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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例21 ナチュラルサポートづくりを中心に進めた支援

~一般枠での就労経験のあるAさんの場合~

千田 若菜
仲町台センター

1.本人の状況

(1)本人について

年齢・性別:
35歳・男性(平成17年10月現在)
障がいの特徴:
軽度知的障がいを伴う自閉症、療育手帳(B2)。言葉によるコミュニケーションは可能ですが、応答は限定的で返答までに時間を要してしまうため、場面や相手によってはぶっきらぼうに見えてしまうことがあります。また変化や新しい場面では動揺しやすく、普段の落ち着いた様子とのギャップが大きな方です。
生育、教育:
乳幼児期に言葉の遅れが心配され、いくつかの医療機関を受診したものの診断は出されず、小・中学校の普通学級を経て、定時制高校を卒業しています。

(2)職歴および福祉施設の利用

高校卒業後、アルバイト就労も含め印刷・製本関係の仕事を3社ほど経験しています。本人は当時のことを「人間関係がうまくいかなかった」と振り返っていますが、家族も職場の状況は把握しておらず、詳細は不明です。その後、家族が市のケースワーカーに相談、療育手帳の取得や市のリハビリテーションセンターの職業訓練の受講などを勧められ、手帳取得および福祉サービスの利用に至っています。職業訓練受講後は、リハビリテーションセンターの紹介で(社福)横浜やまびこの里が運営する「よこはま・自閉症支援室」(以下、支援室)に就労支援の相談があり、作業アセスメントを兼ねて、同法人の運営する地域作業所を利用することになりました。

(3)生活状況

父、母、本人の3人で生活しています。障害基礎年金は受給していません。職業生活上では、お弁当や作業着の用意などのサポートを家族に担ってもらっています。

2.支援に至った経過

(1)利用者のアセスメント

Aさんは当初、職歴のある印刷関係の仕事に就きたいと希望していましたが、実際のところはそれ以外の作業経験が少なかったことも背景にあると考えられました。そこで作業所では、Aさんの経験を広げることを目的とし、事務作業から清掃作業まで、さまざまな作業体験や実際の職場での実習を行いました。その結果、作業上の特徴として、指先を使った細かな作業は得意ではない一方で、身体を使った動きは覚えやすいこと、仕事の要領を得るまでは時間がかかるが、一旦コツをつかんでしまえば安定的に行うことができることがわかりました。また、場面や手順、指示者等の変化に応じることが難しく、臨機応変に弱い特徴があることも把握できました。さらに、報告や質問が求められる状況では、「報告・質問者を固定させる必要がある」「消極的でタイミングを図るのが苦手」等、コミュニケーション上の課題も整理されました。アセスメントの結果を振り返ることで、Aさんも印刷関係の業種にこだわらずに希望職種を広げることができ、仕事探しがしやすくなりました。

(2)職場開拓

作業所でのアセスメント結果をもとに、作業所職員(以下、職員)や支援室の就労支援担当者の同行支援のもと、求人検索や合同面接会の参加を中心とした職場探しを開始しました。ハローワークの一般(パート)求人の中に、Aさんにできそうな仕事(ダンボール製造における仕上げ工程)があったことから、専門援助部門より障がいを開示した上で面接を依頼したところ、事業所から快諾のお返事をいただきました。面接には職員が同伴し、ジョブコーチのサービスについての説明を同時に行いました。面接ではAさんの真面目さや印刷関係の就労経験が評価され、就職が決定しました。

(3)受け入れ先の状況について

業種:
紙器・ダンボールの製造工場
従業員数:
30数名(事業所全体では100名)

障がい者雇用について:過去に障がいのある人を雇用した経験がありますが、ジョブコーチの受け入れも含め、諸制度を活用するのはAさんが初めてです。

(4)職場のアセスメント

まずジョブコーチが職場実習を行い、事業所の人的・物理的環境や作業内容・要領をアセスメントしました。Aさんが従事する予定の作業は、ラインにおける「ダンボールの検品、フタ閉め、結束」です。どの作業も反復的な動きを多く求められることから、作業自体は半日で一通り体験することができました。一方で、ダンボールの大きさや種類によってフタ閉めの要領や結束の個数が異なること、やり方が人によってさまざまなこと、作業要領やペース配分をつかむには経験の積み重ねが必要なこともわかりました。また1つのラインでペアの人と分担して作業を行う場合、役割範囲については暗黙のルールを求められることもありました。現場は、1名の若い現場責任者と数名のパート従業員からなり、指示系統は明確でしたが、時折、現場経験が長い年配のパートさんから指示が出されることもありました。

(5)職場との事前調整

アセスメント結果を踏まえ、ジョブコーチはAさんの上司にあたる課長と現場責任者と何度か打合せを持ちました。そこでは、臨機応変が求められる部分などAさんがつまずきやすいポイントをお伝えし、仕事を効果的に覚えていくための工夫について話し合いました。作業のコツをつかむまでに時間を要することから、最初は従事する作業工程を限定し、慣れたら次の工程を導入するというように段階的に範囲を広げていくことについて調整しました。また注意力をうまく切り替えることが苦手なことから、検品は他の方に担っていただくことについても了解を得ました。同時に、ジョブコーチの役割についての調整も行いました。仕事は基本的に従業員さんから教えていただき、ジョブコーチは、必要なサポートを従業員さんから引き出すことや、新しい作業導入のタイミングを判断するなど、Aさんと事業所との橋渡し役を中心に支援を進めることについて確認しました。さらに、Aさんのプロフィールや関わり方について、関係する従業員さんに事前に伝えることで、職場でのスムーズな受け入れを目指しました。

(6)制度の活用

Aさんの就労にあたって、トライアル雇用と障害者職業センターの「職場適応援助者(ジョブコーチ)事業」(いずれも3ヶ月間)を活用しました。3ヶ月で就労が定着した後は、支援室の就労支援担当者と連携し、知的障害者自立生活アシスタント事業(横浜市単独事業)も活用しながら、職業生活全般を支えています。

写真1 Aさんの作業の様子

3.職場における支援

(1)集中支援期

Aさんが最初に行なったのは、ダンボールのフタ閉め工程で、その他の工程はペアの方に担っていただきました。ジョブコーチはその様子を側で観察し、Aさんがつまずきやすいポイントの整理や、従業員さんの教え方の特徴の把握に務めました。Aさんに対する支援では、作業において注目すべきポイントを伝えることや、焦った時の気持ちの切り替えを手伝うなど、Aさんが苦手な場面で少しの手助けをしました。その様子は随時、従業員さんと情報交換していきました。

1週間後、フタ閉めの工程が安定したため新たに結束の作業も導入し、2種の工程をペアの方と交互に行うことにしました。すると、Aさんが結束の際にもペアの方の役割(フタ閉め)に手を出してしまい、結果的に結束がおろそかになってしまう、といった様子が見られるようになりました。ジョブコーチは、その都度本人に役割を伝えるとともに、従業員さんにもサポートを依頼しました。作業上でのフォローは長年務めている従業員さんの方がずっと上手だったことから、ジョブコーチはその中でも、Aさんにとって長期的に必要とされるサポートを整理しました。そしてその情報を、支援経過の報告とともに、現場責任者と課長に伝えていきました。

(2)移行支援期

支援開始約1ヵ月後から、ジョブコーチは職場を訪問する回数を減らし(図1参照)、支援の内容についても不在時の様子の聞き取りや、Aさんに必要な配慮やサポートについて情報交換することにシフトしていきました。この頃のAさんの課題は、焦った時の商品の取り扱いを丁寧にすることや、周囲の手助けを自主的に依頼できようにすることでした。これらのことを職場の方と情報交換している中で、「Aさんにとってわかりやすいサポートや環境づくり」が、現場の従業員誰にとっても「わかりやすい」ものであるということに課長が注目し、ジョブコーチが提案した貼紙類を作成してくださる、といった新たなサポートも生まれてきました(写真2・3を参照)。

図1 ジョブコーチが職場に滞在した時間
最初の数日間は、職場にいた時間と障害のある人の側にいた時間が7時間程度ありそれ以後は1,2時間となり2ヶ月から3ヶ月の間には同時並行作業の支援が7時間になっている

写真2・3
作業現場の貼紙(報告事項と注意事項)
禁止・キカイにさわらない・ものをけらない・ものをなげない
声を出して機長に連絡・台車がいっぱいになったら・・・スミマセン・新しい台車を持って来て欲しい時・・・スミマセン

支援期間終盤、Aさんもスキルアップしてきたため、一人で2つの工程を担う「同時並行作業」ができないか、という相談が職場からジョブコーチにありました。職場のサポート体制が整っていることや、Aさんにも余裕が出てきた様子が見られていたことから、同時並行作業の導入を試みました。図1で、ジョブコーチの滞在時間が延びているところがそのサポートに入った部分です。Aさん一人で担いきれない場合は必ず誰かがフォローに入る、という体制を職場に作ってもらうことで、Aさんは一層職場の戦力となっていきました。

(3)フォローアップ

支援開始3ヶ月が経過しフォローアップ期間に入ると、ジョブコーチは月1~2回の定期的な訪問を続けながら、Aさんや職場の様子の把握に務めました。途中で現場責任者の交代がありましたが、後任者への引き継ぎにジョブコーチも参加して、Aさんへの配慮やサポートを整理して伝えました。Aさんは少しずつスキルアップし、それに伴い職場の要求水準も少しずつ上がってきました。同時並行作業についても自立度が上がった一方で、課題となったのが「検品」と「報告」でした。

写真4・5
業務日誌の冒頭にある「日誌の書き方」と、ある日の日誌
写真4 写真5

Aさんは、「注目すべきポイント」を教えられればそれに沿って検品をし、異変に気づくことができたのですが、一方で、場所や時間が変わることでそのポイントも抜け落ちてしまう(休憩をはさむこと等で、一度できたことも再びできなくなってしまう)ことがありました。そこで業務日誌(写真4・5)を導入し、休み時間や退勤前に必ず記入するようにしました。日誌には、現場責任者への報告の仕方を記載しておくことで、スムーズな報告も狙いました。この日誌導入の目的は、他にもあります。従業員さんに「Aさんが報告できる事項、できない事項」を把握してもらい、要求水準が過度に上がるのを防ぐことや、ジョブコーチが不在時の状況をより詳細に把握することでした。現在は、日誌の情報をもとにして3ヶ月に1回、Aさん、課長、現場責任者とジョブコーチで仕事の振り返りを行い、次の目標設定をしています。Aさんは長期にわたってスキルアップを目指すことができ、また事業所にとっても「Aさんに求めていくこと」を確認できる機会となっています。

4.まとめ

過去に就労経験のあったAさんは、事業所からも当初「どこが障がいなのかわからない」と言われ、一見配慮やサポートが必要ではないような印象を受ける方でした。しかし今回は、Aさんが作業所に在籍している間に、中・長期的な課題や配慮の必要性を把握することができたため、適切なサポート体制づくりにつなげることができました。そしてAさんも、作業所での経験を通じて、支援があると安心して働けることが体験的に理解できていました。そのため、職探しや面接の早い段階で、Aさん 自身が周囲に支援の必要性を伝えることができたのです。それがジョブコーチ支援の導入をスムーズにし、職場との信頼関係やナチュラルサポートづくりにもつながったと言えます。

従業員さんからのサポートを引き出す、ナチュラルサポート中心の支援は、ジョブコーチが職場からフェイディングをした後も安定したサポートが見込まれる一方で、人的環境の変化や時間の経過により崩れやすいという側面も持ち合わせます。安定したナチュラルサポートの提供には、ジョブコーチが職場と本人についての十分な情報を持ち、必要な支援を明確化し、早期から調整を進めていくことが欠かせません。今回の支援は、そのようなナチュラルサポートの基礎作りが功を奏し、フォローアップ中に生じた変化にもスムーズに対応することができることが示された例であるといえるでしょう。