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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例4 通所授産施設からのフォローアップを中心とした就労支援の事例

~医療機関の厨房で働く軽度知的障がいをともなう自閉症のAさんの場合~

高坂 一人
知的障がい者通所授産施設
ワークトピアあすか

1.本人のプロフィール

(1)性別、年齢、障害の特徴

この事例の方(以下、「Aさん」)は、軽度の知的障がいをともなう、自閉症と診断された24歳(平成17年10月現在)、札幌市在住の男性です。札幌市知的障がい者更生相談所において、「B-」の療育判定を受け、療育手帳を交付されています。

小学校在学中より、自閉的傾向を指摘されており、中学校は教育大学付属中学校の特殊学級に入学。卒業後は高等養護学校に進学、卒業されています。

普通自動車運転免許(I種)が取得でき、行動上の課題となる点はほとんど見られませんが、人間関係形成上の課題や緊張をともなう場面でのチックなどが障害特性として挙げられます。

(2)職歴と施設利用歴

高等養護学校卒業後すぐに、民間企業のリネン業部門に就職。約1年6ヶ月間、パートタイマー職員として、たたみ作業等のリネン作業に従事されていました。勤務状況に大きな問題はなかったのですが、同社のリネン業部門が閉鎖されることにともない、リストラ対象となり、離職にいたっています。

離職後は速やかに、新た食品会社でのケース洗浄作業、仕分け作業に従事されましたが、事業所スタッフとのコミュニケーション、早朝勤務に対する不満等から自ら離職しています。

離職後、約3ヶ月間は、自宅で過ごされていましたが、札幌市内の知的障がい者通所授産施設に通所された後、平成15年4月にワークトピアあすかが開設されることにともなって異動されました。

当施設入所当初から約3ヶ月間での全体的な印象としては、「本人の作業能力はかなり高く、職歴の中でも作業活動自体に問題があって離職した経緯は認められないことから、作業以外の環境面や雇用条件、事業所内でのコミュニケーションなどが大きく影響し、離職したのではないか」というものでした。

(3)生活状況

Aさんは、小学校、中学校、高等養護学校在学中はもちろんのこと、就労、施設利用等現在にいたるまで、在宅で生活されています。

身辺処理については自立されており、介助は必要ありませんが、金銭管理においては、自分自身の小遣い管理などは、可能なものの、給料等の計画的な支出や貯蓄などの資産管理、経済活動については、適宜支援が必要で、現在障害基礎年金2級を受給していますが、この管理も保護者が行っています。

また、公共交通機関の利用については、事前のガイドヘルプがあれば、次回からは一人での活用も問題ありません。

現在は、保護者の方と同居されているため、必要な支援は母親が主体的に担っていますが、父親の理解も高く、家族関係は良好です。

2.就労支援

(1)授産施設での作業能力評価

Aさんの作業能力については、入所当初の3ヶ月間で3種類の作業種に参加していただき、次のようなポイントで評価をしました。

1) 清掃作業(施設内の清掃と環境美化活動が中心)
【評価のポイント】
  • 一日のスケジュールにそった作業ができる(職務分析の活用)
  • ひとつひとつの作業が指示書のとおりにできる(課題分析の活用)
  • 「汚れ」の認知とその「汚れ」に応じた、それぞれの対応ができる
  • ルーティン業務の中での体力、持続力、集中力の状況
2) パン工房作業(指示伝票に従ったパンの梱包作業が中心)
【評価のポイント】
  • 指示伝票を理解し、実行できる
  • 細かな作業ができる(手先の器用さ)
  • 衛生管理に対する意識
  • 日によって変化する作業量に対応ができる
3) あすか食堂作業(一般来訪者の接遇、オーダー確認、厨房内作業)
【評価のポイント】
  • 一般来訪者(来客者)に対してサービス提供者としての対応ができる
  • 来客者の言葉でのオーダーを第3者に伝えることができる
  • 厨房内作業において、自分自身の作業だけでなく、全体的な作業進行に配慮できる
  • 数的な概念が共有できる
4) 全体的な作業評価

計算能力に若干の難があるものの、それ以外においては、全般的に高い作業能力を有しており、職場内でのその時その時の状況に応じた柔軟な対応にも追従することができている。

写真
あすか食堂での作業状況
盛り付けの様子
材料を包丁できざむ様子

(2)授産施設で対人関係能力の評価

対人関係においては、同年代の利用者と友人関係を積極的に形成することはほとんど見られず、コミュニケーションは受動型であると思われました。

ただし、信頼関係が構築された場合、プライベートの話題では必ず、中学生の時のケンカの話になってしまい、その際には言葉自体が非常に暴力的な表現となってしまう傾向があります。本人の中ではいまだに消化することができていない、不条理な事柄として強く記憶されてしまっており、もし職場での休憩時間等で事業所スタッフが耳にした場合、悪影響がでるのではないかと考えました。

(3)職場が決まるまでの経緯

Aさんが施設利用されてから、5ヶ月が経過した後、施設内で就労に向けてのケースカンファレンスを実施しましたが、統一した意見として早い段階で就労に向けての取組を実施することとなりました。 当施設の運営主体である社会福祉法人明日佳の理事長が代表取締役会長をしている企業(以下、「B社」)から「医療機関での厨房作業スタッフ」の求人があるとの連絡を受け、当該会社の人事担当者と札幌中央公共職業安定所、当施設就労支援担当者が最初に打合せを行い、北海道障害者職業センターにも連携を求めた上で就労実習が決定しました。

施設内訓練から雇用開始までの支援の流れ

(4)制度活用について

Aさんの実習及び就労には、「障害者職場適応訓練制度」を活用しました。北海道障害者職業センターにおいて職業能力判定の結果、「重度」判定があったため、最長12ヶ月間の制度活用が可能となりました。

「障害者職場適応訓練制度」期間中は、通所授産施設の利用者籍のままでかまわないことから、「集中支援期」から徐々にフェイディングし、フォローアップへと繋げていく支援期間は「障害者職場適応訓練制度」と同じ12ヶ月間ということになります。

しかし、就労が決定し、雇用関係が締結されてしまうと通所授産施設は退所しなければならないので、就労後のフォローアップは、保護者、事業所、施設が連絡を密にすることによって協議しながら実施することとし、その際のコーディネートは施設が担う、ということもあわせて確認しました。

(5)受入れ先の状況(業種、規模、協力体制)について

B社は、医療機関や社会福祉施設の給食提供の委託を請け負うことを主業務とした会社で、東証2部にも上場しており、パート職員も含めた従業員数は13,000人(平成17年10月現在)という大きなグループ企業です。

B社には、北海道地区の営業を担うC社という子会社があり、AさんはこのC社の受託先であるD病院の厨房(以下、「D事業所」)で実習をすることとなりました。

C社は、以前より知的障がい者の雇用には積極的で、北海道地区のC社だけで29名の知的障がい者の方を雇用(平成17年10月現在)しており、以前には、北海道障害者職業センターの協力により、事業所社員を対象にした知的障がい者雇用の学習会なども行っています。

しかし、Aさんが実習することとなったD事業所は、栄養士2名、主任1名、調理員5名の事業所なのですが、自閉症の方やジョブコーチの受け入れは経験がなく、今回が初めてのこととなりました。

(6)支援のプロセス

今回の事例での主たるジョブコーチには、現在は当施設の職員で以前はB社の事業所職員であった者が担当することとし、サブとして制度の運用や療育的な助言を必要に応じて行う者を1名設定しました。

Aさんの実習する事業所のアセスメントは事前に主たるジョブコーチが行っており、受け入れ態勢などをD事業所スタッフと確認した上で、次のプロセスにより支援を実施しました。

1) 実習先見学

事前に主たるジョブコーチと実習予定先のD事業所の見学に伺いました。

Aさんは、授産施設内で「あすか食堂」の作業に参加していましたので、厨房作業には大きなとまどいは感じられませんでしたが、作業手順やスピードについては、若干の不安があったようです。

2) 集中支援

主たるジョブコーチは、事前の打合せの段階でD事業所のスタッフに「集中支援は1週間」ということを伝えてありますので、徐々に支援の量を減らしていくことを示唆しています。そのため、ジョブコーチはAさんの支援にあたる際には、D事業所のスタッフが必ず1名そばについて、話しかけ方や注意する点などをそのD事業所スタッフと共有できるように配慮しました。 作業面において、Aさんは口頭指示を十分に理解できるため、職務分析のシートや課題分析のシートを提示する必要がなかったので、徐々に(おおむね3日目から)D事業所スタッフに口頭指示の主体を移行しましたが、口頭指示の中に抽象的なことば、「少し」、「たくさん」、「早く」などは使わないように配慮していただくことをスタッフに徹底していただきました。 施設での授産活動で獲得したスキル(技術)との共通点が多かったことから、作業場面での見通しにも好影響がでたようで、5日目にはD事業所スタッフの口頭指示のみで従事することが可能となりました。

Aさんの盛り付け作業の様子

3) 集中支援後のフォローアップ

本人の授産施設でのアセスメントにおいて、作業活動上の課題はほとんどなかったのですが、D事業所スタッフと信頼関係が構築されるにしたがって、2つの課題がでてきました。 そのひとつは、「チック」の問題です。実習開始2週間目ぐらいから、D事業所スタッフから、「作業場面で首を横にかしげる、一方の肩を上げる行為が多い。」という報告がありました。

「作業の正確性や効率が下がるということはない」ので、逆に心配になっての相談だったのですが、本人に確認することによって、かえって気になり、作業活動への悪影響が出てはいけないと考え、D事業所のスタッフの方にジョブコーチより「休憩時間中はスタッフの方への安心感が強調され、逆に作業へ移行する時に職場としての切り替えからくる『緊張感』からチックになるのではないか」という形で説明し、本人には伝えない方法で保護者にも伝達した上でしばらく状況を見守りました。

結果として「チック」は一過性のものであったようで、1週間程度で徐々に軽減し、現在はほとんど見られなくなっています。

また、もうひとつの課題は、休憩時間中のプライベートの会話の中で以前より課題となっていた、「中学校時代のケンカの話が時折でてきて、暴力的な表現が多くなってきた」というものでした。Aさんを除く、ほとんどのスタッフが女性であるので、「暴力的な表現」はAさんの内面から来るフラストレーションではないか、という不安を募らせ、ジョブコーチに相談が寄せられてきたことが感じ取れました。

ジョブコーチは、本人に対して時間をかけて「中学校時代のケンカ」の話は、職場ではタブーであることを説明し、本人とも約束をしました。また、D事業所スタッフ全員に休憩時間中の会話の中で「中学校時代のケンカ」の話が出てきた段階で、本人に「その話はしない約束になっている」ということを注意するようお願いしました。

以後、「中学校時代のケンカ」の話がでることはあるのですが、注意されることによって、自己確認し「暴力的な表現」に至ることはほとんどなくなりました。

4) 雇用関係成立後のフォローアップ

Aさんは、12ヶ月間の「職場適応訓練制度」を満了し、平成16年9月1日より、C社のパート職員として雇用契約を締結しました。 基本給は時給650円(北海道の最低賃金は平成17年10月1日より641円です。)からスタートですが、週40時間の勤務で月額90,000円前後の収入になっており、労働保険、社会保険にも加入されています。

現在は、当施設が行っているフォローアップは、定期的な職場訪問が月に1回程度、電話による状況確認は2週間に1回程度となっていますが、Aさんは施設の行事には休日があえば必ず参加されています。

就労後の大きなトラブルが先日ありました。Aさんは自転車で通勤途中、自転車に乗った女子高生と接触してしまったのですが、お互い大きなケガもなく、無事を確認して別れたのです。しかし、その後全く関係ない第3者の男性がAさんに「あの女子高生はケガをして学校を休んだ。お前の住所と電話番号、勤務先を教えろ」という恫喝をしてきたのです。

Aさんは、パニック状態になってしまい、言われるがまま電話番号と勤務先を教えてしまい、その後職場であるD事業所でも「仕事をやめなければならない」と言いながらパニック状態に陥り、仕事が手につかない状態になってしまいました。

幸い、D事業所の主任がすぐに電話連絡をジョブコーチにしたおかげで、本人と保護者、事業所スタッフとジョブコーチが話し合いをし、警察(近隣の交番)にも協力をあおぎ、対抗策を講じたことから本人も安定を取り戻し現在は、順調に仕事を続けています。

現在はフォローアップの密度は就労当初よりも希薄にはなっていますが、本事例においては、就労後のなんらかの事故や環境の変化や課題が発生した場合の連携体制、セーフティネットが常に必要であることを再認識しました。