音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

平成17年度 マルチメディアDAISY図書製作普及事業 総括報告書

【教材を提供している立場から】DAISYを使用した取り組み

富山大学人間発達科学部 水内豊和

私は富山大学の人間発達科学部に所属しておりまして、学習障害やADHD、高機能自閉症といったお子さんの教育相談をやっております。今日はそうした個別の教育相談の1事例をお話しながら、DAISYの有効性等をお話していきたいと思います。よろしくお願いします。

対象児の概要

今日取り上げます事例は、K子ちゃん、小学校4年生の子どもで、通常学級に在籍しております。学習の困難は、読み書き、計算といったところにあります。富山大学には、私のほかに2人、このDAISYに関する研究に携わっている教員がおります。 1人は心理学の先生で小林といいます。もう1人は今日この会場にも来ておりますが、マルチメディアの専門の森田という先生で、障害児教育を専門とする私を入れて3人でこの研究をやっております。

それで、その心理の先生が子どもアセスメントを担当しておりまして、心理教育検査で、いろいろ な所見を取ってもらっています。このK子ちゃんは、(*水内氏パワーポイント資料2参照)全検査IQや言語性、動作性IQも70程度ですから、この検査結果だけみますと、低いといえるかもしれませんが、実際の能力はもう少し高いです。このK子ちゃんはADHD傾向もありますから、検査時に衝動的に回答したり、また不安傾向も高いのでそのあたり影響があったのかもしれません。ただ、やはり学習上の困難は非常に多く抱えているお子さんでした。
WISCやK-ABCなどの検査を総合してみたところ、視覚的な情報を分解したり、それを再構成したりということが苦手で、その結果、読んだり書いたりということにつまずきがあるお子さんであるということが見えてきました。私の所では、そういった子どもさんに対して教育相談の一環として継続的な個別指導をやっています。この子の場合は、彼女と名前を決めたのですが、「やさしいクラス」といった指導教室をやっておりまして、週に1回程度、1時間半ぐらい、国語、算数、生活領域に関して指導しています。集中時間が短いですから、1つの活動を15分~20分ぐらいとしていますし、最後には遊びの時間を設けてあります。

読み能力の実態  

K子は、読むことだけではなく書くことにも問題をかかえています。たとえば、彼女がこんなことを研究室のホワイトボードに書いてくれました。「つかっているときはだめ。はったらいけません」、と。これは、「い」が抜けていました。書くときには、自分でことばに出しながら書いていくのですが、それと実際の書いたものが一致せず、どんどん飛ばしていって、それも気づかない。あとで指摘したら、「ああ、ない!」と気づくのですが、そういった特徴があったりします。

読みの実態に関して、より詳細に述べます。(*水内氏パワーポイント資料3参照)分かち書きはご存じですか。文章が、意味のまとまりで必ず切れている(句点があるもしくはスペースがある)、あるいは改行されている、つまり意味のまとまりの途中では改行されないような表記の仕方なのですね。

小学校の1年生の教科書などはこのようにしてあったりします。分かち書きになっている教材のものだったら、何とか読めるところがあります。1つの文章が長いと、読んでいるとつまずきがあるし、理解も困難です。それ以上の学年レベルのものになると困難な様子でした。また、縦書きと横書きでは、どちらがK子の認知スタイルとして読みやすいのか、実際にさまざまな文章を読ませたところ、横書きのほうが得意でした。したがってマルチメディアDAISYの作成に当たってはすべて横書きとすることにしました。  特殊音節の読みには非常に困難があり、例えば、「きゅうきゅうしゃ」や「ティッシュ」という単語はなかなか読めません。また、行を飛ばして読んだり、自分で単語を勝手に作って読んだりという「飛ばし読み」や「勝手読み」もよく見られました。ただし、K-ABC等の検査からは、日常生活経験に必要な単語は結構理解していることが明らかとなっています。なお、こうした読みの困難さの背景に視知覚の問題があることも考えられたため、フロスティッグ視知覚検査も実施しましたが、特に問題は認められませんでした。

マルチメディアDAISYを用いた読みの指導方法

マルチメディアDAISYを用いた読み指導に当たっては、その再生ソフトとして「LP Player」を用いました。これは、財団法人日本障害者リハビリテーション協会が無償で提供しており、ホームページからダウンロードすることができます。教材を提示するパソコンは、以前から個別指導の時間にパソコンを使った計算ゲームなどでK子が使い慣れているものを、今回も使用しました。OSはWindows XPであり、画面は17インチの液晶ディスプレイを用いました。音声スピーカーは液晶画面の左右に配されており、前面からステレオにて音声を聞くことができます。

マルチメディアDAISYを用いた指導とその効果を検証するために、夏季休業中の1週間のうちに集中的に5セッション、またその効果を検討するために1週間後に1セッションの計6セッションを設定しました。1セッションに取り組んだ教材はだいたい1~4つであり、それぞれについて、マルチメディアを用いずに机の上で本をそのまま読む(普通読み)、マルチメディアDAISYを再生し、反転表示と読み上げの音声を聞き、音声の後を追いながら読む(後追い読み)、マルチメディアDAISYの読み上げの音声と反転表示とに合わせて読む(合わせ読み)、マルチメディアDAISYを再生するときに音声を消して反転表示だけさせ、それに合わせて読む(音消し読み)の4つの方法をとりました。なお、普通読み、後追い読み、合わせ読み、音消し読み、などの読み方の名称は今回の研究に際して、私が勝手に名づけたものであり、読みの方略をあらわす一般的な名称ではないことにご留意ください。指導に際して用いた読みの題材は、K子の読みの能力と興味関心とに基づいて決定しています。選択した題材は、『だめよ、デイビッド』、『デイビッド、がっこうへいく』『デイビッドがやっちゃった』、 という難易度が同じなシリーズものの絵本です。これは、教科書のレベルで言えば、1年生の初期の段階のものに相当すると考えられます。また、『くれよんのくろくん』『くろくんのふしぎなともだち』というシリーズの絵本も用意しました。これは2年生の初期の段階のものに相当すると考えています。さらに、1年生の後期程度の難易度を想定した『わたしのワンピース』という絵本も用意しました。これは、半年以上前に、マルチメディアDAISYとして読んだ経験があり、今回もその時の効果の長期的な影響があるのかを検証するために取り上げました。また学年相応の読みの能力を査定するために、小学校4年生の教科書に載っている題材である『いろはにほへと』も、普通読みだけですが実施しました。なお、マルチメディアDAISYと著作権については議論も多く完全にクリアされていないことではありますが、今回は指導のためにマルチメディアDAISYにした題材のすべてにおいて、原本である絵本や教科書は購入してあります。

指導の結果  

ここでは、指導前の実態把握、指導中の様子、指導の妥当性と有効性、について結果を述べます。(*水内氏パワーポイント資料4参照)

まず、指導前の実態把握についてです。K子の学年相応の題材として、小学校4年生の教科書に掲載されている『いろはにほへと』という題材を普通読みにて読みました。その結果、飛ばし読みや勝手読みが非常に多く見られました。特に文中の「いろはにほへと」という部分でかなり引っかかり、「いろいろな…」と繰り返して読んでいました。このように学年相応の文章は非常に読みに困難を抱えている状態が見られました。

次に指導中の様子についてです。指導日1日目から4日目までは、K子の読みのレベルに即した題材について、マルチメディアDAISYを用いて、先に示した3つの読み方で取り組みました。(*水内氏パワーポイント資料5参照)題材の難易度をK子の読みの実態に配慮したために、指導開始当初より、ところどころつまずきながらも、ある程度読め、また意味も取れているようでした。ただし、特殊音節、例えば撥音ではつまずきがあり、なかなか読めないという、K子特有の読みの問題が見られました。終盤に当たる4回目の指導日には、読みそのものも流暢になってきており、自信を持って、また登場人物になりきったようにして読む様子も見られました。1週間後の読み指導の般化をねらいとしたセッションでも、指導で取り上げた題材については、自分から積極的に読み進めて、読後感を語る様子も見られました。
なお、本研究では、当初、読みの能力の向上を客観的に把握するために、同一教材における指導前と指導後での読みのエラー数、ならびに読みにかかる時間を測定しようと試みていましたが、K子の読み方が、その時々のK子の心理的状態や気分に左右される(たとえば、登場人物になりきったりする)ため、実際には、そうした客観的観点で測定することが不可能でした。ただし、教育相談における個別指導としての読みに関する指導目標は、「読むことのスキル」だけではなく、「読んで意味を理解する」、「読むことの楽しさ」という指導目標も考えておりまして、その意味では、今回マルチメディアDAISYを用いた集中的な指導をする中で、特に「読むことの楽しさ」にK子が気づけたことに対しては、K子自身の様子や保護者の感想からも評価できる点であろうと考えられます。

また、「読んで意味を理解する」ことに関しては、各題材について、内容理解を確認するプリントを準備して取り組ませています。その結果、普通読みでは、読むことで精一杯で内容理解はまったくできていない様子であったのが、マルチメディアDAISYを活用して読んだ後では、ほとんどのプリントで正答を示し、意味理解が進んでいることが明らかになりました。しかし、そのことが、マルチメディアDAISYから再生される読み上げの音声を聞いて理解したのか、それともマルチメディアDAISYの反転表示を目で追い読みながら理解できたのか、という点では厳密には区別して検討できていないことも事実です。とはいえ、このことからは、たとえば学校での教科学習や家庭での予習・復習などにおいて利用する点においては、マルチメディアDAISYを用いることは有効であるといえると思います。

おわりに

以上の成果を受けて、マルチメディアDAISYを用いた読み指導の有効性に関して、まとめてみます。(*水内氏パワーポイント資料6参照)今回の取り組みは、大学の教育相談機関の個別学習指導の一環としておこなわれたものです。したがってこれが学校や学級集団での学習ということには直接言及できないという限界を踏まえつつも、マルチメディアDAISYを用いた読み指導の有効性について述べさせてもらいます。

今回の取り組みがK子の読み指導に有効であったことは総合的に評価できると思います。しかし、マルチメディアDAISYを用いた読み指導には、今回取り上げた方法以外にも有効な手立てはあるでしょうし、今後の実践事例の積み重ねが進むことを期待したいところです。また、音読であれ黙読であれ、読むことのスキルそのもの向上を追及すると、反対に読むことの楽しさや作品を理解する楽しさが阻害されてしまうということも今回の取り組みの中で痛切に感じました。したがって、マルチメディアDAISY教材を使って対象児にどのようなことをねらうのか、ということについては、支援者はしっかり意識しておかなければならないと思います。内容理解の補助的な役割や、読むことに関する苦手意識の改善の一助としてのマルチメディアDAISYの有効性は大いに期待できると思います。

次に、教育的利用の観点からみたマルチメディアDISAYの課題について触れます。マルチメディアDAISYの作成ソフトであるSigtuna DAR3については、操作や作成手順の難しさ(たとえばspanタグを手入力で入れなければならない)については本研究で扱う内容ではないですし、今後ももっともっと使い勝手のいいものに改良されていくと伺っています。したがって、ここでは、マルチメディアDAISYを教育に利用する点から見た課題について述べます。マルチメディアDAISY教材は、現状では、作成者がすなわち利用者である、ということは稀であり、DAISY教材作成ボランティアが作成していることのほうがまだまだ全国的には多いでしょう。したがって、個々の読み能力に合わせたマルチメディアDAISY教材を作るとき、例えばこの教材でも少し読めるようになったから、今度はもう少し読むスピードを早くしたいとか、区切りの長さを長くしたい、といったニーズも当然出てくると思われます。

現状では再生用ソフト(LP PlayerやAMIS)の機能の中で、ある程度対応できることもありますが、より個々の子どものニーズに即したものを提供したいと考えたときに、教材の作成にあたっては、どのような点を考慮しなければいけないのか、本研究のような実践の積み重ねの中で明らかにしていく必要があると考えます。

つまり、さまざまな読み能力に関する要素、子どもの興味や関心、家庭や学校のニーズ、もっと細かいところで言えば、読み上げ音声のイントネーションや方言、説明文と物語文での読み方の違い、などが把握でき、そしてそれに即したマルチメディアDAISY教材が作成できるような「オーダーフォーム」の開発が、今後の課題となるのではないかと考えています。

また、こうした指導にあたっては、対象児の自尊心や耐性の問題があると思います。自尊心というのは、絵本を小学校4年生の子どもさんに使うときに、軽度のお子さんは自分のことはよくわかる子どもですから、何でこんな絵本をいまさら読まなければいけないのか、ということを思ったりすることがあります。したがってその辺りとの兼ね合いを考えなければいけません。また、耐性というのは、この子はADHD傾向もありますので、同じ絵本を3回も読ませるのは、たとえ読み方の方法を変えるといっても飽きてしまうことも十分起こりうるわけです。それでは終わります。もしよろしければ、アンケートにご協力していただいて、終わりのときにでも回収する者がおりますので、よろしくお願いいたします。ありがとうございました。