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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例25 指導する従業員を決めたことによる職場定着事例

~物流センターでの支援と工夫~

東 良太郎
箕面市障害者雇用支援センター

1.本人について

(1)本人の状況

性別:
男性
年齢:
27歳(平成17年10月現在)
障がいの特徴:
中度の知的障がい、療育手帳B1
特定の興味(歴代総理大臣、大相撲の横綱など)に関する記憶力は優れています。その反面、興味のない事柄に関してはほとんど反応を示しません。指示は短い単語程度であれば口頭で理解できますが、複雑化すると耳を傾けません。また、言葉に対する反応は「はい」「いいえ」がほとんどで、会話を交わすことはほとんどありません。
生育歴:
幼い頃から言葉が少なく、就学前に医療機関で自閉的傾向があると指摘されています。
教育歴:
記憶力は比較的良かったため、養護学校などには進学せずに、普通学級に在籍してい ました。中学卒業後は、私学の普通高校に進学したものの、友人と呼べる人はできず、 一人で過ごすことがほとんどでした。高校卒業後は、予備校に通っていましたが、勉強についていくことができずに途中で辞めています。療育手帳を取得したのは予備校を辞めた後です。

(2)福祉施設の利用歴

療育手帳を取得後、障害者職業能力開発校に通い園芸の勉強をしましたが、就職には至りませんでした。それからは自分自身で職業安定所に通い、就職活動を続けましたが、職業紹介を受けることはできませんでした。そのうち職業安定所にも行かなくなり、就職情報紙や広告チラシなどから仕事を探すことが多くなりました。

(3)職歴

知的障がいがあることを言わずに、一人で就職活動を行なっていたため、電話で断られることがほとんどでしたが、稀に採用されて働くことができました。しかし、それも長く続くことはなく、3日で解雇されるというような状況でした。

平成15年12月から箕面市障害者雇用支援センター(以下、支援センター)を利用し、翌年5月に地元の物流センターに就職しました。

(4)本人の収入

週20時間勤務の短時間労働一般被保険者
時給710円(大阪府の最低賃金は708円)
障害基礎年金2級を受給

(5)生活状況

障害者職業能力開発校を卒業後は、就職活動がうまくいかずに家にいることがほとんどだったため、生活のリズムは乱れていました。支援センターの利用が始まるまで、昼過ぎに起きてきて、夜更かしをするという生活が続いていました。

支援センターのことを知ったのは、療育手帳の更新のために福祉事務所を訪れたときです。ケースワーカーから情報提供を受けた母親が、本人と支援センターに相談に来たことがきっかけで、職業準備訓練を受けることになりました。

2.就労支援

(1)職場が決まるまでの経緯

支援センターでは、働くリズムや職場で必要なマナーを習得することを目標に、午前9時から午後4時まで、タオルの加工作業や金属部品の目視検査、キャラクター商品の梱包作業など、軽作業を中心に職業準備訓練に取り組みました。

支援センターでは、職業準備訓練を担当するスタッフのほかに、職場開拓や職場実習先での支援、フォローアップを担当するスタッフがいます。そして、職場開拓を担当するスタッフが探してきた求人の中に、支援センターからバスで10分程度の場所に位置する事業所があり、求人内容を確認したところ、対象者の職域として十分に可能性があると思い、職場訪問を実施、職場実習が実現しました。

(2)制度活用について

職場実習は、支援センターの職業準備訓練の一環として、1ヶ月間実施しました。職場実習中は、支援センターのスタッフが、作業自立とナチュラルサポートの形成を目標に職場の中で支援を行いました。就職後は、支援センターの障害者雇用支援業務実施要綱に基づき、職場環境の把握、雇用関係の維持を目的に、計画的なフォローアップをしています。

就職に際しては、特定求職者雇用開発助成金、重度障害者介助等助成金(業務遂行援助者の配置)の助成金情報を職場実習受け入れ先の責任者に提供し、その活用を検討していただきました。

(3)受入れ先の状況について

業種:
繊維品卸売業
従業員:
受け入れ先事業所(物流センター)80人、企業全体830人
障がい者雇用の動機:
物流センターでは、初めての障がい者雇用です。働くことができて障がい者雇用率にカウントされるのであれば、障がい者も採用したいとのことでした。
協力体制:
物流センター所長1名、現場担当者2名
物流センター所長から、対象者の指導担当を決めていただき、指示命令系統を確立していただいています。

(4)支援のプロセス

1) 利用者のアセスメント

支援センターを利用する人は、地域障害者職業センターで職業評価を受けてもらうことになっています。その評価結果は、フォーマルなアセスメントとして職業準備訓練や職場での支援に役立てています。

対象者は、WAIS-R知能検査の結果(FIQ51、VIQ66、PIQ46)、抽象的、論理的、概念的な思考力や形体認知力が特に低いことが分かりました。また、興味の範囲が限定されていること、ある特定の事柄に関しては詳しく記憶しているなど、職業評価でも自閉的な傾向が指摘されました。

支援センターでの職業準備訓練では、インフォーマルなアセスメントに力を注ぎました。例えば、口頭の指示でタオルを折ることや複数の工程にわたる作業が苦手でも、ジグを用い、指示書を作成すれば作業ができることが分かりました。また、抽象的な指示でも一定の作業理解が見込め、モデリングと手添えにより作業に慣れてくれば、作業能率が上がることも分かりました。それ以外には、作業の後半や週末には疲れがたまり、立位での作業がしんどくなることや、疲れとともに独り言が多くなることなどが、就職へのマイナス要因として把握することができました。

2) 職場のアセスメント

事業所は、スタッフが職業安定所の一般求人から探し出し、電話でアポイントをとりました。求人の内容は、繊維製品の加工及び入出庫作業とあり、対象者には少し難しい内容かとも思われましたが、事業所が支援センターから近いことや、企業全体の従業員が830人と規模の大きい物流センターということもあり、訪問すれば何かよい仕事が見つけられるのではないかと思いました。

電話でのアポイントから事業所訪問が実現し、支援センターの目的と障がい者雇用、そして職場実習の説明を行いました。事業所は、これからの繁忙期にかけて週20時間以上働くことができ、障がい者雇用率にカウントができるのであれば、障がい者雇用も検討できると話してくれました。支援センターは、事業所の仕事内容、また、どのような職場環境であるかをアセスメントするために、スタッフを派遣して作業体験を実施することになりました。また、障がい者の受け入れをするのならば、1)午前の入庫作業2)午後の出庫作業ということになりました。

事業所は、商業団地の一角にある大きなビルのワンフロアーを使用し、洋服の裏地の倉庫管理をしていました。そこで、スタッフは午前中に入庫作業、午後に出庫作業を体験させていただきました。

作業体験の結果、午前中の作業はそれ自体の単純さに加え、他の従業員のペースに影響されにくいこともあり、対象者でも十分に遂行が可能な作業と思われました。午後の作業は作業量の不足が懸念されたので、職場実習を通して、プラスアルファの仕事として何ができるかを検討していくことになりました。

3) 職場における集中支援

午前の出庫作業については、1伝票をもとに商品の確認2棚番の記入3)棚入れ、という手順でしたが、一連の工程を理解することは難しいため、3棚入れの作業を中心にすることにしました。(写真1)

写真1
棚入れ作業の様子

午後の出庫作業については、作業的に容易で、一定の作業量も確保できる「段ボール箱作り」となりました。段ボール箱は複数の種類があり、その日のうちに必要な個数が決まっているので、それが分かるように作業指示書を作りました。

作業指示書は、サポートする従業員がその日に作るダンボールの種類と必要個数をケース記入してくれます。(写真2)

写真2
作業依頼書

また、段ボールの空箱を作るためには、ガムテープを10ヶ所も貼らなければならないため、完成品を見本として置くようにしました。(写真3)

写真3
段ボールの空箱完成品の写真

午前と午後の作業については、作業場所と作業責任者が違いましたが、あらかじめ対象者を指導する従業員を決めていただいており、その方の指示に従うことを徹底していたため、スムーズに作業移動ができました。また、対象者は、複数の人から指示を受けることや、場所がコロコロ変わることを苦手としていたため、指示を出す従業員と作業場所を決めていただけたことは、対象者が安心して作業に取り組める大きな要因となりました。

4) ナチュラルサポート

職場実習の開始から、支援センターのスタッフはナチュラルサポートが形成されるように、対象者について、一人でいることが好きなこと、長い文章は理解しにくいこと、繰り返しの作業が得意なことなどの障がい特性について説明をしていきました。

物流センター所長は、「彼の能力を伸ばすのではなく、彼の能力を発揮できる職場にする」と言い、対象者の働きやすい職場環境を整えるために、力を注いでくれました。例えば、物流センター所長自ら、作業道具を携帯できるホルダーを作り、また、手元が暗いと仕事がしにくいだろうと電球を備え付けてくれました。さらには、商品を安全に入庫するためにそれぞれの通路に安定した脚立まで用意してくれました。そして、「彼の働きやすい職場は、他の従業員にとっても働きやすいのですよ」と言ってくれたのです。

対象者の作業指導を担当する2名の従業員も、支援センターのスタッフとは違う視点から仕事の工夫をしてくれました。対象者が仕事をしにくそうにしていると、すぐさま専用の作業台を作ってくれました。(写真4)

写真4
専用の作業台の写真

また、ダンボール箱を作る時に、ガムテープをどうしても均等に貼れないことに悪戦苦闘していると、「透明のテープにしたら、分かるだろう」ということで、ダンボール箱を作るときのテープをガムテープから、透明のビニールテープに変更してくれました。(写真5)

写真5
透明のビニールテープ

5) フォローアップ

就職後は、月に1回程度のフォローアップを行なっています。休憩中は一人でいることが好きということを知れば、特別に机といすを用意してくれたりと、センターのスタッフが、望んでいることをすぐに実行してくれています。(写真6)

写真6机といすの写真

就職して1年ほど経過した頃に、現場の担当者の一人が定年を迎えられました。また、時を同じくして、事業規模が拡大し、従業員が一気に増えました。この時は対象者が混乱しないかとても心配しましたが、新しい担当者が、前任の方から障がい特性についてしっかりと引き継いでくれていて、また、従業員の増加については、対象者の休憩スペースを確保していただくなど、変化の度合いを少なくすることができたため、トラブルは起こりませんでした。

トラブルといえば、就職して初めての夏に起こりました。暑さのため体力の消耗が激しく、休みが増え、体調を壊してトイレに何度も行くようになりました。その時は、対象者の近くにペットボトルを用意させていただき、現場担当者と相談しながら、対象者が無理をしないように声かけをしていくことで、なんとか乗り越えることができました。

3.まとめ

本事例の事業所において、職場定着の最も大きな要因は、対象者を指導する方を決めていただいたことにあります。コミュニケーションに障がいがあり、環境の変化や、複雑な指示を理解することが難しい対象者にとって、同じ場所に、同じ人がいて、その人から指示を受けるというパターン化された職場環境は最も望ましいものでした。

就職後1年半が経過した現在も、支援センターのスタッフがフォローアップをする際は、物流センター所長と現場担当者2名が参加する簡単なケースカンファレンスができています。

このように、事業所の中にキーパーソンを作ることができれば、ナチュラルサポートの形成が進み、フォローアップの際にも、職場での様子を詳しく知ることができます。

就職時は従業員が30名ほどだった物流センターは、現在100名以上の従業員が働くようになりましたが、対象者の指示命令系統は崩れることなく、職場環境もしっかりと維持することができています。