音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

平成17年度 マルチメディアDAISY図書製作普及事業 総括報告書

【シンポジウム】DAISYの今日的意義

石川准(静岡県立大学国際関係学部教授)

ご紹介いただきました石川です。タイトルは、適当かついい加減に付けてしまいましたので、内容とはあまり一致しないかもしれません。河村さんのいまのお話に共感する点が大変多いのですが。
社会が理想主義的な思想や文化を育んでいくことはとても大事なことです。しかし、にもかかわらずと言いましょうか、現実的なその戦略もないと、それが全体に共有されるとは必ずしも常に期待できるわけではない。
つまり、今のお話は、DAISYの強さであると同時に弱さにもなり得るということを考えた上で戦略を立てていく必要があるのではないかという問題提起というか、あとでそういう議論の流れになるかどうかわかりませんが、そういうことで少しお話をさせていただきたいと思います。

あらゆるものへのアクセシビリティというのは、言うまでもなくユニバーサルデザインを指向しています。つまり、すべての人をカスタマー、利用者と想定する。誰も見捨てないという考え方です。また、オープンな規格であるということ、そしてコピープロテクトについては無規定である。私はこれがDAISYの3つの特長ではないかと思っています。それに対して、それとは全く対極的なものが社会的には非常に流通しているし、また、ビジネスとして成功もしている。具体的に言うと、カスタマーを限定するということです。限定というのは、例えば正規分布があったときに、その真ん中だけを切ってそこにターゲットを絞るというものです。それからブラックボックス型の独自規格。その規格は透明にしない、オープンにしないで自社の、いわば機密事項としてその規格は守秘するというアプローチ。そしてプロテクトに関しては、これは、その機能を装備することによって自社、あるいは他の著作権者の知財を守るというアプローチをとる。

これはDAISYとは全く逆、水と油と言ってもいいでしょうか、その考え方あるいはモデルとして違っているわけです。しかしこの後者のアプローチは、ビジネスモデルとしては勝利し続けてきているというところがあります。これをどうするかということです。

ここにハードディスク・オーディオプレイヤー、簡単に言うとiPod shuffleを持っていますが、これはiTunesというソフトウェアを使ってでないと、このiPodには音楽データを入れることができません。また、ミュージックストアというネット上のストアから、iTunesというソフトウェアを使ってダウンロードしなければ購入できない。いま述べた3つの条件をすべて備えたビジネスモデルで、とても成功しています。これは別にiPodのビジネスモデルだけではありません。いちばん成功しているものの1つだということでお話をしているだけであって、特に他意はないのですが、そういったものをいくらでもお示しすることができます。この囲い込み戦略と言いますか、複製防止機能を提供することによって、その知的財産権の保有者の安心・信用を獲得しつつ、あるいは保持しつつ、そのビジネスモデルを成功させていくというアプローチになっています。

市場メカニズムというのはやはり軽んじることができない、馬鹿にしてはならないものですから、この原理・原則を無視して何かやろうとすると、負けてしまうということがしばしばあるわけです。それをどう考えるか。ユニバーサルデザインを否定はしないけれども、徹底的に追求することはしたくないというのが、企業の基本的な考え方だろうということもあります。
こうなった場合に支援技術との連携は、原理的に不可能ではないけれども、簡単ではなくなってしまうということがあります。

支援技術側からすると、アクセシビリティを実現するための支援技術側の負担は多くなるし、また、ソリューションは不十分なものになりがちであるということは、論理的にも経験的にも言えると思います。
では、どうしたらいいか?
そのマーケットの原理の上に、ユニバーサルデザイン的な思想や哲学、文化を、社会的な法規範として制度化して、全員がそれを遵守するようにお互いに約束しあうしかない、あるいは強制しあうしかないということになると思います。条例があっても、検査に通ると次の日にそれを破ってしまうビジネスホテル・チェーンが最近ありましたが、こうなってしまうわけです。それを理念や文化だけでは押していけないということがあるので、その規範の制度化はどうしても必要になるだろうと思います。

また、クローズな規格、ブラックボックスに入った規格というのは社会は選択しない、採用しないという規範もやはり必要なのではないか。先ほど河村さんの話にあったように100年後、200年後、開けなくなってしまう危険があるような、そんなブラックボックスに大事な、文化的な財産を入れてしまうことは愚行だというように、社会が見識を持つことです。そしてそれを規範的に制度化するということだと思います。

問題は複製防止機能・機構。これをどう考えるか。ここは考えどころではないかと思います。
DAISYはある意味でそこは非常に無防備にやっているわけですが、DAISYの外側にプロテクト機能をつけることによる妥協というのはどうか、それは議論の余地があるところではないかと思います。つまり私としては、正しいルールで競争する社会ということをキーワードとして提案していくことがいいのではないかと思います。時間ですので、ここで終わらせていただきたいと思います。