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イギリスにおける認知症高齢者ケアマネジメント

序章 はじめに

効果的なケアマネジメントおよびアウトカム指標が何であるかは明らかにされていない。中でも、高齢化が進むにつれ認知症高齢者へのケアマネジメントの在り方が世界中で注目されている。

イギリスは、日本より一早く在宅ケアを推進するためにケアマネジメントを取り入れており、その概要については日本にも広く紹介されている。しかし、精神障害を抱える高齢者(主に認知症)に対して展開されている、多種多様の専門職がチームとなって介入するケアプログラムアプローチ(Care Programme Approach、通称CPAと呼ばれている)のことはあまり紹介されていない。CPAについては学識経験者の間で賛否両論あり、どのような効果があるかの知見は一致していない。しかし、日本では認知症高齢者が地域で安心して暮らせるようになるための在り方を模索している段階であり、ケアマネジメントでは日本より10年先を行き、何より認知症高齢者へのケアマネジメントに力を入れているイギリスの経験から学ぶことは多いと思われる。一方で、文化・歴史・制度、何より地域ケアに対する考え方と提供主体が日本とは大きく異なるため、現状のみを比較すること、イギリスの経験をそのまま日本に取り入れることは不可能と思われる。そのため、イギリスの政策や文化等の背景を理解した上で、それとリンクさせながら現場でどのような取り組みが展開されているかを調査し日本に紹介する必要がある。

本調査を行うにあたり、「地域で認知症高齢者を支えるための取り組みの特徴と有効性」と「担い手となるスタッフへの継続教育の在り方」の2本の大きな柱をたてた。本報告書では、第1章で、現在イギリスで取り組まれている地域ケアと政策の歴史的変遷を紹介する。第2章では、ケンブリッジシャー精神保健トラストで認知症高齢者に展開されているケアプログラムアプローチを紹介する。第3章では、地域ケアを底辺で支えているチャリティー部門の活動を報告し、公(専門家集団)と非営利(ボランティアやチャリティ団体)との役割分担と協同の在り方を考察する。第4章では、地域ケアの担い手となるスタッフの継続教育について、徹底して行われている個別教育(スーパービジョン)とトラスト全体の取り組み、ニーズに見合った継続教育を開発するための取り組み、無資格ケアスタッフへの教育の現状などを報告する。

 本調査を通して、常に新しいことに挑戦する現場の取り組みに感心させられることがたくさんあった。その反面、政策がめくるめく変わることで現場スタッフと利用者が混乱している状況や、コスト削減のためにケアマネジメントが利用されていると思われる場面に多々遭遇し、危惧を感じることもあった。そのため、調査した内容について「光と陰」の両側面から報告することに努める。

1.調査方法

調査期間は、2004年10月15日~2005年3月15日までの5ヶ月間である。

調査概要は、ケンブリッジシャーにある精神保健トラストの4区分された地域のうち、主にケンブリッジ市とハンチンドンシャーにおいて、認知症高齢者に展開されているケアマネジメント(ケアプログラムアプローチCare Programme Approach)の具体的な内容、チャリティー団体の活動内容と、携わるスタッフの教育内容および教育開発方法である。

調査方法は、主に以下の4つの方法を用いた。1,既存資料の収集(パンフレットや書物、インターネットなど)、2,スタッフへのインビュー(精神保健トラストの高齢者部門が提供している全てのサービス提供機関での実習と、Homerton School of Health Studies(HSHS)*1)のCPNコースを聴講した後、関係するスタッフにインタビューを依頼し、把握した内容の確認をとった)3,利用者および介護者へのインタビュー、4.スーパービジョンに関する調査(アンケート調査と反構造的面接の実施)である。なお、以下の理由から上記に示した調査以外にも、PCTが提供する医療(病院と在宅の両方)、自治体が提供する社会サービス、ボランティア団体が提供する各種サービスについて、見学、実習、インタビュー調査が必要であった。その理由は、サービス提供主体が分化していることにある。提供主体を大別すると、保健・医療と福祉(NHSと 自治体による社会サービス)に分かれる。医療は全てプライマリーケアトラスト(Primary Care Trust、通称PCT)から提供されるが、精神疾患だけは独立して、精神保健トラスト(Mental Health Trust、通称MHT)から提供されることになっている(PCTの「セカンドケア」として位置づけられている)。また、家事援助・身体介護や介護者支援といったサービスのほとんどが、以前は自治体の社会サービス部から提供されていたが、今ではボランティアや民間会社から提供されている(*「認知高齢者への地域ケアサービスと関連する組織」図を参照)。そして、互いの壁は厚く連携状況はあまり良いとは言えない。しかし、認知症高齢者は、身体疾患を伴い生活上の困難を強いられていることが多く、精神保健トラスト以外からもサービスを受けていることがある。従って、認知症高齢者にとってどのようなケアマネジメントを展開することが「効果的」であるかを総合的な視点から考察するためには、精神保健トラスト以外が提供するこれらのサービスや各団体の活動内容も調査する必要があった。

*1)Homerton School of Health Studiesは、看護師・理学療法士・作業療法士などの専門教育をNHSと連携して提供して行っている。大学・大学院・卒後教育機関に相当する。

2.Cambridge shireケンブリッジシャーの紹介

1)地域性・文化的背景

ケンブリッジはロンドンの北に位置した平原地帯で、特急列車で1時間ほどである。学問の街としてその歴史は古く、初めて大学ができたのは13世紀のこと、それ以降ヘンリー8世を始めとする王族・貴族たちの援助により、カレッジが次々に建設され、今なお当時の建物を見ることができ、街全体が美術館のようである。これまでに6人の英国主相、31人のノーベル賞学者を輩出したトリニティカレッジがあることでも知られている。ケンブリッジ市内には学生および大学関係者が多く住むこともあり、教育レベルが高く人口高齢化率が低いことが特徴である。他方で、30分も車を走らせると郊外に出る。そこは見渡す限りの田園風景の広がる美しい村が点在し、ケンブリッジ市内とは異なり高齢化率は高く、高齢者二人世帯、もしくは独居高齢者が多く存在する。人口は76万9600人(2005年)で5年前より6.2%の増加しており、2010年までに10%増加すると予測されている。しかし、家の値段は飛びぬけて高く、物価は日本より高いため、年金高齢者にとって住み良い町と言うわけではない。例を挙げるとケンブリッジ市内で3ベッドルームの中古の家を買うと最低3000万円はかかる。また、バスの最低料金は1.8ポンド(360円)、昼食を外食した場合5~6ポンド(1000~1200円)はかかるため食事は比較的質素である。他方でお茶の時間を大切にしており、毎食後・10時・3時には必ずお茶を飲む週間がある。週末はどの店も4~5時には閉まるので、家で友人や家族とゆっくり過ごす人が多い。他にも、文化・生活様式・国民性が異なると感じる場面は多々みられ、日本と単純比較ができないことを最初に述べておく必要がある。

なお、shire(シャー)とは、州(県)を意味し、行政上の最大区画(County)である。Kent, Essexのようにshire(シャー)のつかない地域もある。ケンブリッジシャーにピーターボロウの一部が組み込まれたのはごく最近のこと。現在のケンブリッジシャーは6つの地方自治体(Local authority)から成り立っている。

【ケンブリッジシャー】

ケンブリッジシャー

1,2 ピーターボロウシャー

3, ハンチンドンシャー

4,  イーストケンブリッジシャーとフェンランド

5,  サウスケンブリッジシャー

2)人口および高齢化率

イギリスの国土は日本の約2/3、人口5900万9千人(2002年)である。65歳以上人口は15.9%、85歳以上に限っては1.9%。2031年には85歳以上人口は3.8%になる。また、在宅にいる85歳以上高齢者のうち、女性は71%が独居、男性は42%が独居である。(National Statistics 2002年)

以下は、調査を行った2地域における人口と高齢化率である。

1)ケンブリッジ:ケンブリッジ市(エリアマップ6)は、人口10万8863人、65歳以上人口14,361人(13.2%)とやや少ない。しかし、85歳以上は2173人(1.9%)とイギリスの平均並みである。大学の街ということもあり、15~29才人口が36,552人(33.6%)と飛びぬけて多いことが特徴である。また、サウスケンブリッジ(エリアマップ5)は、人口13万108人、65歳以上人口19,162人(14.7%)、85歳以上人口2492人(1.9%)と、高齢化率はイギリスの平均と同等である。

2)ハンチンドンシャー(エリアマップ3):人口15万9100人(2003年)、65歳以上人口12.9% ケンブリッジシャーは高齢化の進んだ地域ではないものの、2020年には75歳以上人口が20%以上になると予測されている。

【認知高齢者への地域ケアサービスと関連する組織】

認知高齢者への地域ケアサービスと関連する組織