音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

創立20年史 財団法人日本身体障害者スポーツ協会

No.5

2.昭和41年度事業

1.第2回全国身体障害者スポーツ大会

大分県 大分市・別府市
昭和41年11月5日~6日
参加選手541人 役員等596人
スローガン「敗北なき人々」
(オーストリア ウェクセルベルガー博士 大会視察)
(Dr.Fritg Wechselberger)


皇太子殿下のおことば

 第2回全国身体障害者スポーツ大会の開会式に当たり全国から参加された選手諸君の元気な姿に接しまことに喜びにたえません。
 みなさんは日ごろの努力によって社会復帰への道を歩んでおられ,また多くの人たちはすでに社会の一員としてりっぱに活躍されていると思いますが,そのためにはスポーツが非常に大きなささえになっていることと思います。
 私はこの大会が全国民の理解と関心を高めるとともに身体障害者に希望と勇気を与え,その社会復帰の促進と福祉の向上に寄与するところ大なるものがあると信じます。
 ここに参加されたみなさんはこの大会を有意義にしかも楽しくすごし,スポーツを通じてますます友情を深めまた健康の増進に努められるよう心から望んでやみません。


「立派な大会」陰の恩人,ウ博士の感想
 ◎…特別招待席にすわった東京パラリンピック“陰の恩人”ウェクセルベルガー博士は選手団入場行進の間,ずっとスタンドに目をくぎづけにしたまま。東京パラリンピックからわずかに2年,見事に花を開いた日本の身障者スポーツの姿に半ばおどろき,満足しきった表情だった。感想を聞くと「国際大会にも負けぬ立派なスポーツ大会。きょうの招待はどんなプレゼントより私はうれしい」と顔をほころばせていた。

「泣けました」と伴淳
 ◎…映画俳優の伴淳三郎さんも姿をみせ,盛んに拍手をおくっていた。「いや泣けました。ちょっと選手の顔が堅いが,オリンピック以上の感動です」とまじめな顔で,声をつまらせていた。(毎日新聞)

皇太子殿下選手ご激励
皇太子殿下選手ご激励

第2回全国身体障害者スポーツ大会実施要綱

目的
 全国身体障害者スポーツ大会は,身体障害者がスポーツを通じ体力の維持増強,残存機能の向上をはかるとともに,明朗快活かつ積極的な性格と協調精神を養い,身体障害者の明るい生活形成に寄与し,自立更生の実を挙げることを目的とする。

名称 第2回全国身体障害者スポーツ大会

主催 厚生省  大分県
    財団法人日本身体障害者スポーツ協会

後援(順不同)
 文部省               労働省
 日本体育協会          日本身体障害者団体連合会
 日本傷い軍人会         日本W・V・F協会
 全国社会福祉協議会      日本赤十字社
 日本医師会            日本整形外科学会
 鉄道弘済会            NHK厚生文化事業団
 朝日新聞厚生文化事業団   毎日新聞社会事業団
 大分県教育委員会       大分市
 大分県体育協会         別府市
 大分県社会福祉協議会    西日本新聞民生事業団
 大分県身体障害者福祉団体協議会
協賛 各報道機関

大会期日  昭和41年11月5日(土)~6日(日)

大会会場
 陸上競技 大分市営陸上競技場
 水泳競技 別府市営温泉プール
 卓球大会 大分県立大分商業高等学校
 (盲人卓球) 大分県立大分舞鶴高等学校

参加者 全国の身体障害者代表選手 約600名
            役員および付添者 約600名
大会参加資格
 大会に参加できる者は, 次の各号に該当する者とする。

  1. 身体障害者福祉法(昭和24年法律第283号)
    第15条の規定により身体障害者手帳の交付を受けたもの。
  2. 年齢16才以上の者(昭和41年8月末現在)
  3. 大会参加前に,競技参加について医師の診断(健康診断,運動の適否および障害区分診断)を受け適当と認められた者。
  4. 昭和39年国際身体障害者スポーツ大会第1部(国際大会)第2部(国内大会)および第1回全国身体障害者スポーツ大会に出場した選手は除外する。

参加選手の決定
 参加選手の決定は,各都道府県指定都市の推せんに基づき主催者においてこれを行なうものとする。
 なお,推せん方法については別に定めるところによる。

競技種目
 大会の競技種目及び障害別競技種目の適用は,「第2回全国身体障害者スポーツ大会競技種目および障害別適用表」のとおりとする。
 大会参加選手競技条件は,「第2回全国身体障害者スポーツ大会競技種目および障害別適用表」によるもので,肢体不自由者については,1~5および7競技群,視覚,聴覚については,1~4競技群のうちから必ず二つの競技群を選定のうえそれぞれの競技群にかかる競技種目のうち,1種目に出場すること。従って水泳競技種目を除き1人当り出場種目は2種目となること。水泳競技は自由参加とする。

競技規則
 大会の競技規則は,財団法人国際身体障害者スポーツ大会運営委員会編「身体障害者スポーツ競技規則集」による。

大会参加費用
 参加選手及び役員(付添者を含む)の参加に要する費用は,派遣者において負担するものとする。

  大会実施機関
大会役員
 名誉会長   厚生大臣
 名誉副会長 厚生省社会局長
          日本身体障害者スポーツ協会長
 大会長    大分県知事
 大会副会長 大分県厚生部長
          大分県身体障害者体育協会長他 約5名
 顧問      日本体育協会長 大分県議会議長
          大分県体育協会長 大分県関係部長
                         他 約40名
 参与      大分県国体事務局長 厚生省関係課長
                         他 約60名
 委員      厚生省関係者  大分県関係者
          大分県教育庁関係者  大分県警察本部関係者
          大分県国体事務局次長 他 約150名
 競技役員                     約200名

都道府県(市)別参加人員
昭和42年10月25日現在
都道府県 (市) 役員 選手 介護者 視察員 応援者
北海道 9 17 2 1 7 36
青森 7 9 1 - - 17
岩手 6 7 4 - - 17
宮城 8 10 - - - 18
秋田 6 8 1 3 3 21
山形 5 10 1 1 - 17
福島 6 10 - - - 16
茨城 7 10 1 - - 18
栃木 6 10 - 2 - 18
群馬 7 7 - - - 14
埼玉 10 21 - 55 - 86
千葉 9 9 3 - - 21
東京 9 17 1 - - 27
神奈川 8 10 - 1 11 30
新潟 7 11 - 2 - 20
富山 8 9 - - 45 62
石川 9 8 - 4 4 23
福井 7 8 - 4 4 23
山梨 10 7 - 2 19 40
長野 8 11 - 2 19 40
岐阜 11 10 6 - 33 60
静岡 10 11 - 3 12 36
愛知 7 10 1 - - 18
三重 5 8 - - 60 73
滋賀 10 7 - - 4 21
京都 6 8 - - - 14
大阪 9 10 - - 16 35
兵庫 7 11 6 - - 24
奈良 7 9 2 - - 18
和歌山 10 9 2 - 15 36
鳥取 10 7 - - - 17
島根 9 9 - 2 3 23
岡山 8 9 - 1 1 19
広島 8 11 - - - 19
山口 9 9 4 3 - 25
徳島 5 8 2 - - 15
香川 4 9 2 - - 15
愛媛 9 10 - - - 19
高知 7 9 5 - - 21
福岡 10 17 - 3 - 30
佐賀 8 9 3 - - 20
長崎 9 10 - 3 27 49
熊本 8 11 8 - 60 87
大分 15 31 - - - 46
宮崎 7 9 3 3 4 26
鹿児島 10 13 4 11 1 39
沖縄 8 7 1 - - 16
横浜市 4 8 - 4 7 23
名古屋市 6 8 - - 90 104
京都市 10 9 1 2 - 22
大阪市 10 10 3 - - 23
神戸市 8 8 - 2 18 36
北九州市 5 8 - - - 13
合計 421 541 67 108 516 1,653
競技日程第1日
時間 12

00
10 20 30 40 50 13

00
10 20 30 40 50 14

00
10 20 30 40 50 15

00
10 20
種目 60m走 - -
100m走 - -
200m走 - -
400m走 - -
800m走 - -
1500m走 -
5000m走 -
10000m走 -
60m音走 - -
100m障歩 - -
スラローム - -
車椅子走 - -
立巾 - -
立巾 -
走巾 - -
走巾 -
走高 -
走高 - -
三段 -
ソフトボール -
メジシン -
ハンドボール - -
砲丸 視 聴 -
砲丸 - -
棍棒 -
槍正 - -
槍投 - 肢 聴 -
円盤 - 聴 肢 -
卓球 聴(大分商) - 肢(大分商) -
盲人卓球 - 視(舞鶴商) -
洋弓 -
水泳 16:30~19:00(温泉プール)
競技日程第2日
時間

30
40 50 10

00
10 20 30 40 50 11

00
10 20 30 40 50 12

00
10 20 30 40
種目 60m走 -
100m走 - -
200m走 -
400m走 - -
800m走 -
1500m走 - -
5000m走 - -
10000m走 - -
60m音走 -
100m障歩 -
スラローム -
車椅子走 -
立巾 -
立巾 -
走巾 -
走巾 - -
走高 -
走高 -
三段 - -
ソフトボール -
メジシン -
ハンドボール -
砲丸 -
砲丸 -
棍棒 - -
槍正 -
槍投 -
円盤 -
卓球 肢(大分商) -
盲人卓球 -
洋弓 肢(プール横) -
●参加者の感想文

感激はいまもなお
新聞紙上に掲載された率直な批判

大成功の大分大会

日本身障者スポーツ協会長 葛西嘉資

 昨年の第1回岐阜大会からみると大分大会はまた一段とよくなった。さすがは日本の身障者スポーツの発祥地だけあって盛大だ。観衆も多く,身障者を理解していただくという本大会の目的はじゅうぶんに達成されたと思う。来年は埼玉,その次の年は福井と続くわけで,まだ軌道に乗ったとはいえないが,大分大会は今後の大会の試金石でもあり,多くの面で収穫があった。
 これも1968年のメキシコパラリンピックに日本から優秀な選手を送りだすよう広い層から選手を発掘するためであって,メキシコパラリンピックまではこの方式で進める考えだ。いずれにしても大分大会は大成功だった。

埼玉でもりっぱに

埼玉県民生部長 矢沢恒雄

 第2回の大会といいながら,こんなに盛大にまたりっぱにやられて次期開催県としては頭が痛い。しかし,約3万人の身障者のいる埼玉県では,これまでも県の大会をやっているので大分に負けない大会にするつもりだ。普通のスポーツ大会と違ってこの大会は,身障者の社会復帰という大きな意義があるわけで,お祭さわぎであってはいけない。その意味からも身障者だけでなく,関係者,一般の人と,三者がこの大会を正しく理解することが必要だ。
 身障者が残っている機能を自分の力でここまでもってきた努力をたたえたい。また大会に参加できないような重症の身障者が全国にはまだたくさんいることを忘れてはならないし,この大会を埼玉で盛り上げたい。

いいみやげ金メダル

東京都選手 亀山利雄

 こんな大きなスポーツ大会の出場は初めてだけに,優勝の金メダルはいいみやげになった。全国から集まったたくさんの代表選手が日ごろの腕を競い,互いに親しくなったのに,2日限りで別れるのはなんとしても惜しい気がする。ひとりでも多くの選手に出てもらうため,出場回数1回と規定しているのだろうが,自己の記録を伸ばす意味から3回ぐらいにしてほしい。競技中,競技役員の方がわたしたちに細かい神経を使っていたが,かえって心苦しい気がした。ふつうの人と同じようにもっとフランクに取扱ってくれたらと思った。

うれしい満員の観客

埼玉県選手 野村良則

 こういう大きなスポーツ大会には初めて出場しましたが,規模の大きさに感心しました。競技場もりっぱだし,来年の開催県埼玉も勉強することが多いと思います。とくに入場行進のさい,観客席が満員に埋まっており,拍手が多いのに感動しました。参加してよかったと思います。

わが子もりっぱに

大分県耶馬溪町・農業 竹下七郎

 むすこの宗一は卓球と水泳に出場しましたが,こんなりっぱな競技場で開会式を開いてもらって夢のようです。小学校3年のとき骨髄炎で左足が不自由になったのですが,スポーツが好きで好きでとうとうこんなりっぱな大会に出場してくれました。入場行進では,ただまっすぐ歩いてくれるかどうか心配でなりませんでしたが,なんとか歩いてくれました。こんな誇らしい日は初めてです。

たくましかった選手

県社会福祉協議会長 羽田野次郎

 開かれるまで一番心配だった観衆が,あけてみたら国体に劣らぬ入りでほっとしました。また開会式は実にりっぱで,盛大でした。観衆の声援や拍手が国体のときより多いように思えてうれしかった。選手たちも意外に明るく希望に満ちた顔だったので驚きました。競技も初めはいたいたしく思えたが,しだいにたくましいと思うようになり,自分の目を疑いたくなりました。この種の競技はこんごも大いに発展させるべきです。

考えたい社会復帰

大分市県民生学院3年 大久保広子

 まず各選手の表情にちっともいじけたところがなく明るいのにびっくりするとともに胸が熱くなりました。観客も多く,各選手を暖かく迎えていたようで気持がよかった。こんどの大会だけに限らず,福祉施設から出てくる選手だけでなく,この大会を機会に身近にいる身体障害者でも参加できる大会にしてほしい,この人たちの社会復帰をわたしたちも真剣に考えなければならないと思いました。

岐阜県身障者同志会 川野敏雄

 岐阜についで大分も,立派な大会を開いてくれた。岐阜以上にすばらしい開会式だった。特に4万人もの観衆が,声援してくれたのは力強かった。岐阜では,身障者同志会がパラリンピックを機に体育部を作ってスポーツに力を入れている。パラリンピックの成果が本当に実ったと自慢できる。大分もこんな立派な大会を開いたのだから,今後,この成果を十分生かしてほしい。

大分県川村老人クラブ会長 中津留庄太郎

 身障者の力強い姿に頭が下がった。ともすれば,同情が先に立つあの人たちに,涙より理解をしてあげねばならないと心から思った。きょうは会員300人がやってきたが,みんなそう思っているだろう。

身障者スポーツ大会を見て

大分市A生

 第2回身障者スポーツ大会の開会式を大分市営陸上競技場に見に行きました。すみきった秋晴れの好天気に恵まれ,スタンドもいっぱい。皇太子ご夫妻をお迎えして入場行進が始まりました。何もかも国体どおりスムーズに進められ,身体の不自由な選手たちの入場行進も,思っていたよりずっと明るく,元気に続き,スタンドの拍手はやむことを知らぬばかりに選手たちへ送られました。私は2週間前の国体とは違った感激を覚え,つくづくきてみてよかったと思いました。この大会は身体の不自由な方たちに勇気と希望と自信を与えるために開かれるということですが,むしろ一般の者にこそそれを与えてくれたものと思います。(大分合同新聞読者の声)

天才的な演出

竹田市 後藤基彰

 オーストリア国リンツの整形外科医ウェクセルベルガーさんに会ったが,4年前の第1回国際身障者スポーツ大会会長だった氏も,きょうの開会式典の見事さに感心したそうだ。
 女子60m,男子100m競争から競技は始まった。片上肢切断,両側腕切断の男女選手たちは,精一杯走るのである。バランスを失って倒れる者が転倒を支える腕は無く,見る者をハラハラさせる。やおら立上って,また走りつづける。男子100m1着のスピードに私たちは及ばないだろう。表彰台では,つぎつぎとメダルの贈呈がつづく。拍手がそのたびにわき起る。選手達は「同情ではなく,理解を」もとめているが,4万観衆の1人として,私の心境は,極めて複雑であり,深刻であった。ある表彰台が,2位と3位のメダルを間違えて贈るのをみて突然笑いがこみ上げて来た。かえってこの場の苦しい空気に救いとなった。身障者スポーツを見なれぬ者の戸惑いというところだろう。我にかえって,わが腕を,そして脚を,こっそりさすってみるのであった。
 「美智子妃殿下の人気は大したものだ」と語り合う声をきいた。では身障者スポーツの人気はどうなんだろう。ウェクセルベルガー氏は最後までグラウンドに立っていた。競技は遂に終り,場外に出て,大分川堤へ歩いていた私を追い抜いた車の窓から,外人が手を振っていた。ほんのしばらく立話したばかりのウェクセルベルガー氏であった。この種大会の演出には,日本人は天才的ということだ。オリンピック東京大会もそうだった。ところが外国の演出はパッとしないらしい。それにひきかえ,大会のもつ目的の達成と進歩の継続には,ネバリ強さを発揮し,着々と成果を上げている。式典の演出だけうまくいっても,あとがからっぽでは何もならない。

見つめきれない感激

日田市 佐藤蘭女

 太鼓の音をたよりに目のみえない人が走るんです。どうして目を開けてみれるでしょう。応援を忘れて一心に御仏に祈りました。走っている一すじの道を道しるべの太鼓の音があるように,生きる道にも道しるべの太鼓を大きく叩いてくれるように,と。でも両殿下のおかえりになられた後の競技場には,人影もまばらでまるで身障者の前途の様なわびしさがいっぱいでした。

私も出てみたい

県身障指導所生徒 伊藤邦敏

 まず印象に残っていることは,観覧者が多かったことである。あれだけの人びとが本当に身障者を理解しようとしているなら,それだけでも大成功であったと思う。
 一か所から身動きできず,見たいと思う競技が目の前で見られなかったので,入場行進,集団演技以外は退屈であった。しかし私たちと同じ体の不自由な人たちの演技するのをみて,自分も一度出てみたいと思ったが,出場できなくて残念である。
 2日めは人が少なくて,ゆっくりみられた。でもみる人が少なくなって,私は不服であった。

県民の深い理解痛感

大会副会長(県厚生部長)伊勢久信

 身障者たちのスポーツ大会だけに,開会式にどれくらい県民が集まってくれるか非常に心配していたが,国体のときとほとんど同じ大観衆となり,身障者たちへの県民の理解の深さを痛感した。
 あの大観衆が身障者たちをどれほど勇気づけたかはしれない。県民とともに皇太子ご夫妻からも選手たちに親身のご配慮をたまわり感激にたえない。この大会をエポックに県下の身障者スポーツを盛りあげ,まだまだ社会復帰できない身障者たちに希望と自信をもたせる意味で,各市町村ごとに身障者スポーツを育てあげたい。

2.第15回国際ストーク・マンデビル競技大会

英国 ストーク・マンデビルスタジアム
昭和41年7月26日~30日
参加22カ国
日本選手団 選手4人 役員6人 計10人

団長     蔵田直躬
       (厚生省社会局更生課長)
マネジャー 新井賢太郎
       (全国社会福祉協議会)
医師     三輪信二
       (九州厚生年金病院)
看護婦   進藤信子
       (国立箱根療養所)
通訳    宮脇弘幸
       (日本赤十字社語学奉仕団)
通訳    田端 良
       (日本タッパーウェアK.K)
選手    小池正義(東京都,会社員)両下肢機能全廃1級,槍正確投,車イス競争
選手    星 義輝(東京都,会社員)両下肢機能全廃2級,卓球,水泳1位,車イス競争,スラローム2位
選手     和田輔二(神奈川県,授産施設)両下肢痙マヒ2級槍正解投,棍棒投,卓球
選手     井田辰一(東京都,会社員)両下肢運動マヒ1級,槍正解投,車イス競争,スラローム3位

3.第2回国際身体障害者スポーツ大会

フランス サンテ・チエンヌ
昭和41年6月27日~7月3日
参加国15カ国
日本選手団 選手6人 役員4人 計10人

団長     氏家 馨
       (国立身体障害センター次長)
医師     中西 修
       (中西整形外科病院長)
マネジャー 中谷地 義三郎
       (厚生省社会局更生課課長補佐)
通訳    塩崎 栄子
       (日本赤十字社語学奉仕団)
選手    小野 衛(東京都,マッサージ師)
        両網膜色素,変性症4級,5種目3位
選手    藤波 耕一(埼玉県,地方公務員)
        左上腕切断3級,射撃優勝
選手    柳下 克彦(神奈川県,会社員)
        左前腕切断3級
選手    猿田 武彦(神奈川県,施設職員)
        右大腿切断3級
選手    谷山 秀夫(岡山県,大学生)
        右前腕切断3級,5種目2位
選手    鈴木 栄紀(愛知県,会社員)
        右手腕関節欠損3級,5種目1位

4.身体障害者スポーツ指導者講習会

昭和41年5月18日~19日
場所/国立身体障害センター
受講者 56名

講師/国立東京視力障害センター     橋谷 俊胤
     国立聴力言語障害センター     船山 純夫
     国立箱根療養所            今井銀四郎
     国立身体障害センター        増田弥太郎
    国立身体障害センター         衣川 福二
     日本アーチェリー連盟副理事長   加茂寿一郎
     日本タッパウエアーKK        マドロウ

講習会日程表
5月18日(水) 日 日 時 5月19日(木)
- 9:00 規則解説
 講師 国立身体障害センター    増田
 講師 国立聴力言語障害センター 船山
 講師 国立東京視力障害センター 橋谷
 場所 国立身体障害センター講堂
開会式(会長挨拶) 9:30
身体障害者スポーツの概念および
身体障害者スポーツ実施上の注意
講師 国立箱根療養所 今井医務課長
場所 国立身体障害センター講堂
10:00
10:30 障害競歩 聴力障害者競走及び盲人競走
講師 同上
場所 国立身体障害センター運動場及び
    国立聴力言語障害センター運動場
11:00
11:30
休憩(昼食) 12:00 休憩(昼食)
12:30
車椅子競走および車椅子スラローム
 講師 日本タッパーウエアーKK マドロウ
 場所 国立身体障害者センター体育館
13:00 槍正確投, 棍棒投, 砲丸投, 円盤投
講師 国立身体障害センター 衣川
場所 国立聴力言語障害センター運動場
13:30
14:00
14:30 移動
車椅子バスケット
講師 同上
場所 同上
15:30 洋弓
 講師 全日本アーチェリー連盟 加茂副理事長
 場所 国立身体障害センター
15:30
16:00
16:30


講習会の状況
講習会の状況


主題:
創立20年史 No.5

発行者:
財団法人日本身体障害者スポーツ協会

発行年月:
昭和60年3月31日

文献に関する問い合わせ先:
〒162
東京都新宿区戸山1-22-1
戸山サンライズ内
TEL 03-204-3993