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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例27 重度知的障がいを併せ持つ自閉症の方への事前アセスメント

~バスターミナルで働くHさんの事例から~

玉城 由美子
社会福祉法人 加島友愛会

1.本人の状況

(1)性別、年齢、障がいの特徴、生育歴、教育歴

本事例(以下、Hさん)は、知的障がいを伴う自閉症と診断され、療育手帳Aをもつ21歳(平成17年8月現在)の男性です。小・中学校の普通学級を経て、養護学校高等部を卒業しました。現在、障害基礎年金1級を受給しています。

(2)福祉施設の利用歴

養護学校高等部を卒業後、当法人が運営する通所更生施設を利用しています。施設では、トイレ清掃や公園清掃に取り組んでいます。

(3)職歴

養護学校を卒業後、通所更生施設を利用しているため、職歴はありません。しかし、施設スタッフも「Hさんに適した仕事があれば、就労することも可能だ」という意識を持っていたため、施設スタッフからの協力も得やすい状態でした。

(4)生活状況

自宅から施設まで徒歩で単独通所していました。それまで、家庭では食器洗いや食事の準備など、家事の手伝いをすることもありました。就労支援開始から半年ほど経過した頃に、グループホームに入居しました。休日はガイドヘルパーさんと外出するようにもなり、当事業部と当法人の地域生活支援部や施設スタッフが連携しながら、Hさんの暮らしをサポートしています。

2.就労支援

(1)就労に至るまでの経緯

当事業部と関わりのある清掃会社から、近くのバスターミナル内のトイレ清掃を受託しており、同じ地域に住んでおられる障がいのある方が作業をしていました。その方が辞めることになり、引き続き作業を行う人を選定することになったのが、Hさんがこの作業を始めるきっかけです。施設からも近く、施設を離れて作業を行う、いい機会となるので、施設利用者を対象に選定しようと、当事業部で話し合いました。当法人が運営する入所施設や通所施設にこの件を伝え、該当する方はいるかなど施設スタッフを交えて検討を重ねました。この中で、施設のスタッフからHさんを推薦する声が出て、ジョブコーチはHさんのアセスメントから支援をすることになりました。

(2)支援のプロセス

1) 利用者のアセスメント

Hさんは通所更生施設を利用していたため、ジョブコーチが施設を訪問し、Hさんの作業の様子を観察したり、担当スタッフから基礎情報などの聞き取りを行いました。Hさんは座って作業を行うことが苦手で、施設にいるときは食堂へ行き、水道から流れる水を眺めていることがわかりました。また、屋外での作業には比較的集中して取り組めるため、施設では近くの公園にあるトイレの清掃やゴミ拾いを行なっていました。Hさんは、何をしたらいいかわからなかったり、変化があって不安になると、手をかざしてクルクルと体を回転させて訴えることもわかりました。

写真1 Hさんの作業の様子

上記のようにHさんがどんな方かが把握できると、より具体的なアセスメントを取るために、ジョブコーチが公園のトイレ清掃に同行し、Hさんの作業の様子や施設スタッフの声かけなどを観察しました。Hさんは作業指示書で確認しながら、ほぼ単独で作業をこなしていました。これによって、指示書があれば単独作業も可能であることや施設内での作業よりも集中して取り組めていることがわかりました。そして、磨きが不十分なときには『ゴシゴシ』、きちんとできているときは『グッ(Good)』という声かけで理解していることもわかりました。また、体を回転させる訴えもトイレ清掃では見受けられませんでした。

2) 作業現場のアセスメント

作業現場(写真2)は施設から電車で1駅の距離です。大きなバスターミナルの中にあるトイレ清掃がHさんの仕事です。男子・女子トイレと身障者用トイレがあり、約30分程度の作業ですが、時間帯などは設定されておらず、作業手順や使用する道具を担当ジョブコーチで話し合い、作業環境を整えていく必要がありました。また、作業も一人で行うため、そばに誰かがいて必要なサポートを得られるという作業現場ではありません。

写真2 作業現場

このようなことを踏まえて、作業現場(バスターミナル)の物的環境と人的環境について、アセスメントを取りました。物的環境としては、トイレの中の道具置き場や既存の道具の確認、バスターミナル内にHさんが気になるものはないかなど、綿密にアセスメントを行いました。そして、既存の道具置き場は女子トイレにあり老朽化していることや、待合い場にはウォータークーラーが設置されており、流れる水を見ることが好きなHさんにとっては気になるのではないかということがわかりました。人的環境としては、なかなか誰かのサポートを得にくい環境ではありますが、その中でもキーパーソンとなり得る存在はあるのか、またトイレ利用者やターミナル利用者の往来はどの程度であるか、などのアセスメントを行いました。これによって、ターミナル案内受付の守衛さんが4名、交代で駐在していることや、人の往来も午後2時頃が少ないことがわかりました。そして、守衛さんをキーパーソンとし、連絡体制やHさんの特性について協力をお願いしていくことにしました。

作業手順についても、ジョブコーチが実際の現場でトイレ清掃を行い、より効率よくHさんが取り組めるように、さまざまな手順を試してみました。男子・女子・身障者用トイレの各トイレごとに完了していく手順、便器を洗うのであれば3つのトイレ全部回っていくという清掃箇所で統一して巡回していく手順などを実施し、それぞれの所要時間や動線について検討しました。

この結果、道具置き場の見直しや清掃道具の整備、作業指示書の作成、そして守衛さんに理解を求めていくことが課題として浮上しました。

3) 通勤経路のアセスメント

作業現場は電車で1駅の距離、自転車で15分程度の距離です。どちらの手段で通勤すればよいか、事前に通勤経路のアセスメントを行いました。

Hさんは電車に一人で乗った経験がありませんでした。これまでは、母親やガイドヘルパーさんと一緒に乗っていました。最初は、自転車で通勤することを想定し、信号の少ない経路、覚えやすく簡潔な経路などを、ジョブコーチが事前に調査しました。そして、何度かHさんと一緒に経路をたどって所要時間なども調べました。しかし、信号判読の困難さや、安全性を考慮して、自転車での通勤は断念しました。

また、ほぼ同時並行で電車での通勤も想定していました。まずジョブコーチが何度か電車に乗って、情報収集をしました。改札を通過してどの階段を下りたら改札出口に近くなるか、出口から階段とエレベーターのどちらを使用するのか、駅のどの場所で定期券を定期ケースから出せばよいかなど、電車の乗降においての一連のプロセスを分析しました。

4) 人と仕事を組み合わせる(ジョブマッチング)

今回のHさんの事例において、対象者・作業現場・通勤経路のアセスメントを担当ジョブコーチで分担しながら、2~3週間かけて行いました。これらのアセスメントをすり合わせ、どのような支援があればHさんは働けるのかということを考えました。

まず、通勤場面ですが、電車に一人で乗った経験がないHさんにとって、一人で電車に乗って作業をするということは、とても不安なことです。そこで、アセスメント情報をもとに、Hさんが安心して通勤できるように検討を重ねました。そして、施設を出る時間の設定から始まり、定期券を出す場所、ホームに降りる階段や電車を待つ場所、電車を降りてから作業現場までの経路などをHさんに提示できるよう整理しました。

次は、作業場面です。対象者のアセスメントと作業現場のアセスメントをすり合わせ、作業環境を整えていかなければなりません。一番効率がよい手順の業務分析を基に作業指示書を作成しますが、その形式もとても大切です。1枚にまとめて提示する方法やカードにして提示する方法も検討されましたが、職場環境と対象者の特性を考慮し、ページをめくり手順を確認する形式にしました(写真3)。また、Hさんの使いやすい道具を選定し、道具置き場も新たに設置することになりました(写真4)。そして、守衛さん・関係施設・家庭などと緊急連絡先や欠勤時の対応などを話し合いました。

このように、Hさんの特性や職場環境を踏まえて、Hさんの働きやすい環境設定を行いました。

写真3,4
写真3 作業指示書 写真4 新たに設置した道具置き場
5) 支援計画書の作成

それぞれのアセスメントで得た情報を、支援計画書として整理していきました。そして、仕事の要求水準や自立達成度の見通し、その中でのジョブコーチの役割などを検討し、より効果的に支援ができるよう、どこをどのように支援するのか情報共有を図りました。

6) 作業現場での支援

支援計画書に沿って、作業指示書や道具置き場の設置、道具の選定、電車の乗降方法などを事前に準備することができたので、集中的に直接支援を行なったのは2週間程度でした。Hさんにも事前に作業指示書に目を通してもらい、いつから作業を開始するのかスケジュールを提示し、見通しが持てるように考慮しました。

事前に綿密にアセスメントをとり、支援の準備ができていたため、実際の支援をスムーズに進めることができました。

7) 支援計画の見直し

清掃の質も安定し、直接的な介入もなくなってきた頃、守衛さんから頻繁に連絡が入るようになりました。内容は、「トイレ使用者がいても待機できない」「トイレを使ってもいいですか?と聞かれたときの対応が不十分」とのことです。ジョブコーチは、状況把握のため再度、現場を訪問しました。実際に、トイレ使用者がいても扉の目の前で待っていて、出てくる使用者が驚いたり、「使ってもいいですか?」と聞かれると、「使ってもいいですか」とオウム返しになるため、戸惑う使用者がいました。

このことを受けて、ジョブコーチは支援計画の見直しをしました。まず、トイレを使用する人がいた場合の待機方法ですが、「どこで待機をすればいいか」明確な提示が必要ではないかという案が出ました。そこで待機用マット(写真5)を用意しました。Hさんはトイレ使用者については理解できていたため、トイレに入ってくる人がいれば、マットの足マークのところで待機するよう声かけを行いました。

写真5 待機用マット

これによって、クレームもなくなりました。

次に、オウム返しでの対応についてですが、「周囲の人が自由にトイレを使用できることがわかれば、本人に尋ねなくてよいのでは」という結論になり、清掃中でも自由に使用できることをわかりやすく伝えるため、「清掃中ですが、ご自由にお使い下さい」と明記した大きなカードを作成しました。このカードを壁に掛けることによって、Hさんに尋ねる回数は減少しました。

3.まとめ

今回の事例では、実際の支援に入る前の支援計画について取りあげました。実際の支援に入る前の準備がしっかりしていないと、その場しのぎの支援になってしまい、職場定着につなげられません。より効果的でスムーズに支援をしていくために、より具体的な支援計画を立てなければなりません。そして、より具体的な支援計画には、綿密なアセスメントが必要だと感じました。

また、支援計画には見直しも必要です。職場環境の変化やご本人の変化などさまざまな状況に応じて、支援計画も変化させていかなければなりません。今回の事例では、アセスメントの重要性とさまざまな変化に応じて支援計画を見直していくことの重要性を改めて感じました。