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平成17年度 マルチメディアDAISY図書製作普及事業 総括報告書

レポート DAISYへの取り組み
マルチメディアデイジーを活用した取り組み~知的障害や発達障害のある人たちを対象にした活動を中心に~

野村美佐子(財団法人 日本障害者リハビリテーション協会 情報センター次長)

はじめに  

当初は視覚障害者のための情報技術として開発されたデイジー(アクセシブルな情報システム)は、開発が進むにつれて視覚障害者をはじめとする高齢者・知的障害者および学習障害者などさまざまな障害者に対応するマルチメディアの情報技術として有効であることが認められてきました。

音声にテキスト、画像をシンクロさせ、ユーザーは音声を聞きながらハイライトされたテキストを読み、同じ画面で絵を見ることもできます。マルチメディアデイジーは、マルチメディアの特性を生かしてだれもがアクセスできるような設計をし、みんなが出版と同時に情報を分かちあうことができる技術として生まれました

ここでは、日本障害者リハビリテーション協会情報センターにおける認知・知的障害者を対象としたマルチメディアデイジーの開発と取り組みについて述べていきます。

世界に先駆けた試みのスタート

マルチメディアデイジーへの取り組みの1年目である平成13年度は、LD(学習障害)の研究者、LDの親の会、デイジーの専門家、知的障害者の親の会および作業所関係者等で構成する企画委員会を設け、その助言を受けながら、認知・知的障害者のニーズに対応するデイジーの開発および普及を始めました。具体的にはマルチメディアのサンプルコンテンツを用意し、教育関係者、家族等の支援者および専門家にデイジーの啓発・普及を行いました。同時に、認知・知的障害者が活用するために必要な再生ソフトウエア開発に関する助言を得るために、既存の再生ソフトの操作実習などの研修を支援者に行いました。

その頃は、視覚障害者のためにカセットに代わってデジタル図書が世界の点字図書館で普及し始めた頃ですから、これは世界に先駆けた試みでした。

2年目(平成14年度)はデイジーコンテンツを再生するソフトウエアの開発を始め、そしてできあがったのがさまざまな障害に対応する多様なユーザー・インターフェースを持つAMISでした。AMISは普通のパソコンのマウスやキーボードでも操作できますが、それが難しい人にはタッチパネルやゲームコントローラーも使えますし、身体のどこかでスイッチのオン・オフができればデイジーを読めるしくみになっています。

また、文字を拡大したり、点字ディスプレイにつないで盲ろうの方の読書に道を開くこともできます。この年は、デイジーコンテンツとAMISをインストールしたパソコンでの体験会を全国で実施しました。 3年目(平成15年度)は、製作指導者講習会を実施し、講習会の内容を自宅で復習できるように製作マニュアルなどの配布を行いました。  
このような活動の中で、ペースはゆっくりでしたが、学習障害の関係者および教育関係者の目に留まるようになり、平成16年12月に「発達障害者支援法」が成立すると、ディスレクシアなどの発達障害児の学習支援ツールとしてマルチメディアデイジーに注目する人が増えてきました。

普及のためのサンプル作り

マルチメディアデイジー図書の初めてのサンプルは、「全日本手をつなぐ育成会」が知的障害者用に出版した自立生活ハンドブックシリーズの一冊である『いや』でした。実際に知的障害者に見てもらって感想や要望を聞きました。
最初のサンプル作りの後には、ディスレクシアやLDについてのリーフレットをデイジー化し、絵本にも挑戦しました。
16年度には、著作者の死後50年以上経っているため著作権フリーとなっている『マッチ売りの少女』『3匹のこぶた』『ごんぎつね』『蜘蛛の糸』などのテキスト、新進のイラストレーターくぼりえさんの絵、女優の森口瑶子さんなどの朗読で、音とテキストと絵がシンクロする新しい電子絵本を作成しました。

『マッチ売りの少女』と『3匹の子ぶた』については、日本人以外の方が使用することも視野に入れて、英語版を製作しました。

平成17年度には、当協会が製作をしたくぼりえさんの絵本『バースデーケーキができたよ』のデイジー版が、その年のIBBY(国際児童図書評議会)障害児図書資料センター推薦図書に選定され、障害者にアクセシブルな絵本として認められたことをとてもうれしく思いました。

これからの予定としては、編集者、絵本関係者の助言を受け、スウェーデン語からの翻訳版にデイジー版のCD―ROMを同梱する計画があります。このオリジナルは、ディスレクシアや知的障害者が読みやすい図書として書かれた本であるため、翻訳・デイジー化されたコンテンツがさまざまな障害者(特に認知・知的障害者)に対応できるアクセシブルな出版物のサンプルになれば、と作業を進めているところです。

マルチメディアデイジー 啓蒙活動

障害保健福祉研究情報システム(http://www.dinf.ne.jp)のウェブサイトでは、障害者の情報環境のバリアフリー化とさまざまな障害に関する情報提供を行っています。

日本では対応が始まったばかりのディスレクシアやデイジーに関する情報や、英国の知的障害者団体が作成をした知的障害者にとって読みやすい資料作成のガイドラインの翻訳版なども掲載しております。スウェーデンから実際にディスレクシアと呼ばれる読み書き障害をもつハンス・ハンマランド氏をお呼びし、ご自身の障害とデイジーの活用についてお話いただいた講演録も掲載しています。

また世界のデイジー活用の動向も、常に最新の情報を提供しています。

平成15年度には初めての「デイジー活用事例交換セミナー」を、マルチメディアデイジー図書製作に関する意見交換や今後の発展について話し合う場として開催いたしました。ここでの、ユーザーの声を聞きながら試行錯誤しつつ製作をしている作成側とユーザーの両方の発表は貴重なものでした。特に、実際にデイジーの教科書を利用したディスレクシアの中学生の母親による感想は、文書での発表ではありましたが、会場の参加者に感動を呼び起こしました。

平成18年2月末には2回目のセミナーを予定しておりますが、さまざまな貴重な事例がでてくることが期待できます。

マルチメディアデイジー 図書研修会の成果  

この3年間、教育関係者、学習障害者の親、塾の先生、知的障害者の施設の職員などに3日間の製作講習会の開催、点字図書館の音声のみのデイジー図書製作ボランティアの方々、自閉症の団体、ディスレクシアの団体の方々などに講習を行ってきました。その際には、すでに約70冊の教科書のマルチメディア製作を行っているNPO法人「デジタル編集協議会ひなぎく」に研修の協力も仰ぎました。

北海道にある読み書き・算数に困難にもつ子どもたちを支援する「かかわり教室」の二峰さんは、当協会がマルチメディアデイジーの普及を始めた13年度の頃からデイジーに注目し、その翌年にはデイジーコンテンツを学習の補助教材として製作し、子どもたちの指導に使い始めています。

しかし著作権上の困難もあり、15冊のマルチメディアテキストを作成するだけにとどまっているという現状があります。最近では、研修を受けた教育関係者の方々が学習教材としての有効性の研究を始めております。

奈良で研修を受けた方々が「奈良デイジーの会」を結成し、積極的にマルチメディアデイジーの普及を進めてくださっています。その会の山本義久さんは脳梗塞で倒れた後でデイジーの研修を受け、リハビリにデイジーを使うことが言葉を取り戻すのにとても効果があったということで、これは新しいデイジーの活用事例となりました。

現在、当協会は前記のような非営利団体にはマルチメディア製作ツールの無料提供など、できる限りのフォローアップをしていきたいと思っております。

また製作ツールの操作が難しいとの声がありますので、簡単に操作できるようなツール(XHTMLコンバーター)も開発し、もうすぐリリースの予定です。

新しい動き

デイジーは、国際標準規格であり、デイジーコンソーシアムによって開発が維持されています。認知・知的障害者のために特に効果的である動画に対応する製作ツールの開発に向けて、さらに進んだ、だれにでも使用可能でオープンなマルチメディア標準規格の枠組み開発を主導しているのが、デイジーコンソーシアムの設立者の一人である国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所障害福祉研究部長の河村宏さんです。前述の再生ソフトウエアAMISについても、当協会の開発は終了しましたが、オープンソースとしてデイジーコンソーシアムのDAISY for ALL Projectにより、継続して開発が進められています。 まとめ  新しい動きの中で、さまざまな障害者の情報を保障するアクセシブルなツールとしてマルチメディアデイジーを普及させていくには、著作権問題のクリアなどデイジーの発展をとりまく社会システムを変化させる取り組みが必要になってくると思います。そのためには、平成17年の7月から著作権の問題をクリアして、障害をもつ学生にフルテキスト・デイジーのネット配信を行っているスウェーデンの取り組みなどを参考に、文部科学省などの行政に対して教育的な見地からあるいは人権的な立場でアプローチをしていかなければならないと思います。そしてデイジーに関わる関係者が一丸となってネットワークを構築し、マルチメディアデイジー製作の普及を進めていくことが障害者の情報環境のバリアフリー化につながっていくでしょう。

(「ノーマライゼーション」2006年2月号より)