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高齢者の労働適応能力に関する研究―労働適応能力評価システムの開発を中心として―

宮代信夫
北海道工業大学

森二三男
北海道文理科短期大学

丸谷隆明
北海道大学医療技術短期大学部

項目 内容
発表年 1991年
備考 高齢者問題研究(北海道高齢者問題研究協会発行)

―労働適応能力評価システムの開発を中心として―

A Research on the human work capacity of the aged

Nobuo MIYASHIRO Hokkaido Institute of Technology
Fumio MORI Collage of art and Science
Takaaki MARUTANI College of Medical Technology, Hokkaido Univ.

Abstract

 The purpose of this research is to clarify the characteristics of the eye-hand coordination and the information processing capacity for the aged.
 The experiment used in this research involves positioning movement, where the subject has to move the stylus to the target as quickly as possible. Three movement distances (A=5,20 and 40cm) and two target diameters (W=25 and 50mm) were established. Three Fitts index of difficulty (ID=1,3,5,:ID=log22A/W) served as a measurement of positioning difficulty. By using this index (ID), the index of performance (IP) is defined as IP=ID/t, where t is the average movement time (MT). The index of performance indicates the human information processing capacity.
 Results can be summarized as follows: There were significant aging differences in Reaction Time between the group aged 20 to 40 and the group aged 50 to 80 years old.
 For the high ID values, where the movements were carried out under visual feedback control, Movement Time was observed to have increased remarkably, with a significant difference according to age. On the other hand, for the low ID values, where the movements were performed without eye-hand coordination, there was no significant statistical effect on MT.
 Overall the Index of performance decreased significantly, however, for the elderly group aged 60 to 80, the standard deviation of IP values increased remarkably, These IP values represent a characteristic index of eye-hand coordination for the aged.

1 はじめに

 わが国は,近い将来世界でも例のない急速な勢いで超高齢化社会に突入すると予測されている。
 また,昨今の若年労働者不足は,種々の就労能力を保持している高齢者の就労を,より広範な職域に求めざるを得ない雇用事情にあり,高齢者個々の労働適応能力の発見と活用が重要な課題となっている。
 この労働適応能力を構成する要素については,従来から多くの報告がなされ,生理的特性,心理的特性,形態的特性および運動機能特性等が挙げられる(文献1)
 さらに,高齢化に伴って,微細なものの弁別,動作の速さと正確さ,高度な感覚・運動統合等が要求される課題が加齢の影響を受けるとされている。
 そこで本研究では,加齢の影響を受け易いと云われている感覚・運動統合,特に視覚・運動調節機能の新たな評価指標の開発と,眼と手の協応に関する惰報処理能力の加齢の影響について検討し,高齢者の職域拡大及び職務再設計のための基礎資料を得ることを目的とした。

2 研究方法

 2-1 被験者

 眼と手の協応性について加齢の影響を検討するため,20歳代から80歳代の年齢分布で構成される被験者115名(表1)を対象に横断的な実験を行なった。

表1 被験者の年齢構成
男性 女性 合計 平均年齢
20歳代 15名 15名 30名 20.5歳
30歳代 3名 7名 10名 35.3歳
40歳代 2名 8名 10名 43.7歳
50歳代 4名 6名 10名 52.9歳
60歳代 9名 18名 27名 65.1歳
70歳代 11名 12名 23名 73.9歳
80歳代 3名 2名 5名 83.8歳
合計 115名

 ただし,20歳代は男女大学生(以降若年者群と称す)で,60歳以上の被験者は札幌市内の数箇所の老人福祉センターに,踊り・カラオケ・囲碁・将棋等レクリエーションのため自力でセンターに通っている人達である。
 また,30~50歳代の被験者は大学の教員,事務員,会社員等で,その多くは何らかの職業に就いているため構成人数が少ないが,各年代10名の協力を得た。

 2-2対象動作

 対象とした位置決め動作は,直径2mmの円形の基点に鉄筆の先端を接触させた状態から前方の目標(大きさ可変の円形盤)に鉄筆の先端を接触させるものである。
 この基点と目標は円形の銅板で,電気的に接続され,鉄筆が電気的スウイッチの役目を果たしており,鉄筆が基点を離れる時間と目標に接触する時問が1/100秒の精度で算出できる構造となっている。
 被験者にはブザー音による音刺激を動作開始の合図として与え,自己の最速でかつ位置決めエラーを発生させず,正確に位置決めを行なうよう指示して動作を遂行させた。

 2-3 測定項目

 測定項目としては,音刺激から動作開始すなわち鉄筆が基点を離れるまでの時間をRT(reaction time),鉄筆が基点を離れ目標まで移動する時間をMT(movement time)として各々算出した。
 さらに,鉄筆上端に小型の加速度変換器を2個装着し,水平成分および垂直成分の加速度波形を導出した。この加速度波形上の微小な振動について周波数分析を行なった。

 2-4 ID,IPについて

 対象動作としての位置決め動作には,3種類の困難度を設定した。この困難度設定には,Fittsの位置決め困難度指標1D(index of difficulty)を用いた。
 このFittsのIDは,シャノンの通信容量の定理を手の運動制御系に適用したものである(文献2-1)
 すなわち,シャノンの通信容量の定理は以下の式で定義されている。
      C = B log2 [(S+N) / N] bit / sec       (1)
 上式に上肢の運動の大きさ仏)と目標中心からの許容幅(W/2)を対応させ,位置決め困難度指標としてIDを以下の式で定義している。
      ID = log2 (2A/W) bit / respohse         (2)
 ただし,実際の位置決め動作での(A)は基点から目標中心までの直線距離に相当し,(W)は目標の直径に相当している。
 さらに,IP(index of perfomance)を以下の式で定義している。
      IP = 1/t log2 (2A / W) bit / sec         (3)
 ただし,tは平均所要時間(MT)を示し,このIPを人間の惰報処理能力(infomation processing capacity)としている。
 本実験で対象とした位置決め困難度は,ID=1(移動距離5cm,目標直径50mm),ID=3(距離20cm,直径50mm),1D=5(距離40cm,直径25mm)の3種類とした。

3 結果および考察

 3-1 Reaction timeについて

 RT,MTに関して,男女別,困難度別に示したものが図1~7である。さらに年代別にRTを示したものが図8である。

20歳代のRT,MTの比較
図1 20歳代のRT,MTの比較

30歳代のRT,MTの比較
図2 30歳代のRT,MTの比較

40歳代のRT,MTの比較
図3 40歳代のRT,MTの比較

50歳代のRT,MTの比較
図4 50歳代のRT,MTの比較

60歳代のRT,MTの比較
図5 60歳代のRT,MTの比較

70歳代のRT,MTの比較
図6 70歳代のRT,MTの比較

80歳代のRT,MTの比較
図7 80歳代のRT,MTの比較

RTの年代間比較
図8 RTの年代間比較

 図からも明らかなように,全般的には若干の加齢の影響が見られるが,20~40歳代には顕著な差は見られず,特に50歳代以上で遅延傾向が観察された。
 また,このような聴覚刺激に対するRTは,一般的に200~300msecと云われている。
 このRTが300msec以上を示した被験者群は50歳代の女性および60歳代以上の男女高齢者であるが,加齢による個人差も大きくなっている事が示された。
 若年者群のRTについては,各ID間および男女間に顕著な差は認められず,平均的には250msec程度を示していた。しかし,女性の標準偏差が若干大きな傾向を示した。
 30~50歳代の被験者群も若年者群と同様な傾向が観察された。
 そこでRTに関して,年代間,困難度間,性差による差異を検討するため,年代を要因A,ID間を要因B,男女を要因Cとした三元配置の分散分析を行なった緒果,表2が得られた。

表2 RTの分散分析表
要因 平方和 自由度 分散 分散比
年代(A) 128042.4 6 21340.4 81.77 **
ID(B) 5341.4 2 2670.7 10.23 **
男女(C) 2903.3 1 2903.3 11.13 **
A*B 3624.7 12 302.1 1.16
A*C 123339.1 6 20556.5 78.77 **
B*C 584.7 2 292.4 1.12
誤差 3131.7 12 261.0
合計 266967.2 41

 各要因とも有意水準1%で有意差が認められた。
 特に注目したいのは,このRTは加齢の影響を受けていることが示され,図8から概ね50歳代以上で急激な時間延長傾向が観察された。
 さらに,この年代間にどのような差異があるか検討するため,各年代間の母平均の差の検定を行なった結果,表3が得られた。

表3 RTの年代間の母平均の差の検定結果
(ID=1)
20代 30代 40代 50代 60代 70代 80代
20代
30代
40代
50代
60代
70代
80代
(ID=3)
20代 30代 40代 50代 60代 70代 80代
20代
30代
40代
50代
60代
70代
80代
(ID=5)
20代 30代 40代 50代 60代 70代 80代
20代
30代
40代
50代
60代
70代
80代
*:有意水準1%

 IDによって若干異なるが,全体的には20代,30代,40代を除く年代間で差が認められた。

 3-2 Movement Timeについて

 年齢および困難度ID別にMTを示したものが図9である。

MTの年代間比較
図9 MTの年代間比較

 さらに,MTに関して年代を要因A,困難度1Dを要因B,男女間を要因Cとした三元配置の分敵分析を行なった結果,表4が得られた。

表4 MTの分散分析表
要因 平方和 自由度 分散 分散比
年代(A) 62756.7 6 10459.5 18.40 **
ID(B) 628147.1 2 314073.6 552.64 **
男女(C) 2479.4 1 2479.4 4.36
A*B 15141.3 12 1261.8 2.22
A*C 88720.7 6 14786.8 26.02 **
B*C 200.9 2 100.5 0.18
誤差 6819.8 12 568.3
合計 804265.9 41
表5 MTの年代間の母平均の差の検定結果
(ID=1)
20代 30代 40代 50代 60代 70代 80代
20代
30代
40代
50代
60代
70代
80代
(ID=3)
20代 30代 40代 50代 60代 70代 80代
20代
30代
40代
50代
60代
70代
80代
(ID=5)
20代 30代 40代 50代 60代 70代 80代
20代
30代
40代
50代
60代
70代
80代
*:有意水準1%

 分散分析の結果,年代間および困難度ID間で有意水準1%で有意差が認められたが,男女間には有意差は認められなかった。
 このMTのID問での有意差は,MTはIDに比例するというFittsの法則に従ったものと考えられる。
 MTの年代間の差異についてみると,図9からID=1では40歳代まで若干の延長傾向が見られるが,50歳代以上で若干ではあるが,逆に速くなる傾向が見られた。
 しかし,全般的な傾向としては,個人差も大きく,年代間で顕著な差は見られない。
 ID=3,4の両条件では,50歳代まではID=1と同様な延長傾向が見られるが,60~80歳代には顕著な傾向は見られなかった。
 すなわち困難度ID=1と低い条件では,各年代間に顕著な差は現われず,困難度が高くなると,50歳代までは加齢の影響と思われる時間延長傾向が観察され,また60歳代以上での年代間での差は見られなくなるという傾向を示した。
 さらに,このID=1は先の報告(文献3)では運動中末梢からのフィードバック惰報を必要としないバリスティック運動(Ballistic Movement)でID=3~4以上が,眼と手の協応を伴い,運動によって生じる末梢からの種々のフイードバック惰報を必要とするフィードバック運動で,特に本実験で対象としたような目標と鉄筆先端との位置関係を視覚により確認しながら正確に目標に位置決めするような運動を視覚フィードバック運動(Visua1 Feedback Movement)としている。
 すなわち,運動中に目標と鉄筆先端との位置関係を眼で確認しなくても遂行可能なほど困難度が低い位置決め動作には加齢の影響は見られないが,祝覚フィードバックを伴い,眼と手の協応を強いられるような困難度の高い位置決め動作には加齢の影響が現われ,特に40~50歳代までは直線的な延長傾向が顕著であった。

 3-3 Index of Performanceについて

 図10~12は,式(3)を用いて算出されたIP値を年代別に比較したもので,若年者群の平均値で9.29bits/secを示し,男性で9.62bits/sec,女性で8.99bits/secと男性の方が若干高い傾向を示した。

男性のIP年代間比較
図10 IP年代間比較(男性)

女性のIP年代間比較
図11 IP年代間比較(女性)

全体のIP年代間比較
図12 IP年代間比較(全体)

 男性の年代別(図10)では,40歳代まで漸次低下傾向を示し,50歳代以上では顕著な傾向は観察されなかった。
 また,女性の年代別(図11)では,同様に50歳代まで低下傾向が観察された。
 図10,11の比較では,50歳代の男女間で顕著な差が現われていた。
 図12では,50歳代まで漸次低下傾向を示した。
 そこで,若年者群と他の年代間との平均値の差の検定結果を示したものが表6である。

表6 若年者群(20歳代)とのIPの検定結果
30歳代 40歳代 50歳代 60歳代 70歳代 80歳代
t0値 3.768 4.799 4.433 4.494 3.927 3.841
判定 ** ** ** ** ** **
**:P<0.01

 検定の結果,若年者群とはいずれの年代間とも有意水準1%で有意差が認められた。
 また,過去の報告をみると,Fittsは3種類の動作に対して,平均的にはIP=10-12bits/secとしている(文献2-2)同様にAnnett(文献4)らはIP=10.28-12.77bits/secとしている。
 Crossman(文献5)らは,トラッキング動作を村象に,その情報処畢能力として概ね10bits/secと報告している。さらにLangolf(文献6)らは,使用身体部位すなわち指の動きが中心となる動作に対してIP=38bits/sec,手首の動きが中心となる動作に対してIP=23bits/sec,腕の動きを伴う動作に対してIP=10bits/secとしている。
 以上のように,視覚フィードバック系を使用する上肢の平均的な惰報処理能力は10bits/sec程度と考えることができる。
 本実験結果では,男女平均9.29bits/secと若干低い値を示したが,過去の報告と大きく異なる結果ではなかった。
 一方,30歳代以上のIPについてみると,図から明らかなように,30歳代では男性7.68,女性7.51,平均7.56,40歳代で男性6.40,女性6.75,平均6.68と漸次低くなる傾向がみられ,さらに60~70歳代で若干の増大傾向が観察された。
 また特徴的な傾向としては,50歳代以上での標準偏差が大きく,個人差が大きいことを示していた。
 以上のように,惰報処理能力としてのIPは加齢とともに漸減傾向が見られるが,本実験で対象としたような筋肉動作と機敏な応答性などの神経感覚的機能の関与が大きい作業遂行能力は一説には15歳ぐらいで最高水準に達し,それ以降は加齢とともに漸減すると云われている。
 本実験結果でも同様な傾向が見られ,40~50歳代までは漸減傾向となっているが,60歳代以上ではむしろ個人差すなわち歴年齢と機能年齢とのギャッブが顕在化していると云える。
 また,一般には歴年齢65歳以上を高齢者と呼んでいるが,50歳代から同じ歴年齢でも,心身機能の若々しい人と,老化の激しい人とに分かれている事を示している。

 3-4 加速度波形の周波数分析について

 本実験で対象としたような位置決め動作での動作遂行中の加速度波形を,水平成分(鉄筆の移動方向)および垂直成分おのおの導出し,その加速度波形上の微小な振動が観察されたため,その周波数分析を行なった。
 しかし分析の結果,年代間,ID間,男女間に特徴的な傾向は観察されなかった。
 図13~16は,若年者群男女各1名および60歳代男女各1名の分析結果の一部を示した。

20歳代男性の周波数分析結果
図13 周波数分析結果(20歳代男性)

20歳代女性の周波数分析結果
図14 周波数分析結果(20歳代女性)

60歳代男性の周波数分析結果
図15 周波数分析結果(60歳代男性)

60歳代女性の周波数分析結果
図16 周波数分析結果(60歳代女性)

4 おわりに

 本研究では,眼と手の協応の加齢への影響を調べるため,反応時間RT,動作時間MTおよび情報処理能力IPを指標とした作業遂行能力を検討し,以下の結果を得た。
(1) RTに関して,全般的には若干の加齢の影響が見られたが,20~40歳代には顕著な差は見られず,50歳代以上で遅延傾向が観察された。
(2) MTに関しては,困難度が低い場合,加齢の影響が見られないが,視覚フィードバックを伴い,眼と手の協応を強いられるような困難度の高い条件では加齢の影響が見られ,高齢者にとって位置決め困難度が重要な要素となっていることが示された。
(3) IPについては,40~50歳代までは漸減傾向となり,加齢の影響が見られたが,50歳代以上では,加齢の影響はみられず,むしろ個人差,すなわち歴年齢と機能年齢とのギャップが顕在化したものと考えられた。さらに,このIPは眼と手の協応性評価の一指標となり得るものと考えられ,IDとともに高齢者の身体機能を主体とした労働適応能力の重要な要素と考えられた。

参考文献

〔1〕 宮代信夫 1983:“高年齢雇用者の労働適応能力に関する研究”,(財)高齢者雇用開発協会報告資料,99-114.本文へ戻る.
〔2〕 Fitts, P, M. 1954:The iniormation capacity of the human motor system in contro11ing the amplitude of movement, J. of Exp. Psycho1., 47-. 381-391.本文(文献2-1)へ戻る または 本文(文献2-2)へ戻る.
〔3〕 宮代信夫 1986:“視覚フィードバックと眼と手の協調性に関する一考察” 日本経営工学会誌 37-, 311-316..本文へ戻る
〔4〕 Annett, J., Golby, C. W. and kay, H. 1958:The measurement of elements in an assembly task-the information out put of the human motor system. Quart. J. Exp. Psychol.,10, 1-11.本文へ戻る.
〔5〕 Crossman, E. R. F. W. 1960:The infomation capacity of the human motor system in pursuit tracking, Quart. J. Exp. Psychol., 12, 1-16.本文へ戻る.
〔6〕 Langolf. G., Chaffin, D. B. and Foulke, J, A., 1976:An investigation of Fitts' Law using a wide range of movement amplitudes, J. Motor Behavior,. 8-, 113-128..本文へ戻る


主題・副題:
高齢者の労働適応能力に関する研究

著者名:
森 二三男、宮代 信夫、丸谷 隆明

掲載雑誌名:
高齢者問題研究

発行者・出版社:
北海道高齢者問題研究協会

巻数・頁数:
No.7巻 167~176頁

発行月日:
西暦 1991年

登録する文献の種類:
(1)研究論文(雑誌掲載)

情報の分野:
(1)社会福祉

キーワード:


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