きはまったく問題がなく、話すことが苦手であるといったタイプの方もいる。すなわちLDというのは、ある一つの状態像を指すものではなく、いくつかの状態像を総称しているわけである。この「部分的な困難」と「いくつかの異なるタイプの総称」ということが、LDへの理解や支援を難しくしている原因ともいえる。

 LDの人がかかえている困難が顕在化するのは学齢期であるとの指摘がある。特に日本の学校教育では、40人近い学級集団の中で一斉授業の形式で進められることが多く、このこと自体が学業不振や不適応の原因になるともいわれる。このような場合、LDの子どもたちの認知面や情報処理上の困難の特質を充分理解し適切な支援をすることで、困難を軽減させ潜在能力を発揮させることは充分可能なことである。

 LDの中でも特に読むことに困難のあるタイプの場合、教科書や板書など読み取るのに大変時間がかかり、教科学習に大きな支障をきたしてしまう。ところが、聞いたり話したりすることは普通にできるので、周囲からは本人の努力不足が原因であるかのような誤解を受けたり、ご本人自身も自己不全感に悩まされ続けることになる。

 視力は正常で普通に聞いたり話せたりするのに、読むことだけができにくいということは、周囲に対してなかなか説明しにくいことであるし、周囲からの理解も得られにくいものかも知れない。場合によっては一番身近な立場である親や、本人自身も自らの困難に気づいていないことさえあるといわれる。

3.デジタル録音図書の可能性

 欧米ではこのようなLDの人たちに対して、録音図書を活用することで情報保障の支援がなされている。もともとは視覚障害者むけのサービスであったものが、読むことのLDの人たちにも有効であることが知られるようになり、そのための条件整備が進められていったものである。

 旧来のオーディオテープ媒体だけでなく、デジタル録音図書も普及しつつある。デジタル化することで、目次から直接本文へジャンプできたり、しおり機能が付加されたりして、利用者にとってより使いやすいものが開発されてきてる。

 ディジタル録音図書の国際標準規格としては、Daisy(Digital Accessible Information System)がよく知られている。このDaisy規格の優れているのは、音声だけでなく、テキストデータや画像データなども同期させて表示できる点である。

 このマルチメディア対応規格で作成された録音図書を、読むことに困難のあるLDの人たちの情報支援に活用しようという試みたことが、今回の研究活動の目的の一つであった。

 もちろん、読むことに困難のあるLDの人のかかえる問題が、デジタル録音図書ですべて解決可能であるわけではない。しかし研究活動を進めるなかで、デジタル録音図書の利用方法の工夫次第では、大きな可能性があるとの実感が得られた。

 しかし、同時にいくつかの課題も明らかになってきた。コンテンツ制作のための人的資源の問題。ここには純粋な技術的上の問題もあるが、最大の問題点は現行「著作権法」上の制約があげられる。

 著作権法37条では、「点字図書館その他の視覚障害者の福祉の増進を目的とする施設で政令で定めるものにおいては、専ら視覚障害者向けの貸出しの用に供するために、公表された著作物を録音することができる」とあり、読むことに困難のあるLDの人たちは、このようにして作成された録音図書の利用対象外となっている。正確には、最初から想定外であるというのが実態なのであろう。もちろん著作権者の許諾を得れば利用可能となるのだが、煩雑な手続きが必要になる。許諾が得られたとしても、そのための時間が長期にわたった場合には、情報の新鮮度が落ちてしまうことも考えられる。そして著作権者の許諾が得られない場合もあるかも知れない。

 また次のような問題もある。例えば学校の教員が自己の担任するする授業のための教材として、教科書等の著作物を録音図書化し、読むことに困難のあるLD児童・生徒のために利用することは、現行著作権法上でも認められるが、これを複数の教員が持ち寄りいわゆるライブラリー化し共用するということは認められない。また、教員が教育研究のための研修会などで演示する場合には、著作権者に許諾を得なければならない。これでは、せっかくの資源や資産が生かされにくくなってしまう。

 これらの問題は、今後デジタル録音図書を活用していくうえで、是非とも解決していかなくてはならない大きな課題であるといえるだろう。

4.図書館サービスへの期待と課題

 読むことに困難のあるLDの人たちに対するデジタル録音図書の有用性については、今後ますます認識が高まっていくものと期待している。そして学校教育の場だけにとどまらず、広く社会教育の場や、さらには情報バリアフリーの観点から、LDの人たちだけではなく、今まで情報保障の対応が遅れてきた、高齢、上肢麻痺、知的障害などの理由で通常の印刷物からの情報取得に困難のある人たちのためのサービスを、これからの図書館に期待したい。具体例を二例あげて、今後の図書館サービスの可能性について述べてみたい。

 第一例目は、読むことに困難のあるタイプのLDをもつ、ある高校生のケースである。この方は小学校までは学校側の配慮により、別室等でテスト問題を読み上げてもらいこれに解答することで、何とか授業について行けていた。しかし中学校ではこの配慮が受けられず、大変な苦労を強いられたとのことであった。また家庭では親御さんや家庭教師に教科書を読み上げてもらうという支援を得ながら、ご本人の努力により教科学習を進めていったとのことである。そして高校の入学試験においては、事前の申し入れも受け入れられず、特別な配慮が得られなかったため、希望する学校への進学を断念せざるを得なかったとのことである。

 第二例目は、特に漢字の読みが困難であるようなタイプのLDをもつ、ある高校生のケースである。この方は画数の多い複雑な漢字は黒い固まりのようにしか見えず、学校での学習や、日常生活で大変な苦労をされてきたとのことであった。視力にはまったく異常はないのだが、どうしても画数の多い漢字などは読みづらいとのことであった。外出先などで他人にお願いして漢字を読んでもらうのはとても恥ずかしくてできないので、どうしても必要な場合にはカメラ付き携帯電話で家にいる親御さんに転送し、折り返しで教えてもらうようにしているとのことであった。

 またこの方の場合は、視覚障害者向けの録音図書があるということをたまたま知り、地元の点字図書館に貸し出しを希望したのであるが、現行制度では利用対象外であるとのことで、断られてしまったそうである。

 以上のような例からも明らかなように、学校図書館においては、少なくとも学校の授業で使用している教科書や参考書類は、録音図書でも読めるようなサービスが必要なのではないだろうか。彼らの苦労も大幅に軽減できることになると考えられる。

 地域の公共図書館においても、基本図書や資料などの音訳サービスや録音図書の貸し出しができるようになることが理想である。そしてその際には限られた資金と人的資源を有効に活用するためにも、図書館相互のネットワークを活用し、録音図書などのデータベース化を計ることで相互利用の道を開いておくことが大切かも知れない。

 さらに進んで、将来全国各地の学校図書館と地域図書館などを高速の電子ネットワークで結ぶことにより、デジタル録音図書そのものをネットワーク配信するようなサービスが可能になるとよいだろう。そうすれば資源と時間の大幅な節約になるし、利用者の便宜も大いに図れることになるであろう。

5.まとめ

 1999年の「著作権審議会第1小委員会審議のまとめ」では、「学習障害者等に対し、権利制限による様々な形態での視聴覚障害者に準じる『情報保障』の要望」があり、「政府全体としての取組み等、関係各方面の検討状況を見ながら引き続き検討を行うことが適当」との答申が出された。そして現在もこのような「検討」は続けられているのだとは思うが、技術的問題よりもハードルは高いのかも知れない。

 一方今回のDAISYなどのデジタル録音図書の研究活動を通じて、全国各地での実践が少しずつではあるが着実に前進しているとの感想をもった。以下に、まとめてみたい。

 まず第一点目は、DAISYなどのデジタル録音図書を活用する上でもっとも基本となるソフトウェアとハードウェアの問題である。これに関しては最近のさまざまな技術革新やバージョンアップにより、今後とも大いに期待が持てるだろう。すでに視覚障害者向けの点字図書館などで展開されているサービスにも、着実に反映されているようでもあり、利用者にとって、より使いやすいシステムへとさらに進化し続けていくものと思う。

 次に第二点目としては、コンテンツ作成のための人的資源の問題である。これについても、DAISY等に対する認識が深まるにつれ、制作講習会の活発化であるとか、制作者の方たちの組織化により技術の蓄積や共有化が進み、将来に向けて明るい展望が開けつつあるように思う。すでにいくつかの地域では、コンテンツ制作者の方々を中心としたNPO組織なども立ち上がっており、様々な活動が開始されているようである。これらNPO組織などと地域の公共図書館が連携して、人的資源のネットワーク化が進展していくことも必要になるであろう。

 最後に第三点目の課題として、著作権法などの社会的制度の課題があげられる。人間自身が作り出した、このような制度上の壁、言い換えると人為的なバリアが、もっとも乗り越えにくいものであるとしたら、これは大いなる問題であると言うべきである。しかしその一方、制度そのもの自体は社会全体の合意形成によって、いくらでも変更可能なものであるという点も銘記すべきことだと思う。

 現行の日本の著作権法では、障害を持つ方達のための情報保障の観点が諸外国に比べると大きく立ち後れており、例えば正常な視力がありながら、文字情報を取り入れることに困難のある人たちに対しては、まったく配慮がされていない状態である。

 もともと日本の著作権法でいう「障害者」には、聴覚障害と視覚障害の方たちしか想定されておらず、それ以外の情報保障が必要な方たちへの規定がされていないのである。このことは、諸外国と比較した場合、特に日本の制度が大きく遅れを取っている部分であり、今後早急に解決を図らなければならない点でもある。

 今後の図書館で提供されるサービスについても、このような人たちへの配慮が強く望まれる。もちろん、現行の著作権法などによる制約の問題もあるが、欧米等での先進的な取り組みに学びながら、制度改革を視野に入れた検討が必要になるだろう。

【参考】

文部省(1999)「学習障害児に対する指導について」(報告)
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jald/ldrep_99/
文化庁(1999)「著作権審議会第1小委員会審議のまとめ」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chosaku/toushin/991201.htm
文部科学省(2002)通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査
http://www.mext.go.jp/b_menu/public/2002/021004c.htm
総務省(2002)障害者基本計画
http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kihonkeikaku.pdf
総務省(2002)障害者基本計画重点施策実施5か年計画
http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/gokanen.pdf
文部科学省(2003)今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/018/toushin/030301.htm