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イギリスにおける認知症高齢者ケアマネジメント

第1章:イギリスの高齢者地域ケア施策の変遷と現在

1.はじめに

 

この章では、イギリスの地域ケアを理解する上で必須となる施策についての変遷、中でもケアプログラムアプローチに関連のあるポリシーとガイドラインを紹介し、それらを受けて現場でどのような取り組みがなされているかを報告する。

2.歴史的変遷と現在

イギリスの高齢者ケア政策は、日本にも広く知られているように1970年のサッチャー主義以降、NHSと地方自治体の連携を強化し、NHSから自治体に資源をスライドすること、民間活力を導入することで、地域によるケアを推進してきた。その代表的なものとして、1990年に制定されたコミュニティーケア法(National Health Services and Community care Act)がある。一言で言うと、福祉政策の統合化を図るため医療と福祉の改革および相互の協力の義務付けである。この法律を受けて1993年4月にケアマネジメントが全国的に導入されることになった。その主な狙いは、個々のケアニーズを明確にし、適切なサービスを効率的に提供することである。一方で、国の逼迫した財政事情が裏側にあり、コスト削減も大きな狙いであった。どちらかというと、後者の方が色濃く思えた。なぜなら、どの部署のマネジャーたちも「コストマネジメント」「退院日数の短縮化」に頭を抱えており、自治体およびNHSに求められている最終的なアウトカムの指標が、利用者の生活の質ではなく、コストの削減を狙った入院日数の短縮にあると思われる節が強かったからである。無駄な社会的入院を減らし、入院治療から地域ケアへ早期転換を図るための法律(退院法)は、年々その内容が厳しくなってきている。その他にも関連する法律や基準(ポリシー・ガイドライン、フレームワークと呼ばれるもの)は多種多様に存在し、毎年いくつも改正および新設されている。しかも、現場は国の方針に遵守することが義務付けられているため、現場のスタッフも地方自治体の職員もこれらに振り回され混乱していた。他方で、複雑になりつつあるシステムを、シンプルにするための取り組みも行われている。その代表が、シングルパスウエイと呼ばれるものであり、医療・福祉、PCTと自治体社会サービス部が全て統一の書式を用いてアセスメントを行い、速やかな情報の共有を図ることを狙いとしている。これを浸透させるべく努力はしているものの、どの自治体もその進行状況は思わしくないようである。

以下、社会的入院を減らすための法律、国が定めているサービス基準について紹介する。 

1)社会的入院を減らす取り組み
~退院法 The Community Care(Delayed Discharge Act)2003年~

イギリスの入院待機者が減らないことは、日本でも待機者行列(Waiting list)として紹介されることが多い。中でも、高齢者の社会的入院が問題視されている。そこで入院待機期間を少しでも減らそうと導入した法律がThe Community Care(Delayed Discharge) Actで2003年10月に発表され、2004年4月から本格的に導入された。これは簡単に言うと、自治体に対する罰金制度の導入である(Reimbursementと呼ばれている)。退院日が決定した患者に対し、自治体(社会サービス部門が該当)は退院を可能にするための手続きを2日以内に行わなければならず、医療的・および私的な理由以外、つまり社会的入院の場合には一日単位で罰金が課せられることになった。ソーシャルケア監査委員会の調査(Leaving Hospital-The price of delays )は、罰金制度導入の効果として不必要な入院が半減したと報告している。

ケンブリッジでは、この取り組みが始まって以降、全ての病棟に自治体ソーシャルワーカーを配置し、特に高齢者病棟には力を入れることとなった。ケンブリッジで一番大きな救急病院(アーデンブルック病院)の取り組みを例に紹介する。

病院側(NHS)と自治体(社会サービス部)の各々から退院支援スタッフが全病棟に配置されている。病院側には退院支援看護師が配置され、入院時24時間以内に「退院計画書」を作成しなければならない。つまり入院した時点から退院に向けての準備が始まる。これは、緊急入院であっても同様である。退院支援看護師(Discharge Planning Sister)は退院計画だけを専門に行う業務につき、日本の婦長クラスの看護師が担っている。この「退院計画書」では、主に①リスクアセスメント、②退院までに必要な身体、心理、社会的側面について25項目にわたるアセスメント、③どの専門職が関与すべきかのチェック表、(24時間以内に該当する専門職の介入が求められている)、④住環境および暮らしの状況、⑤他のサービスへの移行日時、の5項目についてアセスメントを行うことになっている。そしてサマリーには、退院を妨げる要因があるか、どの専門職の介入が適切か、退院に向けて必要なサービスを明らかにする必要があると記述されていた。また、①が10点以上をハイリスク者とし、病棟ごとに配置されているソーシャルワーカー(自治体側)へ連絡し、病院側の退院支援看護師と共に退院に向けて準備することになっている。依頼を受けた自治体側の退院支援チームのソーシャルワーカーは、患者および家族と面接を行い必要なサービスを準備することになっている。また、罰金システムとは別に、自治体側は病棟側からの正式な申し込みを受けてから3日以内にアセスメントを行い、必要なサービス整えることが退院法(Discharge Act Section2)で義務付けられている。

退院に関わる自治体ソーシャルワーカーは、様々な法律に縛られているといっても過言ではない。そして、病院も退院日を遵守することは必須であり、退院会議が週1~2回開催され、全患者について今後の方針を話し合うことになっている。特に退院を妨げている原因究明に努め、退院予定日、誰が責任を持って関わるかを必ず確認している。ちなみに、ケンブリッジにおける退院遅延一日あたりの罰金は100ポンド(約2万円)で、退院を妨げる要因の一つが「認知症」とのことであった。NHSは、この取り組みの成果として入院待機者リストが激変したと報告している。一方で、ケンブリッジの自治体側の退院支援チームのマネジャーは、「独居高齢者と認知症高齢者は年々増加しているし、たとえ介護者がいても受け入れがよくないといった状況から、退院を無理に進めても在宅生活は長く続かない、もしくは施設に入らざるを得ない状況が増えつつある」と述べられていた。BBCも早期退院を促すことで「再入院」が増えていると報告している。

なお、この取り組みは、近い将来精神保健トラストのベッドにも導入されることになっている。精神保健トラストでは、一般高齢者よりも入院期間が長く入退院の繰り返しが多いため、いかにして取り組んでいくかが大きな課題となっている。ケンブリッジシャー精神保健トラストにおける退院期間縮小のための取り組み状況は第3章で述べることにする。

2) 国のサービス基準
~全国サービス基準(National Services Framework) 2001年~

全国サービス基準(National Services Framework、通称NSFと呼ばれている)が2001年に制定された。ここには、対象者やサービスとして盛り込むべき内容など、提供すべきサービスの基準とモデルが示されている。各自治体は「それ以上」のサービスを提供することが義務付けられている。現場では「最低基準を示したガイドライン」と認識されている。毎年、自治体単位に3段階の評価(スター評価と呼ばれている)が行われ、全国に公開されることになっている。日本からもインターネットで見ることができる。そのためどの自治体も財源が厳しい中、よりよい評価を受けるために必死に努力している。なお、全国サービス基準はあくまでも「基準」とあるように、自治体ごとに展開されているサービス内容は若干異なり日本のように全国一律ではない。例えば、対象者の選択基準、提供サービス内容、利用料金などが異なってくる。

現在NHSは、死亡率・罹患率上昇に深く関連のある、心疾患・脳卒中・精神疾患の3疾患にターゲットを置いているため、全国サービス基準の多くのページが上記疾患に関することに割かれている。精神疾患の焦点は「成人の自殺」であり、精神障害を抱えた高齢者についてはあまり記述されていない。そのため、認知症高齢者へのケアサービス基準は、2001年3月に出された全国サービス基準高齢者版(National Services Framework for older people)に掲載されている。ここでは、地域における長期ケアの「質」向上を最大目的とし、サービス主導型ではなくニーズに基づき人を中心に据えたサービスを提供すること、医療と福祉サービスを統合して提供することなどが狙いとして記述されている。なお、全国サービス基準高齢者版も「百科事典」位の厚さはある。ここでは精神障害を抱える高齢者について示されている内容の概略を紹介する。

認知症は65歳以上人口の5%、80歳以上では20%が罹患しており、鬱病は65歳以上人口の10~15%と、その罹患率が高いことを理由に、全国サービス基準高齢者版のターゲットは認知症と鬱に絞られている。そして、よりよいサービスを本人および介護者に提供することを目標においている。戦略の柱を要約すると以下2点にまとめることができる。第一点目が、医療・福祉の統合の促進である。2003年から2006年までの戦略には「2004年までに、トラストの垣根を超えて(PCT,精神保健トラストの垣根)、医療・福祉の両方のサービス提供を図るためのプロトコールを設置することを義務付ける」と記されていた。ケンブリッジではこれに従い、2004年3月にGuidelines for the Treatment of Dementia in General Practice(16ページにわたるガイドライン)が発表され、認知症ケアのプロトコールおよびパスウェイが作成された。このパスウェイを活用することで、PCT、精神保健トラストと自治体社会サービスの協同事業(ジョイントワーク)が促進され、ケアマネジメントが精神保健トラストでも活性化されるきっかけになったようである。

第2点目が、早期認知症患者に対する抗認知症薬の浸透である。これはNICE(National Institute for Clinical Excellence 2001年)というガイドラインの中に、早期の段階での認知症薬の処方やフォローについての基準が示されている。ここで示されている基準とは、①簡易版認知症テスト(Mini Mental-State Examination、通称MMSEと呼ばれている。以下MMSEと示す)が12点以上(30点満点)の初期の認知症患者に限ってコンサルタントが抗認知症薬を処方する。②2~4ヶ月おきに内服状況、副作用などをモニターする(ケンブリッジでは毎月実施している)。③6ヶ月毎に認知症テストとレビューを行う。④レビューに基づきコンサルタントがその後の方針を決めることになっている。なお、現在はAricept, Galanthaine, Exelonの3薬のみフォローアップが義務付けられているが、Ebixa(簡易版認知症テストが12点以下の場合に処方されている薬)も来年以降フォローアップの対象になるらしい。しかし、明記された文章はどこにも見当たらなかった。このガイドラインが出された2001年は抗認知症薬の利用者はイギリス全土で20,400人であったが、1年後の2002年には61,600人と3倍に増えたとNHSは報告しており、各地域での取り組み状況をうかがい知ることができる。

以下、NICEに関するケンブリッジでの取り組み状況とその成果を紹介する。ケンブリッジ市では抗認知症薬を内服している患者のモニタリングおよびGPへの教育を専門に行うリサーチチーム(地域精神専門看護師(Community Psych作業療法士ic Nurse) が常勤1人、非常勤1人、サポートワーカー1人)で形成され、現在約200人の患者をフォローアップしている(*組織編制およびスタッフ役割は第2章、3を参照)。また、認知症の早期発見、早期処方を促すため、各GPにMMSEが置かれ、認知症のスクリーニング機能を高める啓蒙活動が行われている。この3薬を処方するためにはGPからコンサルタントが経営する認知症のための専門クリニック(メモリークリニックと呼ばれている)に紹介され、コンサルタントが処方薬を決定する。その後、1ヶ月おきにリサーチチームが高齢者の自宅を訪問し、内服状況・副作用・症状などをモニターする。MMSE は6ヶ月おきに実施され、点数の変動とインタビューによって、コンサルタントがその後の方針を決定しGPに報告する。以上のことは認知症高齢者治療パスウェイにのっとり展開されている。6ヶ月毎の評価として行う内容は、MMSE、ADLのチェック(チェック表あり)、バイタルサイン、コンサルタントによる本人と家族へのインタビュー(1時間以上かけて実施)である。この3年間でGPから認知症のケースが紹介されるケース数が2.6倍に増加したこと、GPとの連携がスムーズになり同行訪問が可能になったことなどが取り組みの成果として述べられていた。

一方、ハンチンドンシャーにはリサーチチームがない。そのため、CPNが担当地域のケース宅を毎月訪問し、内服状況や副作用などをモニターしている。現在90名の患者をフォローしているとのことであった。6ヶ月おきの評価は、メモリークリニックの専属ナース(CPNではない)が実施している。

3.おわりに

この章で紹介した法律やサービス基準は、精神保健トラストが展開しているサービスを理解する上で必須と思われるごく一部に過ぎない。イギリスには多種多様のポリシーとガイドランが存在し、毎年何らかの法律が制定および改定されている。これらに従って業務を遂行することが義務づけられているため、現場の第一線にいるスタッフですら混乱し、利用者は全くというほど理解できていないのが現状であることから、誰のための法律なのかについて考えさせられた。一方、めくるめく変化の中でも「よりよいサービスを提供しよう」と必死に取り組むスタッフの姿勢には感心させられた。

ケアマネジメント業務に勤しむスタッフ

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