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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例15 知的に障がいのある方を初めて雇用する企業へ

~体験実習先の評価を活用して職種を提案した事例~

木野村 なぎさ
練馬区障害者就労促進協会

1.本人の状況

(1)本人の状況

1) 性別・年齢

本事例(以下、Sさん)は、平成17年10月現在32歳の男性です。Sさんと当協会(以下、レインボーワーク)の関わりは、Sさんが東京障害者職業センターのワークトレーニング社でトレーニングを受けた後に、就職相談でレインボーワークに来所してからです。

2) 障害の内容

Fさんは、てんかんと知的障がいを伴う自閉症と診断され、東京都が交付する「愛の手帳4度」を所持しています。障がいではないのですが、アトピー性皮膚炎を持っているため食品関係の就職は難しいと思われました。障害基礎年金2級を受給しています。

3) 教育歴

Sさんは小学校、中学校を普通学級で学び、都立養護学校を卒業しています。

(2)生活の状況

1) 家族構成

Sさんは、両親と3人で生活されていて、実姉は独立されています。

2) 生活の状況

(3)前職での支援内容

1) 前職の様子と離職の原因

Sさんは、養護学校を卒業後、社員100名程度の規模の製本会社へ就職しました。会社より「勤務中のパニックが多く対応できない」と評価され、2年間の勤務後退職されました。会社よりお聞きしたパニックの原因は、「機械が止まる、故障する」「予定外の事が起こった時」ということでした。パニックの様子は「大声で叫ぶ」「工場内を走り回る」ということでした。会社の対応は、止めるとさらにエスカレートするため「収まるまで待つ」と言われていました。

その後、養護学校時代の教員の紹介で社員30名程度の規模の製本会社へ再就職しました。職場全体が家族的な雰囲気があり、Sさんにとっては居心地の良い環境でした。ここでは、9年間勤務され、会社閉鎖により離職されました。

2) Sさんの仕事内容

Sさんは、検品、梱包、折り機の操作を担当されていました。どの作業も評価は高かったです。特に検品作業は、ページの抜け、印刷ミスを見つける能力に優れていると、高い評価を受けていました。

2.就職に向けての支援

(1)ワーク・ルームの利用

Sさんは、再就職を目指してレインボーワークの就職支援事業(以下、ワーク・ルーム)を利用することにしました。

就職支援事業の流れ図

1) 情報の収集(インテークが中心)

Sさんの基礎情報は、Sさん自身とご家族、他の就労支援団体から提供していただきました。

Sさんの基礎学力は中学3年生以上のレベルです。お金については1万円程度を自己管理し、その他は貯金をしています。働くことと金銭のつながりは理解しているものの、金額についての意識が薄いです。目的に合わせて時間を計画的に使うなど、時間の管理は自立しています。

2) 作業評価(ワーク・ルームが中心)

パソコンは、ワーク・ルームで初めて使用しましたが、ワープロを使用した経験はあります。入力作業は、間違いがなく慣れるにしたがいスピードが出てきました。

ピッキング作業では、スピードもあり間違いも皆無で数に対する強さが伺われました。

自転車のリサイクル作業では、道具の使い方は理解していたものの、指先に力を入れる、細かなところを拭くなど指先を使う作業を苦手としていると思われました。

紙を折る、封入するなどの作業では時間を設定すると、急ぐあまり作業が雑になることが分かりました。

他の就労支援センターのアセスメントの結果を提供していただきました。情報によると、ワーク・ルームのアセスメントと同様に、ピッキング作業、流れ作業に適性があること、また常に時間を意識しているため、効率を求めすぎると、意識し過ぎて作業が雑、間違いが出るということが分かりました。

3) 作業態度・社会性についての評価(体験実習が中心)

区役所で一般の職員と一緒に作業をする「メールの仕分け」のアセスメントは、以下のとおりです。

  • 決められたルートに従い、交通機関を利用し、一人で通勤ができます
  • 区役所内で出会った職員へ、場にふさわしい声の大きさで積極的に挨拶をします
  • 身だしなみは清潔で、公共の施設をルールに従って使用することができます
  • 時間に余裕を持って始業、就業、休憩時間を意識して行動します
  • 連絡・報告・相談は、その都度担当者へ適切に話します
  • 言葉は丁寧で、的確な敬語が使えます。
4) 企業での(体験実習)アセスメント

Sさんの職種は、Sさんの希望と適性、求人募集のある職種を考え、事務職を中心に探すことにしましたが、Sさんご自身とご家族の心配と事務職でのアセスメントのためにパソコン入力ができる企業で2週間の体験実習をすることにしました。

この体験実習については、職場見学、面接を経て採用を判断するための職場実習を行い、アセスメントをしていただいています。レインボーワークでは、ワーク・ルームでのアセスメントを企業へ伝えたり、実習中に電話などで本人の様子や試していただきたいことを伝えます。

企業からいただいたアセスメントは以下のとおりです。

アセスメント表

領域項目

項目


備考

基本的生活習慣

きちんとした服装、身だしなみに気をつけることができる

  • 周囲とのコミュニケーション、仕事の意欲においては積極的です。ただ、話し終わる前に作業を始めたり、相手の様子を気にせずに話しかけている場面もありました。
  • どの作業においても、一生懸命やっている様子が伝わってきました。
  • 販売では明るく声を出し、手早く商品を並べ仲間に感謝されていました。
  • データ印を押す時に字がにじんで見えなくなるくらいインクをつけすぎたり、のりがついている封筒を閉じる時によれてしまったりと、多少雑な面がありますが、注意すると改善されました。
  • 指示に対しては、適切な作業を実施することができます。
  • 話す時の距離の近さや、頻繁に繰り返される同じ質問を、煩わしく感じた社員もいます。また、Sさんが「○○さん」と呼んだ後に何も言わないことがあり、呼ばれた方が戸惑うことがあります。「一歩さがって話す」等、継続してできるようになっていただけるとよいと思います。
  • 時間の意識をもって仕事をすることができます。

衛生、清潔感に注意することができる

挨拶ができる

返事ができる

はっきりと話すことができる

正しい言葉遣いができる

自分の意見や意志を伝えることができる

周囲とのコミュニケーションを積極的にとることができる

言葉での指示が分かる

分からないことは聞くことができる

報告(仕事の終了、わからないことがあった時等)ができる

認知的生活態度のスキル

時間を守ることができる

時計が読める

お金を数えることができる

簡単な計算ができる

文章が書ける

職業生活のスキル

安全に仕事ができる

規律を守ることができる

時間を守ることができる

気分が安定して作業に取り組むことができる

働こうとする意欲がある

仕事が正確にできる

指示がなくても整理、整頓ができる

集中して仕事ができる

作業手順を考えることができる

解体

道具の正しい使い方ができる

材料の分別ができる

封入作業

きれいに仕上げることができる

仕事が速く、正確にできる

入力

数を間違えずにできる

仕事が速く、正確にできる

簡単な書式変更ができる

販売

気持ちのよい応対ができる

パンをきれいに並べる

後片付けを効率よくできる

認知的対人行動

素直である

まじめである

自分の態度を反省できる

明るい

体験実習中に企業から「気になる点」として話されたことに対して、レインボーワークでお願いした対応は、以下のとおりです。

  • 話の途中で作業を始めることについては、指示が複数ある場合は「指示をする数を予め伝える」、はじめに「話を最後まで聞いてから作業をしてください」とつけ足してから話していただく。
  • 相手の様子を気にせずに話しかけることについては、「今、よろしいですか」と聞き、相手が答えるまで待つことを伝えていただく
  • 話す時の距離の近さについては、いつもの距離より「一歩下がる」ことを伝えていただく

ワーク・ルームでも同様の態度はあったものの、私どもは「ちょっと、気になる程度」と考えていました。企業で働くうえでは、「ちょっと」ではないことを改めて認識しました。

上記の「気になる点」については実習中に改善されたことから、Sさんは注意を受けたことはすぐに身につくことも分かりました。このことについては、体験実習先の企業からも大変高い評価を受けています。

Sさんとご家族にとっても、この体験実習は大変有意義だったと、聞いています。Sさんは、この体験実習が自信となり「パソコン入力をする仕事がしたい」と希望職種が決まりました。

(2)職場開拓

Fさんの職場開拓は、Fさんの希望と適性から考えて、パソコン入力ができる企業を中心に探すことにしました。

職場環境は、体験実習とワーク・ルーム、前職での様子から以下の内容を考えました。

  1. 報告や質問、仕事の指示を出す担当者がいる。いない場合は、メモで指示を出してもらえる
  2. 仕事の内容の変更は、朝出してもらえる
  3. 新しい仕事をする場合は「できている」ことを確認してもらえる(口頭で「わかりました」の返事と合わせて作業を確認してもらえる)
  4. 間違いは、注意をすることで理解し行動に移せるため、強い叱責はしないでもらえる

上記の内容で職場を探していたところ、レインボーワークへ求人があった企業の事業所で職場実習をすることになりました。

(3)制度の利用

Sさんが現在の職場へ就職するにあたり、はじめに2週間、職場実習をすることにしました。利用した制度は、職能開発センターが窓口になっている「障害者委託訓練事業」です。この間は、併せてレインボーワークの実習制度を利用しレインボーワークの職員が実習先へ終日出向いて、仕事の指示の仕方などを企業の方へ伝えました。職場実習の後は、3か月間トライアル雇用を利用しました。

(4)実習先企業の状況

1) 業種・規模

Sさんの実習先は、老人介護サービスを提供している全国規模の会社です。

2) 障がい者雇用の動機

『社会貢献』、『法令遵守』は、企業としての社会的責任だと捉えていますが、その一方で「雇用」を進める過程で、まず、業務上持っているスキルを生かしていただくことが大切であり、人物としてどうであるかということが重要だという考えを持っています。

障がいの有無が業務内容に影響する場合には、配慮しつつ共に働ける環境をつくりたいと考えています。

(5)職場実習支援

1) 見学・面談

実習先の事業所は、知的に障がいのある方の採用実績がないため、事前にレインボーワークの職員が事業所を訪問して、仕事内容や職場環境について事業所と一緒に考えさせていただきました。仕事内容を決める際には、体験実習先でのSさんの得意とした入力作業を中心に組み立てました。

事前に会社へ伝えた評価(Sさん、ご家族了承内容)は、体験実習先が提出してくださった評価表も含まれています。また、体験実習先からは、Sさんの得意なことや指導をする上で有効な方法について、実習先へ情報提供がありました(レインボーワーク、Sさん、ご家族了承)。

初めて知的に障がいのある方を社員とする事業所にとっては、企業からの情報提供は信頼性も高く、知りたい内容が分かりやすく伝わったということでした。

今回の職場実習は、採用を決める実習のため、会社からは「採用ライン」と「企業理念」について話をいただき、合わせて実習中のレインボーワークの関わり方を確認しました。

2) 職場実習中の支援

実習中の2週間は、全日レインボーワークの職員が会社へ伺いました。前半はレインボーワークの職員がSさんへ仕事を教える様子を、事業所の方に見ていただきました。後半は事業所の職員の方から直接仕事の指示や指導をしていただきました。

事業所に、短時間ですが従業員がいなくなることが実習中に分かり、いない時の電話の応対、仕事の進め方、来訪者への対応について検討しました。事業所は、極力Sさんが一人になることのない仕事の組み立てを考えてくださり、Sさんも携帯電話の使い方を覚えて対応することになりました。電話の応対は、転送機能を使い、外出中の責任者へつなげるようにしました。来訪者は、宅配業者に限られているため、荷物の受け渡しについて練習しました。

実習後にSさんが一人で事業所で仕事をすることは、月に1度以下となりました。

3) 会社からの評価

Sさんが実習先の企業で採用されるにあたっての評価は次のとおりです。

  • 指示した仕事が、指定した時間内にできる
  • 言語、文字でのコミュニケーションがスムーズ
  • 質問、報告、伝達が正確
  • 人柄が穏やか、素直で、好感が持てる

会社からレインボーワークへは、定期的な職場訪問の依頼がありました。トライアル雇用中の初めは、週に1回の職場訪問をとおしてSさんの様子を拝見していました。

3.就職後の支援

トライアル終了後は、月2回、月1回と職場訪問の頻度を減らして、現在は3か月に1回程度の定期訪問をしていますが、仕事については、会社の指導でスムーズに進められています。Sさんは、その日の仕事の報告をレインボーワークへすることで、安心されているようでした。

4.まとめ

Sさんの事例は、知的に障がいのある方を初めて雇用する企業で適職を得るために、他の企業でのアセスメントの結果を利用しました。

知的に障がいのある方の職種については、限定されて考えられがちなところがあるかと思われますが、実際に雇用している企業からのアドバイスは、これから知的に障がいのある方を雇用されようと考えている企業にとっては、有効な情報だと考えます。

Sさんがパソコンを操作している様子