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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例23 職務再設計とコミュニケーション面での支援に重点を置いた事例

~美容院で働く軽度知的障がいを伴う自閉症のAさんの場合~

松尾 江奈
仲町台センター

1.本人の状況

(1)本人について

性別:
女性
年齢:
33歳(平成17年8月現在)
障がいの特徴:
軽い知的障がい(WAIS-RIQ89、言語性82、動作性101)を伴う自閉症、療育手帳B2
興味が限定されており、会話が一方的。ストレスフルな状況になるとより多弁になり、物事が手につかなくなる傾向がある。
生育歴:
3歳児検診で言葉の遅れと自閉的傾向を指摘された
教育歴:
小・中学校の普通学級を経て、高等専修学校を卒業

(2)福祉施設の利用歴

高等専修学校卒業後、療育手帳を取得し、社会福祉法人横浜やまびこの里(以下、やまびこの里)が運営する地域作業所を利用しました。Aさんは約10年間作業所に在籍し、簡単な組立て作業では最も生産性の高い利用者の一人でした。本人・家族ともに就労意欲が高く、職場実習にも積極的に参加しました。

(3)職歴

親の知り合いの歯科医院で歯科助手のアルバイトをしたことがあります。アルバイト先には、親が障がい者として配慮が必要であると伝えましたが、支援者は付き添いませんでした。Aさんは、作業を覚えることは早かったようですが、他にやるべき仕事があってもスムーズに移行できないことなどが多くあったそうです。また、薬剤や機器類の名称や機能についての質問が止まらなくなるなど、コミュニケーション面が問題となり、アルバイト就労は3ヵ月で終了しました。

(4)本人の収入

障害基礎年金(2級)を受給。週30時間、常用雇用で最低賃金をクリアしている。

(5)生活状況

Aさんは作業所在籍時代から現在に至るまで、約11年間グループホームに入居しています。身辺自立しており介助等は必要ありませんが、精神的サポートが必要です。そのため、世話人がAさんの話を聞きながら、本人の不安を軽減する働きかけを行なっています。また、金銭管理のサポートも適宜行なっており、給料の計画的な使い方について世話人が相談に乗っています。

2.就労支援

(1)職場が決まるまでの経緯

Aさんの就労にあたって、やまびこの里の就労支援部門がある仲町台センターと神奈川障害者職業センター(以下、職業センター)とが連携し、障害者職業センターの「職場適応援助者(ジョブコーチ)事業」を活用することになりました。本人アセスメントのため、職業センターの職業カウンセラー、仲町台センターの就労支援担当者、本人とで三者面談を行いました。求人情報の中に「美容院での美容道具洗浄、及び店内清掃」という職務内容で、障がい者求人が出ている事業所があったため、職業センターが事業所に実習を打診し、Aさんの職場実習が決定しました。

(2)制度活用について

Aさんの実習および就労には、ジョブコーチ事業とトライアル雇用を活用しました。ジョブコーチ事業の支援期間は3ヶ月で、就職後1年目まではジョブコーチ事業によるフォローアップを活用し、2年目から現在に至るまでは、やまびこの里の知的障害者自立生活アシスタント事業(横浜市事業)によるフォローアップを活用しています。

(3)受入れ先の状況について

業種:
サービス業(全国展開する美容院のチェーン店のひとつ)
規模:
総店鋪数約150店、総従業員2,000名以上
スタッフ体制:
店長、主任各1名、スタッフ14名
障がい者雇用の動機:
以前知的障がい者を雇用した経験がありますが、自閉症者やジョブコーチの受け入れは初めて

(4)支援のプロセス

1) 利用者のアセスメント

まずジョブコーチがAさんの所属する作業所を訪問し、本人の観察と作業所職員からの聞き取りを行いました。職員からは「普段の作業は集中して取り組める」と評価されている一方、「心配事があったり、事件のニュース等があると、おしゃべりが止まらなくなって仕事ができなくなる」とのことでした。アセスメントの結果、Aさんの課題はモチベーションやセルフコントロールがキーになることが分かりました。

2) 職場のアセスメント(ジョブコーチによる職場実習と職務再設計)

Aさんの実習前に、ジョブコーチが3日間職場実習を行い、B店での職務構成、人的環境、物理的環境等をアセスメントしました。その結果、店内の掃き掃除など、客との接触が多い作業も求められていること。洗浄する美容道具の量は、店の忙しさによって変動があること。さらに、「臨機応変さ」が要求されることが分かり、Aさんが仕事をこなすことは困難が予想されました。

そこでジョブコーチは、主任にAさんのプロフィールを紹介しながら、職務内容について調整を行いました。その結果、フロアでの仕事は周囲に迷惑をかける可能性があるために業務から外し、作業室内の仕事だけを担当することになりました。そして、仕事を覚えるために指示書やスケジュールを活用することになりました。これらの指示媒体は、ジョブコーチが事業所と調整しながら作成し、ジョブコーチからAさんに使い方を教えることになりました。主任からは「Aさんの性格や接し方について、ぜひスタッフにも教えてほしい」との要望があり、ジョブコーチが従業員へAさんのプロフィールを伝えていくことになりました。

写真1 Aさんの作業の様子

3) 職場における集中支援(実習期間2ヵ月)

Aさんが見通しをもって作業を行えるよう、ジョブコーチは作業指示書(写真2)と作業スケジュール(写真3)の使い方についてAさんに伝えました。

また、従業員にAさんのことを知ってもらうために、ジョブコーチが本人の休憩に同席して、会話の橋渡しをしたり、Aさんの特性を伝えたりしました。主任がAさんに作業を教える場面にも立ち会い、Aさんは言葉よりも動作で伝えた方が理解しやすいこと等を伝えました。

写真2 作業指示書

写真3 作業スケジュール(一部)

さらに、主任から定期的に仕事のフィードバックを受けられるよう、業務日誌(写真4)を導入しました。日誌には、業務報告の他に職場内のマナーやルールも盛り込まれており、仕事ができたかどうかのセルフチェックと、店長や主任から○・×フィードバックができる仕組みにしました。ジョブコーチは、集中支援期間中はほとんど終日Aさんに付き、職場での過ごし方を伝える一方で、従業員へAさんのプロフィールを伝えました。そして、Aさんが自立している作業からフェイディングを実施しました。

(2)移行支援(雇用後?9ヵ月)

実習から2ヵ月後、トライアル雇用終結と同時にAさんの就職が決まり、作業自立度を上げていくことや、従業員と直接関わる機会を増やしていくことが目標となりました。ジョブコーチは週2~3回の訪問頻度を減らしながら、従業員から直接指示を受けられるよう作業指示書(写真5)の使い方について従業員に説明を行いました。この指示書は、Aさんの作業がリストアップされていて、洗浄作業が終了した際に、Aさんから従業員へ「次の仕事を指示してください」と指示を仰ぎ、従業員から「次は○○をお願いします」などの指示を出してもらう仕組みでした。

従業員とAさんとの関わりが増える中、ジョブコーチは業務終了時の従業員ミーティングに月1回参加し、Aさんの様子の聞き取りや、関わり方について意見交換を行いました。従業員からは、仕事の評価以外に「Aさんの独り言は何か意味があるの?」等の質問を受けたり、「Aさんと○○の話をした。いろんなことを知ってるんですね」などの感想を述べてもらったりしました。当初想定していた「おしゃべりしすぎ」等の課題に関しては、業務日誌でルールを定めていたため、職場では見られませんでした。

(3)フォローアップ(1年~2年5ヶ月)

写真4 業務日誌(一部)

業務日誌を記入するAさん

就職一年目が過ぎ、ジョブコーチは週一回2時間程度のフォローアップを継続していました。職場に慣れるに従って、Aさんは休憩中に「心配事」を話すようになりました。「どうして○○は××なの?」など、答に窮する質問が頻繁に出るようになり、従業員から対応に困っているという意見が聞かれるようになりました。ジョブコーチはAさんと面談し、職場では心配事の話はしないこと、業務日誌のルールに反することを伝えました。しかし時々、主任から「Aさんが仕事をしないでおしゃべりしている。何とかしてほしい」とSOSの連絡が入るようになりました。そのような時は、ジョブコーチが職場を急遽訪問し、従業員やAさんから聞き取りを行い、不調の原因を把握してAさんの気持ちの整理を行いました。そして、Aさんがどうしても不安な時は、自分の携帯電話を使ってジョブコーチに連絡を入れること。話をして気分が切り替わったら仕事を続けること、切り替わらない場合は職場に早退を申し出ること、などを助言しました。このことは職場にも了解をもらい、Aさんが不安で仕事にならない時は、従業員からも「自分でジョブコーチに電話してください」と伝えてもらうよう、終礼で周知を図りました。

写真5 作業指示書(一部)

3.まとめ

Aさんの就労支援では、作業環境や仕事の進め方について、ジョブコーチが職場と協力して職務再設計を行なったこと、特に店内での仕事を業務から外してもらう調整がポイントでした。このように、障がいのある人にとって明らかに不得意な作業については、他の仕事を確実にこなすことで代替ができるかどうか、事業所と事前に調整することが重要です。

また当初から想定されていたコミュニケーション上の課題について、ジョブコーチがAさんと職場との橋渡しを行うことによって、従業員からのサポートが定着しました。一方でAさん自身のセルフコントロールが課題となり、ジョブコーチはAさんと職場との間に入ってそれぞれに対して調整を行いました。

このように、コミュニケーションに課題をもつ方への就労支援には、コミュニケーション上の課題を想定した上で、ジョブコーチが本人のプロフィールや関わり方について、タイミングを図りながら職場に引き継いでいくことが重要であると思われます。また、トラブルが起きた場合にも、職場との連絡体制について日頃から職場と調整し、対応策について本人と職場双方と話をすることなど、橋渡しとしての役割が期待されていると思われます。