音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

地域移行後の障害者地域自立生活を支えるスタッフ教育のあり方に関する基盤的研究

Ⅳ.考察

1.問題のすり替え

 当初この施設におけるインタビュー調査を始めた際、この施設の組織的な停滞の理由として、次の理由を念頭においていた。

 幹部職員間でのなれ合い、仕事第一主義、中堅層のスポイル、人手不足、若手の熱意不足、過度な事業拡大、個々のスタッフのモチベーションの低下、利用者・スタッフの年齢の上昇・・・。

 これらは全て、インタビューを始める前に行っていたフィールドワーク中に多くのスタッフから施設の最近の問題点として語られたことであり、また観察の中からも伺えた事実である。確かにこれらはこの施設における構造的問題にみえる。

 だが、インタビュー調査の中から明らかになったことは、スタッフ一人ひとりの問題点・改善点を棚上げしてこれらの構造的問題のみを理由にすることは、「共依存」状態の温存であり、問題のすり替えである、ということであった。「共依存」状態での安定で満足しているスタッフにとって、自分自身の改善点を直視することは「不安定要素」となる。自分の問題点という不安定要素に目を向けず、構造的問題にすり替えている限り、問題の本質から逃れることは可能だ。あとは、容易に変えることのできない構造的問題を指摘して、何をどうやっても「どうせ変わらない」、と諦めていればいい。このような問題のすり替えと、それに伴う「諦め」感に浸っている雰囲気を、インタビュー調査の中から多く、感じることができた。

その一方、この「諦め」を越えて、組織再生のために何をすべきか、を自ら語るスタッフも少なからずいた。

2.自己覚知

 問題をすり替えることなく、自らの問題を直視している職員からは以下のような発言も聞かれた。

「クループの中や活動でも、自分の意見を言ってしまって、相手を引き出すことができていないです。聞き役が下手なのかも。」

「思いを持ってサポートはするけど、どこまで職業・専門職としてできるか。冷たいんだけど…。情だけで動かないで、考えることもして」

自分がどの部分が苦手か、あるいは組織の一員として・専門家としてどの部分を補強していかなければならないか、といった自分自身の長所・短所を冷静に捉える自己覚知の必要性を、組織内部のスタッフも感じ始めていた。

「自己覚知。気づいているけど『自分たちはどう変わったらいいのか』という、求められていることが分からない。下はこういうことを求めていると伝えることで変わるかな?」

3.現任者教育

 また自己覚知で気づいた自身の課題に関しては、次のように指摘する職員もいた。

「支援技術に対して投資をしてこなかったというのも多少はある。全く研修がない。ステップアップ研修がない。最初に少し、これを読めと手渡されたぐらいで後はない。それだけでは分からない、というのはたくさんあった。」 

 つまり、自身の課題を自分だけで解決するのではなく、職員一人ひとりの課題を組織的な課題と捉え、各個人の実状に合わせたスキルアップ・トレーニングが必要なのではないか、という指摘である。これに関しては、幹部職員と中堅、若手の三種類のスキルアップ・トレーニングの必要性が指摘されていた。  まず幹部職員に関しては、多角的ビジョン形成のため、他施設での実習や、自己覚知、若手を引っ張るリーダーシップ研修などの必要性が指摘された。

「幹部クラスには、まず、よその現実を知ってもらう。この施設に浸りきってるから。人事をはずすのではなく、実習に行くとか、資格を取るための…波にもまれることが必要。考える機会を持ってもらう。セオリーで動けないような状況に身をおいてもらって、それをどうしようか悩ませる。」

「教えなアカンって思い込んだり。自分の意見を言うことを指導に履き違えていることはあるかもしれない。指導のあり方をみんなで検討する必要はあると思う。これまで指導の仕方を勉強しようとしてこなかった。それをすることがこれからの課題ですね。」

結果の中で幹部職員が果たすべき責任を果たせていない、という指摘があった。その一方で、幹部職員自体、幹部としてどのような責任を果たすべきか、ついやってしまうことのどこが問題で、どの部分は部下に任せ、それとは別の何をどのようにやらなければならないのか、という幹部としての役割と課題が明確に意識されていない、ということもインタビュー調査の中から明らかになった。そこで、職員自身の指摘にもあるような、幹部としての意識改革の現任者教育が必要とされている、と言えよう。  次に中堅クラスに関しては、以下のようなニーズが聞かれた。

「実際に施設長とかは、無いものを形にしてきたわけで、ぼくたちもそういう小さな事でいいのでこの施設の中でできたならその感覚は出てくるかな、と。」

「先輩たちが表に出なくともよい職場を作りたいし、できるなら現場を任せて欲しい。取り組みにもベテランをはずして、我々だけでやっていくことも必要だと思う。」

ここから言えることは、幹部職員から「親離れ」した上で、あるプロジェクトを最初から最後まで自分が責任を持ちきる「リーダーシップ研修」などが求められていることも、職員のインタビュー調査の中から明らかになった。  最後に若手の教育に関しては、次のような意見が聞かれた。

「新人には介護技術、人の接し方等ヘルパー研修的なものが(必要)」

従来、職人芸的に上の人の接し方を盗む、という風潮が残っていたこの施設においても、ヘルパー研修などの体系的な、マニュアル化された基礎教育がこれからは必要である、という指摘である。

4.理念についての議論

 この施設では創設期に、現在も残る幹部職員たちが議論しながら施設の基本理念を自分たちで作り上げてきた。その理念には、大変重い障害を持っている人が地域で主体的に暮らせるように施設全体としてサポートしていく、という内容が示されており、当時では画期的な理念であったのみならず、現在でも遜色のない理念である。だが、施設開設後20年がたち、この理念に関しても様々な意見が聞かれた。

「理念は良く分かるしいいと思うが、基本理念なので、自分とのことでいうと難しいところもある。『理念にあるからするんだ』といわれて時々、逆転してることある。理念のためにするのか?という疑問がある。のっとっているからやるというが、時代に即してなければ理念を変えてもいいと思う。」

「基本理念には仕事の内容が書かれている。これが仕事。」

「本来は(基本理念を)職員一人ひとりが理解し伝えていくべきだが、自分を含めてそこまで語れる人がいない。つまり、理念を理解した上で働けていない。この施設での仕事が日中だけのものだと、つまり介護だけが仕事と考えてしまっているから。日中の業務は理念あってこそだが、理念がなくても介助はできるからとみんなごまかしてる。利用者のことを本当に考えられてるか。目に見えることだけで済まそうとしている。」

 時代の経過と共に、職員間で同施設が掲げる理念に対して大きな相違が見られた。また、多くの職員から「昔はこの理念について議論したが、最近は議論していない」という意見も聞かれた。この施設に限らず、当事者を地域で支援したい、という運動的側面から立ち上がってきた福祉施設において、創設期に掲げた理念が「お題目」となってしまっては、施設の存在意義そのものが問われることになる。職員間のズレを直視するためにも、職員間でもう一度基本理念について、あるいはこの理念と現状との相違について話し合う必要がある、とインタビューから感じられた。

5.日中活動の再生

 この施設では、様々な問題点が重なる中で、結果的に「日中活動がおろそかになる」と答える職員が多く見られた。その理由として、本人の重度化・高齢化、食事とトイレ介助などの生活の維持で手一杯、慢性的人手不足、書きものや他の段取りで手一杯、などの構造的理由が聞かれた。

「今まで積み重ねてきた日中活動にしわ寄せがきているかも。エネルギー100%注ぐのは難しい。生活1番で、日中活動は、とりあえずそこにいたら時間過ぎるから。職員がいなくて3対1だから。」

「一緒に外に行ったりとかはできないのは人手の問題。なぜかというと医療的な必要な人はその場を離れられないので、元気な人にしわ寄せがいく。お手洗いにしても、長蛇の列。」

だが、先述のように、構造的要因以外にも、職員個々人の問題としても改善点があるのではないか、という指摘が職員からもなされていた。そんな中で、自分たちの活動の整理・再点検の必要性も指摘されていた。

「もう一度グループの活動を整理するとともに、いろんなことをしていく必要がある。本当はこの施設の内と外でしていくべきだけど、この施設自体すごく閉鎖的になっている。ここは整理をすることが苦手だと思う。これまでやってこず、ほったらかしにしてきたから。分かっていたが、職人的な技でどうにかしてきた。その人がいなくなったときにどうしていくかが課題です。」

「自分たちの持っているキャパこえてやってる部分があるのかな。何を一番大事にしないといけないのか。私たちがどういう風に立ち回る?他の事業所もあるから、そことの連携。何をここはすべきかはっきりさせるのが大切。楽しいことしようとしてもできない。」

職員たち自身、本当の阻害要因は何かを特定し、どうすれば現状下でも日中活動を再生させることができるか、を再検討する必然性を感じているようである。

6.施設再生のために

 今回のインタビュー調査を通じて強く感じたのは、職員の問題意識の高さと、一種の諦め感のようなものであった。多くの職員が当事者支援に本気になっている一方で、現状の様々な問題を構造的要因に帰着させ、「どうしたらいいのか?」と聞き手である筆者に逆に質問する、という光景が少なからぬ職員への聞き取りの際に見られた。

 だが、「誰かがやってくれるはず」では解決不可能である。本当に本気でこの施設を再生させるためには、全職員が経験・年齢・立場に関係なく、一丸となる必要があるのではないか、と感じられた。開設当初にあったような、大変重い障害を持っている人を地域で支えよう、という理念と実態がかみ合った「この施設らしさ」を取り戻すためには、各人の自己変革に向けた取り組みと、「この施設を今後どうするか」についての施設全体でのコミュニケーションこそ、まずは求められているのではないだろうか。

 今回の調査の中からは、同施設の問題点が浮き彫りになったが、その一方で、フィールドワークやインタビュー調査の中からは、年齢や性別を問わず、この施設の職員の潜在的能力は極めて高いことは随所に見て取ることができた。ご本人の日中活動や地域生活を支えるために、今でも多くの職員が勤務時間が終わった後も残業し、多くの時間を割いている。また支援の現場でも、本人中心の取り組みをご本人の意向に添うように熱心に取り組まれている姿がそこかしこで見られた。これらをまとめると、同施設においては開設以来の歴史的経緯の中で、ご本人との関わりやご本人の地域自立生活支援体制の構築に膨大なエネルギーを注ぎ込むあまり、施設内部における人材登用の方法やマネジメント、職員教育、職員間コミュニケーションのあり方等について、少なくともこの数年以上、十分に議論や検討をしてこなかったのではないか、という事が明らかになった。

 そして、この様々な課題に対しての問題解決の糸口もまた、インタビュー対象者の語りの中にあった。今後はこのインタビュー調査で見えた課題を、職員がどう捉え、どのように具体化していくのか、が課題である、と言えよう。