望ましい国内人権機関
『人権委員会設置法』法案要綱・解説
国内人権機関設置検討会 編
目次
はしがき
私たち国内人権機関設置検討会がここに示した「望ましい国内人権機関―『人権委員会設置法』法案要綱・解説」は、日本の人権環境をいっそう充実させるため、国内人権機関―国際標準の人権機関―の組織や機能について、提言するものである。 こうした機関は、現在では世界の大半の国々で設置されており、差別などの人権侵害に苦しむ人びとの救済や、政府に対する人権政策の提言などを行うことによって、人権状況の改善に大きな役割を果たしている。日本においても、様々な人権問題が日常的に生起しているという現状を考えれば、人権政策の提言、人権侵害に関する相談や救済、人権に関わる教育・広報などに責任を持つ国内人権機関の設置は、もはや一刻の猶予もならない喫緊の課題である。
かつて日本においても、国内人権機関の設置が模索されたことはあった。2001 年に人権擁護推進審議会が出した人権救済答申を受けて、2002 年に当時の小泉内閣が国会に提出した人権擁護法案がそれである。この法案は、国内人権機関として、法務省の下に人権委員会を設置するというものであったが、人権委員会の独立性に疑問が呈され、またマスメディアの報道の自由を侵害するおそれがあるといった批判を受けたため、ほとんど審議されないままに、2003 年10 月の衆議院解散に伴って廃案となった。その後、野党時代の民主党が同種の法案を提出したことはあったが、結局、成立には至らず、日本には国際標準に合致した国内人権機関は存在しないまま今日に至っている。
しかし、国内人権機関の設立を求める声は、この間にも絶えることはなかった。2004年には、国内人権機関の設置を求める市民や研究者らから成る部落解放・人権政策確立要求中央実行委員会によって、「人権侵害救済法法案要綱試案」が提示され、また2008年には日本弁護士連合会が、「日弁連の提案する国内人権機関の制度要綱」を発表している。こうした中、歴代の民主党政権は、国内人権機関の設置を政策課題の一つに掲げ、2011年8月には、法務省政務三役が「新たな人権救済機関の設置について(基本方針)」を公表し、国内人権機関の設置に関する方向性を示した。
私たちは、この期を捉え、市民の視点から国内人権機関のあるべき姿を提言すべく、2009年11月から2011年10月にかけて度々会合し、国連・パリ原則に準拠した、市民にとって望ましい国内人権機関のあり方を検討した。以下に掲げた「望ましい国内人権機関―『人権委員会設置法』法案要綱・解説」は、その成果の骨子と簡単な解説を示したものである。今後の討議の資料としてご活用頂ければ幸である。
国内人権機関設置検討会:日本における国内人権機関の設置を目指す法律家,研究者,人権団体関係者からなる。パリ原則にのっとり日本の実情を踏まえた国内人権機関を提案するため人権団体や法律家と協議しつつ「望ましい国内人権機関―『人権委員会設置法』法案要綱・解説」をとりまとめた。代表、世話人については奥付ページを参照。
なお、齋藤明子、武村二三夫、谷元昭信、友永健三、藤原精吾(50 音順)各氏にご協力頂きました。記して感謝いたします。
『人権委員会設置法』法案要綱の特徴
- パリ原則にのっとり、日本の実情を踏まえた、望ましい国内人権機関として、人権委員会を設置することとした。
- 目的・機能:人権委員会には、人権に関わる政策提言、相談・救済、情報収集、教育・広報、国際協力など、パリ原則を踏まえ、他国の国内人権機関と同様の機能を持たせることとした。
- 組織:特定の省庁ではなく、内閣の所轄の下に中央人権委員会と地域人権委員会(全国に9ヵ所)を設置し、機関の独立性を担保するとともに、地域性を確保した。
- 地域での活動:地域人権委員会の指揮下で人権救済にあたる人権救済専門員を市町村に置き、人権救済の実効性を担保した。
- 救済対象となる人権の範囲:憲法と日本が締約した人権条約に定められた人権を広く救済の対象とするが、どのような行為が人権侵害や差別となるかについては、明確な定義を行い、権限の逸脱・濫用が生じないよう留意した。
- 救済措置:被害者に対する援助、加害者に対する指導、当事者間の関係調整や調停・仲裁などに加え、悪質な事案については、加害者に対する勧告・公表を行うことができることとした。また、法制度に起因する人権侵害については、内閣などに対し法制度是正意見表明を行うことによって、構造的な人権問題の解決に取り組めることとした。
- 調査権限:できる限り任意的な調査にとどめ、強制性を持たせる場合でも、間接的な強制力を与えるにとどめた。ただし、公権力による人権侵害については、その影響の広汎性を考慮し、人権委員会の調査や救済措置に一定の強制力を認めることとした。
国内人権機関はなぜ必要か?
◆人権保障の枠組み
国には個人や集団の人権を阻害せず、個人や集団を人権侵害から保護し、個人や集団による人権の享受を促進するため積極的に行動する義務がある。このため国は憲法を制定し、国内法を整備し、行政・司法機関にこれらの義務を課してきた。
しかし、特に人権侵害に対する救済・予防に関し、既存の行政・司法機関は人権の保護義務を十分に果たしていないことが従来から問題視されてきた。
◆行政救済の不備
日本では国や自治体、あるいは人権NGOなどの民間団体が多元的・重層的に人権相談・救済活動を展開してきた。国の機関では、法務省の人権擁護局(人権擁護行政1)、厚生労働省の地方労働局雇用均等室(雇用均等行政)、内閣府の男女共同参画局(男女共同参画行政)など、都道府県の機関では、労政事務所、児童相談所、福祉事務所、青少年相談センターなどがこうした活動の主体である。しかし、法務省には刑務所・拘置所等を所管する矯正局や東日本入国管理センター等を所管する入国管理局がある。こうした拘禁施設内で起きる公権力による人権侵害について、法務省の人権擁護行政が適切に扱うことは期待できない。また、国による人権行政は縦割り状況にあり、人権侵害事案について各省庁が連携をとって十分な行政救済を提供できる体制は整っていない。
◆救済権限のない民間団体による人権救済
多種多様な民間団体も同様の活動を展開している。人権救済の申立を受け、独自に調査し、関係者に警告・要望を行う日本弁護士連合会や各単位弁護士会の人権擁護委員会、放送メディアによる人権侵害の苦情を受け、審理し、当事者に対し勧告・見解を提示・公表している「放送と人権等権利に関する委員会(放送人権委員会)」はその代表例である。しかし、これら民間団体による人権救済は、人権侵害した当事者に勧告や見解を提示できるだけで、その当事者がこれらの勧告等に従わない場合、それ以上の行動をとれない。
◆司法救済の限界
人権侵害や差別の被害を受けた者は、損害賠償などを裁判によって求めることができる。しかし、これは事後的な救済で、被害者本人が行為者を特定して裁判を提起し、しかも被害を受けたことを公開の法廷で立証しなければならない。裁判を起こすには弁護士費用や訴訟費用が必要で、判決までかなり時間がかかる。また、公開法廷での立証などによって、二次的な人権侵害・差別を受けるおそれもある。さらに、司法による人権救済は個別事件の救済にとどまり、人権侵害・差別の歴史・社会・制度的背景にまで深くメスを入れるなど、人権侵害の構造的解明やその抜本的解決は期待できない。
◆国内人権機関
諸外国でもかつては一般の行政機関や裁判所が主たる人権救済機関であった。しかし、1970年代後半から、立法府・行政府・司法府から直接コントロールされない「政府から独立した国内人権機関」と呼ばれる新しい人権救済機関が登場しはじめた。
たとえば、1986年に設置されたオーストラリアの人権委員会は委員長と4名(2011年10月時点)の委員からなり、人権救済と人権政策提言機能を持つ。人権侵害の申立てがあると、明らかに根拠のない場合を除き、事実関係が調査され、当事者間での解決が模索される。これがうまくいかないときは非公開の調停会議で和解がはかられ、和解が成立しないときは、公開審問をするか否かが決定される。公開審問となったときは、申立ての棄却または人権侵害の存在の宣言などが決定される。また、申立てがなくても、委員会は職権で人権侵害について調査する権限を有しており、公開調査にもとづいて作成した報告書を、司法大臣を通じて議会に提出し、法改正などの政策提言を行うことができる。
このように国内人権機関を設置し、人権侵害を受けた者を簡易迅速な方法で救済するという手法は、オーストラリアをはじめ、カナダ、ニュージーランド、インド、フィリピンなど、各国の法制度の中に幅広く取り入れられている。
◆国内人権機関と国連・パリ原則
現在ではオーストラリア人権委員会のような国内人権機関が世界の120 か国以上で設 置されている。国内人権機関は、
- 人権保障のため機能する既存の行政または司法機関とは別個の国家機関で、
- 憲法または法律を設置根拠とし、
- 人権保障に関する法定された独自の権限をもち、
- いかなる外部勢力からも干渉されない独立性をもつ機関
である。
国連総会は1993年12月に「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」を採択し、国内人権機関のあるべき姿を示した。パリ原則は国内人権機関の機能として、
- 人権政策提言
- 人権相談・救済
- 人権情報収集・発信
- 人権教育・広報
- 国連人権関係機関等との国際協力の機能等
を予定している。
諸国の国内人権機関は、パリ原則が掲げる5機能のうち1.人権政策提言、2.人権相談・救済、3.人権教育・広報の3機能を重視している。日本では、これら3機能は従来別個の機関が担ってきた。しかし、1と3の機能は、2の経験・知見を踏まえる形で実施されるため、1~3の3機能は相互に有機的に関連している。これら3機能を一元的に果たすことが新たなタイプの人権救済機関としての国内人権機関の特色である。
これらの機能を十分に発揮するには、国内人権機関の多元性と独立性が重要となる。そのため、機関の構成員のジェンダー・バランスを保ち、マイノリティ出身者を構成員とするなど、社会の多元性を反映するようにし、その任期を明確に定め、独立した財源をもつものとするなど、機関の独立性の確保策も示されている。
◆政府から独立した国内人権機関としての「人権委員会」の設置
以上のように、日本における人権救済制度の現状と問題点を勘案すれば、政府から独立した国内人権機関の実体を備える「人権委員会」の新設が不可欠であることは明らかである。
加えて、日本政府は、国連人権理事会や人権諸条約の条約体から、パリ原則に準拠した国内人権機関の設置についてたびたび勧告を受けている 2。日本も国連人権理事会の理事国であり、民主的な自由主義国家を自任するのであれば、国内人権機関の設置を求めるこうした国際的な動向にも十分留意すべきであろう。
1法務省の人権擁護行政を補完するものとして人権擁護委員制度があるが、十全に機能しているとは言い難い(本法案要綱「4.人権救済専門員制度の創設」参照)。
2日本政府提出の国家報告に対する自由権規約委員会の最終所見(以下、「最終所見」)9項(1998.11)、社会権委員会の最終所見38項(2001.9)、女性差別撤廃委員会の最終所見37,38項(2003.7)、子どもの権利委員会の最終所見14項(2004.2)、国連人権理事会の普遍的定期審査結果文書(2008.6)、自由権規約委員会の最終所見9項(2008.10)、女性差別撤廃委員会の最終所見23,24 項(2009.8)、人種差別撤廃委員会の最終所見12 項(2010.3)等。
望ましい国内人権機関―『人権委員会設置法』法案要綱・解説
1.法律の名称
《趣旨》
法律によって国内人権機関を設置する場合、1.包括的な人権法あるいは差別禁止法を制定し、その中に人権救済機関としての国内人権機関を設置する旨を明記する方法と、2.差別禁止法と国内人権機関設置法を同時に制定する方法、3.国内人権機関設置法を制定し、その中に差別禁止規定を盛り込む方法が考えられる。1または2の方法が望ましいことは、言うまでもない。しかし、包括的な人権法や差別禁止法を制定するには慎重な検討が求められ、多くの時間がかかるものと思われる。そこで当面は3の方法を採り、人権委員会設置法によって国内人権機関を設置し、国内人権機関の活動成果にもとづき、人権法あるいは差別禁止法を将来的に制定するのが現実的である。
なお、国内人権機関の設置を目指した人権擁護法案や民主党法案等は、種々の点から批判を受けてきた。こうした批判のうち受け止めるべき点を考慮し、新たな国内人権機関構想を提示するものであることを明確にするため、法律名自体を一新するのが望ましい。同様の名称を持つ立法例として、韓国の国家人権委員会法(2001年)がある。
法律の名称は、人権委員会設置法とする。 |
【解説】
本法案要綱は人権委員会に関する必要最小限のことを定めるものに過ぎず、いずれは本格的な差別禁止法の制定が必要であるとの含意を込め、法律の名称は「人権委員会設置法」とした。
2.法律の目的
《趣旨》
人権委員会を設置する目的は、日本社会に暮らすすべての人びとの尊厳が尊重され、侵されない社会をつくることにある。本項は、人権委員会設置法を制定する趣旨を端的に示すものである。
1.憲法及び日本が締結した人権に関する条約に規定されたすべての人権が尊重され、保護され、人権侵害を受けた者が実効的に救済される社会を実現するため、人権委員会を設置することを目的とする。 2.上記1の目的を達成するため、人権委員会は、1)人権に関する政策提言、2)人権相談及び救済、3)人権に関する情報の収集及び発信、4)人権に関する教育及び広報、5)人権に関する国際協力に関する事務をつかさどる。 |
【解説】
◆人権委員会の目的(1)
人権委員会設置法によって創設する「人権委員会」の目的は、1.すべての人びとの人権が尊重され、2.保護され、3.人権侵害を受けた者が実効的に救済される社会を実現することである。ここにいう「人権」とは、憲法及び日本が締結した人権に関する条約に規定されたすべての人権である。
◆人権委員会の所掌事務(2)
人権委員会は、1.人権に関する政策提言、2.人権相談及び救済、3.人権に関する情報の収集及び発信、4.人権に関する教育及び広報、5.人権に関する国際協力に関する事務を担当する。これらはパリ原則に列挙された国内人権機関の諸機能である。
3.人権委員会の組織体制
《趣旨》
あらゆる人権侵害、特に公権力による人権侵害にも対応する必要がある人権委員会にとって、人権委員会自身の制度的な独立性を確保することは最も重要な要素である。パリ原則や他の国際的なガイドラインでも国内人権機関の独立性の確保は最重要の要件とされている。
ここでは、人権委員会の制度的な独立性を確保するための種々の規定を置いている。まず、所轄について、現在の体制の中でも、あらゆる省庁から独立し、司法府と立法府とも関わることができる形態とした。また、中央人権委員会の他に地域ごとに人権委員会を置くことで、各地のニーズに適切に対応することを目指した。人権委員会の委員人事は、委員会が適切な機能を果たす上で最も重要な部分である。制度的な独立性を確保しても、実質的な独立性の実現は、透明性を確保しつつ市民の意見を選考過程で適切に反映させ、結果として適切な人材を選任することでしか果たせない。ここでは、選考手続き全体の構成を念頭に置いた制度設計をしている。それに合わせて、委員会の業務を実質的に取り仕切る職員体制についても規定した。
3-1.設置
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【解説】
◆国家行政組織における人権委員会の位置づけ(1)
「内閣の所轄の下に置く」という表現は、省や内閣府など主務大臣を持つ行政組織から独立することを意味する。現在、政府部局からの独立を確保しなければならない性格を持つ会計検査院と人事院の二組織がこの組織形態を採用している。会計検査院は憲法に記述されていることから憲法的機関とされるが、人事院もまた、法律にもとづく機関として同様の構造を採っている。憲法を改正しないとこのような組織形態を採用することができないというわけではない。あらゆる行政庁から独立した立場で活動することを保障するためには、最も適切な組織形態である。
人権擁護法案が議論される過程で、人権委員会の位置づけについては、いくつもの可能性が検討された。人権擁護法案では、「国家行政組織法(昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項の規定に基づいて、・・・人権委員会を設置する(第5 条1 項)。人権委員会は、法務大臣の所轄に属する(同2 項)」とされていた。いわゆる「三条委員会」とする案である。三条委員会は、同委員会に所属する職員を持つことができること、委員会内部の規則を制定することができること、委員会のための予算枠が設けられることなど積極的な面はあるが、特定の省に付随する外局となるため、主務大臣は当該省の大臣となる。法案では特に、法務省の外局とされたため、強い批判が起こった。法務省には検察庁をはじめ、刑事局、矯正局、入国管理局など、本来的に権利の制限をその実質とする刑罰の執行を主たる任務とする機能があり、暴行・拷問・虐待等が問題視される可能性がある刑事収容施設や入管施設など被拘禁施設の多くを管轄しているためである。公権力による人権侵害に関して最も利害関係が濃い省が上級庁となるわけで、そうなれば、被拘禁施設内での公権力による人権侵害について、人権委員会が効果的な調査権限や救済権限を及ぼすことができないのは、ほぼ明らかである。
一部には同じく国家行政組織法の第八条にある「審議会」とする意見も存在した。しかし、これでは行政庁からの独立性を全く確保できないだけでなく、実質的に権限を持たない組織にしかならない。パリ原則に準拠する国内人権委員会の形態として採用し得る可能性はない。
これらに対して、法務省ではなく内閣府に、内閣府設置法第49 条にもとづく独立委員会として設置する案がある。民主党が当初提案していた人権侵害救済法案や多くの市民団体、日本弁護士連合会の案などではこの組織形態が採用されている。49条委員会は、三条委員会とほぼ同様の権限を有し、主務大臣が内閣総理大臣となるため、法務省が主務官庁となった場合の問題はとりあえず回避可能である。内閣府にも警察を所轄する国家公安委員会が置かれているが、同委員会の委員長は別に国務大臣が当たるため、必ずしも法務省の際の問題と同じ利害衝突の構図が生まれるわけではない。しかしながら、49条委員会も内閣総理大臣の下にある限り、行政府の事情による予算制限措置や人事行政の対象となることは十分に考えられ、実質的な独立性を大きく損なう危険性はある。また、内閣府といえども行政府の一員であり、行政府の他の省庁の関与する人権侵害事案に対して、縦割り行政の中で萎縮することなく、効果的な調査や救済を実施できるかは未知数である。
他にも国会設置とする案があり得るが、国会が衆参二院制を採っていることや立法府 所属の委員会が人権侵害の個別的な調査や救済などの行政的な機能を果たすことを考え れば、適切ではないと考えられる。
◆中央人権委員会と地域人権委員会の設置(2)
人権擁護法案によって設置される人権委員会は、中央に一つしか置かれず、その委員会が全国の人権問題を一手に処理し、すべての意思決定を行うことになっていた。この制度設計では、人権委員会地方事務局の事務を地方法務局長に委任することを認める規定(第16条3項)が置かれるなど、集権的な事務運営を行うことが予想されていた。しかし、人権侵害は地域に根ざした人々の日常生活の中で、その土地の地域性や慣習、歴史などを背景として生じる場合が多いことを考えれば、このような中央集権的な組織体制は効率的でないばかりか、非現実的である。
全国各地で生起する人権問題を効果的に解決していくためには、各都道府県ごとに地方人権委員会を設置し、独立した救済権限を与えるのが望ましい。しかし、これに要する人員と財源を考慮すれば、当初からこれを実現するのは困難である。
そこで、当面は、8 高等裁判所所在地および独自の歴史と事情を多く抱える沖縄県那覇市の9 箇所に地域人権委員会を設置し、地域で生起する人権問題に対処する体制を構築することとしている。
なお、中央人権委員会および地域人権委員会ともに、国設置の機関と位置づけ、内閣の所轄の下に置くこととしている。各地域人権委員会は中央人権委員会からは独立して機能するが、組織的には中央人権委員会の調整を受ける立場である。
3-2.人権委員会の独立性
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【解説】
◆職権行使の独立性(1)
中央人権委員会及び地域人権委員会の委員長と委員は、それぞれ独立してその職権を行使し得るとしているが、組織的にはそれぞれが所属する委員会の決定に拘束されることは当然である。また各地域人権委員会は中央人権委員会の調整を受ける立場でもある。各人権委員会は、それぞれの委員の独立性に配慮しつつ、委員会としてのまとまりや相互調整に当たることとなる。
◆内閣総理大臣等からの独立性(2)
各人権委員会は、人事院と同様に、内閣の下に置くこととし、内閣総理大臣および各国務大臣からの指揮監督は受けないことを人権委員会設置法に規定する。これによって、組織的にも機能的にも、各人権委員会の内閣総理大臣等からの独立性が明確に担保される。
◆地域人権委員会の独立性(3)
中央人権委員会と各地域人権委員会との関係については、できるだけ水平な関係を意識している。したがって中央人権委員会が地域人権委員会の職務に関与するような事態は、例外的な場合を除いては避けるべきであるとしている。例外的な場合とは、中央人権委員会が職権で自ら担当することとした事案や、複数の地域人権委員会が関与するような事案に関しての場合、および中央人権委員会が適切な調整機能を果たすべき事態などである。いずれの場合も、垂直的な指揮命令の形式は避けるべきである。
◆予算の独立性(4)
委員会の活動に関する予算措置は、非常に重要な項目である。内閣設置であることから、予算編成、規則制定、職員人事に関する権限は政府から独立して認められる。行政府の事情による予算制限措置などは講ずることができない。
3-3.中央人権委員会と地域人権委員会の職務分掌
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【解説】
◆中央人権委員会と地域人権委員会の職務分掌(1・2)
中央人権委員会と地域人権委員会は、ともに内閣の下に置かれている国の機関である。中央人権委員会は全国的に重大な人権侵害の救済を担当する。多くの地域に横断的な人権侵害事案については、原則として中央人権委員会が担当するが、二地域にまたがる人権侵害事案に関しては、状況に応じて、特定の地域人権委員会が救済を担当することもありうる。中央人権委員会は、この他、地域人権委員会間の調整機能等も担う。
地域人権委員会も国設置であるため、公権力による人権侵害事案について調査、救済を担当する。
◆中央人権委員会と地域人権委員会の連携協力(3・4)
政策提言については、各委員会のそれぞれの必要に応じておこなう。ただし、それぞれの提言が矛盾しないよう、各委員会が相互に調整することを前提にしている。政策提言先については、内閣総理大臣等とし、その他さまざまな機関を含む。
中央人権委員会も含め、各委員会の水平な関係を基本としていることから、日常的な連絡調整については、連絡協議会を常設し対処することとしている。
3-4.委員の数及び任期
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【解説】
◆委員の人数(1・2)
委員会の独立性の確保、および可能な限り多くの意見を委員会の意思決定に反映させるために、委員の数はある程度確保する必要がある。一方で、委員数はある程度少数に抑えておかないと、フットワークの軽い活動が期待できないという問題がある。そこで、地域人権委員会の委員(委員長を含む)の人数は5 人とし、非常勤委員は半数以下に抑えるべきとしている。なお、中央人権委員会の委員数は、多様な人権課題について専門性を持つ委員を確保するために7名とする。
◆委員の任期・委員長の選出方法(3・4)
人権委員会委員の任期に関しては、さまざまな制度設計があり得る。人権擁護法案、民主党案などでは3年(再任可)とされている。また公正取引委員会の委員の場合は、任期5 年(再任可-独占禁止法第30 条)とされている。これらを踏まえ、日弁連要綱では、任期5年(1回のみ再任可)としていた。本規定でも任期5年(一回のみ再任可)を採用している。一方で、委員長は互選とし、こちらの任期は3年(再任可)としている。委員長が委員として再任されなかった場合は、その時点で委員長としての地位を失う。
3-5.委員の資格要件と多元性確保
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【解説】
◆委員の要件(1・2)
人権擁護法案では、人権委員会の委員は「人格が高潔で人権に関して高い識見を有する者であって、法律または社会に関する学識経験のあるもの」(第9 条1 項)から任命すると規定しているが、識見や学識だけでなく、「人権に関する活動に従事した経験」を要件に加え、被差別の当事者や人権NGO/NPO の実務経験者などを積極的に委員に登用すべきであるとしている。また委員のジェンダー・バランスを確保することは当然である。
◆委員の多元性(3)
委員の構成に、社会の多元的構成を反映することは、委員会が社会の中の具体的な人権侵害事例を扱うことから考えて、当然に必要な条件である。社会のマイノリティに属する人やその権利擁護のために活動しているNGO/NPO の実務経験者を積極的に委員として取り込むことを想定した規定である。
3-6.委員の任命
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【解説】
◆中央人権委員会委員の任命(1・2・4・5)
各委員会の独立性を実質的に確保するため、市民から信頼される質の高い委員を確保する必要がある。このため、委員の任命手続は極めて重要である。
人権擁護法案第9 条1 項は、「委員長及び委員は、・・・両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する。」と規定するのみで、委員の任命プロセスは特に定めていない。この規定ぶりからすれば、人権委員会が置かれる法務省が実質的に委員の人選をし、これを閣議決定を経て国会に同意を求め、両院の同意を得て、内閣総理大臣が任命するという流れが予測される。この流れでは、各種マイノリティを含めた多元的な委員会構成は期待できず、結果として市民から信頼されない委員会構成となりかねない。
委員の任命の具体的な手続としては、中央人権委員会と地域人権委員会では異なる手続とした。
中央人権委員会については、国会同意人事である点を制度的に確保しつつも、3-5に規定した資格要件に合致し、社会の多元的構成を反映した委員会となるように中央人権委員会自身がその都度発表する選考基準にしたがって公募を実施する。実際に選考基準に従って実務を執り行うのは、中央人権委員会の下に置かれた選考委員会がこれにあたることを想定している。この選考委員会の構成についても、市民からの意見や人権NGO/NPO などの民間団体からの意見が適切に反映されるように多元的に委員会を構成することが求められる。
中央人権委員会が発表する選考基準に沿って名簿に登載された候補者については、国会での同意を経て正式に任命されることになるが、この手続に先立って意見を表明する機会を設け、一種の公聴会方式を採用している。
なお、中央人権委員会の委員については、初回の任命に限り、内閣が公募に基づいて名簿を作成し、その名簿の中から、国会の同意を得て、内閣が委員を任命する。
◆地域人権委員会委員の任命(3・4)
地域人権委員会については、同じく国の機関として内閣の下に置かれているが、これをすべて国会同意人事として公聴会方式に委ねるのは現実的ではなく、中央人権委員会による任命によることとした。ただし、委員候補の名簿については、中央人権委員会の場合と同じく、当該地域人権委員会が示す選考基準に則って、透明性を確保しつつ、各人権委員会に置かれた選考委員会が実施する公募手続によって作成することとしている。この選考委員会も、中央の場合と同じく、市民からの意見や人権NGO/NPO などの民間団体からの意見が適切に反映される多元的構成とすることが求められる。
◆選考基準に関するパブリック・コメント制(6)
中央人権委員会についても、地域人権委員会についても、選考基準の策定は公募ごとにおこなうことが必要であり、策定した基準について都度パブリック・コメントを募集しなければならない。これにより、恣意的な選考により社会の多元的構成を反映しない委員会構成となることを防ぎ、委員会の活動の様子に対する社会の高い関心を保つことを目的としている。また、委員会自身も、その都度選考基準を策定することにより、委員会の構成や活動状況について、その時期において重視するべき関心事項を強く意識することができる。毎回同じような抽象的基準にもとづいて、各種のしがらみにより委員任命が固定化するような事態を避けるための規定である。
3-7.委員の罷免
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【解説】
◆罷免事由の限定(1・2・3)
委員の罷免は、内閣設置の機関であることとの関係で、明確な欠格要件に該当する場合と任期満了に伴う場合以外は、弾劾裁判によることになる。弾劾裁判の対象となる事項は、心身の故障のために職務の遂行に耐えない場合と、義務違反ないし非行に限られており、任期中の委員の身分保障は強い。
人事官の場合は、「人事官弾劾の訴追に関する法律(昭和二十四年十二月十六日法律第二百七十一号)」によることとしており、本規定は中央人権委員会について、これと同様の内容となっている。
◆人権委員会委員の罷免手続(4・5)
中央人権委員会の委員の弾劾に際しては国会の訴追が必要である。すなわち両議院の議決を得る必要があり、この点において立法府のコントロールが及ぶ。また、弾劾裁判は司法府の管轄事項であり、中央人権委員会の委員について最高裁判所の管轄権に属することとしている。委員会の独立性確保との関係で、三権が関わる構成となっている。逆に言えば、行政府の独走による人権委員会への介入は、制度的に強く抑制されている。
地域人権委員会の委員については、同じく弾劾によるとは言え、中央人権委員会の委員とは異なり、中央人権委員会の訴追により弾劾裁判をおこなうこととしており、管轄裁判所はそれぞれを管轄している地域の高等裁判所となる。那覇地域人権委員会については、福岡高裁の管轄となる。
中央人権委員会委員の弾劾裁判については上訴ができない。地域人権委員会の弾劾裁判については、最高裁判所に上訴することができる。
3-8.委員会職員
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【解説】
◆人権委員会事務(総)局の設置(1)
中央人権委員会に事務総局を、各地域人権委員会に事務局を置くこととしているが、いずれもそれぞれの委員会に属する職員組織であり、相互に上下関係にあるわけではない。
◆事務局職員の要件(2・3・4)
委員会の委員数には限りがあるため、人権委員会における救済手続の多くは、事務局職員によって担われることになる。そこで、人権委員会の独立性・実効性を高めるには、事務局職員の資質を高め、その多元性を確保することが必須である。
両委員会の事務局職員にまず求められる資質は、人権擁護に必要な知識と経験、実務能力である。また、両委員会における人権救済は準司法的手続で進められるため、一定数の弁護士等の法実務経験を有する人材も不可欠である。なお、人権NGO/NPO での活動経歴は重要な実務経験として重視される。人権に関わる民間団体(NGO/NPO)の実務経験者の積極登用を記述しているのは、そうした人材を職員として確保する重要性を反映したものである。
◆事務局職員の人事(5・6)
人権NGO/NPO での実務経験を有する人材は、実務能力の点においても即戦力として期待できるとともに、既存の行政組織の横滑りではなく、新しい組織を作り上げる志向性を強く持っていることが予想される。そのため、省庁横断的、社会横断的にさまざまな背景を持つ人々を受け入れる組織の受け皿となることが期待される。
内閣所轄の機関となるため、既存の官庁との人事交流や横滑り人事など独立性を損なうおそれのある人事はある程度抑制しなければならない。それに加えて、新たな層による職員体制を構築することができれば、その後はむしろ人権に関するさまざまな経験や背景を持つ職員を受け入れる方向に転じることになる。人権委員会の質を向上させることにつながるこうした人事交流はむしろ奨励される。
4.人権救済専門員制度の創設
《趣旨》
現状の法務省の人権擁護委員制度では、人権擁護委員はボランティアであり、個々の人権侵害事件を処理することは期待されておらず、そのための研修や事務的な支援体制もない。人権擁護委員法においては、人権擁護委員は法務省の指揮監督の下に人権侵害事件の調査に当たることになっているため、法務省の担当職員が調査等を行うのが普通である。だが、法務省の担当職員の多くは人権のみを扱う部署についているわけではなく、人権基準、人権状況、人権政策についての専門的な知識を継続的に蓄積する立場にはない。
このため、本法案要綱では、一定の報酬を保障した人権救済専門員を新たに置き、地域人権委員会の指揮・監督の下で人権侵犯事件等の調査に当たることとした。委嘱にあたっては、人権に関わる経験を重視し、同時に社会の多元性を反映することを想定している。弁護士、高い識見と経験をもつ人権擁護委員、人権団体の関係者などが候補者となるだろう。人権救済専門員の数は、法務省の人権擁護委員に比べ少なくなるが、専門性を持つものに委嘱することにより効果的な人権救済を実現できると考える。さらに、地域人権委員会の下に置くことで、専門的な研修を継続的に行い、専門性を向上することができる。また、報酬を保障することで、地域人権委員会と一体的に責任ある調査や問題解決を行うことが期待できる。
地域での人権救済等の活動を円滑に実施するため、人権に関わる自治体・国の機関に加え、人権に関わる民間団体との現場での調整を行うために連絡協議会を設置し、相互の協力や役割分担を行うこととした。
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【解説】
◆人権救済専門員の委嘱・体制(1・2・3・4・5・6)
人権救済専門員は、地域における人権侵害申し立ての窓口・救済活動の実働部隊であり、地域人権委員会と一体となって人権侵害事件の受付、調査、解決を行う。このため、委嘱は地域人権委員会が行う。人権救済専門員の活動単位としては地方公共団体との連携などを考え、市町村とする。
人数は、将来的には人口5 万人に対して一人程度配置することをめざすことを想定している。この場合、合計すれば全国で2000 人程度となる。人数の配置は、地域人権委員会毎に人口比に基づき配置し、地域人権委員会の管轄内では実情に即して配分することで公平性と効率性を実現することとしている。
人権救済専門員の要件であるが、その役割からして地域で生起する人権侵害や差別事象の背景を熟知し、これに的確に対応できる人材であることを担保しなければならない。このため、委嘱にあたっては人権に関する識見に加え、社会の多元性の反映を考慮、さらに人権についての活動経験を重視することとした。なお、外国籍者が多く居住する地域では、当該地域における外国籍者の置かれた環境を踏まえた相談・救済を展開するため、外国籍者の中から人権救済専門員を委嘱できることとする必要がある。
人権救済専門員は、地域での調査・救済活動を行う必要がある。このため、活動に要した経費などに加えて、一定の報酬を支給し、もって地域人権委員会と一体となって個別の人権侵犯事件について責任を持って解決する体制とする。
◆権救済専門員による人権救済(7)
救済措置の中でも、特に強い権限のものについては、常勤の職員ではない人権救済専門員が担当するのは適当ではないと考えた。このため、人権救済専門員の人権救済活動は、援助・指導・要請・通告・告発・関係調整までとし、調停・仲裁、勧告、公表等については人権委員会が実施することとしている。
◆地域人権委員会及び人権救済専門員と地域の関係機関との連携(8・9)
人権侵害は多様な形態をとり、その中には児童虐待など、既存の行政機関等が権限を持つ場合も少なくない。このため地域における人権救済活動を行う上で、関係団体と連携する必要がある。こうした関係団体としては、国の機関、地方自治体に加えて人権に関わる民間団体がある。こうした連携を可能とするために、地域人権委員会は、こうした関係団体と連絡協議を行うために協議の場を設置することとした。連絡協議会は、当面は都道府県レベルで設置することが考えられるだろう。
5.人権、人権侵害、差別等の定義
《趣旨》
今回作成している法案は、人権委員会設置法であって、差別禁止法ではない。具体的な差別行為や人権侵害行為については、その評価の仕方についてさまざまな議論があることも十分に考慮する必要がある。その一方で、実態的な差別禁止、人権侵害禁止という前提がないと、人権機関そのものの立法事実が説明できないという面もある。以上を踏まえて、ここでは、人権侵害や差別に関しては人権委員会の機能を記述するための必要最低限を規定するにとどめている。
5-1.人権の定義
この法律でいう人権には、憲法及び日本が締結した人権に関する条約に規定されたすべての人権が含まれる。 |
【解説】
人権擁護法案2 条1 項では、人権侵害の定義はあったが、人権の定義は存在していなかった。ここでは2の目的に対応して、人権を定義し、憲法上の人権及び日本が締約国となっている人権条約を明示的に含めることとした。
5-2.人権侵害の定義
この法律にいう人権侵害とは、差別並びに作為又は不作為によって正当な理由なく人 権を制限又は否定する効果を有するすべての行為をいう。 |
【解説】
ここでは、人権侵害の内容を、5-3で定義する差別と、それ以外の作為/不作為によって人権を制限または否定する行為であると規定した。人権を制限または否定する行為については、それが「正当な理由にもとづく」場合以外は免責されないとし、特に精神的自由の制約について、「合理的な理由」によるものであるとする抗弁を否定した。すなわち、人権を制限または否定する行為を正当化するためには、単に「合理的理由がある」とするだけでは足りず、その行為が「やむにやまれぬ」もので、人権の制約も「必要最小限度にとどまる」ことを改めて証明する必要がある。
また、条約上の人権の侵害は通常国家対個人の関係において観念されているものだが、この人権および人権侵害の定義の規定を通じて、同種の人権の私人間での侵害行為も含まれるようになることに注意する必要がある。
5-3.差別の定義
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【解説】
差別は「人権侵害」の概念の中で大きな部分を占める。差別の定義についてはさまざまな議論があるが、ここでは、5-4の事由にもとづく区別、分離、排除、制限又は優先等による別異の取り扱いとし、さらに、一見中立的な基準を用いて結果的に不合理を生じさせるような間接差別も明文で含めた。それに加えて、妊娠・出産、障害又は疾病について、合理的配慮の欠如も差別に含めた。しかし、本規定はあくまでも人権委員会の設置に伴う必要最小限の差別行為を定義したものにとどまっている。たとえば、一定の社会集団や社会的属性、民族集団に対する攻撃的言辞でありながら現行の刑事規制に触れないような行為は、本規定によっても差別であると指摘することに困難が伴う。そうしたより詳細かつ実践的な差別の定義は、個々の差別禁止法において別途準備しなければならない。
いわゆる「合理的な区別」をもって差別を正当化する主張に対しては、特に一項を設けて「公共の安全もしくは公衆の健康の保護、又は当事者もしくは他の者の権利及び自由の保護のために必要な別異の取り扱いは含まれない」と、差別的行為を正当化できる範囲を限定した。
5-4.差別禁止事由
人種、皮膚の色、民族、国籍、性別、言語、信条、社会的身分、門地、出生、年齢、婚姻上の地位、家族構成、障害、疾病、性的指向、性的自己認識、病原体の保持。 |
【解説】
法律や、人種差別撤廃条約、女性差別撤廃条約、障害者権利条約など各種人権条約に規定された差別禁止事由を限定列挙した。特に国籍にもとづく差別については、これまでの判例や国側の取り扱いでは、いわゆる「合理的な区別」であるとして差別として取り扱わない見解が支配的であった。本規定では、これを明確に差別禁止事由として規定することで、5-3にある差別的行為の正当化事由にあたらない限り、差別として救済の対象になるものとした。
他にも、年齢や性的自己認識(=肉体的・生物学的な性にかかわらず、当人が自分の性を男女いずれと認識しているか)、婚姻上の地位(=既婚か未婚か、法律婚か事実婚
6.人権委員会の政策提言機能
《趣旨》
諸国の国内人権機関は、パリ原則が掲げる1)人権政策提言、2)人権相談・救済、3)人権教育・広報の3機能を重視している。日本では、これら3機能は従来別個の国家・地方公共団体機関が担ってきた。しかし、1)と3)の機能は、2)の経験・知見を踏まえる形で実施されるため、1)~3)の3機能は相互に有機的に関連している。これら3機能を一元的に果たすことが新たなタイプの人権救済機関としての国内人権機関の特色である。
本法案要綱では、中央人権委員会と地域人権委員会が、それぞれの役割に応じて、人権政策にかかる政策提言を行えることとしている。
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【解説】
◆中央人権委員会の政策提言機能(1)
パリ原則では国内人権機関の主要な役割として政策提言機能を掲げており、諸国の国内人権機関もこの機能を重視し、政府や議会に対し果敢に政策提言を行っている。中央人権委員会は政府から独立した組織であり、人権に関わる国の政策・施策全般にわたり、政策提言できる立場にある。中央人権委員会は、6-1.に掲げられた①~⑦の各項目について、内閣総理大臣又は国会若しくはこの両者に対し、意見を提出し、それを公表することができるものとする。いずれの項目も、人権政策に関する国の方針や人権施策に深く関わるもので、これまでは国会における審議等を通じて散発的に検討されてきた。これに対し中央人権委員会による政策提言は、人権相談・救済活動を通じて得られた経験や知見に基づき、内閣総理大臣や国会に対し人権に関する専門的機関の立場から、継続・一貫した姿勢で政策提言を行うものである。国の人権政策・施策全般を鳥の目で俯瞰し、日本における構造的な人権課題の解決に向けた糸口を提起する―これが中央人権委員会による政策提言機能の本旨である。
◆地域人権委員会の政策提言機能(2)
地域人権委員会は管轄する地域内の地方公共団体の長に対し、6-2.に掲げる1)~3)の各項目について意見を提出し、それを公表することができるものとする。これは地域版の人権政策・施策に関する政策提言機能である。
◆人権委員会の政策提言に対する応答義務(3)
中央及び地域人権委員会による政策提言は、内閣総理大臣又は地方公共団体の長によって真剣に受け止められなければならない。そのため、これらの主体に30 日以内の回答を求め、その期間内に回答をすることができないときは、その理由及び回答をすることができる期限の明示を求めることとする。
◆関係行政機関等への応答要請(4・5)
人権委員会による政策提言内容は、関係する行政機関、事業者、医療・福祉施設又は学校等の行動を伴わなければ実現しない場合が多い。このため、人権委員会は関係行政機関等に対し、質問への回答又は書類若しくは物件等の提出を要請できるものとし、これら機関等は、公共の安全の確保に必要不可欠な場合を除き、これら要請を拒否することができないこととする。
7.人権委員会の救済機能
《趣旨》
人権委員会の主たる任務のひとつは、人権侵害を受けた者に対して、実効的な救済を行うことである。ここでいう実効的な救済とは、人権侵害を受けた者の被害が除去され、原状が回復されるとともに、被った被害に見合う慰謝や賠償を受けることによって、心理的・財産的な補償が実現することを意味する。こうした救済を行うためには、人権委員会に十分な救済権限と調査権限を与えることが必要となるが、一方、人権委員会の権限が強くなりすぎれば、人権委員会の措置によって規制を受ける者の人権が脅かされるおそれも生じうる。人権委員会といえども国家機関であることを考えれば、たとえ人権救済という目的の下であっても、その権限が濫用されるおそれには常に慎重な配慮が必要である。そこで本要綱では、人権委員会による調査や救済措置は、できる限り任意的なものにとどめ、強制性を持たせる場合であっても、間接的な強制力を与えるにとどめた。ただし、公権力の行使に関わる人権侵害については、その影響の広汎性を考慮して、私人による人権侵害とは別のものと考え、人権委員会の調査や救済措置に一定の強制力を認めている。
7-1.救済の申立てを行うことができる者の範囲
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【解説】
◆当事者及び第三者による申立て(1・2)
上記5-2に掲げられた人権侵害に当たる行為を受けた当事者は、地域人権委員会又は中央人権委員会に救済の申立てを行うことができる。ただし、上記3-3に示されたとおり、中央人権委員会と地域人権委員会は、その所掌する職務が異なるため、規定された職務分掌に沿って、地域人権委員会と中央人権委員会の間で事案を相互に移送することはあり得る。 他方、人権侵害を受けた者が、刑務所等の収容施設に収容されていたり、あるいは疾病・障害等の理由で十分な意思表示ができない場合など、自ら救済の申立てを行うことができない、もしくは申立てを行うことが著しく困難であるときは、親族や支援者等の第三者が救済の申立てを行うこともできる。ただし、人権侵害の申立ては、本人が行うことが原則であるため、第三者の申立てがあった場合は、人権委員会ができるかぎり本人の意思を確認し、その承諾を得ない限り、申立てを受理することはできない。 当事者等からの申立てが、この法律に定められた人権侵害に該当すると認められる場合は、人権委員会はこれを受理し、救済又は調査手続に付すことになる。他方、申立てが本法の規定する人権侵害に当たらないと判断された場合は、その申立ては不受理となる。このように入口の段階で申立てを取捨選択し、理由のない申立てを排除するのは、申立権の濫用やいわゆる「乱訴」を防止するためである。ただし、7-3の3に定められたとおり、不受理の決定に納得がいかない者は、人権委員会に対して不服を申し立てることができる。
◆人権委員会による職権救済(3・4)
人権侵害を受けた当事者からの申立てがない場合であっても、人権を保障するという人権委員会の職責に照らして、救済手続を実施すべきと人権委員会が判断した場合は、職権で救済手続を開始することができる。例えば、被害者を特定することが困難な事案や、広く社会全般に悪影響が及ぶ事案などが、この職権救済手続の対象となり得る。ただし、被害を受けた当事者が特定でき、かつその者が救済手続の開始を望まない旨の意思を明示的に示した場合は、手続を続行することはできない。
当事者以外の第三者が、人権侵害行為を察知した場合は、人権委員会に対して事実を通報し、職権救済を要請することができる。この場合であっても、人権委員会は、まず被害を受けた当事者の意思を確認し、当事者からの申立てを促すのが原則であり、職権救済手続を開始できるのは、上に示したような場合に限定される。
7-2.主たる救済措置
人権侵害事案に対して、人権委員会は以下の救済措置をとることがきる。
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【解説】
◆任意的な救済措置(1・2・3・4・5・6)
人権委員会が人権侵害事案に対する救済措置として執りうるのは、上に掲げた11 種類の措置である。このうち、1.援助、2.指導、3.要請、6.関係調整は、まったくの任意的な措置であり、強制力はない。こうした任意的な救済措置を粘り強く行い、被害者・加害者双方からの信頼を得ながら事案を解決に導くことが、人権委員会による人権救済の理想的な姿であるといえる。
4.通告と5.告発は、人権委員会以外の機関に協力を仰ぎ、それら機関による救済に期待するものである。例えば、DVについて、DV防止センターに通告するとともに、加害者を警察に告発するといった場合が考えられる。しかし、他の機関による救済に期待ができない場合や、通告や告発を行うことが、かえって被害を受けた当事者の利益に反するおそれがある場合は、これら措置を行わずに、人権委員会が単独で救済を実施することになる。
◆調停・仲裁(7)
7.調停・仲裁、8.勧告、9.公表は、相互に関連した一連の手続であり、一定の強制性を持っている。調停・仲裁は、原則として当事者の合意に基づいて行われ、人権委員会の職員のうち、専門的な訓練を受けた「調停官」(仮称)がこれに当たることになる。調停官は、両当事者の主張を聞いた上で、事案の解決にふさわしい調停案や仲裁案をまとめ、当事者に提示することになる。調停の場合、調停手続に入るか否か、及び提示された調停案を受け容れるか否かは、当事者の自由に任されるが、調停案を両当事者が受け容れたときは、そこに法的拘束力が発生する。したがって、調停の内容を履行しないときには、強制履行や損害賠償等の請求が可能である。他方、仲裁の場合は、手続に入るか否かの決定における自由しかなく、いったん仲裁手続が開始されれば、提示された仲裁案の応諾を拒むことはできない。
なお、公的機関又は公務員による公権力の行使を伴う人権侵害(いわゆる「公権力事案」)については、当該機関又は公務員は、人権委員会による調停・仲裁を拒絶することはできず、調停・仲裁を求められた場合は、必ずこれに応じなければならない。これは一種の強制調停であるが、ただし調停案の応諾を拒むことは可能である。
◆勧告・公表(8・9)
6.関係調整や7.調停・仲裁が不調に終わった場合でも、人権委員会が当該事案の社会的影響や反社会性などを考慮し、特に必要であると判断したときは、加害者に対して、人権侵害行為の中止や被害の復旧等の措置を要求する勧告を行うことができる。ただし、こうした勧告を出す場合は、それが一方的なものになることを避けるために、必ず被害者・加害者双方の意見を聞かなければならない。なお、これに加えて、公務員による公権力事案については、加害者とされる公務員の懲戒を要請する勧告を行うことも可能である。
上記の勧告は、あくまで人権委員会の意思表示にすぎず、それを直接的に強制することはできない。一方、勧告が何らの強制力も持たないとなると、悪質な人権侵害行為が放置されることにもなる。そこで、勧告の履行を間接的に担保すべく、人権委員会は、勧告を出した事案のうち、特にそれが必要であると判断したものについて、事案の内容や経緯等を公表することができる。ただし、この公表によって、人権侵害の加害者とされた者の利益が損なわれる可能性も否定できないため、公表に際しては、人権侵害の加害者とされた者(勧告の相手方)の要求に応じて、その者の弁明・反論もあわせて公表しなければならない。
◆訴訟援助(10)
関係調整や調停・仲裁が不調に終わった事案について、被害者が加害者に対して損害賠償等を求める訴訟を提訴した場合は、人権委員会は原告・被告双方の求めに応じて、自らが有する資料を証拠として提供し、訴訟を援助することができる。例えば、人権委員会が当事者の主張を記録した文書や、調査によって得られた書類・物件等を提出すること、あるいは人権委員会の職員が法廷で証言することなどがこれに含まれる。
◆法制度是正意見表明(11)
救済措置の最後に掲げられた「法制度是正意見表明」は、上述の救済措置とは一線を画す特殊な手続である。人権侵害の中には、法令や法制度が原因となって生じるものが少なくなく、こうした事案では、特定の加害者のみに責任を課すことはできない。例えば、婚外子の相続分差別や、女性に課された不当に長い再婚禁止期間などは、法制度そのものに原因があって生じる人権侵害であり、特定の加害者が存在するわけではない。こうした事案に対処するための救済策が、法制度是正意見表明である。すなわち、法令及びその運用によって人権を侵害されていると考えた者は、人権委員会にその旨を申立てることができ、申立てを受けた人権委員会は、必要に応じて、内閣や地方公共団体の長に、当該法令の是正等に関する意見を表明することができるのである。ただし、人権委員会の意見に強制力はなく、これに応じるか否かは内閣や地方公共団体の長の自由裁量に委ねられる。しかし、人権委員会から出された意見を放置することは許されず、内閣や地方公共団体の長は、人権委員会の意見表明に対して、3 ヶ月以内に何らかの回答をしなければならない。
7-3.救済手続に関する原則
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【解説】
◆事案処理の手続規定の必要性(5)
人権委員会が人びとからの信頼を得て活動するためには、救済手続の透明性と予見可能性を確保するとともに、関係者に対する説明責任を果たさなければならない。そこで本法案要綱では、中央人権委員会が事案処理の手続と説明責任に関する規則を定め、各人権委員会はその手続規定に則って事案処理を行うこととした。
◆事案処理に要する期間(1・2)
人権委員会による救済や調査には、それ相応の時間を要するが、それがあまりに長期間に及べば、申立てを行った者の期待を裏切ることになり、人権委員会の信頼も傷つくことになる。そこで、人権侵害の申立ての受理・不受理を決定するために要する期間や、調査・救済に要する期間の範囲を中央人権委員会が規則で定め、各人権委員会は、その範囲内で決定や救済を行わなければならない。無論、必ずしもすべての事案が、定められた期間内に処理できるわけではなく、期間を超過するものが出てくることもあり得るが、その場合は、申立てを行った者に、手続が遅延している理由を説明し、説明責任を果たさなければならない。
◆申立人による不服申立制度(3)
人権侵害の申立てを行ったにもかかわらず、その申立てが不受理となった者、あるいは、申立ては受理されたが、それに対して人権委員会が執った救済措置に納得がいかない者は、人権委員会に対して不服を申し立てることができる。これは行政不服審査に準じた手続であり、不服を申し立てられた人権委員会は、誠実にこれに対処しなければならない。
◆申立人に対する説明責任(4)
各人権委員会は、人権救済の申立てを受理又は不受理とする決定を下した際、あるいは調査や救済措置を行った際に、申立てを行った者に対して、決定の内容や調査・救済の内容を通知するとともに、そうした決定ないし措置を行った理由を説明しなければならない。これは、人権委員会に説明責任を果たさせ、「聞き置くだけの処理」をさせないためである。
7-4.救済のための調査権限
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【解説】
◆人権委員会の調査権限(1)
人権侵害が救済を行うに当たっては、事実関係の正確な把握が不可欠である。そこで、人権委員会は、適宜、関係者に対して、出頭、質問への回答、書類・物件等の提出を要請することができる。ただし、これらはあくまで任意の要請であり、強制力はない。
◆一定の強制性を有する調査(2・3・4)
人権委員会による調査は、原則として任意のものであり、強制力はないため、調査の相手方はこれを拒むこともでき、拒んだからといって制裁を受けることはない。一方、深刻な人権侵害事案について、事実の把握ができないとすれば、実効的な救済を行うことはできず、それは人権委員会の存在意義を揺るがすことにもなる。そこで、特定の人権侵害事案については、一定の強制力を持った調査を行うことができる。ここでいう特定の人権侵害事案とは、公権力の行使に伴う人権侵害、事業者による人権侵害、医療・福祉施設における人権侵害、学校における人権侵害という4種類であり、いずれも人権侵害の防止が強く要請される事案である。これらに該当する事案については、人権委員会の調査要請に相手方が応じない場合、その事実を公表することができ、調査に間接的な強制力を持たせている。ただし、相手方の権利保護とのバランスを図るために、相手方の要求があれば、その者の弁明・反論もあわせて公表しなければならない。
◆立入検査(3)
人権委員会は捜査機関ではないので、住居等への立入検査は原則として行えないが、重大な人権侵害については、正確な事実把握が必要であり、そのためには一定の立入検査が必要となる場合もある。そこで、公権力の行使に伴う人権侵害、事業者による人権侵害、医療・福祉施設における人権侵害、学校における人権侵害については、関係場所への立入検査を要請することができる。人権委員会の要請に対して、相手方はこれを拒むことも可能であるが、検査の実効性を担保するため、相手方が立入検査の要請に応じない場合は、その事実を公表できる。ただし、相手方の権利保護とのバランスを図るため、相手方の要求があれば、その者の弁明・反論もあわせて公表しなければならない。
◆公権力事案の特例(4)
公務員や行政機関が、人権委員会から調査や立入検査の要請を受けた場合は、法令に定めのある場合を除き、これを拒否することができず、原則として調査に応じなければならない。これは、公務員や行政機関には、人権保護の責任が特に強く課されているためであり、また公務員や行政機関については、人権委員会が調査を強制しても、それによって個人の権利が侵害されるおそれが少ないためである。
◆法制度是正意見表明に係る調査(5)
法令や法令の運用に起因する人権侵害については、内閣総理大臣や地方公共団体の長に対して、人権委員会が法制度是正意見表明を行うことができるが、この意見表明を行うに際しても、事前に事実関係を把握することが必要である。そこで人権委員会は、法令や法令の運用に起因する人権侵害について救済の申立てがなされた場合、当該法令の内容及び運用状況等について、内閣総理大臣や地方公共団体の長に対して説明を求めることができる。法令の内容や運用について説明できないということはあり得ないので、内閣総理大臣や地方公共団体の長は、人権委員会からの要求を拒むことはできず、3ヶ月以内にこれに回答しなければならない。
8.人権委員会の情報収集・発信機能
《趣旨》
人権保障を実現するためには、救済だけではなく、そもそも人権侵害が起こりにくい社会を生み出すための政策が必要となる。人権委員会は、こうした人権政策に関する国際的な潮流を把握し、日本で活用できるものを分析・整理し発信する必要がある。また、日本政府の多様な省庁で行われている人権に関する政策や、自治体での人権政策を収集・整理し、他の省庁や自治体で活用できるよう発信するべきである。たとえば、子どもの権利保障や参加についての自治体の取り組みについての情報を分析・整理し、他の自治体に提供すれば人権保障に資することができるだろう。
人権の課題の中でも、新たに課題として生み出されているものや、これまでは伝統的な価値規範のために十分に人権の課題と認識されてこなかった課題などについては、現状では十分に実態調査や情報の整理がされていないことがある。人権委員会は、こうした人権についての動向を把握し、問題提起をしていく必要があると考え、「人権に関する社会的な動向を調査」するという機能を人権委員会が持つこととした。たとえば、「子どもの貧困」に伴う社会権の剥奪状況について、調査を行うなどが考えられるだろう。
こうした人権状況についての情報は、各種専門家、人権団体、当事者などに集積されている場合があり、こうした情報や知見を最大限活用しながら調査を行うことが望ましい。また、まだ社会的な合意が十分できていない課題については、伝統的な価値感や一般常識を問い直すことが必要となるが、これは人権専門家の判断を一方的に押しつけるだけでは難しい。このため、当事者を含めた対話的なプロセスを通じ、人権についての理解を社会的全体で深めていく必要がある。このため、公聴会を開催するなど、公開の手続きで合意形成をはかることを想定している。
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【解説】
◆中央人権委員会による人権政策等の情報収集・整理と活用(1・2)
人権侵害を防ぐためには、事後的な救済だけではなく、多様な政策が必要となる。人権委員会は、こうした人権政策に関する国際的な潮流、日本政府の各省庁の人権に関わる政策、自治体での人権政策を収集・整理し、他の省庁や自治体で活用できるよう発信するものとした。
また、人権保障は国際的な義務であり、国際社会全体の関心事でもあるため、他国の試みを学ぶだけではなく、日本の人権政策についても積極的に国際社会に発信することが、責任ある国際社会の一員として求められていると考え、国外への情報発信も行うこととした。
なお、このように収集した情報は、人権委員会の機能を果たすために使う必要がある。
◆人権に関する社会的な動向の調査(3・4)
人権侵害事件の救済のための調査だけではなく、より一般的な人権に関する動向(新たに人権の課題と見なされているもの、発生している事象)について、実態調査なども含めて広範な調査ができることとした。この際、広く知見を集めると同時に、こうした課題への社会的な認知を高めるため、公聴会の開催などの公開の手続きを採用することに特に言及した。
9.人権委員会の人権教育・広報機能
《趣旨》
冒頭でも触れたように、諸国の国内人権機関は、パリ原則が掲げる1.人権政策提言、2.人権相談・救済、3.人権教育・広報の3機能を重視している。1と3の機能は2の経験・知見を踏まえる形で実施されるため、1~3の3機能は相互に有機的に関連しているからである。これら3機能を一元的に果たすことが新たなタイプの人権救済機関としての国内人権機関の特色である。
これまで人権教育・広報は、国では法務省と文部科学省が、また都道府県及び市区町村においては首長部局及び教育委員会が担ってきた。今後も国及び地方公共団体においては、こうした役割分担が維持されるであろう。しかし人権委員会設置後は、人権相談・救済の経験と知見を踏まえた人権教育・広報機能を国内人権機関としての同委員会に持たせ、憲法及び日本が締結した人権に関する条約に規定されたすべての人権が尊重され、保護され、人権侵害を受けた者が実効的に救済される社会の実現を目指す人権教育・広報を推進すべきである。
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【解説】
◆人権委員会の人権教育・広報機能(1・2)
人権教育の趣旨・目的、方法及びこれを実施する制度等、並びに人権教育の実施に関し、中央人権委員会と地域人権委員会に意見提出権を付与し、国及び地方公共団体による人権教育・広報がすべての人権が尊重され、保護され、人権侵害を受けた者が実効的に救済される社会の実現を目指す方向で進められるようにする必要がある。
◆人権教育の実施に関する中央人権委員会の調整機能(3)
人権教育・広報は国及び地方公共団体の多様な主体によって同時に取り組まれているのが実情である。その結果、人権教育・広報内容の重複、あるいは実施すべき内容の見落とし等、各機関による縦割り行政の弊害がまま見られる。そこで、中央人権委員会は、人権教育の実施に関して、国の機関の間又は国と地方公共団体の間の調整を行うことができることとし、中央人権委員会に人権教育・広報に関する調整機能を付与する必要がある。
◆中央人権委員会の人権教育プログラム作成機能(4)
公権力による人権侵害は法執行官によってなされることが少なくない。そこで、中央人権委員会に法執行官に対する人権教育プログラムを作成する権限を付与し、これを国及び地方公共団体に実施させることができるものとする。
10.人権委員会の国際協力機能
《趣旨》
国内人権機関である人権委員会の国際的な協力機能および情報発信機能に関する規定である。各国の国内人権機関は、国際調整委員会( International Coordination Committee: ICC)による調整の下、国際的な連携が図られている。また、アジア太平洋地域については、アジア太平洋国内人権機関フォーラム(Asia Pacific Forum of National Human Rights Institutions: APF)という国際組織を通じた連携活動も存在している。日本の国内人権機関として、人権委員会は、こうした横の連携に注力するとともに、国連の人権理事会や各条約機関、さらに国連の人権高等弁務官事務所などと、情報交換を続けながら日本国内の人権状況に関してこれを国際的水準に合致させるための努力を続ける責務を負っている。
こうした機能は中央人権委員会が主として担当するものとしているが、地域人権委員会もまた、中央人権委員会を通じて、国際的な協力機能を果たすこととなる。
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【解説】
国際協力機能には、大きく分けて、日本の人権状況を国際人権諸機関に報告しその改善に努めるための国際的な政策提言機能と、各国の国内人権機関やそれに関わる民間団体(NGO/NPO)と連携するという情報交換・連携協力機能とがある。
(1)国際的な政策提言機能:
- 国連人権理事会の普遍的定期審査(Universal Periodic Review: UPR)に際しての日本の人権状況報告及び政府のフォローアップ政策に対する意見表明。
- 自由権規約委員会などの条約機関に対して政府が提出する政府報告書の審査に際して、人権委員会としての独自の報告書を政府とは独立して提出する権限。
- 国連機関や条約機関からの勧告事項について、国内での実施状況を確認し、実施に向けた意見を表明すること。
- 国連の諸機関や特別手続き、その他の国際機関からの人権に関する提言内容について、必要に応じて国内での立法や立法動向、実務などにそれが適切に反映されているかどうか意見を表明すること。
(6の政策提言機能と密接に関係する機能である)
(2)情報交換、連携協力機能:
- 国連人権高等弁務官事務所や特別手続き、その他の人権に関わる国際機関との連絡調整。関係者が日本を訪問する際などの調整と国内の民間団体(NGO/NPO)との間の調整活動など。
- 人権委員会等が発表する日本の人権状況に関する報告書や情報を、翻訳等を通じて国際的に発信する役割。
- 上記のAPFやICCとの連携業務。
- 海外事情の調査、研究などに関わる業務。
(8の情報収集・発信機能および9の広報機能と密接に関係する機能である)
このうち、UPRや条約機関に対する独自の報告書の提出については、中央人権委員会として、まず政府報告書の作成に対して政府の当該部署に対して十分な情報提供、改善提案を行う機会を持つ必要がある。また、関係するNGO/NPO と十分に連携しながら、政府報告書が国連機関や条約機関にとって役立つ情報となるように努めなければならない。その上でなお、日本の国内人権機関として、政府の立場からは独立した報告書を出すことができる権限を定めているものである。
現在、日本は未だ人権条約上の個人通報制度に加入していないが、個人通報制度に加入したあかつきには、人権委員会がその勧告の実施についての調整機関となることが想定されている。
なお、各地域人権委員会もまた、中央人権委員会の調整の下に、必要に応じて国連機関、条約機関などに対する情報発信を行うことができる。
11.人権委員会のその他の機能
《趣旨》
人権委員会の活動は、それが広く市民に知られ、市民からの支持と信頼を得て行われなければならない。そのために人権委員会は、個々の事案について、その当事者に対する説明責任を果たすだけではなく、人権委員会の活動全般について、広く社会一般に対する説明責任を果たさなければならない。そこで、人権委員会は、毎年、活動内容を説明した報告書を作成し、公表しなければならないこととした。こうした報告書の作成・公表は、情報公開による説明責任の実行という側面を持つとともに、人権委員会が自らの活動を省察し、自己改革を図る機会ともなる。
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【解説】
◆年次報告書の作成・公表(1・2)
各人権委員会は、その活動に対する説明責任を果たすために、それぞれの活動状況や事案の処理状況などを記載した年次報告書を作成し、内閣と国会に対して提出しなければならない。当然、これらの報告書は、広く一般にも公表される。
この報告書は、各人権委員会が個別に作成するものであるが、それを別々に提出・公表することは効率的ではなく、人権委員会に関する情報へのアクセシビリティも低下することになる。そこで中央人権委員会が、各地域人権委員会の報告書をとりまとめ、一体のものとして提出・公表する。
奥付
国内人権機関設置検討会
山崎公士(代表、神奈川大学教員)
川村暁雄(世話人、関西学院大学教員)
寺中誠(世話人、東京経済大学教員)
中村義幸(世話人、明治大学教員)
山田健太(世話人、専修大学教員)
望ましい国内人権機関
『人権委員会設置法』法案要綱・解説
2011年12月10日 第1刷
発行:国内人権機関設置検討会
〒221-8686 横浜市神奈川区六角橋3-27-1
神奈川大学法学部 山崎研究室気付
Tel:045-481-5661 ex.4370
E-mail: udhrkoshy@kanagawa-u.ac.jp
編集:齋藤明子(コミュニティサポート研究所)
頒価:100円