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高齢者の経済生活と労働に関する研究-労働能力診断システムの開発を中心に-

森二三男(北海道文理科短期大学)

丸谷隆明(北海道大学医療技術短期大学部)

宮代信夫(北海道工業大学

項目 内容
発表年 1991年
転載元 高齢者問題研究 No.7巻(発行:北海道高齢者問題研究協会)

A Research concerning with Quality of Work
and/or Consume Life on the Elderly
Fumio Mori, College of Art and Science,
TakaaKi Marutani College of Medical Techuology,
Hokkaido University, Nobuo Miyashiro,
Hokkaido Institute of Technology

Abstract

 Recently, psycho-social and economical problems has been gradually important to us in order to realize ageless society including job placement contingent upon Functional Age. The aim of this paper is to research and develope some assesment-test of workability for the elderly. The following are gists of this report,
1, On the test battery for the elderly who will be employed as job applicant and also for worker who have already been working in their own work place.
2. On the experimental measurement of moving time(MT)as a test index of occupational compe-tency in the elderly.
According to research results, there were aging differences in some extent of each item scores obtained from test bettery and also there were significantly aging differences in MT between young age group and elderly one. But, Is this an aging effect? It is suggested that some revision of test item may be considerable, and so more pertinent to the study of elderly workability is the question of how functional age is to be,determined. It is supposed to study above-mentioned problems in continuous research.

1 序言

 わが国人口の超加速的高齢化の現実は、これらの人々の経済(消費)生活支援システムの構成と同時に、就労対策の樹立を緊急の課題とすべきことを迫っている。
 ややもすると従来は、加齢に伴う職業能力の低下を理由として、退職金、年金等に依存する社会福祉が強調されるあまり、高齢者が生産社会から排除される傾向を黙認するきらいが窺われた。
 しかし、現今の経済的活況に触発された極端な労働力の枯渇は、ある程度の体力、知力水準を保持している高齢者の就労を、より広範な職域に求めざるを得ない雇用事情にあり、このことがむしろ高齢者の勤労意欲と白立心活性化の原動力となり得ることを認識させてきつつある。
 この研究は、こうした社会経済的状況変化のもとで当該年齢にふさわしい就労能力の発見と活用を示唆する資料提供の目的でおこなったものである。

2 方法

 研究方法の第1は、ぺ一パー・ペルシル方式の『就労能力発見テスト』を創案し、これを被検者260名に実施し、その結果を集計整理した。このテストはWAIS、鈴木ビネー式知能テストおよび労働省編GATB等を参照して表-1に示す通り、言語性検査4項目、動作性検査4項目を選定して間題を作製した。

表-1 就労能力発見テストの項目内容
テスト項目 問題数 粗点*
言語性 Verbai
一般知識 Information 20 20
関係理解 Comprehension 10 1
異同識別 Discrimination 10 10
算数 arithmatic 8 8
48 48
動物性 Preformance
絵画完成 Picture compretion 30s 5
符号問題 Coding 60s 93
書字問題 Writing 120s 100
点数え Dott counting 180s 27
390s
*ただし動作性テストの粗点らんには作業量を示した

 また第2の実験的測定研究は、被験者60名に、眼と手の協応動作による位置決め作業を課した時の運動時間(MT:Movement Time)の測定で、これはMODAPTS評価法のうちの、ムーブボード上のスゥイッチに手を伸ばす課題作業である。この時被験者にさせた作業の上肢移動は4方向(前方、測方、斜め前方、垂直方向)、また移動距離を3種類定めて、これをパラメータとして目標の大きさの順に3つの位置決め困難度を設定した。
 このような作業条件で移動時間をミリ秒単位で測定したが、この実験の状況を図-1に示した。

MT測定実験の状況写真
図-1 MT測定実験

 なおテストの被検者および測定実験の被験者として北海道職能開発センター、札幌市社会福祉総合センターに来所した健康な高齢者ならびに札幌高等技術学院訓練生、札幌市内私立専門学校教員および建設会社従業員等に協力を求めた。

表-2 被検者の構成人数(就労能力発見テスト)
男性 女性 合計
若年群 1名 19名 20名
20歳代 12名 38名 50名
30歳代 12名 18名 30名
40歳代 18名 7名 25名
50歳代 23名 1名 24名
60歳代 5名 15名 20名
70歳代 4名 14名 18名
80歳代 10名 13名 23名
合計 210名

 対象者の総数は270名で、これら協力者の年齢構成、切女別の人数を表-2、表-3に示した。

表-3 被検者の構成人数(目と手の協応動作)
男性 女性 合計
若年群 10名 0名 10名
60歳代 7名 17名 24名
70歳代 9名 12名 21名
80歳代 3名 2名 5名
合計 60名

3 結果

1.「就労能カ発見テスト」の実施結果

 このぺ一パー・ペンシルテストはさきに述べた通り言語性、動作性各4項目から構成されているので、各項目別の得点および規定時間内作業量等の平均値ならびに標準偏差値を表-4、表-5に、また年代別平均値をグラフ上にプロットして図-2および図-3に示した。まず一般知識と関係理解のテスト得点は(a)に示す通り30歳代群をピークとするほぼ正規分布型となっている。

表-4(a) 言語性テスト得点の年代別比較
一般知識 関係理解
平均得点 標準偏差 平均得点 標準偏差
若年群 9.3 2.4 5.6 1.9
20歳代 11.1 3.1 6.8 1.9
30歳代 12.2 3.1 6.8 1.9
40歳代 12.2 3.2 6.8 1.9
50歳代 14.4 3.5 6.7 1.8
60歳代 12.0 4.2 6.0 2.8
70歳代 8.7 5.1 5.2 2.9
80歳代 4.7 3.0 4.5 3.0
5.4 3.0 3.7 3.5
表-4(b) 言語性テスト得点の年代別比較
異同識別 算数問題
平均得点 標準偏差 平均得点 標準偏差
若年群 5.7 1.5 6.6 1.2
20歳代 5.7 1.8 6.6 1.7
30歳代 6.0 2.0 6.8 1.3
40歳代 6.0 1.6 6.6 1.9
50歳代 3.7 2.0 5.7 2.1
60歳代 1.8 1.8 3.9 2.6
70歳代 1.9 1.6 2.9 2.5
80歳代 1.3 1.5 1.8 2.1
表-5(a) 動作性テスト得点の年代別比較
絵画完成 符号問題
平均得点 標準偏差 平均得点 標準偏差
若年群 4.6 0.6 78.6 10.7
20歳代 4.7 0.5 76.3 11.7
30歳代 4.9 0.3 76.5 12.2
40歳代 4.9 0.3 75.9 10.7
50歳代 4.5 0.8 60.6 16.0
60歳代 3.4 1.4 36.9 15.3
70歳代 4.0 1.3 34.6 17.9
80歳代 2.9 1.7 14.0 7.6
表-5(b) 動作性テスト得点の年代別比較
書字問題 点数え
平均得点 標準偏差 平均得点 標準偏差
若年群 84.3 10.6 21.7 3.4
20歳代 83.5 16..7 21.7 4.0
30歳代 87.1 11.4 22.5 3.2
40歳代 83.6 11.0 21.9 2.4
50歳代 61.8 18.4 17.7 3.5
60歳代 51.9 22.8 17.7 3.5
70歳代 42.3 17.9 15.6 3.5
80歳代 38.3 17.1 11.1 4.2

「就労能力発見テスト」言語性テストの一般知識と関係理解の折れ線グラフ
図-2(a) 言語性テスト得点の年代別比較
「就労能力発見テスト」言語性テストの異同識別と算数問題の折れ線グラフ
図-2(b) 言語性テスト得点の年代別比較
「就労能力発見テスト」動作性テストの絵画完成と符号問題の折れ線グラフ
図-3(c) 動作性テスト得点の年代別比較
「就労能力発見テスト」動作性テストの書字問題と点数えの折れ線グラフ
図-3(d) 動作性テスト作業量

 しかし言語性テストであるにもかかわらず若年群から40歳代群までは、ほとんど得点差がなく、50歳代をこえると、ほぼ加齢に比例した得点の低下が認められる。
 また動作性テストの図-3ではすべての項目について50歳代以降は加齢に伴う得点低下がみられる。ただし図-3(c)の絵画完成課題で70歳代群が60歳代群より得点が高いのは、インストラクションの不備による結果で、実際は波線で示した如く修正すべきであろうと判断される。

2.(MT)測定実験の結果

 図-4のグラフに示した通り、縦軸には平均時間をミリ秒で、また年代別を横軸にとってプロットしたが、標準偏差値を各個に併記した。

MT測定実験のID別グラフ
図-4 MTの年齢別比較

 このグラフの困難度指標(ID, Index of Difficulty)は、課題作業時における上肢の運動制御動作系に情報理論の通信容量の定義を適用して実験作業の困難度を示すインデックスとしたもので、(a)、(b)、(c)の順に困難度が大となるからMTもそれに比例して増大することが分る。また各課題作業のいずれにおいても若年群と高齢者群とのあいだの差は認められるけれども、60歳代から80歳代の年齢のあいだでは加齢による有意の差は認められなかった。さらに上肢運動と協応する情報処理能力の加齢差をみるため、毎秒当りの情報量(bit/sec)を縦軸に、横軸に年代を目盛ってグラフ上にプロットしたところ図-5の通りとなった。

上肢の情報処理能力の年齢別グラフ
図-5 上肢の情報処理能力の年齢別比較

 ここでも若年群と高齢者群のあいだに有意の差はあるが、60歳以上の各年代群のあいだの有意差は認められない。またt検定の結果を表-6に、男女差を図-6に示したがいずれも有意差を示していない。

表-6 若年者と比較した高齢者の情報処理の検定結果
高齢者の情報処理検定の結果の表
高齢者の情報処理検定の結果の男女差を示しているグラフ
図-6 上肢情報処理能力の性別比較

4 考察

 高齢化社会となった現在、雇用福祉をどう考えるかが、社会福祉以前の問題として早急に解決を迫られている緊急課題であるとする意見が強いことは冒頭にも述べた通りである。
 われわれの勤労生活には老後の前に定年後という人生の危機(クライシス)が控えているから、これをどのようにきり抜けるかの対応は専ら個々人のそれまでのキャリアと意欲にまかされ、社会政策として公共的にとりあげてもなお模索の域を脱していないのが現状である。
 ところで一般的には暦年齢65歳以上を一様に高齢者と呼ぶ慣習が定着しはじめているが、われわれの研究結果からみて、こうした加齢区分はほとんど意味がないと考えられた。とくに、従来から知能検査による横断的研究の結果、中枢性機能の関与する言語的知識、理解や意味関係の把握判断、計数能力などのいわゆる結晶性能力(crystalized ability)は18歳から28歳ぐらいまで直線的に増大し、経験的規定性の強い機能で加齢による低下は少いが、流暢な筋肉動作と機敏な応答性などの神経感覚的機能の関与が大きいパフォマンス課題の遂行能力、すなわち流動性能力(fluid abilty)は15歳ぐらいで最高水準に達し、それ以降は加齢とともに漸減し、とくに高齢期には低下が著るしいと言われてきた。
 しかし、われわれのテスト・バッテリーの得点からの観測では両機能の加齢による衰退差は、こうした定説にはネガテイブであることが示唆されている。
 むしろ就労能力としての高齢者の認知能力ならびに動作機能を配慮する場合には、聡明さsagacityと呼び得る能力、すなわち過去経験と学習によって培われた日常生活々動(ADL)能力によって身辺の間題をうまく処理する機能を優先的にとりあげ、これを観測する妥当な方法を探ることがテスト開発上の重要なポイントになるものと判断される。
 たとえば清宮栄一(1989)は、わが国の個人タクシー運転者は現在50歳から59歳までの人が52パーセントを占め、60歳から69歳までが25%、70歳以上7%と約8割を超える高齢初期から中期の年代であると報告しているが、長期間にわたる職業経歴が高齢期に達してもなお存続保持されている例と言えよう。
 また同様な観点から甘粕啓介(1987)は、加齢と職業能力の変化との関連をめぐる仮説を提案し、第1に20歳半ばにピークに達して30歳を過ぎると低下しはじめ、この年代の半ば以降は急速に衰退して引退を余儀なくされるプロスポーツ家などのパターンをあげている。しかし、20,30歳代では一人前の職業人としての働きは困難で、50歳代半ばにピークに達して優れたリーダーシップをとることができるようになる高度の専門的、管理的職業があり、このタイプの職業能力の中心をなすのは問題解決へのすぐれた洞察力と人間関係の調整能力であると言う。
 さらに、35歳から45歳ぐらいの年代にかけてピークに達し、それ以降徐々に下降はするものの経験に依存してかなり長期間その職業で現役としてとどまることの可能な第1のパターンは心身機能、とくに身体機能イコール職業能力であり、第2のパターンは経験的ならびに創造的学習機能が職業能力、そして第3は両者を多少とも併せもつ一般的な多くの職業で、高齢者の雇用就労対策として適職とはこのバターンの職種であると主張している。
 しかし、この適職という言葉には従来から広く世人の話題となり、知れわたってきた適材適所主義の考えかたが今なお根強く存在し、たとえば、Square pegs in square holes(4角の穴には4角の栓をはめよ)の警句にみられるように、ビジネス社会には現存の課業や職務に適性のある人材を確保しようとの思想が極めて強く、これが高齢者の就職機会を疎外する結果を招来している。
 これからの社会(Ageless society)は勤労に年齢差を設けない社会でなければならず、こうした方向への発想の転換こそ急務であり、本人の就労能力に仕事を適合させる勤労生活の保障対策が期待されるのである。
 また、さきに述べた機能年齢(functional age)の概念は定年退職制度や採用の年齢制限の慣行の不条理に対する不満を背景として導入されたBirren(1959)やBell(1972)らの提案によるもので、暦年齢ではとらえ難い就労能力をより的確に把握する概念としては、たしかに有効である。
 われわれの使用したテストバッテリー各項目ごとのSD値を表-4、表-5に掲げたが、これをよく検討してみると高齢者群になるほど数値が大となり、分散が大きくなるわけで、このことは高齢者の群内得点差の幅が大きいということを示している。
 これは暦年齢の等しい高齢者でも身心機能の若々しい人と、老化の激しい人との両極に分かれて、平均的機能を保持している高齢者が少くなっていくことを示しているから、暦年齢そのものは就労能力の面からみて実態に合致しないということでもある。
 しかし、機能年齢の概念が現在なお研究途上にあってその算出方法もきわめて多義的であるためなお将来の検討課題とせざる得ない。
 さらに、就労能力の職種別基準の設定をめぐる問題はテストによる適性の診断的評価をいかに信頼性の高い、妥当性のあるものにするかというテスト課題構成上の手法の間題に帰結するが、宮代信夫(昭58)は中高年齢者の適性評価が、若年者のように将来の可能性ないしは潜在能力の診断を主眼とするものでないことを強調し、「高齢者は現在何ができるか、現在までに獲得した知識や技能などによってどのような活動ができるかを診断評価することが重要」と力説している。
 このことは構成概念妥当性の問題として今後研究を重ねなければならない点である。

5 結論

 これまでの結果と考察を要約すると、
 1.高齢者の就業能力を診断する目的で考案した「就労能力発見テスト(試案)」の実施結果から、言語性の一般知識、理解力は30歳から40歳代までにピークに達し、それ以降は徐々に低下する。また異同識別力、計数能力は40歳までほとんど年齢差がなく、それ以降60歳代まで徐々に低下し、その後の加齢差は極めて衰退の大きな人と、あまり低下しない人との両極に分かれる。
 2.同上テスト(試案)の動作性課題作業の遂行能力は絵画完成、符号問題、書字問題および点数えのいずれについても、一様に40歳代まで加齢差は認められない。しかしそれ以降は漸次衰退し、とくに70歳以上では前記の異同識別、計数能力の場合と同様に両極に分化し、平均的能力保持者は僅少となる。
 3.スピードを要求する仕事への就業能力診断評価の基準を設定する目的でおこなった反応テストの緒果から、上肢の移動時間ならびに眼と手の協応動作による情報処理能力には若年者と高齢者のあいだでは有意差が認められるけれども、60歳代から80歳代までの年代における加齢差は認められない。
 以上の通りであるが、高度情報化の進展するこれからの社会における高齢者の消費生活の安定と保障の観点から、就業能力保持者の職域拡大を強く期待する。
 この研究の実施にあたって協力をいただいた関係諸団体ならびに被検者、被験者として参加していただいた方々に深く感謝の意を表します。

文献

1.清宮栄一,1989 高年齢者と交通問題,人間工学,25,169-173
2.甘粕啓介,昭62,高齢化社会の雇用問題,労動新聞社刊
3.D.ウエクスラー著,茂木茂八ほか訳,1972,成人知能の測定と評価,日本文化科学社
4.森二三男,1986,高齢者の運転適性に関する研究,北海道高齢者問題研究協会発行,高齢者間題研究第2巻 93-107
5.宮代信夫,1983,高年齢雇用者の労働適応能力に関する研究,(財)高年齢者雇用開発協会報告資料,159-170
6.Anastasi A, 1986, Evolving concepts of test validation, Annual Review of Psyehology, 37 1-15
7.Bell, B., 1972, Significance of functional age for interdisciplinary, and longitudinal research in Aging and Human Development, 3, 145-147
8.Birren, J. E., 1969, The Concept of functional age, Human Development,12, 214-215.


主題・副題:
高齢者の経済生活と労働に関する研究
著者名:
森 二三男、丸谷 隆明、宮代 信夫
掲載雑誌名:
高齢者問題研究
発行者・出版社:
北海道高齢者問題研究協会
巻数・頁数:
No.6巻 29~35頁
発行月日:
西暦 1990年
登録する文献の種類:
(1)研究論文(雑誌掲載)
情報の分野:
(1)社会福祉
キーワード:
文献に関する問い合わせ:
学校法人 つしま記念学園・専門学校・日本福祉学院
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