社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-
池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業
事例9 SFAII(社会生活力プログラム・知的障害者等試作版)を用いた支援の事例
~プログラム実施で雇用に結びついた自閉傾向のあるAさんの場合~
興梠 理
蕨市障害者就労支援センター
1.本人の状況
(1)本人について
- 性別:
- 男性
- 年齢:
- 43歳(平成17年10月現在)
- 障がいの特徴:
- 軽度知的発達障がい(IQ不明、漢字・計算能力は小学校高学年レベル)で自閉傾向あり、療育手帳(埼玉県C)軽度
年金無し - 生育歴:
- 私立高校普通科卒業後、就職しましたが離・転職を繰り返しました。仕事ができない、続かないことを親が不安に思い福祉事務所へ相談に行きました。平成6年療育手帳取得
- 教育歴:
- 小・中学校普通学級、私立高校(普通科)を卒業
- 医療:
- 糖尿病のため毎日2回服薬、通院は2週間に1回、点眼毎日5~6回
(2)福祉施設の利用歴
市福祉事務所から紹介され、平成14年12月の2週間の実習を経て、翌15年2月1日、地域の総合社会福祉センター(B型センター)内にある知的障害者通所授産施設へ入所しました。、8月から同じセンターにある身体障害者福祉センターの障害者就労支援事業(以下、福祉センター・就労支援事業・平成17年4月1日より 蕨市障害者就労支援センター)に登録し、17年の2月就職までの2年間、授産施設に在籍しました。
(3)職歴
昭和56年4月から63年まで市内のシール会社に勤めていましたが、同僚といざこざを起こし、右目網膜剥離で水晶体摘出し視力を失い、当件に関しては弁護士が入り和解示談となり退職(解雇同然)しました。その後、印刷屋さんで3年半パート勤務、鋳物工場で1年8ヶ月パート勤務後は1ヶ月から数ヶ月のアルバイトをくり返しました。離転職について本人は「手が遅く周囲に何かと迷惑をかけたからだと思う」と話しています。
(4)本人の収入
週25時間勤務、700円/時間×5=3,500円 ×20日/月=70,000円/月
社会保険なし
(5)生活状況
Aさんは現在に至るまで、家族(父母、姉家族(姉とその子2人))5人と同居しています。身辺は自立しており生活上の問題はありません。車の免許を持っていますが信号無視や一時停止違反等、事故が多く、現在、車はなく運転もしていません。
2.就労支援
(1)社会生活力プログラム、モジュール「働く」を用いた実践
就職したい気持ちは強いのですが、そのための方法については理解不足でしたので、本プログラムを習熟度を確認しつつ体系的に用いて支援することにしました。
1) SFAII(社会生活力プログラム(II))
「社会生活力」とはSocial Functioning Ability SFAの日本語訳で、国際リハビリテーション協会(RI)社会委員会が、社会リハビリテーションを昭和61年、次のように定義し使われるようになりました。「社会リハビリテーションとは、社会生活力を高めることを目的としたプロセスである。社会生活力とは、さまざまな社会的な状況の中で自分のニーズを満たし、一人ひとりに可能な最も豊かな社会参加を実現する権利を行使する力を意味する」。
この理念のもと、平成11年に身体障がい者の社会生活力を高めることを目的に、奥野・現筑波大学教授を中心に5名で作られたのが社会生活力プログラム(I)です。
一方、知的障がい者等を対象としたプログラム(社会生活力プログラム(II))作成の要望があり平成14年7月より奥野氏、興梠ら6名のワーキンググループにより作成作業が行われています。
このプログラムの構成は5部門25モジュール(単元・項目)で、各モジュールの学習内容は各モジュールの「学習のねらい」で示していきます。プログラムの特徴は参加者の主体性、自主性を引き出すこと、「指導員と訓練生」ではなく「ファシリテーター(支援者・促進員)と参加者」とし、参加者主体のパートナーシップに立ちます。
また参加者が自分に自信を持ち、できることを増やしていくエンパワメントの視点を重視して進めていきます。
今回はモジュール18「働く」を用いてAさんと他3名、合計4名の授産施設利用の参加者によるグループを対象にプログラムを実施し、実施前と実施後にアセスメント(評価)を行いプログラムの理解度をはかりました。アセスメントは3段階評価で(○理解できた、△おおむね理解できた、×理解できてない)行いました。現在プログラム実施のアセスメントについてはワーキンググループで検討中です。(平成18年4月、自立を支援する 社会生活力プログラム・マニュアル 副題 知的障害・発達障害・高次脳機能障害等のある人のために、として中央法規より出版予定)。
2) プログラムの実施
- 期間:
- 平成15年6月から17年2月まで
月1回~数回で、各回1時間から1時間30分 - 場所:
- 福祉センター内の空き部屋
- モジュール:
- モジュール18「働く」
- 参加者:
- 授産施設利用の4人(Aさん、他3名)
- ファシリテーター:
- 就労支援事業担当(ジョブコーチ)と授産施設生活支援員
写真1 プログラム実施時
3) プログラムの流れ
- アセスメント(ニーズ把握)
- 目標設定
- プログラムの計画
- プログラム実施
- アセスメント(振り返り)
4) モジュール18「働く」の内容
学習のねらいは・・・、
仕事を持って働くことの意味、働くことによって収入を得たり人間関係が広がったり、社会に貢献することができることについて学びます。また自分に適した仕事についても学びます。
|
学習目標1では、1.働くことについて、意味がわかること、2.働くことの大切さがわかることをアセスメントします。
学習目標2では、1.仕事の種類を考える、2.自分のやりたい仕事がわかる、3.相談できる専門機関についてわかる、4.働き続けるために必要な態度や心構えがわかる、5.障がい者の就労支援の制度がわかることを学びます。
学習目標3では、具体的な計画を立てて実践します。これをアセスメントします。
(2)職場が決まるまでの経緯
平成15年8月から同じセンターにある身障福祉センターの就労支援部門のジョブコーチ(筆者)がSFAII(社会生活力プログラム・知的障害者等試作版)を他の授産施設利用者3人とともに実施、Aさんは9月に広域職安主催の集団面接会に参加し3社と面接しましたが不採用となり、継続してプログラムを月に数回実施しました。平成16年度は特に学習目標1で、働くことの意味がわかること、2で、自分に適した仕事をさがす方法についてプログラム学習を継続しました。9月の集団面接会に参加し2社と面接しましたが不採用でした。平成17年1月、職安から障がい者雇用を検討していた事業所を紹介されました。この事業所の求人枠は1名でしたが、AさんとBさん(在宅で求人中の軽度知的発達障がいの方)の2名の紹介状を出してもらい、面接にはジョブコーチが同行し2名を紹介し2名とも採用されることになりました。
(3)制度活用について
トライアル雇用とジョブコーチ事業を職安と検討しましたが、トライアル雇用は年度末で予算の都合があり、今回はジョブコーチ事業のみのとなりました。2月中旬の雇用と同時に職業センターのジョブコーチ事業を活用しました。センターの集中支援期間は3ヶ月で、その後4ヶ月がフォローアップ期間でした。福祉センターのジョブコーチ支援は職業センターの支援を補完するかたちで行い、フォローアップ支援は現在も継続中です。
月 | (A) | 備考 | (B) | 備考 |
---|---|---|---|---|
2月 | 6回 | 2名のジョブコーチが交代で対応 | 3回 | 1名のジョブコーチで対応 |
3月 | 11回 | 10回 | 内4回は連続通勤支援自転車で往復20kmを実施 | |
4月 | 2回 | 3回 | ||
5月 | 1回 | フォローアップに入る | 2回 | 移行支援期・フォローアップ |
6月 | 0回 | 1回 | 他、電話相談3回 | |
7月 | 1回 | 2回 | 他、電話相談2回 | |
8月 | 1回 | 2回 | 他、電話相談1回 |
(4)受け入れ先の状況について
- 業種:
- 一般貨物運送業(倉庫・梱包・発送)
- 規模:
- 従業員24名 うちパート2名
- 現場の体制:
- 6名
障がい者雇用の動機:数年前に地域の養護学校進路担当教諭が実習先をさがしに来たとき障がい者が求職活動をしていることを知り、今回、地域職安の職員が職場開拓で立ち寄った際、障がい者の雇用も検討し求人を出しました。障がい者雇用は初めてです。
(5)Aさんの仕事
マジック遊具の箱詰めとシュリンクを始めにやっていましたが、現在はキャラクターパズルの化粧 箱の箱折り作業が中心です。
(6)支援のプロセス
1) 利用者のアセスメント
福祉センターのジョブコーチがAさんの所属する授産施設を訪問観察し、あわせて生活支援員から情報の収集を行いました。生活支援員からは「社会性は高いが毎日が新人、作業をすぐに忘れてしまう」、「いつも落ち着きがなく、きょろきょろしたり、うろうろする」、「突拍子のない質問を突然始めたりする」と報告を受けました。Aさんの課題は集中力の欠如とコミュニケーションにあることが分かりました。
2) 職場のアセスメント
雇用前に、職業センターのカウンセラー2名とジョブコーチ2名、福祉センターから1名のジョブ コーチが事業所に集まり、職場環境と職務内容の検討を行いました。事業所の協力で一人で集中して 作業ができるよう環境を設定していただきました。
3) 職場における集中支援(雇用後3ヶ月)
職業センターのジョブコーチが作業指示書を作成したり、現場の責任者がAさんに治具を試作して くださったりと、事業所、職業センター、福祉センターが相互協力しながら職務の定着へ向かいまし た。
4) 移行支援・フォローアップ(集中支援後の4ヶ月)
職業センター、福祉センター(現・蕨市障害者就労支援センター)の連携のもとに行いました。
5) その後のフォローアップ
福祉センターが主体的に事業所、職業センターと連携をとりながら継続中です。
(7)継続する課題
- 独語が多い
- きょろきょろし時計を気にする→時計を背に仕事をするよう環境を変える
- 1階のトイレへ行く際、敷地内を走るフォークリフトやトラックに関心が移り、うろうろし危険である→カラーコーンと白線で動線をイメージしてもらうが、現在、作業の都合でカラーコーンは角に追いやられている状況
- 仕事中ボッとしたり、居眠りをしたりする→立ち作業に変更するよう助言→立ったまま寝てしまう→作業量・完成度とも事業所の目標をクリアしている
- 相手に反感をもたれるような言葉遣いが増えてきた→「青年学級」参加の促し
写真2
3.まとめ
Aさんの就労支援は、雇用までの支援をプログラム(社会生活力プログラム(II)モジュール18「働く」)を用いて行いました。
また、就労支援事業の一環として前年度より実施している、知的障がい者を対象とした『青年学級』に、課題が発生した時、または予防として何度か声かけし、参加するよう誘っています。これまで「金銭管理」、「安全・危機管理」、「健康管理」、「男女交際と性」等のモジュール実施時に参加してもらっています。
今回、Aさんと一緒にプログラムを実施したグループ4名の中でAさんが1年8ヶ月後に就職し、他に知的障がい中度のCさん(現在38歳)は1年3ヶ月後にパート採用されました。
当プログラムの実施は、現在も知的障がいの方を中心に行なっていますが、時間を限定して体系的に行い、また具体的なプランを立てる実践学習も取り入れています。これまでの実践から、このプログラムマニュアルは、特に就労意欲を高めることに効果があると思われます。
しかし、自閉的傾向のあるAさんは、他者との関わり自体が困難なためプログラムの実施はグループより個別の方がより集中して参加できていました。
また、『青年学級』を通してのプログラム実施が、生活支援として参加者の雇用の継続、離職の予防に効果があることを実感しているところでもあります。