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平成17年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

統合失調症および精神病性障害に対する認知行動療法:
マンチェスター・モデルに基づく精神病性障害に対する
認知行動療法マニュアル

4. 事例

以下の事例はどのようにCBTpがうまくいくかの参考になるだろう。

4.1 事例1

4.1.1 問題

 ジョンは36歳の男性で,12年前から統合失調症だと診断されている。彼は年老いた両親とバンガローで暮らしており,親戚や近所の人たちとの表面的なやりとりがいくらかある以外は,ほとんど人と会うことがなかった。過去にデイホスピタルやドロップイン(ふらりと立ち寄れるたまり場)に参加したこともあったが,通所を継続することはできなかった。現在は,彼が敢えて外出することなどめったになかった。
彼は,大勢の声が自分のことを第三者に話しているという真性幻聴を体験していた。それは,敵意を持ち,脅迫するような男性の声だった。声の内容はだいたい次のようなものだった。「ほら,野郎がいるぞ。奴はそこだ…。奴をつかまえに行くぞ…。よしやっちまおう…。あいつは醜い奴だと思わないか…」。その声の強さや大きさは多様であり,常に静かに始まって,時間の経過とともに大きくなった。彼がその声を経験するのは何もしていないときが多く,ほとんどが寝室のベッドの上で横になっている時だったが,彼は特に午後や夕方はそうやって過ごすことが多かった。また,居間にいて,両親とテレビを見ているときに聞こえることも多かった。しかし,そういった状況のときに聞こえる声の大きさは小さく,大抵はささやき声だけで,より断片的で短時間しか続かないものだった。さらなる分析の結果,彼は居間で両親と一緒にいても,両親と会話することがめったにないということが明らかになった。彼はしばしば,テレビに集中しないで,部屋で起こっていることから機能上,分断され,物思いにふけっていた。そういうときにこそ,声が聞こえてくることが多く,しかも激しくなりがちだった。彼がテレビを楽しんでいれば,その声はあまり激しくならず,より断片的で容易に忘れることができた。
彼は,その声が彼を痛めつけに来ているヘルズ・エンジェルズの一団から発せられていると信じていた。何年も前のことだが,彼は一定期間,デイホスピタルに行く時に利用するバス停付近をたむろしていた若者グループのいやがらせの対象になっていた。身体的な脅しはなかったが,彼はその出来事で著しく心配を募らせた。この体験は,彼があまり外出しないことの一因だった。また別の時に,彼は暴走族の映画を見たことがあったが,その暴走族こそ彼が自分の体験と結びつけてそうに違いないとにらんでいた一団だと考えた。彼は今やヘルズ・エンジェルズの一団が家にいる彼を襲撃するために彼を付け回しているのだと確信していた。こういった被害妄想は,幻聴体験に基づいて二次的に説明的に生じていた。特に彼が自室に居るときに聞こえる声について,ジョンはその一団が家の外にいて,家に押し入り,彼を攻撃する準備をしていることを意味する声だと解釈した。このように,声の内容と驚異的な性質によって,差し迫った脅威の信念が実体化された。しかしながら,顕著な一般化が起こっていた。きしむ音,灌木の茂みからの雑音,足音,通行人の話し声や車のエンジン音といった戸外から聞こえる無関係な音はもう何もかもが,彼にとっては暴走族がいる証拠のように知覚されていたのだ。ジョンは,その音に対して警戒し,心配や不安をつのらせながら聞き耳を立てようとしていた。いったん声に気づいてしまうと,ジョンの恐怖はより一層強くなり,大声が激しくなるにつれ不安は増幅し,しまいには声に向かって「放っておいてくれ」,「消え去れ」などと怒鳴り返すようになった。この時点で彼の恐怖は頂点に達し,声がすでに消失しているということに気づいてしばらく経つまでは,声に向かって怒鳴り続けるのだった。時間の経過につれて,彼は家の外にいるヘルズ・エンジェルズの一団に向かって怒鳴ることで,ようやく危害を避けているのだと信じるようになった。彼が信じるところによれば,暴走族たちは襲撃態勢を乱し,再度建て直して来るために引き上げるのだった。こうして,「自分は危険にさらされており,彼らに怒鳴ることだけが,その危険から自分を救ってくれる唯一の手段だ」という彼の信念は強化された。彼はさらに,「妨害された仕返しのためヘルズ・エンジェルズの暴力はエスカレートするはずだから,近い将来,私の危険性はさらに増すだろう」と信じていた。

4.1.2フォーミュレーションと介入

 幻聴と被害妄想という相互に関与しあう2つの症状があった。幻聴は,彼が不活発で暇なときに最も出現しやすかった。幻聴は,ジョンが1人で寝室にいるときに最も出現しやすかったが,彼が居間に座っていて機能的にその場から切り離されているときに出現することがあった。幻聴は,午前中,彼がもっと活動しようとして動きが多いときにはあまり起こらなかった。妄想は,幻覚への反応として起こっていた。また,現実の音がきっかけとなって妄想が起こることもあったが,そういうときは決まってジョンに幻聴が起こっていた。 
介入の第1段階は,長時間1人で過ごしたり,寝室で何もせずに過ごしたり,居間に座って機能的に何もしていない状態でいるときのように,ジョンが幻聴を引き起こしやすい状況にさらされる機会を少なくすることだった。これには2つの方法で取り組んだ。まず,簡単な活動計画を立てた。その活動によって,ジョンは午後や夕方の時間を寝室から出て過ごし,この時間,自分を目的志向的な活動に従事させることで,自分の注意を自分自身の内面に向けるよりも外部に向けるようにした。彼の両親を会話に引き込きこむことと,テレビに集中し,見ている番組に没頭すること,という2つの活動が提案された。どちらの活動も,治療セッションで模擬的な場面を作ってリハーサルしておき,その課題をやり遂げるために自分を勇気づける自己教示を行うことで達成された。両親とのやりとり,なかでも会話の始め方については,ロールプレイを用いて練習した。一方,テレビに集中することは,「これは何に関する番組だろう?この人たちは何について話しているだろう?彼らはどんな環境にいるだろう?」といった自己教示文や,それに似た叙述的な質問で自分の集中を維持することによって達成された。
介入の第2段階は,もはや,深夜,ジョンが寝室で床についているときしか生じなくなった幻覚や妄想的解釈の体験における,より困難な問題に取り組むことだった。
この状況の中に,EBACサイクルの好例があった。

  EXPERIENCE(体験): 声が聞こえる
  BELIEF(信念): 攻撃されるということに関する信念
  ACTION(行動): 怒鳴り返す
  CONFIRMATION(確証): 襲撃がないことは,怒鳴り返したから襲撃を逃れたという信念を強める。脅しが実在するという信念が強められる。

 このサイクルを使って介入の機会を得ることができた。介入は何段階かに分けて行われた。(1)ジョンは自分の幻聴の兆候に気づくため,気づきトレーニングを教わった。これは,セッションでの模擬訓練を通して達成された。模擬訓練では,治療者が幻声を極めて小さな声で言語化し,ジョンはその兆候を指摘した。そうやって,ジョンはただ,声の物理的な特徴だけに注意を向けた。また,このトレーニングにより,ジョンは声の内容に巻き込まれることなく,声を認識できるようになった。このようにして,彼は声の体験から感情的に距離をとることができるようになった。(2)ジョンは声が始まったら直ちにいう再帰属文を教わった。これによって,声について,まさに今ここに実在するという説明とは違う捉え方を考える機会を自分で作れるようになった。これは,声がジョン自身の思考の誤認かもしれないということだった(この点については後述する)。この後,ジョンは注意を別のイメージや対象に切り替えることを教わった。次の段階は,声が聞こえることによって引き起こされる興奮の連鎖に対するいくつかのコーピング法をジョンに教えることだ。このプロセスは,すでに認識トレーニングによって開始されていた。しかしながら,認識トレーニング,再帰属,注意の切り替えは彼らが精神病症状に関連した強い興奮状態に立ち向かうには不十分だった。強い興奮に立ち向かうために,ジョンは簡易リラクゼーションの指導を受けた。最後に,症状に伴うジョンの行動に取り組むための現実検証が計画された。その行動とは,声に向かって怒鳴り返すことと,襲撃を避ける唯一の方法が怒鳴り返すことだという信念だった。このようにして,彼が怒鳴り返さなくても壊滅的なことが何も起こらなければ,それが彼の恐怖の反証になるということが提案された。これによってEBACサイクルを打ち砕こうとした。このケースでは,これまでに述べた各段階を組み合わせることができた。その結果,ジョンは声がもっとも小さい段階でその発声に気づき,覚醒レベルが上がりすぎる前に再帰属陳述をして,注意の切り替えを行うことができた。簡易リラクゼーションは,そのときの恐怖感の高まりに対して使われた。そして現実検証で必要な行動に導くために「怒鳴り返さなくていい,危害を加えられることはない,何も起きない」といった自己教示が使われた。これらのすべての方略は,自己教示前の練習セッションで一纏りに繋がり,今度は,それが現実場面で練習された。ジョンは,そのあらゆる戦略と,その実行法を思い出しやすくするために,指示の書かれたフラッシュカードを持った。しばしば,1週間でその戦略はたったの1,2回しか実行されなかった。次のセッションでは,ジョンから実験で学んだと思うことや,学んだことをもっと裏付けるにはどうしたらよいかを話し合った。
いったん,声に向かって反応しないことに成功してしまうと,ジョンは声が彼自身の思考の誤認だという別の説明の仕方について考えてみることができるようになった。彼に,暴走族が自分を脅すという考えを持つようになった理由さがしを促すことができ,そこから過去の脅された体験やヘルズ・エンジェルズの映画を観て怯えた体験が引き出された。
対処技能を取得するために何回のセッションを必要とするかは患者によって異なる。また,セッションの回数は彼らの症状の重さによっても影響される。ジョンのケースでは,10回のセッションが必要だった。しかしながら,セラピーのペースや進行速度に影響する要因はたくさんある(表2参照)。したがって,継続期間の鉄則などを想定すべきではない。たとえば,ジョンは最初,治療的文脈における社会的相互作用を耐えがたく感じたので初めのうちはセッションを短時間にした。

4.2  事例2

4.2.1 問題

 ジムは25歳の男性で,3年前に発病した。彼は現在,就労しておらず,デイセンターに通所している。彼には,自分について話す声や,話しかけてくる声が聞こえる。声の主は多数おり,男性である。その声が誰なのか彼には確信がなかったが,質問されると,彼は声の主は自分の兄弟の友人たちだろうと答えた。声はしばしば,実に口汚い言葉で彼について話したり,彼に話しかけてきた。彼らはジムのことを「くそったれ」と呼び,彼のことを「ろくでなしだ,完全なぐうたらで落第者だ」といったような軽蔑的な言葉で表現する。また,声はジムを脅かすかもしれない「怪しい人々」や,その人々によるジムへの身体的攻撃の危機について彼に警告をする。声は,彼がいつ危険な状態になるかについて口々に批評する。ジムは,その危険な状況から声が彼を助け,守ってくれると思っている。たとえば,ある時,ジムが道を歩いていると,声が反対側から来る1人の男性がジムを攻撃しようとしていることを知らせた。ジムは道を横切ってその男性を避け,そうすることで攻撃を避けることができたと信じた。彼はまた,その男性が「怪しく」も見えることにも気づいたが,このこともさらに「声が危険から救ってくれた」という彼の信念を強めた。ここにも先のジョンの事例とよく似たEBACサイクルがみられる。

p45

  EXPERIENCE(体験): 声が彼に怪しい人物の接近を教える
  BELIEF(信念): 彼は切迫した危険な状態にある
  ACTION(行動): 彼は道路を横切った
  CONFIRMATION(確証): 彼は攻撃から逃れた

 声はまた,彼のガールフレンドのジョアンが不貞で,他の複数の男性と性的関係を持っていることをジョンに伝えた。声は,ジョアンが他の男たちとセックスしている「映像」をジムに送った。ジムはジョアンが不貞だといわれても信じない。彼は2人の関係はとてもうまくいっていて,ジョアンは彼をよく支え,助けになってくれていると信じている。声がジョアンの不貞を伝えてくると,ジムは彼らに対して非常に苛立ち,苦痛でたまらなくなり,その結果ジョアンが誠実だと確信し続けることが難しくなる。彼は時々,ジョアンと性的な関係を持ったことがあるかどうか友達に聞いてみたことがあったが,それは口論に発展した。声は時に,「灰皿が飛んでいる」と言うなど,彼には無意味に思えることも伝えてくる。ジムは時に,大麻や覚せい剤を使用する。

4.2.2 ケース・フォーミュレーションと介入

 ジムは,声が自分の「傷つきやすい」ときを知っていて,彼がそういう状況にいるときに話し始めるのだと確信している。そのため,彼は声が自分を絶えず監視し,自分が「傷つきやすく」なることに気づいているのだと信じている。ジムは慣れない状況やストレスフルな状況,不安やストレスを感じるような状況で傷つきやすくなるのを感じる。彼はドラッグを使用した後も,ストレスを感じる。ジムはこれらの状況で不安の身体症状を体験しているのに,それを彼のいう「傷つきやすい」状態になっているせいかのように誤認している可能性がある。このストレスと不安に関連した覚醒水準の亢進が声やこの関連付けを引き起こしている可能性がある。そのため,声が絶えず自分を監視し,「私が傷つきやすいとき,私につらい思いをさせる」という信念は不正確なものであり,ストレスや不安が声の聞こえてくる原因になっているという別の説明によって試すことができる。ジムは,自分がどんな状況でストレスを感じるか,そういう状況にいるときどんな気持ちになり,声とどう関連づけるかに気づくように指導された。
ジムはまた,声がジョンに先の例で警告したのと同じようなやり方で警告した時,怪しい人が攻撃してくるという信念を試すように指導された。回避行動をとれば安全でいられるという信念は,特定の状況で安全行動をとるのをやめることによって検証されたが,このようにして声の警告が誤っていることが示された。これは,声が間違っていたということを強調する機会になり,また,この例で声たちが間違っているのなら他のことでも間違っているだろうということを示唆した。ジムにとってのEABCの例や,どうやって彼が行動を変えたことで誤った信念を確信したのかの説明に強調点がおかれた。さらに,彼はこのような他の例を探してみてはどうかと言われた。
ジムはまた,彼が「傷つきやすい」と感じても声が聞こえない時があることに気づいた。これを説明するよう求められたとき,彼は声がどこか他の所にいて他の人を絶えず監視しているにちがいないと話した。この解釈は実際,声が当初思っていたよりもさらに強力で全能なものであるということをジムに信じこませた。ジムは,声にありもしない現実と力を与えているのではないかと指摘された。これは,ジムが宇宙人かのように受け止めていた声の主が,もしかしたら自分自身の考え生み出したものかもしれないという,声に関する代替説をジムと議論するよい機会となった。彼がストレスを感じる状況の多くを回避しており,そのために彼の全般的な活動レベルが下がり,彼の妄想的信念を反証する機会を少なくするとともに彼の信念について反芻する機会をさらに増やしているということが指摘された。そういう状況に入り込んでしまうと,ジムは「声が起こるかもしれない」と一気に警戒し始めるため,「傷つきやすい」感覚を絶えず監視する内的焦点づけと,声を探す外的注意走査に神経を研ぎ澄ました。前者は,彼がどんなものでも内的な感覚をより拡大して捉えやすい状態だったことを意味する。後者は,声がよく彼に言うことを言語化しやすくし,実際には彼の注意を内部に焦点づけていた。この内的焦点づけと注意走査の過程は,より一層,声を生じやすくした。ここでの介入は,ジムがこういった状況に入り込んだら,他の注意的戦略を用いるように促すことだった。そのやり方は,セッション内にリハーサルし,適切な内的対話によるプロンプティングを行った。
ジムはさらに,声に関する多くの帰属をした。彼はその声たちが彼に脅威を警告するのは彼が「特別かもしれない」からだと信じていた。また,彼は,声にこんなことができるのはテレパシーを使うからであり,自分がこのプロセスをコントロールすることはほとんど不可能だと考えていた。彼は,その声たちが度々不快だったので,もし彼らが自分が危険を回避するのを助けているとしたら,なぜそんなことをするのかがわからず,悩んだ。
しかし,彼は自分が特別だから声によって「テストされる」必要があるのだと結論づけ,それによって自分が特別だという彼の信念がさらに強まった。もちろん,この説の多くの部分は,声が危険を実際に彼に警告しているという不正確な前提の上に成り立っており,挑戦することは可能だった。彼の体験への代替説は,この体験のノーマライゼーションの上に構成することができた。誰でも,時には関係念慮や突飛な考えを持つことがあるが,ジムの場合,これらが自己の一部や単なる思考として認識されるのではなく,外部からの声として知覚されているのだと。ジムは,完全に受け入れたわけではないものの,この説には妥当性があることに気づいた。このような反応は珍しくない。しかしながら,代替説は彼の心の中に疑問の種をまき,絶えずそこに戻ることによって,彼の妄想的な説をさらに弱めることができた。
ジムは,自分のガールフレンドが他の人とセックスしているイメージにひどく狼狽した。彼は,そういったイメージも,声がテレパシーを使って送ってくるのだと思っていた。彼はガールフレンドが不貞だということを信じたわけではないが,声がそう伝えてくると,ひどく狼狽し,怒りがこみ上げた。彼が腹を立てたり狼狽したりすればするほど,その信念と,それに付随する証拠として見せられたイメージ体験に抵抗することが難しくなった。代替説の1つは,その映像が,ガールフレンドの貞節に関する彼の破局的思考からくる,実にありありとした心理的なイメージだという説だった。声は,自分のガールフレンドの貞節を繰り返し自問する彼自信の考えであった。というのも,彼はその件について絶えず反芻し,2人の関係について不安を感じていたからだ。この代替説は,2人の関係の安全であるという客観的証拠を振り返るのとあわせることで,貞節やテレパシー,声の実在性に関する妄想的な信念を顕著に弱めた。破局的な信念やイメージが,不合理で驚異的な信念に燃料を供給する役目をする不安障害と比較された。「起こるかもしれないこと」や想像された「破局的事態」の鮮明なイメージは,突如,強い感情の連鎖をもたらすであろうことが指摘された。その後これらの体験は,不快ではあるが,非常に起こりそうもない状況としてラベリングしなおすことができた。
どんなにわずかな妄想的信念の低減でも,コントロールや脅威,正確さに関する信念を検証するためにたいていは利用された。

5. 自己価値の低さに対するコーピング

5.1 低い自尊感情-共通の問題として-

 統合失調症に苦しんでいる患者は,自分自身について否定的に捉え,自尊感情が低いことがしばしばある。このような広範に見られる概念は,否定的自己スキーマの表れであると仮定することができる。つまり,否定的な自己概念や低い自尊感情は,深刻な精神疾患に苦しんでいることや,それに伴う全てのことの結果であると仮定できるのだ。患者は精神疾患を患うことに対するスティグマを与えられ,嫌がらせや排除を受けることがある。社会的な拒絶や否定的な対人的環境の影響や,無価値観,あるいは評価が低いとする認識に苦しむ。抑うつや自殺念慮に苦しんでいる患者は,自分たちの落ち込んだ気分のせいで,自己価値をより低く感じているかもしれない。さらに言えば,自分自身を殺したいと感じたら,自分は価値が無いに違いなく死ぬべきである,と考える帰属プロセスを持っている可能性がある。
否定的自己スキーマに潜在的に影響を与え,維持する要因について図6に示した。否定的自己スキーマに影響し,維持する要因は,強固で多様かつ過酷であるのが分かる。深刻な精神疾患を患うことの結果として,このような否定的自己スキーマを構成し,そのスキーマを変容させたり修正させるよりも,維持され,強化されていくように,情報の入力,同化過程にバイアスがかかる。

図6 ネガティブスキーマの維持

図6

 精神疾患の発症時は,トラウマティックな経験となることがある。発症時のトラウマの本質が外傷後ストレス障害の本来的な概念に一致するかどうかについては議論されるだろうが,実際,PTSDに十分になり得るものであるというエビデンスがある。PTSDに関する文献の多くには,トラウマが,世界観や安全や信頼や脆弱性や正義に関する信念をいかに完全に変化させてしまったか,という劇的な影響について書かれている。従って,類推すれば,精神病の発症がその人の自分自身や世界や将来に対する考え方を完全に変化させてしまうかもしれないことが分かる。このことは,精神疾患へのスティグマの永続的な影響ともあいまって,社会階層の下方化や絶望感,批判的で敵意のある家族の影響などが,否定的な自己スキーマを形成し維持する可能性が極めて高い。
自己価値を低く感じることは,抑うつや自傷のリスクを高めるだけでなく,コーピング方略を効果的に用いることをも抑制するだろう。一般的な問題を概略図として示した図7を参照してほしい。この患者は偏執的な妄想を持ち,それが現実のものであれ解釈によるものであれ他者の行動に非常に敏感で,他者の振る舞いを常に警戒し絶えず細かくチェックしている。二つの出来事が引き金となって反応を引き起こす。一つめの引き金は,彼が窓の外を見た際に一人の男性が彼の家の外を歩いているのを目にすること。二つめの引き金は,彼がバスで移動中に歩行者が彼の方を見ているのに気づくこと。この両方の出来事は彼の注意を引き,彼はこれらの刺激に捕らわれてしまった。彼はこの人々の振る舞いに,独特で自分に関連付けた推察を加える。その推察は,彼らの振る舞いの理由を説明するものであり,それがさらに脅威の可能性についての考える引き金となる。その結果,唐突な感情の連鎖が起き,過去には他者に対しての不適切で攻撃的な態度を生じさせていた。このタイプの振る舞いは,他者からの非難から逮捕や訴訟といった様々な社会的制裁を引き起こす。紹介されてきた時には,Daveは彼の妄想的な考えや事実の解釈に基づいては行動していなかったものの,自分自身について“ろくでなしで狂っている”という見方を強めてしまっていた。このことは,人々や社会が彼を拒絶しているという考えを強め,自分自身に対しての漠然とした陰謀の概念を裏付けていった。これらの考えは,過敏性や警戒感や注意の焦点付けを高め,覚醒亢進状態を維持させた。これは,図1で示した正のフィードバックループの例である。

図7:コーピング法と信念の維持を示した問題と介入の順序

図7

 先述の手法を用いることによって,図7の右に示されたように,Daveはこのタイプの状況に適切に対処できるようになった。Daveは彼の脆弱性因子と偏執的な考えの引き金となりがちな先行状況に気づくように教えられた。また,他の刺激にも注意を広げたり,他者の行動に注目することから注意を切り替えることができるように準備するためのサインとして,これらの先行刺激を用いるようにDaveは教えられた。さらに,代替案を生み出すことによって自動化された解釈に挑戦することや,コーピング反応を用いることによって情動の連鎖を抑制する方法を彼は学んだ。
Daveがパラノイアに上手に対処し,機能の改善と般化が起きることによってコントロール感が増すであろうことが期待された。これらの肯定的属性の般化は,彼の否定的スキーマとは一致せず,その結果,否定的スキーマは弱まり,自分自身に対するより肯定的な考え方が強化されると考えられた。しかし,そうはならなかった。彼自身や彼の能力に関する新しい情報が何も統合されなかったのである。彼の否定的なスキーマは守られ,活動を維持し,強化されさえしていた。Daveは,前よりもうまく対処できており,彼の生活は今ではより豊かになり,孤立することが減ったことを実感しているにもかかわらず,状況は変化がないと彼は語った。彼は,他の人たちが気づいていないとしても,自分は“ろくでなしで狂っている”と考えていた。実際は,バスに乗るというような毎日の出来事に対処するために多大なエネルギーを費やさなければならないという事実が彼を抑うつ的にし,自分は無価値であるという考えが強まったのである。この段階におけるリスクは,Daveが絶望感を増し,症状に対処を試みることを断念してしまうことである。そして,彼の自分自身に対しての感情が,臨床上の抑うつに繋がり,自殺のリスクを増加させるかもしれない。
Daveのようなケースにおける低い自尊感情は,再発の脆弱性の増加とも見ることができ,そのリスクを減少させるためのフォーミュレーションの構築が必要となる。可能なアプローチの概略について以下に示す。

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