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イギリスにおける認知症高齢者ケアマネジメント

第4章:精神保健トラストでのスタッフ教育

1. はじめに

精神保健トラストに所属するスタッフは、「専門性」に対する意識が高く、継続教育も積極的に受けている*)。第2章でも紹介したように専門分化は進んでおり、各々の職種ごとの責任と役割がガイドラインで示され職域は明確になっている。これは同職種においても職域が明確に示されている。また職種ごとに設定されているレベルは給与にも即反映する。そのため、自らの力量を上げるための目標設定がしやすいことも継続教育を受ける意欲につながっていると思われた。この点は「何でもしなければならない、されど給与に反映しない」日本のケアマネジャーと大きく異なる。そして、何よりスキルを向上する為の教育を受けるチャンスが数多く準備されていること、中でもスーパービジョンは日常業務の中で徹底して行われている。

本章では、精神保健トラストの高齢者部門に所属するスタッフたちが、どのような教育を受けて力量を伸ばしているかについて紹介する。また、個別に行われているスーパービジョンについては、アンケートとインタビューを実施したのでその結果も報告する。

*)ここで述べていることは専門職に断定する必要がある。なぜなら、イギリスで地域ケアに携わるスタッフは、無資格者でケアに関する教育を一切受けていない場合が少なくないからである。

2. スーパービジョン

1) スーパービジョンに関する法律

イギリスでは、スーパービジョンに関する法律やガイドラインが数多く発行されている。ケンブリッジ精神保健トラストでも、クリニカルスーパービジョン法およびその基準(Clinical Supervision Policy and Framework)を2004年1月に発表した。これは、2000年にNHSから出されたクリニカルスーパービジョン法に基づいて作成されたものである。精神保健トラストで働く全ての職員(資格のないケアワーカーも含む)の、臨床能力向上・安全かつ質の高いサービス提供・共通認識を図ることなどを目的とし、スーパービジョンを実施するための手引きになっている。全職員はこれに従いスーパービジョンを受けることが義務づけられている。(*下記に要約を示す)


クリニカルスーパービジョン法およびその基準(要約)

1) 全ての職員は、月1回、最低1時間、スーパービジョンを受けること
2) スーパービジョンの記録は必ず残すこと(定められた書式に記載すること)
3) スーパーバイザーもスーパーバイジーも、スーパービジョンを行うためのトレーニングが必要である
4) スーパービジョンは「参加型」で行うこと(一方的通行になってはならない)
5) スーパービジョンはトラスト内の職員なら誰でも依頼することが可能である
6) 直属の上司はスーパービジョンの実施状況、質が十分担保されているかをモニターし、 定期的に評価しなければならない
7) この法律は、18ヶ月以内に監査を受けること

1-2)3種類のスーパービジョン

この法律の中では、以下に示すように3種類のスーパービジョンに分けられ、スタッフは目的に応じて異なるスーパービジョンが受けられることになっている。

① マネジメントスーパービジョン Management Supervision
直属の上司(ラインマネジャーと呼ばれる人)から受けるスーパービジョンを指す。内容は、職務、個々の仕事における希望や仕事に対する思い、困っていること、目標、仕事量など日常業務を遂行する上で必要となることについての相談およびアドバイスである。
② プラクティススーパービジョン Practice Supervision
精神保健トラスト独自のスーパービジョンである。主に、ケースワークを通して直接学ぶことを狙いにしており、グループで実施することもある。また他の専門職から受けることも可能である。(例:CPNが困難事例において利用者への接し方を学ぶために、心理学者からスーパービジョン受ける等)
③ プロフェッショナルスーパービジョン Professional Supervision
専門家としての力量を磨くためのスーパービジョンを指す。同職種の先輩からスーパービジョンを受けることが原則のため、看護師は上級の看護師から、作業療法士は上級の作業療法士からスーパービジョンを受ける。同じ職場に該当する専門職がいない場合、NHS内の職員であれば依頼することができる(例:各精神保健チームに作業療法士は一人しか所属していないため、他のチームか病棟勤務のシニア作業療法士にスーパーバイズを依頼する等)

 スタッフの間では、②プラクティススーパービジョンと、③プロフェッショナルスーパービジョンは区別せずに同義語として扱われ、両者を併せて「クリニカルスーパービジョン」と呼ばれていた。

2) スーパーバイザーの役割

職員が専門職として働き、より質の高い安全なケアを提供するためのスキルをのばすことを使命としている。各々のフィールドでの経験を積み、NHSが提供するトレーニングを受けたものがスーパーバイジーとしてスーパーバイズを提供することが可能となる。その責任および範囲などは、このポリシーに詳細に明記されている。

3) スーパービジョンの実際 ~スタッフへのアンケート調査とインタビューより~

ケンブリッジ市の精神保健トラストに所属するスタッフ(管理マネジャー3名、シニアマネジャー3名、スタッフ3名の計9名)に対して、受けているスーパービジョンの種類と内容、頻度、活用方法など、5項目についてアンケート調査を行い、その後5人に詳細内容とスーパービジョンの活用度についてインタビュー調査を行った。

3-1) マネジメントスーパービジョン

マネジメントスーパービジョンについては、直属の上司から、平均月1回・1回あたり1~1.5時間程度受けていた(2時間と回答する人が1名いた)。また、管理マネジャー3名は週1回精神保健トラストの管理者から受けており、その内容として各チームの運営状況の報告も兼ねているとのことであった。回数や方法については毎年当事者同士で話し合って決定するとのことであった。

シニアマネジャー以下(6名)のマネジメントスーパービジョンの内容は、日々の細々とした業務報告とそれについてのアドバイス、業務時間の調整(スキルアップの為の学習時間の確保も含む)担当ケース数の調整、仕事の評価、ケアスタッフへの教育や管理といったマネジメント方法、人間関係が、複数回答として記述されていた。また、自分の今後の目標や計画についてアドバイスをもらう、仕事としてやるべきこと(範囲、責任など)の確認をとる、といった記述もあった。

目的については、業務をうまく遂行するための話し合い、と記述している人が6名いた。

3-2) クリニカルスーパービジョン

平均すると、月1回・1回あたり1~2時間程度受けていた。目的として共通に述べられていたことは、「スキル(主に技術を指すものが多かった)を上げること」、「専門家(Specialist)であり続けること」であった。効果については、「自分の仕事が適切であるかケーススタディを通して評価してもらえる」「スキルアップに有効」が共通点であった。実施内容は人によって回答の傾向が異なり、上司が同じ職種の場合はマネジメントスーパービジョンと同時に行っていた(4名)。それとは逆に、2~3種類のクリニカルスーパービジョンを、しかも定期的に受けているスタッフもいた。以下はその紹介である。

① Aさんの場合
Aさんは、シニアマネジャーで、CPNとソーシャルワーカーの資格を有し、ケアコーディネーターとして地域精神保健チームで働いている。
「専門領域ごとにスーパービジョンの方法は異なり、ソーシャルワーカーやOTなどはスーパービジョンを行うことに慣れているが、看護師には比較的新しいことなので、その内容は職種によって、また行う人によって全く異なると思う。統一した方法や、これが一番いいといったモデルはない。(CPNとしてのスーパービジョン内容を質問したところ)CPNの多くは同じ職場の同僚や先輩からスーパービジョンを受けており、専門職としてのトレーニングやスキルの更新を行っている。また、ケンブリッジ市では、4人1グループになって行うグループ・スーパービジョンビジョンが月2回ある。ケーススタディーを通じてCPNとして、ケアコーディネーターとしてどうすべきだったか、などを話しあっている。しかし、CPNはケアコーディネイトを専門的に学んでこなかったので、この部分だけは、ソーシャルワーカーからスーパービジョンを受けるべきかを検討している。なお、どのスーパービジョンを受けるかは自分で選択できるし、何種類受けるかも人によって違う。」と述べられていた。

② Bさんの場合
Bさんは、Liaison Psychiatric Nurseとして病棟との連携を行っているCPNである(第2章で仕事内容を詳しく紹介)、PhDを取得している。
CPNとしてケンブリッジ大学の上級CPNからの「プロフェッショナルスーパービジョン」と、以下に紹介する「メディカルスーパービジョン」の2種類受けている。メディカルスーパービジョンは、コンサルタント(精神科医)と病院医師の2名から毎月1回ずつ受けている。その内容は、内服薬の用い方やケア方法について個々のケースワークを通じてアドバイスを受けることが多いという。「私は一人職場でスクリーニングとモニターを行うことが役割だから常に確実な診断と判断が求められる。そのため、医師並みの、しかも最新の知識を持たなくてはならないし、間違いが許されない。また、CPNという資格しかないから、判断したことのエビデンスをコンサルタントに求めなくてはならない。」とスーパービジョンの活用方法が述べられていた。
このように、現場ではスーパービジョンの実施度は高く、スタッフの業務遂行およびスキルアップには欠かせない存在になっている。

2. NHSによる全職員向けの教育

NHSには、職員教育に対する基準がある(Knowledge Skills Framework、一般にはKSFと呼ばれている)。これは、NHSに所属するスタッフの給与体系に見合った*)能力を獲得および向上することを主目的とし、Agenda for changeと呼ばれている。KSF には24の専門コースがあり、NHSに所属する職員は各々のレベルに応じて定められている教育を受けることになっている。     

その他にも、精神保健トラストの職員は一年に一度蘇生法の実技トレーニングを受けることが義務づけられるなど、NHSの企画する教育メニューも多彩である。

*)職種とレベルは細分化されており、給与体系も複雑多岐に渡っていたため(何千種類もあったと言われている)、日本の公務員給与体系表(号棒制)に似たものが作成され、トラストはその表を元に、階級と給与を決定することに統一された。

3. 継続教育の開発

ケンブリッジの精神保健トラストでは、現場ニーズに即した継続教育を開発することも行っている。ここでは精神保健トラストの地域精神専門看護師(CPN)が現在取り組んでいるプロジェクトを例に紹介する。なお、セラピー、ソーシャルワーカーなど専門職ごとにも行われている。

CPNの力量を上げるための「看護戦略」(A Strategy for Nursing 2003-2006)というものがあり、B5版15ページのパンフレットが作成されている。そこで記されている主戦略は以下8つである。①全ての看護レベルにおいて、看護師がとるべきリーダーシップを開発し促進すること、②看護教育・トレーニングを開発すること、③看護ケアを維持・増進すること、④研究に携わる機会を増やし研究能力を身につけ、研究を通して「気づき」が得られるようになること、⑤利用者とのパートナーシップと協同を強化すること、⑥コミュニケーション能力を向上すること、⑦看護技術を開発すること、⑧看護師としての役割を明確にすること、である。

この8つの主戦略を実現するための課題と具体的な教育方法を検討するために、地域ごとに看護フォーラム(Nursing Forum)を定期的に開催している。

筆者は、ハンチンドンシャーで開催された看護フォーラムに参加したので、その内容を紹介する。

開催期間は2ヶ月おき(一回2時間程度)、対象はハンチンドンエリアで働くNHS所属のCPNである(入院部門、デイサービス部門、コミュニティ部門が該当し、精神保健トラスト以外の所属者もいた)。このワークショップでは、NHSの主戦略とハンチンドンで実施する調査に基づき、今後の継続教育に関する計画を練り上げることを目標としていた。参加者は、CPNが9名(ハンチンドンシャーのCPN数は全員で63名)、ASPから2名、オブザーバーの筆者、合計13名であった。まず、NHS開催の教育プログラムが紹介され、CPN向けプログラムの一つである「家族との関係の築き方」の受講修了者から報告があった(公式な報告書はなく口頭によるもの)。その後、この日のテーマである「看護師のリーダーシップの現状と課題」についてハンチンドンシャーで実施されたアンケート調査が報告された。調査概要は、トラスト・地域・各チームのそれぞれにおけるCPNの位置づけを調査し、今後の課題を探るものであった。その結果として、CPNの85%が、CPNはトラスト内でリーダーシップを発揮できていると感じているが、より発展させることは困難と述べられていた。その理由として、全CPNの 80%が今の仕事を遂行するだけで手一杯であり、新たな課題にとり組む時間が確保できないことがあげられていた。まずはスタッフの増員、教育プログラム参加時間の確保(権利として)が必要であり、具体的にどうすべきかが討論されていた。

一見すると自由討論を交えた「勉強会」のようだが、現場スタッフだけでなく精神保健トラストの教育担当者(大学教員も参加することが多い)も参加しているため、統計データに基づいた現状報告と数字の読みとり方も同時に説明されていた。そのため、アンケート調査といったエビデンスに基づき討論することがトレーニングされていることが分かった。また、各々のスタッフが個々に抱える業務上の問題点とNHSや大学で受けた「継続教育」の現場での活用度なども報告されていた。これは、教育提供側(精神保健トラストの教育担当者や大学教員)に継続教育の効果と新たな課題が伝えられるよい機会となっており、現場ニーズに即した継続教育プログラム開発に役立っていると思われた。彼らはこのような継続教育開発をmake recommendations and formulate action planと呼び、次年度以降の継続教育のプログラムを考えるための材料にしているとのことであった。

他にも、現場タッフに中央政府の最新情報を分かりやすくかつすばやく配信することや、様々なプロジェクト(教育を含む)の企画行うことを目的に、Anglia Support Partnership(ASP) Cambridge and Peterborough Mental Health Partnership NHS Trustというものが2004年4月設置された。ここから最新情報がニュースレターとして毎月にスタッフに配信されている。

4. 無資格スタッフへの教育

イギリスには、ケアスタッフ(日本のヘルパーに該当)になるのに特別な資格は要らない。看護師と呼ばれる職種の中にも無資格者(ナーシングスタッフと呼ばれる人)もいる。そのため、老人ホームやナーシングホームの民営化が進む問題点としてケアの質低下がある。何故なら、営利目的の事業主の多くが、コスト削減を図るため、無資格ケアスタッフを雇い教育研修にはお金をかけないからである。こういった背景を受け、ケンブリッジ精神保健トラストでは、老人ホームに入所した認知症高齢者の再入院数が増加傾向にあることに着目し、老人ホーム(特に認知症高齢者専門棟)におけるケアの質を向上する事を課題とし、無資格ケアスタッフへの教育のあり方を検討し始めた。具体的には、2005年1月~プライマリーケアトラストと精神保健トラストが主軸になってプロジェクトチームを形成し、施設で働く無資格スタッフに認知症高齢者へのケアを行うために必要となる知識・技術を教育するためのプログラム開発に着手し、そのための予算を計上した。

一例として、南ケンブリッジ地域精神保健チームでの取り組みを紹介する。まだ試験運用のため、開催回数や内容は定まっていないようだが、参加したこの日は、CPNと心理学者がペアとなり隣接する民間老人ホームのケアスタッフに対して講義を行った。認知症の病理について心理学者がパワーポイントで講義し、CPNがケア方法の実技指導を行った。

また、地域精神保健チームには、CPNの仕事を補佐するサポートワーカーという無資格の職種がある(サポートナースとも呼ばれている)。彼らに精神専門看護師(CPN)の資格を与えるため、精神保健トラストでは看護学校に3年間無料で行くコースを用意している(授業料は精神保健トラストが負担)。卒業後2年間は精神保健トラストで働くことが条件である。

全国的な取り組みとしては、ケアスタッフとして働くためにはNVQ(ナショナル・ボケーショナル・クウオリフィケーションと呼ばれ、国が定めている職業能力を示す基準)4段階中2以上のレベルを収得することを必要とし、介護に携わるスタッフの標準レベルを引き上げるための取り組みが始まったところである。

5.おわりに

精神保健トラストでは、スタッフの力量を上げるために様々な形の継続教育が準備されていた。何より、スーパービジョンが充実していることで、個々のスタッフのレベルに応じてスキルアップが確実に行われているように思われた。そしてマネジメントスーパービジョンは、スタッフがどのようなサービスを提供しているかを上司がモニターし、個々のスタッフの課題を明確にする場としても活用されていることが分かった。このようなスーパービジョンを日本にも取り入れることはスタッフ教育に大きな効果が期待できると思われる。また、現場のニーズに基づいた教育プログラム開発からも学べることが多くあった。この方法を日本の継続教育プログラム作成に取り込み活用していくことは可能であると思われる。

看護フォーラムでの勉強会

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