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3. 感想にこたえて

3-1 シートについて

 いただいた感想のなかで、もっとも意外だったのは、社会人として働く当事者の方からのものであった。「シートをやって会社の人にみせたい」「これの会社編をつくってほしい」といった短いメッセージから、彼らのおかれた状況がしんどいものであることがあらためてうかがわれた。また、「状況がつかめていない子には難しい」という感想は、非常に「発達障害」的特徴があらわれるものであったとおもう。これは、私がおこなった生徒の中でも、アスペルガーと診断されている生徒の回答傾向が、周囲(とくに教員)の認識と距離があったことからも、明確である。こうした自己評価と他者評価のギャップもまた、重要な情報ではないだろうか。

 試作のときに不評であった、質問紙のLLブック化については、現在までなんの感想も届いていない。私が実施した生徒の中には、「最初は幼稚っぽいとおもったけど、あれ、なんかやさしい気持ちになれるね、テストもあんなんだと、もうちょっとリラックスできるとおもう」と後日伝えにきてくれたものはいた。紙面が黒くない、余白がおおいというだけで、人はおおらかな気持ちになれるのかもしれない。

 シートへの提案については、まったく妥当である。たとえば、感覚過敏についての質問など、ほんのいったんしかきけていない。「教員に注意される言葉」から感じる事柄は、実際にはもっと多様であろう。作成当初、わたしたちもやはりチャート式をかんがえた。しかし、パソコン上で操作するなら可能でありそうなこの案も、紙面上でそれを作成するには、情報量が膨大になりすぎると判断し、あきらめたという経緯がある。ぜひ、パソコン操作が得意な人に、ウェブ上でできるチャート式の「チェックシート」を開発してほしい。また、生徒たちの「長所」への抵抗感は、試作時から想定されるものではある。こうした生徒たちには、ぜひ具体的なできごととともに、それを長所としてほめて、還元していきたい。

 さて、あらためて、質問紙にならんだ項目だけでは不十分であることは再認識した。しかし、シートのもっとも重要な使命を、私たちは、いろいろな会話をうむツールになることと考えている。いただいた感想からは、私たちと感想の送り手のあいだはもちろん、「シートをやってみた」人とその周囲の人との会話が、確実にふえているようだ。シートをやってみて、あらためて「ここが苦手かも」と気がついて、周囲の人に伝えた人も存在する。私自身、シートをやってもらった生徒と、その後、直接シートを介して会話したケースはまだないが、シートの実施をきっかけとして、養護教諭である私と担任教員が、担任教員と生徒が話す機会は格段にふえた。そうした意味では、シートは成功であろう。

 シートは、あくまで自分自身と周囲をしるきっかけであり、結果をしるためのツールではない。そうした意味で、今後シートを活用し、また使用した感想を届けてくださることをねがっている。

3-2 本書について

 これまでに、シートをやっての感想ではなく、本書を読んでの感想もいただいた。(5)二つ紹介して(6) 、本稿をおわりたい。  ひとつは、特別支援教育の現場で長年勤務し、現在、特別支援に関する研究にとりくんでいる教員からのものである。

 特別支援教育、発達障害への取り組みが進むにつれ、授業改善をしないまま、レッテル張りだけが増えてきている悲しい現状があります。「すきときらい」から始まるこのチェックシートは、教員に、大切なことは、障害のある・なしではなく、学級経営の改善、授業の改善なんだということを気づかせてくれる、とてもすばらしいものだと思いました。
 この本のさいごに「まわりの人が何をしているかがわかる。その中で自分は何をすべきか、していいのかがわかる」といった主旨の一文があります。これこそ、授業改善の本質だと思います。

 もうひとつは、やはり特別支援学校に長年勤務し、現在では周囲の学校を巡回相談員としてまわっている教員からいただいた。

 『発達障害チェックシートできました』を大変興味深く読みました。読みながら「障害ってなんだろう?」と改めて考えていました。読み終わった後も答えは出ていません。25年以上、障害のある子の教育に関わってきています。常に身近に障害のある子がいました。そんな中で、鈍感になっている部分があると思いました。この本を読んだことで、頭の中がぐちゃぐちゃになったような気がします。固くなっていた頭ですから、一度ぐちゃぐちゃにしてそこから考える事が必要だと思います。
 第3部の9「学校で大切なこと、とは」「そうだよねー」と言いながら読んでいました。 仕事をしている発達障害の大人の方へのアンケートで「一番困っていること」の一位が「読み書き、計算ができないことがばれたら困る」があげられていて驚いたことがあります。研修会の会場からも「えーっ」というざわめきが起こりました。対人関係がトップだと思っていたからです。
 つい先日も巡回相談で伺った中学校のコーディネーターの先生と同じようなことを話したばかりです。教師は「勉強なんかできなくても」とよく言います。子どもたちも、そう言います。保護者もそう言います。でも、テストの点数が10点上がることは何百回ほめる事よりも効果がある場合があるように思います。
 その、コーディネーターの先生はテストにルビをふること、様々な大きさのプリントを用意することを実践してみると言って下さいました。全校に提案したら、賛同は得られないと思うだから、自分の教科からやってみてそこから広げていきたいと。
 これから、巡回にまわる学校では、この本を紹介したいです。

 本書は、「障害学」をベースにしている。よって、これまでの「医学的/心理学的」視点から書かれた本とは、すこし雰囲気が異なるとおもう。「医学的」知見では、「障害」とは個人に内在するものとみなす。しかし、「障害学」では、社会のあり方が「障害」となって、個人を「障害者」として疎外していると考える。たとえば、「医学」では、誰かを「障害者」と認定し、必要な治療/支援を決めるのは医療者である。その指示をうけて、保護者や介護者、教員などが当事者を支援する構造をとる。「障害学」の知見を応用するなら、こうした「指導者主導型」支援は批判されるべきものとなる。そこで提案されるのは、「当事者主導型」支援となろう。この場合、困っていること、日常で障害となっていることの存在を語るのは、当事者である。その「障害」「困難」を回避したり、のりこえたりするのに必要なことを、周囲の人とともに考える。その支援方法のアドバイザーとして、医療者がひかえている。いわば、序列に基づくピラミッド型の支援から、対等な関係性に基づくネットワーク型の支援への転換が、私たちは重要だと考えた。こうしたネットワーク型支援を「学校」でおこなおうとする場合、私たち教員がなにを指針とし、どう行動したらいいのか、そうした提案を本書ではおこなっている。

 そうした意味においても、本書は、「学校」という場、「いま、目の前にいるこども」にこだわっている。よって、理想論よりも現実性を優先する記述もおおい。私自身の理想をうらぎる記述すらある。しかし、ぜひみなさんにも本書を手にとっていただき、まずはみなさんの障害観、学校観を「ゆらす・ずらす・つくる」ことができればとおもう。


(5) 書評としては、三村洋明「発達障害チェックシート できました」『図書新聞』No.2971、2010年6月26日号がある。また、本書のアマゾンのブックレビューや、自閉の息子さんとの毎日をつづったブログ「康介の毎日」http://blogs.yahoo.co.jp/sawamama0371/63246984.htmlでの本書の紹介をよんでくださると、うれしいです。

(6) おくってくださったメール一部の転載を快諾してくださり、ありがとうございます。